Prologue:Part 04 神刃

 急速に目が覚めるような感覚の後、統哉は一気に現実へ引き戻された。

(……今のは、夢……だったのか……?)

 統哉は頭を数度振って心を落ち着かせる。そして自分の服を探ってみた。服にはしっかりと剣で貫かれた穴が残っている。しかし――

(傷が……ない……?)

 統哉は剣で貫かれた傷がまったくない事に驚いた。そして、ふと自分の両手を見てさらに驚いた。そこには、あの夢の中で見た双剣が握られていた。

 それは、一方は純白、もう一方は漆黒に彩られた、流星が尾を引いて宇宙を駆ける様をそのまま剣にしたかのような双剣だった。刃渡りは九〇センチ程で、柄の部分を見ると、連結できるような構造になっている。試してみると、カチ、と音がして連結できた。

 見た目や手触りから材質はわからないが、それは羽のように軽く、そして、今までに感じた事のない凄まじい力が伝わってくる。

「……あれは、夢じゃなかったのか……!?」

「ああ、夢じゃないよ」

 背後から、あの少女の声がした。統哉が驚いて振り返ると、いつの間にか統哉の背後に少女が立ち、統哉を見つめている。

「私は契約通り、君に力を与えた。君の手にある武器は、<神器ディバイン>。その名も、『魔双剣ルシフェリオン』だ! それは、私と君との契約の証であり、神の叡智の結晶だ」

「<神器>……魔双剣、ルシフェリオン……神の叡智……?」

 統哉は未知なる単語を口の中で発音してみる。どの言葉も全く聞いた覚えはないが、どのようなものかははっきりとわかる。これも少女と契約したからだろうか?

「……はて、でも確かルシフェリオンは強力無比な砲撃ができる杖だった気がするが……いや、あれは別の世界だったか」

「何の話だ?」

「何、気にするな……でもなんだかなぁ、うーん」

 少女は何やらぶつぶつと呟きつつ、統哉の手に握られた双剣――<神器>・ルシフェリオンを見つめる。

「ふむ、その双剣は私が持つ光と闇からなる、混沌の魔力がよく反映されているな。光と闇が備わり最強に見えるとはよく言ったものだ。ちなみに、ダークパワーっぽいのはナイトが持つと光と闇が両方備わり最強に見えるが、暗黒騎士が持つと逆に頭がおかしくなって死ぬ」

 神妙に頷く少女に、統哉は慌てて少女に尋ねる。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺は本物の剣なんて持った事はないし、剣道どころか、喧嘩だってほとんどやった事はないんだぞ!?」

「大丈夫だ、問題ない。すぐに使い慣れるさ。まあ、使い方は実戦でな。――さあ、君の力を存分に見せつけてやるがいい! ここからは君のオンステージだ! 出番を譲るなんて、私にしては大サービスだぞ!」

「お前は戦わないのかよ!」

「主役の出番を横取りするほど無粋じゃないさ。決して、全力を出しすぎたのと、君との契約で力を出し切って疲れたからという理由で君に丸投げしたわけじゃないからな!」

 思いっきり本音がだだ漏れじゃないか。統哉は心の中でそうツッコんでおいた。

 やがて少女は、コンサートに見入る観客の如く、微笑みを浮かべて目を輝かせながら地面に腰を下ろした。どうやら、いよいよ見物を決め込んだらしい。

「やれやれ、高みの見物ってやつかよ……」

 肩をすくめ、統哉は少女を見る。少女のあっけらかんとした態度と、そして出会って間もない自分を信頼してくれている姿を見ていると、自分に戦いの経験がない事など、大した問題ではないように思えてくる。

 自分ならば、できる。なぜかはわからないが、統哉の中に、そんな思いが芽生えていた。

 そして統哉は、ルシフェリオンを握り直し、目の前で剣を構えている<大天使>を見据える。

「……俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。でも、お前が俺を殺すというのならば――」

 統哉はルシフェリオンを構え――


「俺は、お前を倒して生き残ってやる!」


 力強く咆哮した。

 その声と闘志に気圧されたかのように、<大天使>が数歩後ずさる。だが次の瞬間、空を仰いで金切り声を上げた。すると、天から光が射し込み、<天使>が三体舞い降りてきた。

「まーた増援か。これはいわゆるアクションゲームのチュートリアルだからいいものの、戦略シュミレーションゲームだったらプレイヤーは両手を上げてるぞ」

 少女が呆れた口調でぼやく。言っている事の意味はわからないが、どうやら面倒な事態だという事はわかる。

「なーに、さっさと片をつければいいんだろ?」

 明るい口調で統哉が言う。

「言うじゃないか。それじゃあ、君の戦いぶりをみせてもらおうかな。 ――さあ、第二幕の開演だ!」

 少女が言い終えるや否や、<天使>達が地面に降り立つ。同時に、その内の一体が剣を構えて、猛スピードで突っ込んでくる。

「――うわっ!」

 統哉は反射的に突進を横へ飛んでかわした。視線の先では<天使>が明後日の方向へ突っ込んでいくのが見える。

(かわせた!?)

 自分で驚いている暇もなく、今度は両サイドから<天使>が斬りかかってくる。

「させるかよ!」

 それに統哉が反応したのはほぼ同時だった。

 すかさず振り降ろされた剣を、両手に持ったルシフェリオンで受け止め、的確にいなしていく。

(――凄い! なんだかとても身体が軽いし、自分の身体じゃないみたいだ! それに、まるで以前から使い慣れているように、この武器の使い方が分かる!)

 攻撃を反らされたニ体の<天使>が体勢を崩す。その隙を逃さず、統哉はニ体同時に背中から袈裟斬りにした。

 最初に突進をかわされ、明後日の方向を向いている<天使>に統哉は素早く接近しつつ飛び上がり、振り向くよりも早く空中から剣を交差させるかのように振り抜き、その体を斬り裂いた。

 ニ体の<天使>の攻撃を防ぎ、最後の<天使>を倒すまでの間、わずか十秒。

「さて、残るはお前だけだな」

 その声に気が付いたかのように、<大天使>が振り向いて、統哉に剣先を向ける。直後、<大天使>が剣を構えて猛スピードで突進してきた。

 統哉は横に転がって突進を回避し、すれ違いざまに<大天使>の横腹を斬りつけ、横一文字の傷を刻んだ。<大天使>がその痛みに呻き声を上げる。

「どうした、もう終わりか? ならば、今度は俺の番だ! こいつで叩き斬ってやる!」

 統哉がルシフェリオンを連結させる。すると、ルシフェリオンがオールのような形状になった。それはさながら、全てを絶つ神の刃を思わせた。

「うおおおっ!」

 走って一気に距離を詰め、連結させたルシフェリオンを横に振り抜く。刹那、<大天使>の右足が両断された。

 右足を切り裂かれ、<大天使>が大きくバランスを崩す。

 その隙を見逃さず、統哉はさらにルシフェリオンを分離させ、振り上げ、両腕を切り裂いた。斬られた両腕が胴体から離れ、光の粒子となって消えていく。

 両腕を断ち切ったのを確認すると同時に、すかさずバックステップで距離を開ける。

 直後、<大天使>が振るった大剣が統哉のいた空間を薙いでいく。

「くそっ! 胸に大穴が開いているのに、まだあれだけ動けるのか!」

 統哉が舌打ちする。

「チュートリアル用の特別仕様だからじゃないか? ほら、チュートリアルって雑魚のヒットポイントがボス並に設定されている事が多いし」

「何の話だ!?」

 少女にツッコミを入れている間にも、<大天使>は剣を構えてじりじりと距離を詰めてくる。

 次の瞬間、<大天使>が剣を体の前に構え、片足で地面を力強く蹴って猛スピードで突撃してきた。あの構えは突きではない。おそらく、突進の勢いを利用して、剣を大きく横に薙ぎ払う攻撃だろう。

 先ほど、少女はあれだけの速さがある攻撃を軽々とかわしていたが、自分にもできる保証はない。

(いや、何か……何か方法があるはずだ……!)

 そう考えるや否や、統哉は半ば反射的に掌をかざした。

 すると、掌から少女が放ったのと同じ、ソフトボール大の光球が放たれた。

 放たれた光球は<大天使>に命中後、破裂し、<大天使>は後方に吹き飛ばされた。

「……今……俺は何をしたんだ……!?」

 自分の掌と目の前の光景を交互に見ながら統哉が呆然と呟く。

「ほう、それまで使えるとはな」

 背後から少女の声が届く。

「私と契約した者は、私の力をある程度使う事ができる。そして、何かしらの能力を発現させる事ができる。発火能力や怪力といった、いわゆる超能力の類だ」

「能力……? 俺の能力って?」

「それはわからない。私の見た限り、まだ君の能力は目覚めてはいないようだからな」

「なんだそりゃ。この先大丈夫か?」

 統哉が軽く肩を落とす。

「何、落ち込むな。私の能力が使えるならば大丈夫だ。それと、一つアドバイスだ。自分の持つ力をコントロールし、上手く活用するには、空気を吸って吐く事のように、HBの鉛筆をへし折る事と同じように、できて当然と思う事だ。大切なのは、自分ならばできると『認識』する事だ! そうすれば、君に敵などいない!」

「……ずいぶん強引な理屈だな。でも、要領はわかった!」

 ルシフェリオンを構え、統哉は<大天使>に突進していく。そして、至近距離まで近づいた所で全力で刃を振り下ろす。大盾を失った<大天使>は咄嗟に手にした大剣でそれを受け止めた。

 ガキンッ!

 瞬間、甲高い金属質の音が響く。一瞬の間の後、<大天使>の持つ大剣にヒビが入り、やがて粉々に砕け散った。

「終わりだな。こいつでトドメだ!」

 統哉が叫び、再びルシフェリオンを連結させる。先程、少女から受けたアドバイスを意識しながら刀身に自分の力を集中させる。

(できて当然と思う事……! 自分ならばできると『認識』する事……! それを俺の力として、こいつに反映させる……!)

 すると、刀身に収束した力が、巨大な光の刃を形成していく。

 光の刃を纏ったルシフェリオンを構え、言い放った。


「――――グランドクロス!」


 その刹那、統哉は地面を蹴り、一気に<大天使>との距離を詰める。

 そして、一瞬の内に裂帛の気合いと共に振り抜かれた巨大な光の刃が、<大天使>を十文字に斬り裂いた。

 次の瞬間、十字に斬られた<大天使>の体が分離していく。

 そして、閃光と共に爆発する<大天使>。その光景を最後に、統哉は今までに感じた事がないほどの凄まじい脱力感に襲われ、彼の意識はブラックアウトした。




「……う……?」

 統哉が目を覚ました時、最初に視界に入ってきたのは満天の星と満月だった。夜風が統哉の頬を撫でていく。それが妙に心地良かった。

「……確か、俺はあの流星を追いかけて……」

 統哉は必死に記憶を辿る。

 確か自分は妙な胸騒ぎを感じて、流星を追って裏山に入り、空から落ちてきた物体を見つけた。そこで、銀髪の少女と出会い、そして……。

「やあ、目が覚めたかい?」

 不意に、頭上から声が降りかかった。

 満月を遮り、くだんの少女の顔が視界に入ってきた。

 整った顔立ちに、月明かりに照らされて煌めく銀髪、そして金色に輝く瞳。

(あれ……? この視点は……まさか……?)

 統哉がそっと視線を横にずらす。

 すると、統哉の視界に入ってきたのは、少女が纏う漆黒のドレスの、細くくびれたウエスト部分だった。

 つまり、統哉は今までこの少女に膝枕をしてもらっていたわけで。

 統哉がこの事を理解するのに時間はかからなかった。

「……う、うわあああっ!?」

 少女に膝枕をしてもらっていたと気付くや否や、統哉は慌てて身を起こした。

 しかし、力が入らないせいか、すぐに地面に突っ伏してしまった。

「ああ、まだ力が回復していないんだ。何しろ、あれほど大きい光の刃を作るなんて無茶をするんだからな。しかし、初戦にしては上出来じゃないか。……ほら、無理をしないでもう少し横になっているといい」

 そう言って、少女が統哉の体をそっと起こし、強引に自らの膝に統哉の頭を引き寄せる。統哉も最初のうちは気恥ずかしさから少しばかり抵抗していたが、戦いによる疲労と、これ以上抵抗しても無意味だと悟り、なすがままにされていた。

「はは……実感がないけど……俺……生きているんだなぁ……」

 溜息をつきながら呟く。

「ああ。君は生きている。生きて、確かにここにいるよ」

 少女はしっかりと頷き、そして笑った。屈託のない笑顔だった。

「……そうか……ああ……なんだか、生きてるってわかったら……眠くなってきたな……」

 欠伸をした統哉の頭に少女の白い手がそっと添えられる。

「今は眠れ。そして、ここから始まる」

 その言葉を聞いたのを最後に、再び統哉の意識は闇へと沈んでいった。

「――これから、よろしく頼むぞ」

 少女は穏やかな笑みを浮かべ、眠っている統哉に語りかけた。

 そんな二人を、満月と星々が祝福するかのように優しい光を投げかけていた――。




 青年と少女、二人の物語はここから始まる。

 笑いあり、涙あり、混沌あり、そしてその他諸々が詰め込まれた、ハチャメチャな物語が――――。

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