#07-2 それぞれの属性
嵐と白の手合わせが終了して、次々と他の生徒達も白に挑んでは負けていく。
そんな光景を見ながら力の使い方を覚えようとしていた優斗だが、すぐに無理だと悟る。
いくら目の前で白や嵐、花音達が力を使おうとそれをどうやって出しているのかなんて見ただけで分かるはずもない。
途方に暮れ始めた優斗。そんな彼に既に白との手合わせが済んだ花音が近寄ってきた。
「調子はどう?」
「さっぱり。花音達はどうやってあんな風に属性を引き出してるんだ?」
優斗が指差した先は手合わせ中の晴と白の姿。
屈強な肉体の晴が纏うのは何もかもを焼き尽くしてしまいそうな紅蓮の炎。
晴は属性を纏った武器を顕現させることなく、炎を身に纏ったまま素手で白と戦っている。
ゆうに二メートルは越えていそうな大柄な晴と、聡ほどではないが細身で小柄な白とでは対比が凄い。見ようによっては熊と兎の戦いだ。
体格差だけで見るならば結果は明白だが、体格差ではどうにもならないほどの実力差が二人にはあった。
晴が弱すぎるわけではない。むしろ、晴は強い。
鍛え抜かれた肉体から繰り出される一撃は、当たったら怪我どころで済みそうにない。
事実、白自身もそう感じているのだろう。先程から、一度も晴の攻撃を受けないようにしている。
それもそうだろう。晴が繰り出す攻撃を白が避けるたびに地面が揺れ、穴が空いているのだから。
そんな光景を見ても最早驚くこともできなくなった優斗。彼の常識を覆すような出来事の連続にもう脳が限界なのだろう。
どこか遠い目をしている優斗に気付いたのか、花音が心配そうな声音で声をかけた。
「無理はしない方がいい。退鬼師としての力なんて使えなくたって、優斗君は私が守れる」
「ありがたいけど、男としてそうも言ってられないんだよな。それに……」
途中で言葉を止めてしまった優斗に花音が不思議そうに首を傾げる。
優斗は昔を思い出すようにどこか遠くを見つめ、ぽつりと呟く。
「俺を庇って友達が怪我するのは、もう見たくない」
優斗はそう言ってから、しまったとばかりに眉を寄せた。
言う気がなかったことを言ってしまったとでもいいたげな態度だ。
優斗にとって一番良かったのは花音がその言葉を聞いていなかったということだが、その言葉はしっかり彼女の耳に届いていたらしい。
翡翠の双眸が僅かに見開かれたのが何よりの証だ。
花音は何かを言いたそうに口を開きかけ、結局は何も言わずに口を閉じる。
それを幾度か繰り返した後、何かの決心をしたように静かな声で告げる。
「……覚悟を決めるの」
「え?」
「自分の属性を引き出す為には覚悟を決める。信念と言っても良い。自分の中にある決して譲れない想い」
「譲れない想い……」
「誰かを守りたいと願う心。強くなりたいと願う心。鬼に対する復讐心。理由は何だって良い。ただ鬼と戦う為の……鬼に弱い心を突かれないようにする為の強い覚悟が必要。それがあれば、あとは血が、魂が教えてくれる」
花音が言っている意味を優斗は半分も理解できなかった。ただ、花音なりのアドバイスをしてくれているのだと気付いた優斗は小さく笑う。
「ありがとな。それにしても、鬼と戦う覚悟か。……大河もそんな強い想いを持って鬼と戦ってたのかな」
後半は完全に独り言だった。誰の耳にも届ける気などない小さな声。
それでも花音は優斗の独白が聞こえてしまったらしく、僅かに目を見張る。だが、優斗はそんな花音の反応に気付かずに思い出したように声をあげた。
「そういえば気になってたんだけどさ」
「なに?」
「いや、ああやって属性を纏った後、武器を出してるだろ? あの武器って自分で決めてるのか?」
優斗と花音が話している間にいつの間にか晴と白の手合わせは終わっていた。
優斗が指差した先にいるのは聡だ。彼は大きな盾で白の攻撃を防いでいる。
白の鞭。嵐の日本刀。聡の盾。そして、花音の大剣。
どれも全く共通点がない武器だ。
一体どういう基準で選ばれているのか分からず、優斗は不思議そうに首を傾げている。
「勝手に決まる」
「え?」
「その人に相応しい武器が現れるって言われてる。自分では選べない」
「そ、そうなのか。じゃあ、花音は大変だったろ。あんな大剣だと」
優斗の脳裏に浮かぶのは軽々と身の丈ほどある大剣を振り回す花音の姿。
その姿を思い出して、優斗は前言撤回したくなる。だが、それよりも早く花音が不思議そうに口を開いた。
「使いやすい武器だけど?」
「……そうか」
至極当然のように言い放つ花音に優斗は、そう答えることしか出来なかった。
「…………」
妙な沈黙が二人の間に流れる。
優斗はその気まずい空気から逃げるように花音がくれたアドバイスを元に自分の属性を引き出せるか確かめる為に目を閉じた。そして、優斗は考える。
何故、自分は此処にいるのかを。
何故、自分はこんな事をしているのかを。
何故、自分は鬼と戦う為の力を手に入れたいのかを。
優斗は考える。
優斗の中に浮かぶのは様々な感情。
大河が抱えていたモノを知りたい。
鬼とは何なのか。退鬼師とは何なのか知りたい。
会ったばかりの優斗を助けてくれた花音達に恩を返したい。
色んな想いが優斗の中を駆け巡り、消えていく。そして、最後に優斗の中に残った想いは──。
「俺は知りたい。大河の事も。鬼の事も。退鬼師の事も。全部知りたいんだ」
初めて鬼を見た時、見たこともない異形の姿に恐怖した。けれど、どこか懐かしいような、あの存在を知っていたような、そんな不思議な感覚に囚われた。
それと同時に優斗は何かを思い出さないといけない気がしたのだ。
その何かを思い出す為にも優斗は知らなくてはいけない。
大河が抱えていたものを。鬼というものを。そして、鬼を退治する退鬼師という存在を。
優斗の覚悟を聞いた花音は真っ直ぐ優斗を見つめ、静かな声で告げる。
「知らない方が良いことだってある」
「そうかもな。けど、それでもこれが俺の気持ちだ。……それに上手く言えないけど、俺は全部知らなきゃいけない気がするんだ」
未だに優斗は何も知らない。
この学園に入って、七百年前の出来事や退鬼師について少しは知識をつけたとはいえ、やっぱり何も知らないに等しい。
大河の事も、鬼の事だって何も分からない。だから、知りたい。
(全てを知りたい。知らなきゃいけない。そして、出来るなら花音達に守られるんじゃなくて守りたい。その為にも力が欲しい)
強く、自らに言い聞かせるように強く願う。
それと同時に優斗の体に異変が起きた。
体の奥から温かいものが溢れ出してくるのを感じる。
暑くも冷たくもない、全てを包み込むような優しく温かい光。
自然と心が落ち着くのが分かった。
なんだか不思議な気分だと優斗は思う。
悟りでも開いたかと思えるほど、心はどこまでも穏やかで、周囲に満ちた空気もどこか清浄な気がした。
「うおっ、まぶしっ! ツッキー眩しいぞ!? 光強すぎ! もっと抑えて抑えて!」
「え?」
嵐が何を言っているのか分からなくて、優斗は目を丸くさせる。だが、それも一瞬の事で優斗自身も自分の体に起きた異変に気付く。
「あ、あれ? 俺……」
予想外にも落ち着いた様子で自分の体を不思議そうに見つめる優斗。
そんな優斗の周囲から眩い光が発せられている。
光に包まれている優斗自身ですら眩しいのだ。
嵐の言葉通り、他の人達は目を開けていられないほど眩い光を受けているだろう。
優斗は慌てて光を抑えようとするが、光は一向に弱まる気配がない。
「落ち着いて。全身を駆け巡る力に意識を集中させて。そうすれば、光も弱まる」
冷静で淡々とした花音の声が光の向こうから聞こえた。
優斗は頷いて、花音の言うとおり全身に意識を集中させる。すると、光は徐々に弱まっていき、最終的には全てが霧散した。
光が弱まった事に優斗は安堵して、花音にお礼を言おうと彼女を見て……固まった。
何故なら花音はどこから取り出したのかは知らないが、準備よくサングラスを掛けていたのだから。
「どこからサングラスを?」
「備えあれば憂いなし」
光が消えた事でサングラスはもう必要ないと判断したのだろう。サングラスを外した花音の顔はどこか得意げだ。
質問に答えているようで答えていない返答を聞いて、深く気にしないようにしようと思う優斗だった。
「うあー、眩しかった。まだ目がチカチカするー!」
「我も不覚をとってしまった」
目を抑えながら優斗達に近付いてくる嵐と晴。晴の後ろにいる聡は彼女の背に隠れていたせいか、平然としている。
心配そうに晴を見ていた聡だが、優斗と目が合うとおずおずと口を開く。
「お、おめでとう。属性引き出せたんだね」
「え? あ、そうか」
聡の言葉に優斗は先程まで自分の体を覆っていた光が退鬼師として必要な属性だという事に気付いて、自らの体を見つめる。
「あれ? ということは俺の属性って……」
「光だな! 眩しすぎて目が潰れるかと思ったぜ!」
「ご、ごめん」
「気にするな。我も初めて属性を纏った時、制御しきれずに山火事を起こしかけた」
「あの時は大変だったよね」
しみじみと話す二人に優斗はその光景を想像して顔を青ざめさせる。
「それって結構な大事なんじゃ……」
「そうだな。聡がいなかったらどうなっていたかは分からぬな」
「えへへ」
晴に頭を撫でられてご満悦そうな聡。そんな仲睦まじい二人に優斗はこれ以上は何も言うまいと口を閉ざす。
「それより、ツッキー! 属性纏えたんだし、次は武器出してみようぜ!」
「簡単に言うなよ」
遊びに行こうぜとでも言いたげな軽いノリに呆れながらも優斗は手元に意識を集中させる。
優斗の意識に従うように再び全身が仄かに発光する。その光は手元に集まり、徐々に大きくなっていき…………何かを形なすことなく霧散した。
「あ、あれ?」
失敗したのかと思った優斗がもう一度手元に意識を集中させる。だが、結果は同じだった。
「なんで?」
首を傾げたのは優斗だけではない。
他の面々も不思議そうに首を傾げている。
「……武器は必要ないという事なのかも」
「おおっ!? ツッキーもはるるんみたいに素手で戦うのか! 葡萄だな!」
「嵐よ。葡萄ではなく、武道家だ。しかし、優斗よ。お主、その細腕で素手はキツかろう。良ければ我が鍛錬してやるぞ」
「わ、わあ! 凄い! 良かったね、優斗くん。晴が鍛錬してくれるなら一週間で熊ぐらいは狩れるようになるよ!」
「熊を……!」
「なんだ、花音も気になるのか。良いだろう。我に任せろ」
「あー! いいないいな! 俺も俺も熊狩るー!」
なんて好き勝手に盛り上がりだす仲間達に優斗はどこからツッコミをいれるべきか迷う。だが、最早何かを言うのも面倒になり、諦めたようにため息をつく。
そんな彼等の様子を観察するように真紅の双眸が見つめていた事には誰も気付かなかった。
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