第16話 ㉜

 死体の散乱した、血塗れの教室で、美奈と瞳は向かい合った。

 二撃目の金属棒を躱した美奈は血で濡れた床に尻餅をついて瞳を見上げている。瞳は美奈を見下ろして、睨みつけていた。

 頭から流れ出る血で顔面を真っ赤にしながら美奈が微笑む。

「今日は微笑まないの? いつもみたいに」

 瞳は答えずに金属棒を振った。美奈の頭を横薙ぎに弾かれる。また新たな血が噴き出す。美奈は弾かれた頭を元の位置に戻すと、微笑んだまま言う。

「お喋りは必要ないのね」

 瞳が金属棒を振り下ろす。床を転がるように美奈が避ける。すぐに瞳が追撃する。金属棒が美奈の足に当たって鈍い音を立てる。瞳は休まず美奈の足から顔を狙って金属棒を振り上げる。美奈が反るようにして躱そうとするが、金属棒の先のフックが美奈の顎をかすめて肉片をえぐり飛ばした。そのまま体勢を崩した美奈が仰向けに転がる。顔面に瞳が金属棒を振り下ろす。金属棒が鼻を潰し顔の中心にめり込む。砕けた鼻から大量の血が溢れだす。美奈が身を起こす前に、瞳がその体に馬乗りになる。美奈の左腕は瞳の膝で踏み潰されて固定され、右腕は体にくっ付けた状態で瞳の足の間で押さえつけられている。

 じゃぶじゃぶと鼻血を吹き出しながら、微笑みを絶やさず美奈の目が瞳を見つめている。

 瞳は金属棒を短く持って、杭を突き刺そうとするように振り上げる。そして勢い良く振り下ろした。

 金属棒が瞳の左の頬骨を砕き、皮膚を貫通し、肉に突き刺さった。

 全く動じていないように、美奈の目が瞳を見つめ続けている。

 瞳は再び振りかぶり、振り下ろす。

 美奈の鼻がより深く顔の中にめり込んだ。凹んだ鼻に引っ張られるように歪んだ目の形が、美奈の微笑みを一層不気味に引き立てた。

「あなた、何回蘇れるの?」

 瞳が呟く。金属棒を持ち上げる。棒の先に血と肉片がこびり付いて、不快な音を立てる。

「あなたが完全に死ぬまで、殺してあげる」

 瞳が再び振り下ろす。金属棒が美奈の左目を突き刺し、眼球を潰して眼孔と金属棒の隙間から血と体液が飛沫を上げて吹き出した。そのまま金属棒を捻り込むようにして、さらに突き刺していく。ずぶずぶと金属棒が深く沈んでいく。

 残った美奈の右目が、金属棒に体重を掛ける瞳を見つめている。

 くすくすと声を出して、美奈が笑い出した。

「ねぇ、あなた、何をそんなに怯えているの?」

 美奈が言った。瞳は冷たい手で心臓を触られたように、どきりとした。瞳の内面を見透かすように、美奈の右目が見つめている。瞬間、瞳は逆上した。

 美奈に突き刺した金属棒を引き抜こうとする。このまま、顔が原形を留めなくなるまで、突き崩し、潰し、引き裂いてやる。完全に死ぬまでそうしてやる。瞳は金属棒を引き抜く手に力を込めた。

 しかし金属棒はびくともしなかった。飛び散った肉片が、血液が、傷口を埋めていく。金属棒が突き刺さったまま、美奈の顔は金属棒と肉の隙間を塞ぎ始めていた。

「今、あなたが私から命を奪おうとしているのに、まるであなた、私に何か奪われているような顔をしてる」

 美奈が愉快気に笑い続ける。

 瞳は必死で金属棒を握る手に力を籠める。美奈は全くに気にもかけない素振りで話し続ける。

「私があなたを殺すかも知れないからかなぁ。違う、あなたが恐れているのはそんなことじゃない。もっと根本的なこと」

 この時、瞳は気付かなかったが、美奈の右手は瞳の下でにじるように動いて、美奈の下半身の陰部を探り始めていた。

「あなた、私のことが怖くて怖くてたまらないんでしょう。今日の私がじゃない。ずっとずっと昔から」

 金属棒を握る瞳の手が僅かに、滑るように動いた。しかしそれは金属棒が美奈の顔から僅かに抜け始めたからでなく、握力を失い始めた瞳の手が、実際に金属棒を滑ったのであった。

 心の奥底まで覗き込まれて嘲笑われたような気がした。目の前の美奈を、早く殺さねばならないと気ばかりが急いた。滑る手は明らかに瞳の動揺を表していた。

 突然、それまで馬乗りになられても抵抗しなかった美奈が体を動かした。不意を突かれて、瞳は体勢を崩した。緩み始めていた握力は、金属棒を取りこぼした。

 瞳の足に押さえ付けられていた美奈の左手が自由になり、瞳を突き飛ばした。今度は瞳が床に転がり、膝立ちになった美奈がそれを見下ろした。その時、瞳は初めて、美奈の右手が自慰するように、陰部をまさぐっているのに気付いた。強い嫌悪感が吹き出した。美奈は右手で悦楽を楽しんだまま、左手で瞳の肩を押さえ、上から覆いかぶさるような状態になった。

 美奈の顔が瞳の顔を見下ろす。左目から生えた金属棒は長く、丁度、瞳の顔の真横の床に、つっかえ棒のように突き立った。金属棒を杖にした美奈の顔が、とても楽しそうに微笑んでいる。金属棒が突き刺さっている以外、顔の傷は全て治っていた。

「あなた、とても可愛いわ」

 美奈の顔が、瞳に近付き始める。初めは金属棒がつっかえて進まなかったが、やがて金属棒が美奈の顔の奥にずぶずぶと沈み始めた。金属棒はすぐに美奈の頭の大きさに収まらなくなって、後頭部から突き抜けた。

 金属棒の柱を伝って降りてくるように、美奈の顔は瞳に向かって落ちてきた。金属棒の突き刺さった美奈の左目から、血が瞳の顔にぽたぽたと降ってくる。瞳は体が麻痺したように、抵抗して暴れ回ることも忘れて、口で荒い呼吸を繰り返していた。

 その口を、美奈の口が塞いだ。

 美奈の舌が、瞳の舌をくすぐった。

 猛烈な嫌悪感が瞳を突き動かした。肩を押さえられていない左腕で美奈を引きはがそうとする。必死で体を動かして暴れる。美奈の唇は離れない。

 目を見開き、鼻を鳴らして呼吸する。

 ふと瞳は、自分の顔の傍に転がっているものに気付いた。

 それは眼球だった。教室中に転がる死体共から零れ落ちたものだろうか? 違う。眼球だけでそれが誰のものか、見分けなどつくはずがない。しかし瞳にはそれが誰の眼球かわかった。何故ならばその眼球には、画鋲が刺さっていたからだった。

 それは瞳が拾って、密かに制服のポケットに入れていたものだった。瞳が暴れたので、ポケットから転げ落ちたのだ。

 それは芽以の眼球だった。

 芽以の眼球が、その画鋲の背に隠れた黒目が、瞳の方を向いて止まっていた。まるで瞳を見つめているように。

「あなた、私のことが怖くて怖くてたまらないんでしょう。今日の私がじゃない。ずっとずっと昔から」

 瞳の頭の中で、先程の美奈の言葉が何度も反響した。

 ぶるぶると瞳の手が震えた。激しい怒りが、マグマのように吹き出して血管を流れ始めた。

 違う!

 瞳の手が美奈の後頭部から貫通した金属棒を掴んだ。

 恐れるのも奪われるのも、私じゃない!

 金属棒が強引に傾けられて、串刺しになっている美奈の顔が瞳の顔から剥がされた。

 瞳の右手が肩を押さえる美奈の手を振り切って、美奈の顔面を掴んだ。金属棒と手の力で、美奈の頭を引き離していく。

 相変わらず微笑んだままの美奈の右目が瞳を見つめていた。

 瞳の右手の人差し指が、美奈の右目の眼孔に突きたてられた。

 瞳の人差し指を、生暖かい血が伝う。ぽたぽたと垂れて瞳の顔にかかる。弾力のある肉の感触と、何かが引き千切れるような感触を人差し指で味わいながら、美奈の顔を押しのける。

「ああああああっ!」

 ついに美奈の体が瞳の体の上から転げた。そのまま回転するように、再び瞳が美奈の上に来る。その間に、後頭部から金属棒を引き抜く。

 形勢が逆転しても、全く動じない様子で、美奈は楽しそうに笑っている。両方無くなった目で、しかしまだ瞳を見ている。

 瞳が突き刺すように金属棒を振り下ろす。右目の涙腺の辺りに金属棒がめり込んで、眼孔が広がる。顔の中に押し込まれていたひしゃげた眼球が外に押し出される。辛うじて神経が繋がって残っていて、眼球は顔の横に垂れ下がる。

 瞳が速度を上げて金属棒を何度も何度も美奈の顔面に突き刺していく。骨が砕け、肉片が飛び、血が飛沫を上げ吹き出す。一度刺し砕かれた場所に、金属棒が再度、再々度、何度も突き刺さり、顔面をさらに深く、さらにぐしゃぐしゃに崩していく。骨と肉が裂け脳が露出する。瞳が徹底的に脳を破壊し始める。脳みそと肉と皮膚と骨が、粉々になって混ざり合い、絡み合い、その混合物が、金属棒が引き抜かれるたびに引き千切れ、散らばっていく。

 頭の上半分が潰れてなくなっても、残った美奈の口が笑い続けている。頭の中にこびり付くような笑い声だった。金属棒が瞳の歯を砕き、口内を刺し潰す。大量の血が口の中に溢れだす。喉に溜まった血液が、うがいをするように泡立つ。まだ笑い続けているのだ。聞こえるのは血液が喉でガボガボと鳴る音だと言うのに、泡が上がる度に瞳の頭の中で美奈の笑い声が反響した。

 瞳が美奈の口に金属棒を何度も振り下ろし、口を破壊しようとする。口が裂け、頬まで亀裂が入る。口内の血液がそこから外に流れだし、断続的に美奈の笑い声が蘇る。

 瞳の振り下ろした金属棒が美奈の喉に突き刺さる。喉に穴が開く。瞳が金属棒を力任せに捻じり、喉の穴を広げる。溢れだした血が喉の穴と金属棒の隙間で泡を立てる。瞳が肉を抉るように金属棒を引き抜く。喉にぽっかりと穴が出来上がる。美奈の笑い声が止まる。喉の穴で血が飛沫を上げる。空気が喉の穴から抜けて、声帯を震わす力を失ったのである。しかし、美奈の裂けて砕けた口は何かを言おうとするように歪んだり伸びたりを繰り返した。

「ああ、良いわ! この子、可愛くて、面白い!」

 ――タンゲラ、いい加減にしろよ。君がいくら肉体を治せるからって、何時までも死んだ状態いられるわけじゃないだろう。

 すでに半分以上、ミンチになって、潰れて、千切れ飛んだ美奈の頭に、瞳は止める気配もなく、金属棒を突き刺し続ける。

 しかしそんな状態になってなお、美奈の手は彼女の陰部に伸びたままだった。むしろ手の動きは激しさを増し、腰が床から僅かに浮いて、くねくねと動いていた。スカートが捲り上げられ、下着をずらし、美奈の右手は一心不乱に自分の恥部を弄繰り回していた。

 瞳は振り返って一瞬それを確認し、吐き気を催して、唾を床に吐き捨てた。

「ケダモノっ!」

 叫んで瞳は金属棒を振り下ろす。美奈の動きは止まらない。続けて何度も何度も金属棒を突き刺し続ける。美奈の動きは激しくなっていく。瞳は吐き気を堪えて、渾身の一撃を加えるために、大きく金属棒を振りかぶった。その瞬間、一際大きく美奈の腰がうねる。美奈の股間から飛沫が飛ぶ。美奈の体が細かく痙攣し、やがて脱力した。

 瞳が金属棒を振り下ろすことはなかった。

 教室に様子を見にやって来た二人の男性教諭が教室に飛び込んで、一人が瞳を後ろから羽交い絞めにしていたからである。

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