第14話 自動人形

さて困った。

 あれから1時間ほどウンディーネに全力疾走してもらったのだが、サクラが早々とダウン。

 一旦休憩しようと街道沿いの木陰に身を寄せたのだが、今度はウンディーネが……。

『………………ZZZZZ』

 いきなり休眠モードに切り替わって、起きてくれなくなった。

 イカホでもそうだったが、こうなると手に負えない。


「お腹すきました! ちょっと行ってきまーす!」


 何を仕出かすのかと思ったら、サクラは小一時間ほどで鹿を一頭仕留めてきやがった。

 それも丸ごと運べない大物だったとかで、一番旨い腿肉だけをその場で切り取って来て、火がないからと生でかぶりついている。

 だんだんこの野生児を教育できる自信が無くなったのと、俺の怒りが少しずつ収まってきたのが何より問題なのだ。


 我ながら厄介なのは、怒りが収まると別人のように臆病になる。

 というよりも、臆病なのが本来の俺。

 あんな鬼神の様に強く残忍になるのは、怒りと共に心拍数が上がり、急激に活動を活性化する魔極水のせいなのだ。

 要は、今更「怖く」なってきたのだ。


 考えても見よう。

 この前斃した騎士は、上級騎士とか言うそうで体内に魔極水を持っている。

 まあ、魔王直属の王や、その系譜に有る貴族の直接の子孫だろう。


 上級騎士というのは、魔極水を持っているだけで、階級的にはかなり下の方。

 寿命も人間と変わりなく、キャニスターを使役できるほどの力も無い。

 つまり普通に比べてちょっと強靭なだけの戦士ってことだ。

 その中で、多分あいつは騎士としてそれなりに鍛えた男だったろう。

 それに難なく勝てたことで、少し調子付いていたのは否定しない。

 だが問題はその上だ。


「貴族、魔極水を体内に持つ者を『魔族』と称しますが、その強さは体内に宿す魔極水の量と純度で変わります。

 先日の騎士を1と仮定しますと、目指す小領主の力は10~30です。

 更に彼の者は、1個のキャニスターを所有し、3機の自動人形オートマタを使役していると聞き及んでいます」

「おーとまた……って?」

「……身近な例ではわたくしが該当します」


 なんかスッゴい魔法を使える上に、ウンディーネが3人居るなんて反則だろ!?

 おかげですっかり勝てる気がしなくなった。

 今からでも逃げ出したい、逃げたいんだけど……。


 そう、そんな時はユキの笑顔を思い出し、本来彼女を取り戻すことが目的なんだと必死に自分を保っている……しかし本音を言えば逃げ出したい、いやせめて話し合いで解決できないものだろうか。

『その判断は不適切です。主様はもう少し、ご自分の立場を理解する必要が有ります』

 おっと……起きたってことは、完全に回復したのかな。

 わかってる、連中の目的は俺の魂だ、つまりここで逃げても追ってこられるし、捕まれば命は無い……だから逆にこっちから攻め込んでやろうと――


『――は……? 主様の認識は誤りです。それは……警告、東方向より接近する物体有り。

 生体反応4、移動速度から騎馬と……馬車のようです』


 なんか言いかけてたけど後回しだ。

 満腹で昼寝していたサクラは何も言わないうちから飛び起きた。

 

「先生、誰か来る! 多分馬に乗った騎士と馬車、きっと敵だよ!?」


 なんかこの中で凄くないのは俺1人じゃなかろうか?

 取り敢えず二人を落ち着かせる、ただの通りすがりの可能性だって有るし、ここで騒ぎを起こしてまずい気がしたからだ。


 それからすぐ、俺の視界にもそれらが見えた。

 旗を掲げた儀仗兵らしき軍装の2名の騎馬、そしてその後に続く馬車だ。


「おい、ウンディーネさん。君ウソはいけないよ、馬車にもう一人いるじゃん」

「生体反応は4つです、馬2頭と馬上の2名。馭者は自動人形オートマタです」


 ええ!? ついにウンディーネ意外の自動人形と初遭遇か……って、あれは?


 それは女性の姿、綺羅びやかな赤いドレスに身を包んだ淑女って感じだが、ウンディーネとは全く違うことがわかる。

 材質までは分からないが、関節や継ぎ目がむき出しの、明らかに作り物の腕、

 顔は人間に近く、髪も美しいブロンドの長髪だが、明らかに人間では無い。

 そして予想通り、俺達が隠れている繁みの前で停まった。


「遠路はるばるようこそおいでくださいました、我が主ダフニス様の命により、お迎えに参上いたしました」


 そう口を開いたのは、馬車に乗った自動人形だ。

 だがその声音は妙に機械っぽく、口を開くこと無く喋る、まるで……いや絶対にスピーカーが内蔵されてると思う。

 馬上の兵士は馬を降り、恭しく俺達に向かって一礼した。

 この二人の顔は日本人だ。

 きっと位も高くないと思う……後ろの自動人形より下かもしれん。


 どうするべきかと悩んでいると、ウンディーネが先に進んだ。

 向こうは全く動く気配もなく、ただ俺達を待っているようだ。


「お久しゅうございます『オンディーヌ』様、いえ、この国ではウンディーネ様で通っておられるのでしたね」

「そういう貴女は……シルヴィアですね。随分外見が変わりましたが?」

「先ごろ新しい身体を拝領いたしました。ウンディーネ様と違い、私達の部品は耐用年数が10年から20年ですので」


 ふうん、普通の自動人形オートマタはモデルチェンジがあるのか。

 名前もシルビアだからか? 姉妹に180ワンエイティとか居たりして……。

『主様参りましょう、現状で敵対する必要は無いと判断します。

 それよりエネルギーを温存したまま敵地に潜入できる良い手と思われますが?』

『お……おう、わかった……じゃあ行くか。サクラ、おいで……?』

『主様……サクラさんには……声で……』

 あ……。


「さ、サクラ……行こうか?」

「先生、なんか顔が赤いけど、何で照れてんの?」


 な、なんでもないよ! 何だよ、ちょっと念話が通じるか試しただけだし!

 つか、ウンディーネ! お前今笑っただろ!?


 案内されるまま馬車に乗り込んだ。

 初めて乗った馬車は、意外にも快適だ。

 いわゆる賓客用のワゴンで、外観も中世のお伽話なんかで挿絵にあるような立派さだが、内装というか椅子の座り心地が半端ない。

 座面のクッションは、ケツが半分沈み込むほどふかふかで、サスペンションの悪さをクッションで補っているのだろう。

 俺はともかくサクラがはしゃいでしょうがない。


 それから暫く行くと、前方に城が見えてきた。

 ヨーロッパ風の城とでも言おうか、3本の塔と漆喰の城壁がなかなか見事な造りだ。

 ぶっちゃけ魔王が居ても不思議じゃないんじゃなかろうか?


「主様、少し事態が思わしくなくなりました。至急のご判断を仰ぎたいのですが」


 もうすぐ城門をくぐるというところで、急にウンディーネが申し訳なさそうに言う。

 その言葉に少し緊張した。

 モトコさんも最後に言っていたが、こいつは時々人間くさい失敗をやらかす事がある。

 普段はかまわないが、事ここに及んで恐ろしいこと言わないで欲しいのだが?


「先程数を間違えておりましたので訂正します」

「……何の数……かな? それはかなり深刻な問題?」

「迎えに来た数です、生命反応4、 馬2頭と馬上の2名。馭者は自動人形オートマタです……と申し上げました、ご記憶でしょうか?」


 そりゃさっきの話……馬2頭? 馬車引いてる馬が1頭入ってない……。


「馭者のシルヴィアに警戒して失念しておりました。あの馬も自動人形オートマタです」


 なに!? 

 あのシルビアはともかく馬はどう見ても本物に見えたぞ!?

 一体どんな技術なんだよ、遅れてるのか進んでるのかわけわからん!!


「それと今しがた気付きました、我々が乗っているこの馬車も自動人形オートマタです。尚、かなり深刻な問題と認識いたしました」

「ば! な!? じゃ、じゃあさ、ひょっとして既に俺達捕まってるとか?」

「その認識で問題ないと――」

「問題ありまくりじゃないかー!!」


 はあ、はあ……お、落ち着こう……。

 取り敢えず、ここは逃げよう! それが良い――って、それしか思いつかん!


「ウンディーネ! 取り敢えずこの馬車ぶちぬいて逃げるぞ!!」

「申し訳ございません、出来かねます……」

 

……なんで? 具合でも悪いの?


「この床下にキャニスターが仕込まれています。それがわたくしのキャニスターに干渉し、エネルギーのほとんどを奪われました。

 最初は気付かない程度にゆっくりと、そして気づくと同時に急激に吸収され、今はこの席から立ち上がる事も出来ません。

 故に、主様に今後の行動方針を検討・ご指示いただきたく……」


 おお! お前だめじゃん……。

 それに気付いた事に気付かれたってことは、もう逃げる方法無いのか?

 傍の窓ガラスをぶち破ろうと、思いっきりパンチを繰り出した!


「いっ…………痛ええええええ!!?」


 俺の渾身の拳は見事に弾き返された! いや、なんかそんな予感はあったんだ。

 しかし何だ!? この窓ガラスは何で出来てるんだ?


「主様、それはガラスではございません。鉄の壁に魔法をかけて、内側からは外の景色、外からは車内が見えるよう細工されたものです」


 それすっげえ技術なんじゃないのか!?

 そりゃお前自身、俺の世界じゃ謎だらけだがな、でもこの技術ってあっちに持ってったら世界中が欲しがるぞ!? 大儲けだぞ!


「先生、さっきから何してるの? バカなの?」


 俺が一人で必死に脱出方法を考えてるのに、この野生児は何を暢気な……。

 そうだ、落ち着いて怒りを溜めるんだ……ええっと……駄目だ。

 情けなくも狼狽えすぎて怒りが湧いてこない、つーかこの先の展開想像したら、怖くてそれどころじゃないぞ!


「皆様、長旅お疲れ様でした。これより我が主様の元へご案内いたします、どうぞそのままお寛ぎください」


 何をふざけたことを!

 だがオロオロしている間に、既に城壁の中に入っちゃてるし。

 このまま馬車に揺られて連行されるのかと思いきや、意外な展開が待っていた。


「きゃあー! 何これえ!?」

「うおっ!? なな、何だ! どうした!? 痛え!」

「主様、お気を確かに」


 俺達は車内に閉じ込められたままひっくり返った。

 天地が逆になったのかと思ったが、車内が垂直になっただけだ。

 サクラはクッションに守られて無事みたいだが、俺の上に対面に座っていたウンディーネが顔面に落っこちてきた。

 しかし驚いたのはその後だ、激しく、かつ規則的に揺れだした。

 俺にはこれが理解できる。

 程度の差こそあれ、最近しょっちゅう体験しているせいだ。


「どういうこった! ウンディーネ、この馬車歩いてないか!?」

「その認識は正しいと思われます。おそらくこの馬車は、自動人形オートマタのゴリアテと推測します。身体部品の交換で、馬車に扮していたものかと……」

「ちくしょう! 変形ロボかよ!?」


 あんまり巨大でもないし、多分カッコよく無さそうだが、しかし俺達を腹に抱えたままのっしのっしと歩いてやがる。

 ウンディーネに運ばれてても走る振動が堪えるんだが、こいつのは別次元だ。

 その俺達の脇、窓の外を馬が歩いて行きやがった。

 そう、馬が二本足で歩いていたんだよ! 本当なんだよ!!


「ダフニル卿の3体の自動人形、シルヴィア・ゴリアテ・ヴィルム。おそらくあれは――」

「そのビルムか? 何なのあいつ、ふざけてんの!?」

「ヴィルムは剣士です。わたくしの記憶では、人型の甲冑姿でしたが……あのように変わり果てては……」


 そりゃ甲冑騎士が二本足の馬になったら判るわけ無いか、怒って悪かったね。


 突然この歩く馬車ゴリアテの歩みが停まった。

 側面の窓しか見えないが、なんだか広い場所に居るようで、数十人の兵士の姿が見える。

 これは大広間……謁見の間とかいう場所だろうか。

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