第3話 入船
サングローリー号の問題のクルージング。
秋季四泊五日のクルージングは十月中旬に行われる。
太平洋遊覧ショートクルーズという名目のそのクルージングは、横浜港からの出港だった。チェックイン開始が午後二時で、出航は午後五時。そのまま四時間ほどで日本の領海を超え、夜通し航海することになる。
カジノが本来の機能を開始するのは、そこからだ。
料金は、スタンダードルームの利用で一人頭五十万から七十万円。スィートルームに至っては百万円を優に超える。真樹からすれば気が遠くなる金額だが、しかしその分、クルーズの間の全ての施設は無料だという。お金を使うのは、カジノだけでいいというわけだ。
さて。その当日。
午後三時に港に到着した真樹たちは、ここで初めて、実際にサングローリー号のご尊顔を拝むことになった。
見た時の、真樹の第一声は。
「なんですかあれ。ホテルかビルですか」
壁があった。
海に浮かんでいるそれは、高層ビルかまたはビジネスホテルかというくらいの高さで、彼女の前にそり立っていた。壁だ、と真樹は思った。途方もない高さの鉄の壁。これが船だなんて、前知識もなしに言われても、信じることはできないだろう。
クルーズは六層作りで、うち一階と船底は海に面している。後の五階にしても見上げるほどの高さがあり、もはや一つの要塞と言われても信じるくらいだ。
端から端までの長さもすごい。全長220メートルというのは、数字では見ていたものの、実際に見てみると途方もない長さに見えてしまう。船の頭の位置から先を見ても、終わりがかろうじて見えるかどうかという感じだった。
あまりの現実離れした光景に、真樹は惚けたまま、わけのわからないことを呟く。
「考えてみたら、全長で二百メートル走ができる長さですもんね、これ……」
「何? 勝負する?」
本気か冗談かわからない匡の言葉に、「いえ、遠慮しておきます」と半ば夢心地のままで返答した。目の前に存在する巨大なものに圧倒されて、現実感を失っていた。
もっとも、もし匡の言葉がまともに耳に入っていても、百メートルを日本記録とコンマ秒の差で走る匡と競争するなんて、それこそ現実味がない話だった。
それはさておき。
港には、真樹が思っていたよりも多くの人間がいた。大半は乗組員や港の社員のようだが、乗客と思しき人も何人も見かける。
全員が、この船の目的を知った上で乗船しようとしている。
もちろん、自分たちも――
「それにしても、真樹ちゃん。随分軽装だね」
「え? そうですか?」
匡に言われて、真樹は自分の荷物を見下ろす。肩にかけている黒いボストンバッグの中には、五日間の着替えや日用品が入っている。
対する匡は、青色のスーツケースを引いていた。それは真樹が持ってきたボストンバッグに比べると一回りほど大きい。長期旅行に出かけるにふさわしい荷物だった。
「でも、船内から出ないんなら、別に大仰な荷物は必要ないかな、って思って。一応正装も持ってきてますし、最低限の着替えがあれば、あとは携帯できるカバンさえあればいいかなって思ったんですけど」
「いや、間違ってないけどさ」
呆れたような匡の視線が向けられる。
「でもさ、ボストンバッグってどうなの? 女の子として、それはないんじゃない?」
「あー。近江さんいけないんだー。差別だ差別ー」
「差別じゃねぇ、区別だ。そしておしゃれの問題だ」
はあ、とため息をついて、匡は言う。
「こんなところに連れてきて、おしゃれしろってのもおかしな話かもしれないけどさ。けど、学生じゃないんだから、そんな学生の部活で持ち歩くようなもっさいボストンバックじゃなくてもいいんじゃない? しかもなんか小っちゃいし」
「もっさいとは失礼ですね。学生の頃から愛用している思い入れのあるバックですよ」
「やっぱ学生の頃使ってたんじゃねぇか」
「そもそも、私旅行とかあんまりしないんで、こんなものしかなかったんですよ」
そういえば、当時も他の女子からは似たようなことを言われた気がする。
服装にしても、確かにおしゃれとは程遠い。グレイのパーカーに下はデニムパンツという、シンプルすぎる選択だった。単に動きやすいものを選んできただけだ。一応、正装を用意しろと言われたのでフォーマルな服を一着持ってきてはいるが、あとは似たり寄ったりな服だった。
「ま、いいや」
気を取り直すように言って、匡は真樹の方を見る。
「それより、ちゃんとパスポート持ってきただろうね」
「大丈夫ですよ。そんな学生じゃないんですから」
この航海では日本の領海から外に出ることになるので、パスポートの提示が必須だった。
乗船口で乗船券をもらい、チェックインすることになる。
これから自分たちは、あの巨大な船に乗ることになる――そのことを今更ながら実感して、真樹はいまだに信じられないという思いを抱えていた。事情が事情とはいえ、普通の人生を送っていたら、こんなものには絶対に乗ることはできないだろう。
素直に喜べればいいのだが、それにしては事情が重すぎる。いまだ実感のわかないふわふわとした思いのまま、真樹は匡に従うようにして、チェックインを済ませた。
※ ※ ※
クルーズに乗ることを了承した時、社長の安曇梓紗が、真樹に謝った。
「ごめんなさい。牧野さん。こんなことになってしまって」
「あ、いえ。そんなことないです」
真樹はあわてて両手を振りながらなんでもないというアピールをする。
安曇梓紗は、三十代後半の女性だ。過去に大きな怪我をしたとかで、片足が不自由らしく、いつも杖を突いて歩いている。その怪我の所為か、顔にも目立つ傷があるらしく、それを隠すように左半分を覆うような黒い眼帯をつけていた。
若くして起業した彼女は、それに見合うだけの情報収集の能力を持っていて、この
業界では知らない人はいない程度の知名度を誇っていた。
そんな彼女は、本当に申し訳なさそうにして真樹と向かい合っていた。
「成瀬さんについては、注意していたつもりなのだけれど、それでも彼女の特性を見誤っていたわ。だから、ごめんなさい。たぶん、想像以上に危険なことになると思う」
「そ、そんなにかしこらないでください。そもそも、私にうってつけの仕事ですし。これ」
「確かに、あなたの捜索能力は認めているけれど」
けれど、もっとましな解決法もあったかもしれない。そう、安曇はぼやいた。
安曇の言葉通り、真樹は捜索、特に失せ物捜しにおいて、妙な優秀さを持っている。
真樹が安曇編集プロダクションに入社できたのは、匡にこの才能を見初められたことが最終的なきっかけなわけだが――おかげで、誰よりも早く興信所業務に手を伸ばすことになったという事情もある。
「危険なことは近江くんに任せるようにしていいから」
念を押すように、安曇は言った。
「もしあなたに面倒事が及ぶようなら、すぐに私に連絡してください。持てる手段を使って、あなただけでも助け出すつもりです」
「そんな。これから裏カジノに乗り込むわけじゃないんですから」
そう。少なくともこれは、合法なのだ。
失踪事件が絡んでいるとはいえ、必ずしも危険な目に合うとは決まっていない。
「そうですね」
その点に関しては、安曇も分かっているのか、最低限の注意という形で、真樹に告げた。
「だから、牧野さんはただカジノを楽しむくらいの気持ちで行ってきてください」
それから、ようやくにっこりと笑って、安心させるように言った。
「こんなことを言うのもどうかとは思うけれど、こんな経験、滅多にできないと思うから」
「はい。そのつもりです」
そんな感じで、真樹は安曇から送り出された。
ちなみに。
クルーズへの動向を了承する前に、一応、匡に対しても尋ねていた。
「どうして私なんですか?」
安曇編集プロダクションには、全部で六人の人員がいる。
安曇梓紗と、近江匡。牧野真樹と成瀬那留のほかに、二人。
一人は、営業専門の広瀬博之。四十代のダンディな男性だ。
そしてもう一人が、足立阿智という名の、二十代後半の男である。
那留は論外としても、後の広瀬と足立ならば、真樹よりも調査能力としては高いと思うのだが、と思っての質問だった。
それに対して、匡は三つの理由を述べた。
「まず、一つ。広瀬さんに関しては、船がだめらしい。船酔いがやばいそうだ」
「それはまあ、仕方ないですね」
さすがに体調不良を押してでも代わりに行ってくれとは言えない。
「それじゃあ、足立さんは?」
「二つ目。足立はパチンコ中毒者だ」
「…………」
「それどころじゃねぇ。競馬だってする。宝くじは必ず買う。雀荘に行けば賭け麻雀は当たり前だ。そんな野郎を、仮にも借金をどうにかするためのカジノに、連れて行けるか?」
借金が増えて帰ってくるのが関の山だろう。
「それじゃあ、三つの理由ってのは、私がギャンブル嫌いだってことですか?」
「あー。それもあるが、どっちかというと、三つ目はこれかな」
一呼吸間をおいて、近江はニッといい笑顔を浮かべながら言った。
「せっかくの豪華客船での四泊五日を、男同士で行くなんて悲しいじゃねぇか」
まあ、そんなわけで。
真樹は一緒にクルーズに乗ることに、了承したのだった。
※ ※ ※
乗船後、まずは客室に行くことになった。
サングローリー号の船底に一番近い一階部分。真樹は匡に従うまま階段を三つほど降り、温かみのある蛍光灯に照らされた赤い絨毯の廊下を歩き、目的の部屋へとたどり着いた。
そこで、ようやく真樹は、自分の勘違いに気付くことになった。
「え、あの。近江さん」
「うん? どうかした、真樹ちゃん」
「いえ。その」
できれば勘違いであって欲しい。
そんな願いを込めながら、真樹は匡に尋ねた。
「あのー。私の部屋は、どこでしょうか?」
「ここだけど、それがどうした」
扉を開けて、中を見せながら言う。
スタンダードルーム。中には、ベッドが二つある。
まさか――
「同室なんですか!?」
「は? 当たり前だろ。何言ってんだ?」
何を今更、と言った調子で返す匡。
いや、当たり前も何も、そんなこと聞いてない。
スタンダードルームの二人部屋。十畳ほどの部屋にベッドが二つ置かれていて、洗面台とバスタブ付のトイレが備え付けられている。海に面している部屋のため、窓は開かないが、海中の様子を展望できるようになっている。
当然のようにその部屋まで案内された真樹は、そこでようやく、匡と自分が同室だということを知ったのだった。
「いやおかしいでしょ! どうして男女で同室なんですか!?」
「なんでも何も、金がないから」
バッサリと切られた。
とはいえ、説明しなかったのはまずかったと思ったのか、匡は罰の悪そうな顔で説明した。
「このスタンダードルームが通常部屋なんだが、それでも一人最低五十万はかかるんだよ。まして、俺たちが予約した時には、もう安い部屋は残ってなくて、この海中を展望できるのが目玉の部屋がキャンセルされてた。一人頭七十万。それを、二人部屋にすると、割引で何とか二人で百万に抑えることができたんだよ」
「な、生々しい話しますね……」
「そりゃ、金の問題だからな」
随分とドライな発言である。
荷物を置いて、ベッドの上に座った匡は、安心させるように言った。
「安心しろって。男女で一つの部屋を取ったからって、すぐに特別な意味にはならないよ」
「なりますよ普通は! どう考えても恋人じゃないですか!」
「いやいや、ビジネスパートナーと一緒に泊まることくらいあるだろ」
「同性ならあるでしょうよ!」
まさか一緒の部屋に泊まることになるなんて思いもしなかったのだ。
こんなことなら、荷物の量を倍に増やして、いろいろ持ってくるべきだった。いかにおしゃれをしていないとは言っても、外向けの服装と一人で過ごす時の服装では天と地ほどの差がある。少なくとも、異性に対して無防備なパジャマ姿を見せるほどの無頓着さは持ち合わせていなかった。
「私からの出費はなしだって聞いたときに怪しむべきだった……そうだよね。当たり前だよね。五十万の部屋に一人で泊まれるわけないよね……」
「悪かったって。安心しなよ。おれ、別に真樹ちゃんをどうこうするつもりないからさ」
「当たり前です! いや、当たり前なんだけど、なんかその言い方はムカつきますけど!」
なんだか真樹だけがショックを受けてわめいているのが馬鹿みたいだった。匡の方はまったく意識していないのも癇に障る。
(というか、『男同士で行くなんて悲しいじゃねぇか』とか言っていたのはどこのどいつだ。そんなこと言うくらいなら、少しくらい意識しろぉ!)
いじけたような気持ちでそんなことを思いながら、ふてくされた顔で荷を解きにかかった。
さすがにバックの中には、男の人に見られたら恥ずかしいものがたくさんある。半ば緊張しながら、必要なものだけ整理している真樹に対して、匡の方は緊張感のかけらもない声をかけてきた。
「おい見ろよ真樹ちゃん。確かにこりゃすげぇ。海の中がそのまま見えるぜ」
窓にかけられていたシャッターをあげて、さっそく匡はこの船の目玉である天然水槽を眺めていた。まだ出港していないため、魚などはそれほど見えないが、海の水が、外から見た時よりも透き通って見えていた。
「へぇ。これは確かに」
すごい。
現金なもので、匡につられて見てみた真樹は、瞬く間に不機嫌な気持ちを忘れてしまった。海中を見たのなんてどれだけ振りだろうか。海水浴に行ったのが小学生のころが最後だったくらいなので、それ以来となる。こんなに綺麗なものかと、思わず言葉を失った。
これは、クルージング中の景色も楽しみである。
※ ※ ※
それから、ひと段落ついたところで、室内に備えられている液晶画面で、乗船中の注意事項というものを見せられた。
簡単な施設の紹介から、船酔い等の不測事態に対する対応。細かい注意点などが分かりやすいビデオだった。
「これって、テレビとかも見れるんですかね?」
暗くなった画面をさして、真樹は匡に尋ねた。
「見れるらしいぞ。ただ、衛星放送とか、船側が配信している奴だけだろうけど。さすがに日本のテレビ局の電波は届かないから、リアルタイムの放送は見れないだろうな」
「三日目の夜、大河ドラマ見たいんですけど」
「それなら衛星放送であるんじゃないか? ま、後で確認すればいいだろ」
「って、すごい! 近江さん近江さん! 見てください、ゲームのコントローラーありますよ! なんかゲームできるみたいです!」
「あー、それは船側が用意したラインナップなら何でも遊べるらしいけど、そんなに種類あるか? どっちかっていうと、パーティゲームとか暇つぶしのものが多いと思うけど」
「FPSありますかね」
「……ねぇと思うぞ。いや、シューティングとか似たような奴はあるかもしんないけど、真樹ちゃんが想像しているような本格的なのはないんじゃないか?」
「じゃあネトゲは?」
「どんだけゲームしたいんだよお前は」
呆れられてしまった。
けれど、このクルージングの間は、ネットから離れてしまっているのだ。ネット中毒に近い真樹としては、正直少し心もとないところがある。
匡は時間を確認して、真樹に言った。
「そろそろ出港の時間だ。レストランでの食事まではまだ少し時間あるけど、ルームサービスならもう取れるよ。なんか頼まなくてもいい?」
「それもいいですけど、やっぱりレストランで食べたいです。もうちょっと待ちましょう」
いつの間にか、真樹はこれから始まるクルージングを満喫していた。
それから数時間、真樹は備え付けの液晶で配信されているゲームをやって時間をつぶした。簡単なシューティングゲームだったが、これがはまると楽しい。
初めのうちこそ、匡のことを気にして姿勢を正してやっていたが、いつの間にかベッドに寝っころがっただらしない姿勢になっていた。外面を繕うだけの持久力がまったくなかった。
それに対して匡はというと、持ち込んだ書類を眺めたり、携帯端末を使って何かを調べたりしていた。一応仕事ということだろう。時折どこかに電話を掛けたりもしていたが、完全に事務的というよりは、砕けた雰囲気があった。
二時間ほど経ち、七時半を過ぎたころに、アラームが鳴った。
「お、そろそろ夕食だ」
「ようやくですね!」
ゲームのコントローラーを放り投げて、ガバッと真樹は匡の方を振り返った。
その様子に苦笑しながら、匡は真樹に尋ねた。
「大ホールでのバイキングと、和食のレストラン、洋食のレストランの三つがあるみたいだけど、どれがいい?」
「近江さんはどれがいいんですか?」
「俺はどれでもいいかな。ま、初日だしバイキングの方が、食べやすいと思うけど」
「じゃあそれにしましょう」
特別こだわりがあるわけでもないので、匡の提案に乗っかることにした。
バイキングが行われている大ホールには、すでに多くの人がいた。見た感じは、映画で見る社交界のような印象だ。違う点があるとすれば、ドレスなんかを着ている人は少なく、みな一様に普通の私服であるというところか。
あちこちで談笑が起こり、みな手に料理を持って楽しんでいる。大ホールの定員は200人くらいらしいが、確かにそれくらいの人数はいそうだった。
「そりゃあ、この船の最大乗客数が900人だからな。その四分の一くらい受け入れられなかったら、まずいだろうよ。――ま、公式じゃ900人って言ってるが、本来だったら多くて2000人くらいは乗船できるくらいの大きさなんだがな」
言いながら、匡は真樹に一枚のカードを渡してきた。
クレジットカードのようなものだった。全体的に青を基調としたデザインで、上半分は薄く、下半分が濃い青になっている。下半分には識別番号が埋め込まれており、また色が変わる境目には、電子番号のゼロが数個並んでいた。
「それ、船内の施設を利用するときに必要なもんだから、なくさないように」
「なんか豪勢ですね、このカード」
もはや何を見ても豪華に見えてしまう魔法にかけられたようだった。しかし、実際問題、真樹が普段触れているものと比べると、この船内にあるものはすべて高級品と変わらない。
バイキングに使われている皿一つとっても、目が飛び出るような値段がするに違いない。そんなものが、船内中に備え付けられているのだ。感覚が狂いそうである。
「んー、でも、このホールの定員が200人っていうんなら、全員がバイキングで食事できるわけじゃないんですね」
「そりゃあ、バイキングが行われてるホールはもう一つあるからな。レストランの方に行ってる連中もいるだろうし、そもそもVIP連中は別の階で食事してる」
「あ、やっぱりVIPルームみたいなのはあるんですね」
どおりで、想像したよりもお金持ち然とした人の姿が少ない。
真樹のイメージとしては、もっと派手な服を着て、宝石もたくさん身に着けている人がいっぱいいるんだろう、と思っていた。それに対して、現在このホール内にいる人たちは、確かに身なりはきれいだが、真樹と大して変わらない一般人に見える。
そのことに対して、匡が呆れたように言う。
「乗客のうち、七割方は一般人だよ。ま、そこらの人間よりは小金持ちだろうがな」
「みんな、やっぱりカジノ目当てなんですよね」
「どうだろうな。まあ、カジノができるっていうのは一つの目玉だからまったく興味ないとは言えないが、そこで一発当てようとしているのは、斡旋された負債者くらいだよ。中には、安いクルーズ客船に乗っている、くらいの感覚の奴もいるくらいだ」
このクルージングは、カジノが本来の機能を取り戻すため、収益をそこから見込んでいる関係上、普段の航海よりも少しだけ料金が安いそうだ。と言っても、スタンダードルームくらいだとそう変わった様子もなく、ミニスィートあたりの金額が変わるのだろうが。
「それより、ちゃんと食っとけよ。こんなうめぇもん、めったに食えないぞ」
「はいッ。それはもうっ」
匡の忠告は今更である。真樹はすでにこのバイキングの魅力に取りつかれている。
「ああ、スパゲッティがこんなにおいしいなんて……ッ!」
パスタひとつとっても、ほっぺが落ちるようなおいしさだ。
ああ、幸せだ、と真樹は思う。
いろいろ心配して、実際に船を見たら萎縮して、部屋についたらさらに驚愕してと、乗る前は胃が重いくらいだったが、今は幸せで物理的に胃が重くなっていく。
まったく、案ずるより産むがやすしであると、真樹はしみじみと感じたのだった。
無論、案ずるだけより産む方がずっと辛いわけだが、そのことを真樹が知るのは、夕食の後だった
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