Chapter 1:Part 02 <天士>と使命
統哉が慌ててルシフェルの後を追っていくと、ルシフェルは一階リビングでドタバタと何かを探していた。
リビングにあるのは、ソファに小ぢんまりとしたテーブル。あとは雑貨類が入っているラックにデジタルハイビジョン対応の薄型液晶テレビ。それ以外には大した物はない。
奥にはキッチンや物置、そして両親の遺影が飾ってある仏壇を置いた和室しかない。ちなみに二階には統哉の部屋の他に両親が使っていた部屋、何もない空き部屋、そしてその上には屋根裏部屋がある、三人家族にしてはなかなか規模のある家だ。
「……ああああっ!? やばい! やばいって!」
「おい! 何やってんだよ!?」
「統哉、アレを! 例のアレをよこしなさい!」
「何お前はいきなり人ん家のリビングで家探ししてんだよ! お宝はおろか、ヘソクリなんてないぞ! あとすぐに片付けろこの駄天使!」
「『駄天使』じゃない、『堕天使』だ! いやそうじゃない、統哉! リモコンを! 私のリモコンをよこしなさい! 私はルシフェルだぞ! 早く! リモコン! 私のリモコン!」
「どこにツッコミ入れているんだよ!? まるで意味がわかんねーよ!」
ダメだ、話にならない!
「……ああもう、わかったよ」
埒があかないので、統哉は仕方なくラックの側へと行き、その上にあったリモコンを手にとってテレビを点けた。
これ以上、凄まじい形相で、かつ毟り取らんばかりの勢いでリモコンを探すルシフェル――いや、「妖怪リモコンむしり」を暴れさせておくわけにはいかなかった。
「よーし! それでは早速、チャンネル、セット!」
妙な掛け声を発するルシフェル。
すると、テレビが点いたところでタイミングよく、何かのアニメのオープニングが始まった。「ハートブレイク☆アマヤ」とかいう物騒なタイトルだった。ちなみに画面左上の時刻表示は八時。そして本日は日曜日。
(……ああ、今日はそういう日だったか)
統哉は頭の隅でぼんやりとそう思った。
「日曜朝八時はこれに限る」
「おいコラ」
思わずルシフェルの脳天に拳骨を落とそうとした自分をぐっと抑えた。どうしてくれようか、この駄天使。
「……お前、何やってるんだ?」
怒りを抑え、握り拳を震わせながら、統哉はルシフェルに尋ねる。しかしルシフェルは全く聞く耳を持たない。
怒りでどうにかなりそうな統哉を尻目に、ルシフェルはテレビ画面を食い入るように見つめている。
「……このアニメはな、作画にすごく魂がこもっていると思うんだ、私は。スタッフの熱意に私が泣いたってやつだな。さあ、君も一緒に見ようじゃないか、ほらほら」
そう言ってルシフェルは近くにあったクッションを自分の近くに引き寄せ、ぽんぽんとクッションを叩いた。どうやら、隣に座れという事らしい。
統哉はその無邪気な姿にすっかり毒気を抜かれてしまった。そして埒があかないと判断し、溜息を一つついてルシフェルの隣に腰を下ろした。そしてつくづく、お人好しだよなと自虐的に思った。
『せめて祈るんだな』
一方、液晶画面の中では、何やら手に銃を内蔵した剣を持ち、身軽な軍服のような衣装に身を包んだ、ピンク色の髪の少女が敵の幹部らしき怪物を取り巻く、雑魚怪物に魔法と体術、剣技を交えた怒涛の超高速連続攻撃を見舞っていた。攻撃を受けた取り巻き達が端から塵芥と化して消滅していく。
「おおっ! エクレールドライブ炸裂! 痺れるねぇ! 見ろ! 雑魚がゴミのようだ! 雑魚が一掃されているのを見ると、胸がスカッとするな! いいぞアマヤ! もっとやれ!」
ルシフェルはヒーローショーに夢中になっている子供のように、液晶画面の中で戦っている少女に声援を送っている。
統哉は半ば呆然としながらそのアニメを見るしかなかった。
三十分後。
結局最後まで見てしまった。
「ああ、面白かった。やはりメディアマは最高だな。さて、感想のほどは?」
「…………エグい」
ただ一言、そう呟いた。激戦の末に弱らせた敵怪人へのトドメに、どこからともなく取り出した、赤黒い染みの付着したチェーンソーを軽々と振るい、解体するアニメなど、聞いたことがない。正直、とてつもなくえげつない光景だった。解体中、何か墨汁のような液体が主人公に付着しまくってたし。
アニメが終わった後、ルシフェルから聞いてないのに聞かされた大まかなあらすじは、何の変哲もない、中二病を抱えた主人公――
ただし可愛らしいキャラクターデザインとは裏腹に、やっている事は敵怪人を召喚した
子供心に拭う事のできないトラウマを植え付けているのではないか、このアニメ。いや、見ている子供がいるのだろうか。そもそもそれ以前に日曜朝八時にこんなものを堂々と放映していいのだろうか。放送倫理委員会、仕事しろよ。そしてなぜこのアニメ関連のグッズがバカ売れしているんだ。世の中理不尽すぎるだろ、と統哉はコンマ数秒の間に心の中でツッコミまくった。
「――ああ、面白かった」
色々な意味で突き抜けているアニメを見終わり、満足気に溜息を一つつくルシフェル。
一方、統哉は目の前で繰り広げられたトンデモ展開に、すっかり食欲をなくしてしまった。今日肉類食えるかな、と他人事のように思ってしまった。
「……で、ご満悦の所申し訳ないが、まだ聞きたい事がある。答えてくれるよな?」
「ああ。しかしいきなりスリーサイズからとは、君もなかなか隅に置けないな。アンタも好きねぇ」
「さて、何から聞こうか……」
「……スルーありがとさん」
肩を竦めるルシフェルをスルーし、とりあえず言質を取っておいた統哉は軽く息を整え、切り出した。
「じゃあ単刀直入に聞く。俺に何が起きたんだ?」
「やはり、そこに来たか」
ルシフェルの目が細められる。
「君は私と契約を交わし、天使の力を持つ人間――<
「<天士>……? <天士>ってなんだ?」
「それについて、一から説明していこう。まずは、君の胸を見てごらん。あの時、私の放った光が貫いた場所だ」
ルシフェルに言われ、統哉はシャツを引っ張り、胸元を覗き込んでみた。
すると、胸には目のような模様と、それを取り巻くように一対の羽をあしらった黒い
「――なんだよ、これ?」
自分の体に起きた変化に驚きつつ、統哉が尋ねた。
「それこそ、君と私の間に交わされた契約の印――刻印だ」
「でも、この刻印以外は特に変わった所はなさそうだけど、何がどう変わったんだ?」
「ふむ、それでは人間と天使、そして<天士>の違いについて話をしようか。私のような堕天使や天界に住まう天使、そして私達のような、人とかけ離れた存在と契約し、その力を与えられた<天士>は人間にはない力――君達が言うところの超能力を持っている。その力は大きく分けると三つに分けることができる」
ルシフェルがピッと指を三本立てる。
「一つ、身体能力。身体能力と言っても様々な種類があるが、簡単に言うと、オリンピック選手をあらゆる分野において簡単に凌駕するほどの力を持っていると考えてもらっていい。具体的な例を挙げると、五十メートルの距離は二秒から三秒ぐらいで走破でき、助走なしの垂直飛びなら数メートルは軽く飛ぶことができる。
二つ、治癒能力。私達堕天使や<天士>は簡単に死なないようにできている。そのため、怪我に対して驚異的な治癒能力を付与されている。例えば、人間なら完治に数カ月はかかるような大怪我でも数時間もあれば完治可能だ。だから、たとえ手足を切り落とそうが、心臓を貫こうが一定の期間が経過すればすっかり元通りに再生する。手足なんて、切り口にくっつけさえすれば、その日の内に元通りさ。また、病気に対しても免疫機能の強化という形である程度の耐性がつくようになる。ただし、再生力を上回るほどの大きなダメージを受けたり、脳を破壊されたら死ぬ、ということは覚えておいてほしい。
三つ、魔術能力。魔術とは、『神』の為せる奇跡であり、その力を分け与えられた天使達は自然界や精神に働きかけ、奇跡を起こす。その種類は敵への攻撃や、天候を操ったり、相手に催眠術をかけたりと、千差万別だ。例えば、私や君が使った攻撃用の魔術球――まあ私達はスフィアと呼んでいるが、それがいい例だ。私の場合、一番得意とするのは宇宙事象に関する魔術だな。英語で言うと、ユニバァァァスッ! マジックだな。内容は隕石を落としたり、ブラックホールを呼び出したりと色々出来るぞ。まあ最も、今の私ではスフィアで手一杯だが」
「なんで宇宙に対する力の入れようが強いんだ。まあそれはともかく、宇宙事象を弄れるって、スケールがでかいな」
「ああ。力を取り戻しせすれば、宇宙の法則だろうと乱してみせるさ。ちなみに魔力は無尽蔵というわけではない。使えばその分だけ体内エネルギーなどと一緒に消費してしまう。魔力は食事や休息、睡眠といった、日常生活をきちんと送っていれば回復できる。健康長寿の秘訣と同じだな」
「ふーん。情報や分からない事が多くてまだ完全に理解できていないが、要は、<天士>ってスーパーマンみたいに凄いって事だな?」
「うん、だいたい合ってる。そして前にも説明したが、私と契約した者は、その力をある程度使う事ができ、発火能力や怪力といった、いわゆる超能力の類だといえる能力を発現させる事ができる。君の能力はまだ発現していないらしいが、まあそれはこれから確かめさせてもらうとして……」
ルシフェルは一旦言葉を切り、軽く咳払いをした。
「……ここからが本題だ。天使や堕天使と契約を結び、<天士>となった者はその代償として、契約を結んだ者から与えられた使命を果たす義務を負わされる。いわゆるギブアンドテイクってやつだな」
「使命……? お前の言う使命って一体なんだ?」
「私が君に課す使命――それは、守護天使と呼ばれる戦闘に特化した兵器型の天使が持つ、分かたれた十個の<欠片>を取り戻してもらう事だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その<欠片>がこの世界にあるって事はさっき聞いたけど、どこにあるんだ?」
「わからん」
「おいおい……」
語尾にキリッと付かんばかりの勢いで断言された。どうしろというんだ。
「なーに、心配するな。<欠片>は元々私の力だ。私が目覚めたと同時に、私に惹かれて自ずと私の元に近付いてくるさ。<欠片>はセフィロトと呼ばれる系図になぞらえて分断されている。その内容は、
「改めて聞くと、十個って多いな……」
統哉が嘆息しながら呟く。
「<欠片>の一つ一つが強大な力を持っており、<欠片>一つでも私の力は大きく回復するし、それに伴い君の<天士>としての力も向上していく」
「すると、<欠片>を全部取り戻した時、お前は元通りレベル四桁の強さと本来の姿とやらに戻って、俺もお前みたいにレベルがカンストするぐらいに強くなるのか?」
その問いにルシフェルは首を横に振る。
「それはわからないな。だが少なくとも、君の魂の輝き、波長、潜在能力は今までに見たことがないほど未知数なものなんだ。本当に、君の力を見るのが楽しみだ。君の力は、これから見極めさせてもらうよ。改めて、よろしく頼む。ええと――」
「悪い、自己紹介が遅れた。俺は統哉。八神統哉だ」
「では、これからよろしく頼むぞ、八神統哉」
ルシフェルが右手を指し出す。
「こちらこそよろしくな、ルシフェル」
出された右手を、統哉が握り返す。少女の手はあの時と同じくひんやりとしていて、触り心地が良かった。
「そういうわけで、不束者だが、よろしく頼む」
統哉の手を離したルシフェルが床に三つ指を突き、深々と頭を下げる。日本人である統哉から見ても、実に美しい姿勢だった。
「……いや、何か色々おかしい」
「ん? 確か日本では誰かの家に居候する時は、このスタイルで頼めば、一発でオーケーが出ると聞いていたのだが……」
「いや、それを言うのは初夜の新妻だし、ていうか、言葉遣いが無礼だ。いや、そもそも誰だよ、お前に間違った知識を教えたのは。ていうか、俺の家に居候することは決定事項なのか?」
「ほう、今の一言でここまでツッコミを入れることができるとは。君、やっぱりツッコミのセンスがあるな」
「いや、それは置いておくとして、居候する分には構わないが、部屋はどうするんだ? 空き部屋ならあるけど」
「いや、とりあえずは居間を貸してくれればいい。寝るのはソファーで十分だし、それに、部屋を借りるにしても、色々と準備がいるからな」
すると、ルシフェルは何かを思い出したかのようにポンと手を叩いた。
「そうだ、まだ大事な事を忘れていた。統哉、もう一つだけ」
そう言うと、ルシフェルは統哉に向き直り、人差し指をピッと立てる。
「統哉、もう一つだけ君に頼みがある。これはある意味、重要な頼みなんだ」
「なんだ? それも重要な頼みって」
「私は、かつて前の世界で数多くの偽名を使っていたが、どの名前も名乗り飽きた……そこでだ」
ルシフェルは一つ咳払いをして続けた。
「この世界における新たな名前を君に付けてもらおうかなと思うんだが、どうかな? 堕天使に名前をつけるなんて、ここまで名誉ある事はないぞ?」
「俺に? ペットを飼った事すらない俺が考えた名前で大丈夫か?」
「一番いいのを頼む」
期待のこもった視線で見つめられる。無茶振りもいいところだった。
「名前か……それも堕天使につけるこの世界での名前か……う~ん……」
「さてさて、どんな名前を考えてくれるのかな~?」
ぶつぶつと呟きつつ、統哉は真剣に悩んでいる。その様子をルシフェルは楽しそうに眺めている。
「参考がてら聞きたいんだが、前の世界ではどれだけの偽名を使っていたんだ?」
「私には七二通りの名前があったが、最初はやっぱり『ルシフェル』って名乗っていたな」
「ふーん。じゃあ最近名乗っていたのは?」
「『銀の少女』とか」
「何事にも冷めた発明家が惚れた女か」
「『銀さん』とか」
「天然パーマに死んだ魚のような目が特徴の万事屋の旦那か」
「……『銀の匙』とか」
「農業高校漫画か」
「…………『銀様』」
「いよいよネタ出しが苦しくなってきたか。お前、乳酸菌摂ってるか? て言うか、どれも名前じゃないよな。そして、なんでそんなに銀をプッシュする。髪か?」
「くうぅ……ツッコミがイヤに鋭すぎないか? もしや君の<天士>としての能力は『的確にツッコミを入れる程度の能力』なのか?」
「……そうだったら役に立たない能力だな。それはともかく、お前の名前を考えないと」
そして、しばらくの間統哉は真剣にあれこれ考え込んでいたが、やがて何か思い付いたのか、はたと顔を上げ、ルシフェルに向き直った。
「確か、お前は宇宙事象に関する魔法が得意って言ってたよな?」
「ああ」
「じゃあ、まず『ルシフェル』を簡単に『ルーシー』と縮めて、宇宙はドイツ語で確か『ヴェルトール』だって大学の講義で聞いた事があったっけな……そうだ、こうしよう」
一呼吸おいた後、統哉は満足そうに頷いた。
「――――『ルーシー・ヴェルトール』っていうのはどうだ?」
「……ルーシー・ヴェルトール……ルーシー……ヴェルトール……」
ルシフェルは口の中でその名前を転がすように繰り返し呟いている。
「……や、やっぱりダメか? 名前をつける事なんて初めてだから……」
「違う」
ルシフェルは首を横に振り、金色の瞳を輝かせた。
「……いいセンスだ!」
そして、両手で指鉄砲の形を作り、同時に撃つ仕草をした。
「その名前、実に最高じゃないか! ルーシー・ヴェルトール! チョーイイネ! サイコー! ……よし、今日から私の名前はルーシー・ヴェルトールだ! 統哉、ありがとう! ルシフェル改めルーシー・ヴェルトール、今ここに降臨だ! いやっほう!」
飛び跳ねながらはしゃいでいる。どうやら、大層お気に召して頂けたらしい。
こうして、少女――堕天使ルシフェルのこの世界における名前は「ルーシー・ヴェルトール」に決まり、<天士>となった統哉と堕天使の奇妙な冒険――もとい、同居生活が始まったのであった――――。
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