第17話 ㉝

 瞳は力の限り体を揺り動かした。しかし少女の力では、大の男の羽交い絞めを解くことは不可能だった。瞳を取り押さえている教師と一緒に来たもう一人の教師が床に倒れている美奈を見た。頭部がズタボロになっている少女の死体に、教師は吐き気を催して口を手で押さえた。惨殺されている。教師達が教室に到着した時、殴られながらまだ体が動いているように見えたのは、おそらく体の神経が反射反応を起こしていただけなのだろう。

「殺す! そいつを殺さなくちゃ!」

 異様に興奮した瞳が叫び散らす。

「落ち着け、落ち着くんだ」

 美奈を見ていた教師が振り返って、瞳を宥めようとする。瞳を背後から押さえている教師と目を合わせる。二人の教師の目には、同級生を惨殺した少女への怒りや恐怖よりも、正気を失っている彼女に対する憐憫の色が濃かった。

 教師達は、教室の中に無数に横たわる死体のどれか一つでも、再び動き出すことはないと思っていた。美奈の死体は特にだった。どんな可能性を考慮したとしても、頭が無くなるくらいに潰れ、崩され、かき混ぜられた肉体が、まだ生命を留めているとは想定できなかった。しかし、横たわる美奈の死体には、教師達の気付かぬうちに、異変が起こり始めていた。

 ばらばらに散らばった肉片がうねり始め、美奈の頭部へ向かって集まっていく。

 瞳は教師から逃れようと必死でもがき続けた。瞳だけが、美奈がまた蘇ることを確信していた。ひたすらに体を捻る。腕を振り回す。

 瞳の前に立って宥めようとしている教師の影に、ふと動くものを瞳は見る。美奈が、身を起こしている。まだ治りきっていない顔で瞳を振り向く。崩れた肉の断面、露出した骨、吹き出した血で真っ赤なその顔を、傷口に向かって肉片や脳漿達が蛞蝓のように這い回っている。美奈の顔が瞳に微笑む。

 瞳は絶叫した。教師達も思わず瞳の視線を追った。

 美奈がゆっくりと立ち上がる。

「タンゲラは夢中になると、死ぬも生きるもどうでも良くなってしまうのが困りものだ。でも、消える前にちゃんと最後の傷だけは治していく。やるべきことはやっていくから、私は彼女が好きなのさ」

 瞳が教師の手を抜け出そうとさらに激しく暴れる。しかしおかしい。先程まで教師は、瞳が暴れると多少なりとも狼狽えて体勢がふらついた。だが今、教師は瞳を捕まえたまま、まるで石像になったかのようにびくとも動かなかった。そして目の前で死んでいた美奈が蘇り立ち上がったというのに、二人の教師の驚愕の声は、いつまでも上がらなかった。

 どんどん元の形を取り戻していく美奈の顔が、微笑んで瞳を見ている。瞳と美奈の間にいる教師が、美奈を方を向いたまま、動きを止めている。

 やがて、教師がゆっくりと動き出す。カチャリ、と微かな金属音がする。ベルトが外れ、教師のズボンが足をずり落ちる。瞳は教師のとった行動に理解が追い付かなかった。

 ズボンの下に履いていたトランクスを、教師がずり下げる。毛の生えた臀部が、瞳の前に晒される。ズボンとトランクスから、足を抜く。

 教師がゆっくりと瞳を振り返る。虚ろな顔をした教師の足の間で、垂れ下がった陰茎が揺れる。

 瞳は息を飲んだ。

 教師の陰茎は徐々に膨らみを見せ始め、その頭をもたげた。ついには固く脈打ち、そそり立つ。

 瞳の脳裏に、幼い日の記憶が沸き上がった。狭いアパートの部屋、アルコールの匂い、瞳を押さえ付ける男の影、その股間にそそり立つもの。

 瞳の表情が強張り、体を激しく動かす。瞳を羽交い絞めにしている教師はびくともしない。陰茎を露出させた教師が、瞳に近付いて来る。

「タンゲラの自慰や接吻に対する君の反応を見て気付いたんだが」

 教師の向こうで微笑んだ美奈が言う。

「嫌いだろう? こういうの」

 教師が瞳の体にかぶり付いた。唇が瞳の首筋に押し付けられ、蛞蝓のような舌が肌を這う。そうしたまま、手が力任せに瞳の制服を引き裂く。ボタンが千切れ飛び、制服とワイシャツが剥がされる。その下に着込まれた薄いシャツの襟首を教師の手が乱暴に掴み、引き裂いていく。瞳は激しく体を揺さぶり絶叫する。教師の舌が伝って行く首筋の肌に、教師の荒い鼻息の吹きかかるのを感じる。

 シャツが難なく破られ、瞳の肌が露出する。ブラジャーの下に手が潜り込み乳房を鷲掴みにする。胸を乱暴に揉みしだかれ瞳は激しい痛みを感じる。目から涙が滲みだす。ブラジャーが大きくズレて薄赤い乳頭が外気に晒される。

 教師の手がスカートの中に潜り込み、下着の中に侵入する。瞳は息を飲み、悲鳴が一瞬止まる。指が、瞳の中に侵入する。喉を張り裂かんばかりの絶叫で瞳が拒絶する。

「やめろ! やめろっ! や、やあああああああああああっ!」

 喉が限界を超え、何度もえずき、涎を吐き出しながら瞳が絶叫する。

 楽し気にそれを見つめながら、美奈が笑って言う。

「こう見えて、友達思いなんだ、私は。仲間の敵は、一応討たないとな」

 唾の糸を引いて教師の唇が瞳の肌を離れる。そのまま教師は瞳の口に齧り付く。塞がれた口で瞳は叫びを上げる。教師の唾液が瞳の口内に流れ込んでくる。瞳の口の中に味覚の記憶が広がった。アルコールと不潔な口臭の溶け込んだあの日の味。

 教師の舌が瞳の口の中に潜り込んでくる。瞳はその舌に噛み付いた。しかし少女の咬筋は教師の舌を切断するには至らなかった。裂傷を負った教師の舌から血が零れ出し、瞳の口の中に溢れていく。瞳は血の味に溺れそうになって、口を口で塞がれたまま、数回咽込んだ。その途端、血液と唾液の混合液を少量、嚥下してしまう。

 体の内部に侵入されたような嫌悪感が沸き上がる。

 教師が瞳の口から離れる。教師の口から唾液と血液がだらしなく垂れ零れる。丁度、獲物の肉を噛み千切った犬のような顔をしている。

 自由になった口から、瞳が咳き込むように言葉にならない声を上げる。赤い唾液が滴になって飛び散る。

 激しくバタつく瞳の足の間で、教師の指が下着をずらす。瞳が教師を蹴り、突き飛ばそうとする。教師が瞳の足を掴んで脇に抱え込む。そのまま、瞳に体を近付ける。

 瞳の顔が引きつり、叫ぶことさえ忘れてしまう。あの日もそうだった。恐怖に身が竦み、叫ぶことすらできない。自分のことを、性欲を晴らすための物体として見る男の顔。圧し掛かるように近付く身体。

 瞳の中に、教師が侵入した。

 瞳は叫び声を上げなかった。口から漏れ出したのは、微かな呻き声だった。絶望の中を彷徨うような、弱々しい声だった。

 教師の腰が激しく運動を始める。瞳の股から、体液が垂れて落ちる。体液は赤く滲んでいる。あの日ただ一度だけ貫かれた瞳の幼い体は、まだ青いその肉体が再び貫かれることを拒むように、元の状態を修復するかの如く道を狭めていた。それがまたこじ開けられ、再び瞳の体は血を流した。それはただ瞳に、精神的だけでなく、肉体的な苦痛を与えるだけの結果となった。

 瞳は歯を食い縛り、目を強く閉じて、堪えていた。喉からは死にかけの羊の呻き声のような、微かな声が漏れだしている。教師の腰の動きに合わせて、吐き出される声が波打つ。閉じられた瞼の隙間から涙が滲み出る。いつしか呻き声に、涙を啜る声が混じり始めた。

 何度も頭の中で、幼い日の光景がフラッシュバックする。あの日の男の荒い呼吸と、目の前の教師の呼吸が重なる。幼い瞳を押さえ付ける男の腕と、自分の足を抱えて離さない教師の腕が、瞳の動きを封じている。瞳は二つの時間で同時に犯されていた。

 次第に教師の腰の動きが加速して行く。荒い息の合間合間に、性的な快感に震える声が混じる。その声の震えは、絶頂が近いことを示していた。

 瞳はこれから訪れる感覚を思い出していた。

 熱い液体が、自分の中に放出される感覚。他人の、もっとも禍々しい匂いが、自分の内側に染み込んでいくような、恐ろしく、不快な、あの感覚。

「ひっ……ひっ……」

 瞳が、短く、引き攣ったような悲鳴を上げる。歯を食い縛っていた口が、力なく歪む。

「やめてぇ……」

 縋るような、反抗する意思も全て萎え切って、ただただ懇願するような、弱々しい声が、瞳の口から洩れた。

 もはやそこには、美奈の前で微笑みを絶やさず、どんな残酷もやって見せた、そんな少女の姿はなかった。

 そこにいるのは、敵わない力の前に降伏する無力な幼い少女に過ぎなかった。

 美奈が、心底愉快そうに、くっくっと声を出して笑っている。

 ――もう、やめて上げて……。

 精神の背後からの声に水を差されて、美奈が少し不機嫌な顔になる。そして多少の驚きを含んだ声で言った。

「何だって? おいおい、勘弁してくれよ」

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