第12話 憤怒

 そして朝早く、俺達は出立することにした。

 オーサワ氏はハルナと旅の夫婦者を装いカイ村へ、俺はウンディーネとサクラを伴いスワ村に帰還するのだ。


「いい、サクラちゃん。いくら命の恩人だからって、コイツには気をつけなきゃダメよ。

 何せバカで乱暴で鬼畜で変態で痴漢でロリコンな強姦魔なんだから! そのうちどこかに売られたり酷い目に遭わされるわよ!?」


 売るかよ! どこの悪党だ俺は!?

 それにせめてロリコンは削除しろ! その称号は出淵君がこっちに来た時の為に取っておいてやれ!

 

「主様、サクラさんの成長度合いでは未だ出産に危険が伴うと判断します、繁殖可能になるまでは後2年ほど経過観察が必要です」


 君も容赦無いね!?

 俺にそんな気無いっつーの!


 そしてサクラが俺を「旦那様」と呼ぶ意味もわかった。

 このチビっ子は、俺を勝手に伴侶と位置付けてやがった、もちろん今後はそう呼ぶことを許可しない事にしたのだが……。


「じゃあサクラはなんて呼べばいいの? やっぱり『あなた』とか……?」

「そこから離れろ!!」


 結局のところ、今後この子を真っ当に導くという意味も含めて「ケイ先生」と呼ばせる事にした。

 俺が本格的にスワ村を旅立つ前に、なんとかユキちゃんぐらいの常識を持ってもらいたいものだ。


 別れ際に、オーサワ氏は「例のもの、くれぐれもお願いします」と念押しし、ハルナにも道中気をつけるように言おうとしたら――。


「話しかけるな変態! 妊娠させる気!?」


 わーった、もーいーよ!!

 てめえなんざポチ達三兄弟見てしょんべん以上のやつも漏らすが良い!



 そうしてまる二日がかりで、俺達は懐かしの我が家……懐かしいってほどでもないか。

 早朝のスワ村までたどり着いた。

 行きはウンディーネに運んでもらって一日かからなかったのだが、全行程徒歩ではさすがにこんなものか。

 それでも普通の旅人よりは随分早いはずだ、なにせ宿に泊まったりせずに、歩く休むの繰り返し……一番しんどいのは間違いなく俺だ。


 さて、新たな家族を迎えるに当たり、先ずは村長や村役に紹介が必要だ。

 俺はサクラを伴い村長宅へ、ウンディーネには先に戻って家の事を頼んでおいた。


「おはようございまーす、村長さん居ますかー!?」


 …………返事が無い。

 ふと気がついたのだが、様子がおかしい。

 まだ朝早いとはいえ、畑仕事をしている人だって結構居るはずなのに、誰とも出会っていない――!?

『主様! 緊急事態です、大至急診療所へ来てください!』

 何が起こったのか、聞いている暇は無さそうだ、彼女が珍しく慌てていた。

 つまり、ウンディーネでは対処不可能な事態って事で間違い無いだろう!


「サクラ! すまんが紹介は後だ、急いでうちに行くぞ!」

「はーい! お伴します先生!」


 脳天気な返事に突っ込んでる場合じゃない、急ぎ診療所に向かった。


「これは……何が有った……?」


 村に人が居なかったわけがわかった。

 ほとんどがここに集まっていたんだ……しかも皆、一様に暗い表情だ。


「ああ……ケイ先生、一足遅かったよ……」


 村長が言った。

 何だ、何が遅かったんだ? 一体留守中に何が!?


 診療所の中はメチャクチャに荒らされている、本棚も薬品庫も、俺やウンディーネの部屋も……モトコさんの部屋は、特に念入りに破壊されていた、まるで柱の芯まで家探しでもされたような有様だ。

 外の、青空教室の東屋も叩き壊されていて、傍にあったモトコさんの墓までもが……。


「村長、何が有ったんですか……俺達の留守中に何が!?」


 村長は少し口ごもりながら、やがて覚悟を決めたかのように語りだした。


「昨日の昼過ぎ……突然貴族……それも『小領主』が現れたんだ」


 小領主……て何だ?


「主様、この近在の小領主なら、ダフニル・ヘストン子爵、ハルティニア・ヘストン公爵の息子が該当します」


 この世界の領主は死なない、つまり世代交代が無い。

 だから息子や孫には、領内を小分けにして小領を作り、そこを支配させている。

 だが何故そいつがこんなことを仕出かすんだ?


「小領主様は、あんたを探してた来たんだ……そして居ないとわかると――」


 それでこの仕打ってわけだ。

 でもまあ、仕方がない……モトコさん墓は許しがたいけど、あの人ならそんな事で目くじらを立てる事も無いだろう。

 それに墓は故人を偲ぶ場所だ、壊れた部分を直せばいい。

 診療所や東屋だってそうさ、腹は立つけど……冷静に、こんな時師匠なら……。


「なんで今頃帰ってきたんだよ!! ケイ先生!」


 俺に怒りのこもった言葉をぶつけてきたのはセイタ、青空教室の生徒だ。

 いつもユキちゃんを困らせてばかりの悪ガキ……? おい、ちょっと待て。


「あんたが居ないから、ユキ姉が連れて行かれたんだぞ! 犬みたいに鎖で繋がれて、ユキ姉『ケイ先生』のこと何度も呼んでて…………」


 セイタの目に光る大粒の涙、悔しかったんだろう……何も出来ない自分が、何も出来ない大人達が……そしてそこに居なかった俺を恨んでいるのだろう。

 そして俺も怒りが抑えられなくなった!

 さっきまでは、そうさ建前さ!

 家壊されて怒らない奴が居るか!? 母親の墓荒らされて平気な顔出来るか!? 大切な人を連れ去られて泣き寝入りしなきゃならんのか!?


「おいっ!! 村長! 官吏のシンを連れて来い! 今すぐに!!」


 俺は村長を睨みつけ、怒りに任せて「命令」した!


「は……ハイ! す、すぐに呼んで参ります!!」


 心の奥では「悪い」と思っている、でももう制御不可能だ、今の返答次第じゃ村長の命は無かったかもしれないし、シンの態度次第じゃどうなるか。

 頼むから逆らわずに居て欲しい、あいつだってこの村に家族が居るんだ、殺したくは無い。


 その気持はウンディーネが汲んでくれた。

 俺の前に現れるより先に「全て正直に話すように」と諭してくれていた。


「あんたらにこんな態度を取っちまう事を、今のうちに謝罪する。

 で、シンさん! 何故俺達を売るような真似をした!? 村長さん! 何故ユキを守れなかった!?」


 俺の質問に、二人は答えられないでいる……しかし、俺だってそんな事はわかっているつもりだ。

 二人共、村全体の事を考えての行動だ、村人数百人の命と俺とユキちゃんの二人の命、それを天秤にかけただけだ。


 そしてシンさんが、青い顔をしながらも覚悟を決めたのだろう、怖ず怖ずと話し始めた。


「も、モトコ先生には……妻と子供の命を助けてもらった恩が有る。当然、その弟子であるあんたにそれを返したい気持ちも間違いなく本当だ……。

 だが……相手が悪い…… ダフニル様は、モトコ先生の事をほとんど知らないんだ。

 だから普通の領民と変わらない感覚なんだ。

 正直に言うと、領主様はあんたを警戒している……モトコ先生を恐れていたように」


 なんとなく話が見えてきた。

 よく分からんけど、領主のヘストンはモトコ先生に一目置いていたけど、そのバカ息子は何も知らないで、タダの領民扱いでバカにしていたわけか。

 

「主様、恐らく小領主の目的は主様の魂です。大領主ヘストンがキャニスターの制作に失敗した事を知り、それを出し抜こうと考えての行動と推測できます。

 それと、彼らには大小領主に逆らう権限がございません、どうか寛大なご処置を」


 他の連中も、皆そう言いたげな眼差しで俺を見ている。

 それは俺だって解っているつもりだ、だけどどうしても許せない事が一つだけ残っているんだ!


「それについては了解しよう、ただ……どうしてユキを差し出したんだ? あの子に何の罪が有る? 何故守ってやれなかった!?」


 俺が言えた事じゃないのはわかってる、でもどうしても言わずに居られなかった。

 村長はじめ、多くの村人も俯きながら、その肩に悔しさが滲み出ていたのを感じ取れた。

 

「……先生……ユキは自分から……貴方を庇おうとして……」


 それは彼女ユキの母親だった。

 そう、彼女は俺を庇っていた……この村を出奔した、どこに行ったのかは誰も知らないし、二度と帰ってこない。だから諦めて欲しい……と。

 それに対して小領主は怒り、何度も彼女を鞭打ったそうだ。

 そして首輪を付け鎖で繋ぎ、乗ってきた馬車へ連れ込んだ……そこから先は、聞いているだけで反吐が出そうだった。


「わかった……もう良いや、この話終わりにしようよ」


 俺の口からは、冷たい言葉が漏れた……村人達からは落胆と、俺に対する罵倒が小声で上がる、それも仕方のない事だ。


「村長さん、俺は今日限りで村を出る事にした。シンさん、悪かったね……それと領主に伝えてくれ、俺がどこかに雲隠れしたって」


 俺は二人にそう告げると、ウンディーネとサクラを呼び寄せた。

 『主様、村長とシン様には伝わった様ですが、他の方々は良いのですか?』

 『かまわんよ、ああでも言わなきゃ「自分も付いて来る」なんて言いかねないしな、お前にも苦労をかけて申し訳ない』

 『御心のままに……』


「サクラ……このままこの村に残っても良いんだぞ? 村長たちには俺から――」

「――ケイ先生! サクラは先生に命を捧げたんです。だからこの前とは違います、覚悟も有るから死ぬのだって怖くありません!」


 サクラはぺったんこな胸を誇らしげに反らし、俺に付いて来る事を迷わずに選んだ。

 とても勇気付けられる気がして、それが心地良くもあるのを感じる。


「ウンディーネ、その小領主のいる場所までどのくらいだ?」

「徒歩で2日、馬車が……いいえ、わたくしがお二人を運べば半日掛かりません!」

「よし、全力……いや、サクラが死なない程度に頼む。それと勝算は?」

「付近に到着したら、サクラさんに様子を探って貰いましょう。その上で判断したいと思いますが、逆に質問です、負けるとお思いでしょうか?」

「まさか、目的はそのドラ息子ぶっ殺してユキを助け出す。それ以外は無い!」

「了解いたしました」


 心なしか、ウンディーネが笑ったように思えた。

 この際格好は気にしない、両脇に俺とサクラを抱えてもらい、全力疾走だ!

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