3.「すこぶるどうでもいいです」

 その週の金曜日、


「ね、これどうかな?」


 夜、部屋から出てきた佐伯さんは新しく買ったらしいウルトラローライズデニムなんとかという、一度では覚えられないようなボトムを穿き、嬉々として披露してくれた。


「ナントカじゃなくて、ウルトラローライズデニムビキニパンツ」

「すこぶるどうでもいいです。何で君はそんな挑戦的なデザインのアイテムが好きなんですか」


 しかも、それを強調するためか、トップスもクロップド丈だ。これが似合ってしまうのが佐伯さんの恐ろしいところだが、しかし、まだ春の気配も見えてこない三月頭の恰好ではない。


「よくそんなものを買う気になりましたね」

「んー? ぶっちゃけ、ノリ? お京が絶対似合うからって。わたしもこれなら弓月くんもイチコロだと思ったー」

「……」


 桜井さんか。またよけいなことを……。


「ぇろい?」

「見てるだけでこっちまで寒いです。着替えてきなさい」


 そう言いつつも、僕は彼女を見ていなかった。直視するのは目に毒だ。テレビ番組をBGMに本を読む。


「うーん、ノリとネタで買ってみたけど、思った以上にぇろカッコイイかも? もういっそ上はビキニの水着でもいいかもしれない」


 しかし、そんな僕の態度にもかまわず、佐伯さんは続ける。僕は不覚にも横目で彼女を見てしまうのだった。


 佐伯さんは、試行錯誤するように、煽情的なポーズをいろいろと試していた。


「……いつまでやっているんですか。早く着替えないと、僕が部屋にこもりますよ」


 僕は内心の動揺を隠しながら、最後通牒のように告げる。


「もぅ。……ふーんだ。暖かくなったら、絶対にまた穿くんだから」

「……」


 やっぱり穿くつもりなのか。


 不満げに頬をふくらませながら部屋に戻っていく佐伯さん。しかし、その足が止まり、こちらに振り返る。


「でも、わたしは甘いので、弓月くんに『また穿いてほしい』とか『どんなふうになってるのか、いろいろ確かめたい』とか、『むしろそれを穿いた君とスキンシップがしたい』なんて頼まれたら、思わず期待に応えて穿いてしまうのです」

「頼みません!」


 僕がきっぱり言い切ると、佐伯さんはいたずらが見つかった子どものように部屋に逃げ込んだ。

「まったく……」

 本当に主導権イニシアティブがあると強気だな。温かくなるころにはブームが去る……いや、佐伯さんが流行に左右されるとは思えないので、彼女の興味自体がなくなっていることを祈ろう。


 程なくして再び現れた彼女は、パーカーにショートパンツというスタイルだった。ベクトルが違うだけで寒そうな恰好には変わりないのだが、こっちは普段から見慣れているのでよしとしよう。少なくとも目のやり場に困るようなことはない。


 と、そこで僕と佐伯さんが言葉を交わすよりも先に、彼女が持っていた携帯電話が着信を告げた。


「お父さんからだ。……はい、もしもし?」


 佐伯さんが電話に出る。トオル氏かららしい。


「嘘! どうして!? ……え、今から?」


 いったいどんな話なのか、佐伯さんがひどく動揺している。


 何ごとかと様子を見守っていると、彼女は一度端末を耳から離し、僕にひと言。


「お母さんにわたしたちのことがバレたって」

「え……?」


 バレた? 何が? 交際についてはもう気づかれている。だとしたら、ここで一緒に住んでいることか。


「あ、はい。ええ、代わるわ」


 再びトオル氏と話しはじめた佐伯さんは、今度は端末をこちらに差し出してきた。僕は黙ってそれを受け取り、耳に当てた。


「代わりました。弓月です」

『ああ、弓月君か。私だ。妻に君たちのことを知られてしまった。どうやら実家のほうからリークがあったらしい』

「……」


 なるほど。こういう手できたか。


 おそらくこれだけでは紅瀬家が佐伯さんを手に入れる一手にはならないだろう。だが、小母さんがまっとうな感覚の持ち主なら、騙していた僕たちに怒り心頭で、交際は絶対に認めないに違いない。


『すまないが、今からそっちに行く。妻がどうしてもと聞かなくてね。心の準備だけはしておいてくれないか』

「わかりました」


 そうして電話が切れ、僕は端末を佐伯さんに返した。

 それを受け取る彼女は、今にも泣きそうな顔をしていた。

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