第4話 ⑧~⑩

 昼休み、美奈と瞳、芽以、理子は前日と同じトイレの前にいた。クラスの教室から離れた理科室前の廊下に、他に人気はなかった。

「今日はどうする? 昨日と同じ感じ? それとも今度は、大便器の方に入れちゃおっか!」

 心底楽しそうに芽以が話している。弁当箱を手に持って、美奈は俯いている。理子は不安気に美奈の姿をちらちらと見ている。

 瞳が美奈に振り向いて、目の前に立った。芽以が期待を込めた眼差しで瞳を見る。

「ねぇ、田中さん」

 瞳が美奈に呼びかけた。美奈は俯いたまま黙って、その後に続く言葉を待った。しかし、次に来たのは言葉ではなかった。

 瞳の手が伸びて、美奈の制服の中に滑り込み、美奈の胸に触れた。美奈は驚いて咄嗟に身を引いた。百足に噛まれた右足の痛みはだいぶ引いていたが、美奈はそのままバランスを崩して尻餅をついた。胸に触られた瞬間に、昨夜の父の手の感触が思い起こされて、美奈の中に強烈な嫌悪感が沸き上がった。

「わ! 瞳ってそう言う趣味だったの?」

 芽以が苦笑いを浮かべて言った。いつもの笑いと違って、明らかに瞳に対して、引いていた。

「さぁ、どうだろうね?」

 と、いつもの微笑みのまま瞳が言った。その手には、美奈の手帳が抜き取られてあった。

 それを見て美奈はハッとした。

「返して!」

 跳び付くような勢いで美奈は立ち上がり瞳に手を伸ばす。

「きゃっ!」

 瞳が体勢を崩して尻餅をつく。すぐさま憤怒の表情で芽以が瞳を突き飛ばした。

「何してんだ、お前!」

 美奈は再び床に倒れたが、すぐにまた瞳に向かおうとした。その手帳だけは、見られてはいけないのだ。しかし立ち上がろうとした美奈の肩を芽以が思い切り蹴飛ばして、美奈は仰向けに転がった。そのまま芽以が馬乗りになって、美奈を床に押さえ付けた。

 芽以は小柄だった。単純な筋力だけで言えば、美奈でも通用するかもしれない。しかし芽以には躊躇がない。人を痛めつける時に、加減というものをしない。押さえ付けられた痛みで美奈が声を出そうと、全く意に介さず、むしろ騒がしい口を手で塞いでしまうのだった。

「何なの、こいつ。急に、ふざけてんの?」

 芽以の口調は不快感を露わにしていた。その傍に立った瞳がふと、くすくす笑いだした。芽以が瞳を振り向く。仰向けに床に押さえ付けられたまま、美奈も視線を向ける。瞳は美奈の手帳を開いて、読み始めていた。

 美奈が再び力を振り絞ったが、芽以に完全に押さえ付けられていて、何の効果もなかった。むしろ美奈の必死さは、芽以の手帳に対する興味を徒に掻き立てる結果になった。

「ねぇ、何、それ、何が書いてあるの?」

 美奈が手帳を芽以に渡した。美奈に馬乗りになっている芽以は、両足の膝で美奈の腕を踏み付けて固定していた。それから右手で美奈の口を塞いでいる。使えるのは左手だけだった。

 瞳が美奈の頭の傍に移動して、芽以に言った。

「手、離して良いよ。私が押さえとくから」

 芽以が一瞬、間を置いてから手をどけた。美奈は叫んでしまおうかと思った。その後、瞳達から何をされるかはわからない。あるいは自分と瞳達の関係が公になって、沙月に自分の惨めさを晒すことになるかもしれない。しかし手帳の秘密をこれ以上、人目に触れさせたくないという思いが、今の美奈の中では第一だった。

 叫ぶか叫ばないか、美奈は決断しようとした。しかし、どちらに決断したとしても意味はなかった。芽以が手をどけた次の瞬間には、叫ぶような間もなく、瞳の上履きの裏が美奈の口に押し付けられたからである。

 細かく波打った靴裏が美奈の唇に食い込んだ。瞳は立ったまま、美奈の口を踏み付けている。顎や歯が軋む程には、体重は掛けられていないが、歪んだ唇から叫び声を出すのは不可能だった。

 美奈は足の下から瞳を見上げたが、瞳は美奈に対して一瞥も与えていなかった。手帳を読もうとしている芽以の方を向いて、いつもの微笑みを浮かべている。まるで、自分が何かを踏んでいるなんて、気付いてもいないように。

 芽以に手帳を読まれてしまう。それが美奈にとってこの時、最大の関心事であるはずだった。しかしその関心事に集中することを妨げる程の恐怖が美奈の中に湧き上がっていた。

 今、もう少し体重を掛ければ、瞳は簡単に美奈の歯をへし折ることが出来るだろう。それに対して自分はどうすることもできない。瞳はそんなことしないだろうか。わからない。瞳なら美奈の前歯を全て踏み折った後でも、いつも通りの涼し気な微笑みを浮かべているような気がした。

 口を踏み付けた上履きの端は、美奈の鼻にこすれていた。そのため、美奈の鼻孔は半分ほど塞がれ、呼吸も阻害されていた。もちろん、押さえられた口で呼吸をするのも容易ではない。この状況の中で、美奈の心臓は早鐘のように打ち響き、体は多量の酸素を求めた。半ば塞がれた口と鼻で行われる必死の呼吸は無様な音を立てた。鼻水を飛ばしながら空気が出入りするたびに、上履きの生地の据えた匂いがした。口の端からは唾液が零れ、口の中に溜まっていく唾液にはゴム臭い苦味が溶けだした。手帳が読まれることの恐ろしさと、踏み付けられた足の恐ろしさの前に、美奈の頭の中は掻き乱され、もはや思考をまとめることさえできなかった。

 やがて芽以が堪えきれないといった様子で、笑い声を上げ始めた。

「うっそ、これ、マジ?」

 ページを捲りながら言う。手帳から視線を外し、美奈を見下ろす。

「ねぇ、あんたこれ、本気で書いたの?」

 本当に愉快そうに、美奈を蔑む笑顔を浮かべている。唾液と鼻水を零した美奈の顔、その目には、涙が滲んでいる。

 瞳が芽以の方に手を差出す。芽以は手帳を閉じて瞳に渡した。瞳はその手帳を、理子の方へ差し出した。

 理子は三人から少し離れて、ずっと立ち尽くしていた。美奈が押さえ付けられ、手帳が回し読みされている間、助けることも、加担することも出来ずに、ただそこに立ち尽くしていたのである。

 突然に矛先が自分に向いて、理子は咄嗟に反応できなかった。

 理子に向けて手帳を差出したまま、瞳は微笑んでいる。沈黙の間が流れる。芽以が下卑た笑いを浮かべて理子を見ている。理子が視線を落とすと、瞳の足の下から、涙に濡れた美奈の目が縋るように理子を見つめている。理子は唾を飲み込む。

「わ……私は、良いよ……」

 理子は何とか、それだけの言葉を咽喉から絞り出した。

「ええ、もったいない。おもしろいよ。読んどけば?」

 楽しくて楽しくて堪らない気持ちが滲み出た声で、芽以が言う。理子は瞳の顔を見ることが出来ずに俯く。

「別に、読まなくて良いよ」

 瞳が言った。驚いたように芽以が瞳を見る。

「こんなもの、読みたくないって気持ちもわかるし」

 美奈が下から瞳を見つめる。瞳は相変わらず美奈を見ないで、理子を見て微笑みかけている。

「でもね、一つ頼まれてほしいの」

 瞳が言葉を続けた。

「これ、水上先生に渡して来てくれないかな?」

 美奈は頭の中が、真っ白になった。

 美奈が跳ね上がらんばかりに暴れ始めた。瞳も流石に美奈に目を向けた。足を激しくばたつかせ、体をねじり、手を振り回そうとした。芽以が両手も使って美奈を押さえ付ける。美奈の反抗が酷く癪に障ったらしく、振り上げた手を叩きつけるように美奈の体に振り下ろす。それでも美奈は暴れるのを止めない。呼吸が一層激しくなって、鼻水が細かい飛沫になって飛び散る。同時にドロッとした塊の鼻水も溢れだす。美奈はそんなこと気に掛ける様子もない。声を出し叫ぼうとする。自分を踏み付ける上履きから逃れようと必死で首を振る。掛ける体重を増して瞳の足が更に強く美奈を踏み付ける。唇の皮がむけ、鉄の味が口に広がる。歯が靴底にぶつかる。

「やめて! やめて!」

 美奈はそう叫ぼうとした。しかし瞳の体重で歪んだ口からは、唾の噴き出す奇妙な音と、喉の震える音しか響かなかった。

 拘束から抜け出そうとする美奈の行動は、瞳達に対する反抗と言えたが、その実、美奈の精神はもはや反抗心など持っていなかった。美奈が今しようとしているのは、懇願に他ならなかった。自分の密かな思いを、沙月に暴露されることをやめて貰えるなら、どんなことでもする。生きたまま百足を飲めと言われれば飲み込むだろうし、学校の生徒全員の前で全裸で土下座しろと言われればするだろう。だからただ一つ、手帳の秘密だけは、美奈の持つ一番大事な秘密だけは、どうかそっとしておいてほしい。

 美奈の激しい暴れ方は、まだ手帳を読んでいない理子に、その手帳の重要性を理解させるに十分だった。そして、その手帳の内容を沙月に伝えるということが、美奈にとってどれ程、辛いことなのか、理子はわかった。

 やがて暴れ疲れた理子が動きを止め、荒い鼻息の音だけを響かせるようになると、瞳は再び理子に手帳を差出した。

「水上先生に渡す前に、読むかどうかは理子さんに任せるよ」

 理子は再び俯いたまま、立ち尽くした。

「ね? お願い」

 理子はようやく恐る恐る、瞳に近付いた。それでも瞳の顔を直視することはできず、顔は俯いたままだった。そうすると自然、瞳の足の下の美奈が視界に入らないわけにはいかなかった。

 美奈の目が、理子を見つめていた。それは理子に対して、はっきりと訴えかける目だった。理子に対して懇願する目だった。

 ここが一線かもしれなかった。いや、そんなものはとっくの昔に飛び越えてしまっている。けれども、今この時が、美奈の友達として絶対に守らなければいけない、最後の、本当に最後の一線かもしれないと理子は思った。

 美奈の視線から理子は顔を背けなかった。涙と鼻水で汚れ、紅潮した美奈の顔を見つめる。一緒に髪留めを買った時のことを思い出す。今、美奈の頭にそれはない。けれど、お揃いの髪留めを付けて、笑いあった、あの時の美奈の顔を理子ははっきり覚えている。今、理子の頭にはその髪留めがある。鏡で見なくても、その形を思い描くことが出来る。理子も目から涙が滲み出そうになる。理子は両手の拳を強く握りしめて、言った。

「私、それはできな……」

 理子の顔が横に弾かれて、言葉が遮られた。一瞬、理子は何が起きたかわからなかった。すぐに、自分の頬が熱を帯びて、ひりひりと痺れて痛み始めた。そっと頬に触れて、理子は瞳を見た。瞳の手が、理子の頬を張ったのだ。

 瞳は、相変わらず微笑んで理子を見ていた。

 理子はゾッとした。瞳に敵意を向けられるということの意味を思い出した。それは今まで自分が傍観してきた、美奈に対する仕打ちが、全て自分に向けられるということだった。理子の体が小刻みに震えだした。たった一発、頬を張られただけで、理子の精神は完全に萎えてしまった。

 瞳が理子に手帳を差出す。

「理子さん、私達、友達だよね。駄目だよ。友達は大事にしなくちゃ」

 理子は堪らず瞳から視線を逸らした。下を見れば美奈と目が合う。理子には美奈を見る勇気もなかった。理子の視線は全くあらぬ方向へと向けられた。そのまま理子の手が、手帳を受け取った。

 どことも言えぬ方向へ視線を向けたまま、美奈を見ようとしない理子を見て、美奈は目を閉じた。もう、そこに希望はなかった。

 手帳を受け取った理子に、瞳が言った。

「それから水上先生に、『田中さんが話したいことがあるから、放課後、校舎裏に来てほしいって言ってました』って伝えてくれるかな」

 美奈は驚いて目を開けて瞳を見た。瞳も、美奈を見下ろしていた。

「キューピットになってあげる。お礼は良いよ」

 瞳の台詞を聞いて、芽以が下卑た笑い声を上げた。


 夏香市立第一中学校の校舎裏には観察池がある。あまり日当たりのよくない陰気な立地で、ほとんど管理されていない観察池は濁り独特の臭気を放っていた。昔は生物部が部活動で使っていたが、今ではその生物部自体が存在しなかった。過去の生物部の生徒が作った謎の実験動物が生息している、という冗談半分の噂が学校の七不思議として時折語られる程度で、実際に観察池に用のある生徒など皆無のため、この校舎裏自体、訪れる生徒がほとんどいなかった。告白の場所としても、陰気さと観察池から漂う独特の臭気は、決してふさわしいとは言えなかったのである。

 放課後の校舎裏、美奈が一人で立っていた。その奥の、観察池の影に瞳と芽以と理子が隠れていた。理子は無言で辛そうな顔をしている。芽以はあからさまに楽しそうな笑顔である。瞳はいつも通りの微笑みを浮かべていたが、芽以と同様、これから起こることを楽しみにしているのが見て取れた。

 三人が隠れて見ていることを、当然、美奈も知っている。

 美奈は沙月が来なければ良いと思った。あの手帳を読んで、悪戯か何かと思うか、あるいは自分を蔑んでくれても良い、とにかくそれで、この場に現れないでほしい、と思った。

 しかしそれが余りにもあり得ない希望であることは、少なくとも美奈には明らかだと思えた。いつも生徒のことを気に掛けているあの沙月が、そんな無碍なことをするとは到底考えられなかった。沙月は必ず来る。そして出来る限り真摯に対応しようとするだろう。それが逆に美奈には苦痛だった。

 あるいは、美奈の思いを沙月が本気で受け止め、肯定的に応えてくれる、ということはないだろうか。

 あるわけがない。そんな可能性はあまりに低すぎる。そう頭では思いながら、美奈の心の中にその希望的観測に縋る気持ちが全くないと言えば、それは嘘だった。どんなにありえないと否定しても、心のどこかに、もしかしたら、という思いがこびり付いていて、拭い取ることが出来なかった。

 美奈にとってこれから沙月に会うことが、あまりにも辛く心苦しいことであるのと同時に、本心を秘めて過ごさなければならないことから解放であることは事実だった。重く重く沈んでいく思いと裏腹に、そこに微かな、無鉄砲な清々しさが含まれていることは確かだった。

 この状況で美奈の精神が現実的な絶望と向き合うよりも、そう言った楽観主義的な側面に縋り付いてしまうのは仕方のないことかもしれない。いくら頭と理性がそれを否定しても、美奈の無意識がそれから完全に脱却することは、不可能であった。

 やがて、沙月が校舎の影から、姿を現した。美奈は心臓が跳ね上がる思いだった。

 沙月は何も言わず、美奈と向き合った。顔には微笑みを浮かべていたが、その微笑みの中には、一抹の悲しみが紛れているかもしれなかった。美奈は、まずどうして良いかわからなかった。沙月が来るまでの間に、色々と考えておいたはずなのに、いざ目の前にしたら、頭が真っ白になってしまった。口を開いて、第一に、何と声を出せば良いのか。何を伝えれば良いのか。

 美奈が戸惑って、何も出来ずにいる内に、沙月が先に口を開いた。

「田中さん」

「はい」

 美奈は上ずった声で返事をした。

 微笑んだまま沙月が近付いて来る。美奈の耳の奥で自分の鼓動の音がうるさいぐらいに響いている。美奈は微笑みを浮かべた。沙月と同じ微笑み。二人だけの、秘密。

 沙月が手帳を美奈に差し出す。美奈が受け取る。

「ごめんね」

 そう言って、美奈の頭をぽんぽんと叩くように撫でて、沙月は踵を返した。そのまま校舎の向こうに、沙月は消えた。

 美奈は手帳を手に持って、立ち尽くしていた。当然の結果だった。わかり切っていたことだった。沙月を責める気持ちもない。それでも、美奈は溢れ出る涙を止めることが出来なかった。

 目の中から止めどなく滴る水分が、大粒の涙になってぼろぼろと零れていく。こんな涙は初めてだった。今まで、瞳達に色々なことをされて、何度も泣いてきた。でも今、零れ落ちる涙は、瞳達の前で、あるいは父のいるベッドの中で流した涙とは、全然別の、初めて体験する感情から溢れ出していた。それを止める術を、当然に、美奈は知らなかった。

 観察池の影から、芽以が大笑いしている下卑た笑い声が、響いて来ていた。


 パジャマ姿の美奈が、ベッドに横たわっている。

 眠っているわけではない。目を開けたまま、呆然としている。

 真夜中であった。

 美奈が沙月から手帳を返された後、瞳達も満足したらしく、美奈にそれ以上、何かをしようとはしなかった。理子は、美奈に何か言いた気にしていたが、言うべき言葉も、その資格も、見出せずに、結局何も言いはしなかった。

 美奈の涙は家に帰ってからも止まらなかった。ベッドに潜り込んで何時間も泣き続けた。このまま一生、涙が止まらないのではないかと思った。

 しかしやがて涙は止まった。恐ろしいほど大きな感情のうねりの後、次に美奈に訪れたのは、恐ろしく平坦な心理状態だった。全く無感動で、無感情な状態になった。

 頭の中が真っ白になっているのとは違う。思考は、はっきりとしているのだ。色々なことが頭の中で考えられていく。きっと明日には、今日のことをネタに、瞳達は美奈で遊ぶだろう。特に芽以は、美奈を苦しめる新しい手が増えたことに嬉々としているだろう。しかし、そんなことを考えても、美奈の心は揺れ動かなかった。嫌だとか、怖いと言った感情すらも、全ての感情がすっぽり、抜け落ちてしまっているようだった。

 ふと、美奈は枕元の時計を見た。もう少しで、父の大輔がやって来る時間だった。

 美奈はふらりとベッドから立ち上がった。そのまま、自分の部屋を出て行く。

 玄関で靴を履き、鍵を開けて、パジャマのまま外に出る。そのまま部屋の扉が並ぶ通路を歩いて、階段を昇り始める。

 美奈の住むマンションは、屋上まで昇ることが出来た。一応立ち入り禁止ということになっているが、特に鍵などが掛かっているわけではない。行こうと思えば誰でも行くことが出来る。

 屋上に辿り着いた美奈は、周りの景色を見回した。金網の外に町が見える。時間が時間だけに、窓に灯りの点いた家は少ない。それでも町には、少し離れた所にあるコンビニの看板や、並ぶ街灯、真夜中にも消えない光がちらほらと輝いている。

 屋上を囲む金網の外側に、美奈は立った。風が吹いていた。美奈が着ているのは薄いパジャマだけだったので、少し寒いな、と思った。

 そうして美奈は落下した。

 数瞬後には道路に、美奈がうつ伏せに倒れていた。殻からはみ出した貝のように、脳が溢れている。辺りには血と脳漿が飛び散っていて、そんな彼女の姿を街灯が照らしている。

 やがて美奈の傍に、人影が歩いて来る。

 あまり近付きすぎないように注意して、美奈の体を観察し、微笑む。

「何日か、かかると思ってたけど」

 瞳は呟いた。

「案外、早かったね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る