第15話 小領主


「偉大なる我が主、ダフニル様。ご所望の者を運んで参りました、どうぞご検分を」


 これはシルビアってやつの声だ! しかも何だ、さっきまでお客様で今度は物扱いって。

 だがどうやらここに、小領主ダフニルが居るらしい。


「おおお、待ちかねたぞ! 苦しゅうない、姿を見せることを許す!」


 なっ!? えっらそお~に……!!

 それに出たいのは山々だが出れねえんだよ! 苦しいのはこっちの方だ、意外に重いんだぞウチのウンちゃんは!!


 すると突然扉――じゃなく天井が開いた!

 ダンプの荷台から放り出される砂利のように、俺達三人は床の上に転がり落ちる。

 そこには見るからに痩せぎすのいけ好かない顔をした、見た目30代前半の貧相な男がふんぞり返っていた。

 それにしても初めて見た、何なんだあのカボチャみたいなパンツ?

 絵本に載ってた王様みたない変なパンツと、そこから伸びた白いタイツに包まれた両足が、俺の闘争心を削りとってしまいそうだ。


「フン! 貧相な男だ」


 お、お前に言われたくないわー!!

 こんなマヌケな絵面の男に貧相って言われるなんて……俺って自分で思っているより見た目貧相なのかな?

『主様、気をしっかりとお持ちください!』

い、今言うなー! 余計悲しくなりそうだわ!


「ほお、久しぶりに会えたなよ。これで今日からそなたも余の所有となるのだ、喜ぶが良いぞ」


 この一言が、俺の頭にカチンと火花を飛ばした。

 そして大事な事を思い出させてくれた!


「オイこら、カボチャパンツ! さっきから聞いてれば偉そうに……ウンディーネは俺の相棒だ! てめえみたいな珍妙な奴にくれてやる気は毛頭無いからそう思え!!」


 決まった、俺かっけー!

『主様、お気をつけください! ダフニル卿は侮って良い相手ではございません!』


 んなこと言われてももう遅い!

 思いっきりケンカ売っちまったからな、それにユキちゃん助けに来たんだし――!?


「――ぶふえ!!?」


 カッコよく決めたつもりだったのに、次の瞬間みっともなく床に叩きつけられた。

 何が起こったのか、全くわからない。


「先生!」「主様!」


 サクラとウンディーネの叫びが聞こえたが、身動きがとれない。

 誰かが俺の首根っこ抑えていやがる……。


「気高き我が主に対して無礼が過ぎます、控えなさい!」


 どうやら俺を押さえ込んでいるのはシルビアだ。

 サクラは馬に取り押さえられてるし……ええ!? この馬前足に指が有りやがる!?

 さっき気づかなかったけど、腰には剣を携えてる? どうやら姿は馬でもマジで剣士のようだ。

 ウンディーネは……おおおお!? 何あれ!?

 白く巨大な妙ちきりんなロボ……ああ! こいつ馬車だったゴリアテか? 

 白い馬車そのまんまの胴体に、角材繋いだみたいな細い手足、足首なんか車輪じゃねえか? センス無さすぎだ、誰がデザインしたんだ! こんなの子供たちだって喜ばねえぞ、もっとギミック効かせろ!

 それにその足で俺の大事なウンディーネを踏むんじゃねえ!!


「威勢のいい奴だ、下賤の分際で……まあ良い、今日は良き日ゆえ大目に見て取らす。

 おい、例の物をこれへ!」


 カボチャ野郎はだれかに命じた、そしてすぐに運ばれてきた何かを手に取り満足そうな顔でそれを高々と掲げる。


「皆の者、これを見よ! これこそ我が父が先日作り上げた新式のキャニスターである!」


 周囲に何人居るのか知らないが、一斉に歓声が上がった。

 だがそれは、モトコさんの魂を吸い込んだやつじゃ無いのか?


「このキャニスター、出来は素晴らしいが難が有る。皆も知っての通り、脆弱な魂を取り込んでしまった失敗作なのだ。

 故に余が下賜された物だが、父上もご存じない方法で、その魂を抜くことに成功した。

 そして今日、本来の力を発揮するキャニスターとして生まれ変わるのだ!」


 今度は拍手喝采、一体何が起こっているのか見ることも出来ねえ。

『ウンディーネ、まだ動けないのか?』

『申し訳ございません、ゴリアテのキャニスターを奪えれば力を取り戻せるのですが、現状では不可能です』

 万事休す……って、冗談じゃない諦めてたまるか!


「それでは早速これより抜魂の儀を執り行う、そこの者、苦しゅうない、名を名乗るが良い」


 何? 俺に名を聞いてるのか? 

『名乗ってはいけません、かなり古い呪法ですが、本名を名乗れば魂を奪われてしまいます』

 そういうこと。

 じゃあ素直に名乗るわけないじゃん、こいつ見た目通りバカなのか?


「どうした? 余が名乗ることを許したのだ、光栄に思い名乗らぬか!」


 結構焦ってやがる。

 こいつはキャニスターをリセット出来ても、魂を吸収する方法を他に知らないのか?

 面白え、もっと困らせてやろう。


「よく聞け、一度しか言わん! 俺の名はヘパホネスミョーンジケルキッチミンヘドロス3世だ!」

「フハハハ、よくぞ申した! 魔王の名において命ず!へぱぽこのす……へぽぱぴねす……へぷぱぽぴぺぽ???」


「ぶふ!」「きゃーはははは!」「……………」


 だめだ、思わず吹き出した! つーか引っかかるバカが居るとは思わなかった。

 俺もサクラも大笑いし、声には出さないがウンディーネも踏んづけられたまま肩を震わせている。


「おのれ! 我が主を愚弄するとは!!」


 シルビアが激昂し、俺の首を引っ掴んだまま引っ張り起こした。

 そのまま拳を顔面に叩きこもうとしたが、当たる寸前でピタリと止まった。

 おそらく俺を殺してしまっては、魂を抜けないのだろう。

 おかげでようやく立ち上がる事が出来た。


 目線を動かし見渡すと、貴族らしい立派な身なりの白人が10人ほど居て、それぞれにお供の騎士らしい奴が2・3人付いている。

 他の兵士は東洋系の顔、おそらく日本人だろう。


「きき、貴様! 余を愚弄したのか!? 痴れ者が、本当の名を申せ!」


 小領主様は随分お怒りだ、しかし……俺にはこいつがそれほど危険には思えないのだが? どうなの、ウンちゃん。

『……その呼び方はお止めください。ですが、危険なのは彼が使役する自動人形オートマタです。この三体は、かつて一騎当千と賞賛された強者、ご注意を』


 なるほど……だがそれでもウンディーネの敵じゃ無い気がするが、まあ良い。

 俺は俺の目的を果たすだけだ。


「教えてやっても良いが、一つ条件が有る。あんたがスワ村から連れて行った女の子が居ただろう、その子を返してもらいたい」


 俺の言葉に対し、カボチャパンツが妙な顔をしている。

 まるで小馬鹿にしたような表情で、こいつの顔と合わせて妙にムカつくんだが。


「この下郎、余に条件を突きつけるとは……なんとふてぶてしい態度、一体どんな育て方をすればこのような人間が育つのだ?」

「お前に言われたく無いっつーの! さっさとユキをここに連れて来い!」


 野郎の物言いに、ますます腹が立った。

 思わず俺も言葉に出てしまったが、途端にシルビアの手に力が篭もるのを感じる。


「フン、良かろう、余は寛大なのだ。おい、誰か『持って来い』すぐにだ」


 今の言葉、俺の背筋に冷たいものが走る。

 何と言いやがった? 

 嫌な予感がする……心臓が早鐘のように脈打つ、頼むから考えすぎであって欲しい……。


――――――


「いやいや、皆さん長旅お疲れ様でした。ですがどうです? たまには知らない土地も悪く無いでしょう」


 ロイ・アダムスは、ジゴロウと総勢10名の兵士を伴いシナノの小領へ到着した。

 どこに居てもそうなのだが、道行く人々に活気は無く、突如現れた見慣れぬ貴族の青年へ傅く者も少ない。


「あらら~……歓迎されてないんでしょうか、領民の皆さんまるで生ける屍ですね」

「ロイ様、ご存知と思いますが、シナノは大領と違い60歳で抜魂です。

 それに、各家庭で二人以上子を持てません、三人目以降は……」

「ああ……そうでしたね、が変えないと、皆生きてても楽しくないですよねえジゴロウさん」

「ロイ兵士長、やはり見たものが居りました、今から半時ほど前に、自動人形オートマタの馬車が城門を通ったそうです!」

「おお、それは急がねばなりません。皆さん、ここからは徒歩で隊列を組んでください。

 我々はあくまで大領主様の使者なのですから。

 ジゴロウさん、私の隣でお願いしますよ、顔を知っているのはあなただけですから」


 ジゴロウの部下たちも、今回の待遇には驚いていた。

 兵装をして、馬車で移動できるなど考えたことも無かった上に、ロイ兵士長は誰にでも気さくに声をかけてくれた。

 召し出された時は、先日のことがバレたと思い戦々恐々とした思いだったが、今ではジゴロウ始め、誰もがこの男の部下になりたいと思うほどであった。

 そして、この明かされぬ作戦に、誰もが興味を抱いていたのだ。


 彼らは隊列を組み、意気揚々と城門へ向かう。

 ロイの身に付けた大領の調査隊を示す紋章は、如何なる誰何すいかも許さない。

 その後に続く彼らも、誰一人検分されること無く入城した。


 一方のロイは、興奮が止まらない。

 自分が思い描いた夢を、実現可能にするかも知れない男がこの向こうにいるのだと思うと、その心は少年のように躍った。

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