第9話 オーサワさんを助けよう。

 街道を進み始めて既に3時間ほど経過しただろうか。

 相変わらずこの女性形汎用人型決戦兵器は素晴らしい脚力を示し、間もなくイカホに到着するであろう事は、漂ってくる硫黄の臭いで明らかだ。

 途中一度だけ、突然街道を離れて山肌の繁みに飛び込んだ事が有った。

 そのまま動いている様子が無いので、どうしたのか聞いてみたら。


『お静かに、声を立てないでください』


 という声が、頭の中に直接響いてびっくりした。

 初めての念話はこの一言だけだったのだが、その後「もう大丈夫です」と音声会話に戻ったので、何が起こったのかは聞いていない。


 そうこうしているうちに、イカホの村へ到着した。

 だが様子がおかしい。

 村人達と思しき人々が、大勢で広場に集まって騒いでいたのだ。


「えらく騒がしいな、何かあったのか?」

「わかりません、以前逗留した際は、ごく普通の村でした。祭りでも無さそうです」


 そのうち一人の御婦人が、俺達……というよりウンディーネに気が付いた。


「ああ、あんたはウンディーネさんだよね? モトコ先生もご一緒なのかい?」


 どうやらモトコさんの事を知っている人のようだ。

 そこで俺達は仔細を説明し、今は俺がモトコさんの代わりをしていると言ったら受け入れてくた。

 

「ちょっと! ウンディーネえ! ……と、不破じゃん」


 声の主は、クソ生意気なしょんべんたれのハルナだ。

 こいつもいつの間にかイカホに来ていたようだ。

 とすると、目的は俺と同じで大沢某に会いに来たのだろう。


「こんな所で会うとはな、ここの温泉は寝小便にも効くのか?」


 わざと毒づいてやった。

 しかし堪えていないどころか大慌てでウンディーネに縋り付く。

 俺の存在は完全に無視らしい。


「大変なの、オーサワさんが領主に召し出されて連行されたのよ! お願い、助けて!」


 なんと!?

 何かこいつが絡む時ってろくな事になって無くないか?

 すると、ハルナに続いて村人達が大勢集まって来て、口々に話すものだから余計混乱してきた。


「お願いです! 夫を取り戻してください!!」


 ハルナに支えられて、赤ん坊を抱いた女性が泣きながら縋り付いて来た。

 つか、今「夫」って言った?


 それから落ち着いて話を聞くことが出来たのだが、今日突然領主の使いと言う連中がやってきて、大沢氏を無理やり連行していったそうなのだ。

 俺達が到着する、少し前の事らしい。

 

 大沢氏について話も聞けた。

 彼はここに住み着いて、去年村の女性と結婚したそうだ。

 それ以来、この世界に骨を埋める覚悟で働いて、現代知識をフルに活かしながら様々な発明をしたりして、幸せに暮らしていたらしい。


 それでもハルナの頼みもあって、元の世界に戻る研究はしていたそうだ。

 しかしこの村の進歩を妬んだ連中が、彼の存在を密告して捕縛されたというわけだ。


「だからお願い、ウンディーネ! あんたなら出来るでしょ?」


 だから、ウンディーネにその奪還を頼み込んでいるのだが、彼女が首を縦に振るはずがない。

 主は俺なのだ、俺の命令が無ければウンディーネは動かない。

 それに、奪還するとなると、血生臭い結果になる事は火を見るよりも明らかだ。

 何より領主の命令を持った兵士の一行だったという。


「落ち着けよ、気持ちはわかるけど……そんなことをすれば、今度はこの村全体がどうなるかなんて分かっているだろう?

 恐らく大軍勢で押しかけて、皆殺しにされてしまうぞ?」


 蔑ろにされていた俺だったが、現状を打破すべく背後から意見を述べた。

 村の連中の興奮は収まったが、ハルナの興奮は更にエスカレートした!


「何よ!? あんたは何も知らないくせに! オーサワさんは、この村にとって大切な人でも有るのよ!?

 それに赤ちゃんだって、生まれたばかりなのよ!?

 可哀想じゃない! あんたってやっぱり鬼畜ね! この人でなし!!」


 あ~……面倒くせえ女。

 それに腹立たしい。

 俺何か間違った事言ったか? 


「……ハルナさん、もう良いんです……その方の言うとおりです、ご領主様に逆らって生きていけるはず有りません……それにこの子まで殺される事になっては……」


 大沢氏の奥さんは、涙を浮かべて子供を抱きしめていた。

 ハルナ、これだよ……お前も見習え、これこそが男を動かす女の見本だ!!


「よーし、じゃあうるさいハルナは置いといて、話をしようじゃないか。

 先ず村人全員に聞きたい、オーサワさんは、危険を犯しても取り戻したい人なのか?」


 この質問には、驚くほどの答えが帰ってきた。

 モトコさんと同じかそれ以上の人望の厚さ、人気の高さ、俺は自分自身が恥ずかしくなる思いだった。

 彼の功績は、あまりにも大きいものだった。

 ここに温泉地を開き、村を豊かにして、病気や薬の知識も有り、水車を作り、農耕の改善を行い驚いた事に、温泉を利用した蒸気機関まで作って実用化寸前だったそうだ。

 確かに惜しい人材だ、これは俺としても是非スカウト……いや、奪還に協力せねばなるまいて。


「わかった、皆さんの気持ちはよ~っくわかりました。

 ここからは、この俺とウンディーネに任せてもらえるかな? それと、助けるにあたって一つだけ条件が有る」


 そして俺の提案には、ハルナ以外皆賛成してくれた。

 代わりにハルナを差し出してオーサワ氏と交換しても良かったのだが、あまり人道的でないので止めておこう。

 それにこいつなら一人で逃げ出してきて、俺に復讐しかねないしな。


 ここまでして助ける必要が、実は有る。

 それはモトコさんの件にも深い関わりが有る。


 彼女が最後に言っていたのは、領主は新しいキャニスターの準備が出来たと言っていた。

 それが、中に入れる魂の捕獲に失敗しているのだ。

 本来なら俺を狙うと思われたが、恐らく他の異世界人で代用するつもりなのだろう。


 オーサワ氏は、かなり頭の良い人物で人望も厚い。

 モトコさんに代わる魂としては、打って付けなのではないだろうか。

 俺も個人的に興味が湧いたし、何より未だ見ぬムカつく領主とやらに、良い思いなんてさせたくないというのが一番だ。


「よし、作戦を練るぞ。ウンディーネ、奴等の移動速度はどのくらいか予想できるか?

 それと、襲撃するならどの辺りが良いか検討してくれ!」

「了解いたしました、敵の移動手段は馬・馬車・徒歩です。

 最前列と最後尾に騎馬の2名ずつ計4名、身なりから貴族の子弟と思われます。

 その後ろに中武装の兵士14名、これは忠誠心の薄い領民ですので即座に無力化が可能。

 中央に檻を載せた荷馬車、武装した馭者が2名居りここにオーサワ様が入れられて――」


「――おおい! ちょっと待て! お前何でそんなに詳しく状況わかるの?」


 俺は本気でこの世界にも人工衛星が有って、こいつにGPSでも装備されているんじゃないかと思った。

 もしくはネットワークを利用した監視カメラとか?


「一時間ほど前に街道で遭遇し、その際隠れてやり過ごし布陣を確認いたしました。

 移動速度から察するに、恐らく麓の町に到着している頃でしょう、それが何か?」


 だあああ!! あの時かよ!?

 何でそんな大事なこと言わないの!? ……つっても無理か、あの時隠れたのは俺を守るためだったんだろう、責める事は出来ないな。


「間もなく日が暮れます。夜道は危険なので、今夜は町に宿泊し、明日の早朝出立すると考えます。 

 待ち伏せをするのであれば、次のアカギの町に繋がる街道沿いかと」

「よし、じゃあ明日の夜明け前にそこに――」

「――待って! すぐに追いかけた方がいいわ!!」


 さっきから大人しくしていたハルナが突然言い出した。

 黙殺しても良いんだが、一応発言を許すことにしよう。


「貴族の子弟……って言ったわよね? つまり、貴族の中でも次男とか三男とかの、出世の目が無い連中って事でしょう?」


 そうなんだ、そこは身分制度の厳しい世界みたいだからな。

 昔の日本だって、武家の次男三男坊って言うのは長男のスペアか他家に養子に出したりしてたんだしな、でもだから何なんだ?


「たぶんだけど、今回のことは大仕事だと思うの。そいつらに出世の道が開ける程の」

「それで?」

「だから、早ければ早いほど領主への心象も良いはずよ!」


 なるほど、言わんとする事はわかる。

 でも総勢20人の部隊だし、殆どは徒歩の連中だ。

 腹も減るし疲れもする、ぶっ続けで行軍したら身がもたないだろうに。


「だ~か~ら~、貴族が一々平民の心配なんかすると思う? ここに来た時だって、兵隊たちはもの凄く疲れた顔してたわ!

 お供が脱落しようが野垂れ死のうが、あいつらにとって手柄以上に大事なことなんか無いわよ!!」


 なるほど、流石にこの世界に長いだけのことは有る。

 そしてこの考えを推したのは、他ならぬウンディーネだった。


「ハルナ様のご意見が、最も現実的と判断します」


 これはすぐに追うしか無さそうだ。

 だが、ここで慌てず冷静に考えることも必要だ、それに兵士とはいえ平民なら殺生は避けたい。

 

「ウンディーネ、そのアカギの先で地盤が悪いコースは有るか?」

「ございます、通常はあまり行軍向きでは有りませんが、最も王都に近い道です。

 そこで迎え撃ちますか?」


 おあつらえ向きに、地盤が悪くて道も悪い山越えの最短ルート! 欲の皮の突っ張った野郎なら、そこを通るに違いない。


「お待ち下さい、その辺りには盗賊が出没すると噂になっております、危険です」

 

 そう助言してくれた、ハゲ頭の初老の男性……この村の村長らしい。

 しかし良い事聞いた、これでシナリオが完成したぞ。


「よし、ウンディーネ。疲れているところ悪いけど、今から行けるか?」

「移動には問題ございません、ですが戦闘となると……」

「それは任しとけ!」


 俺は彼女にVサインを送る!

 村の若い衆とハルナも行きたがってゴネていたが、定員オーバーということで諦めてもらった。

 俺のぶんの水と食料を貰って、ウンディーネの背中に……カッコ悪いので見ないで欲しいんだが……まあ、気にしている場合じゃないので飛び乗らせてもらう。


「一気に山を越えます、皆様は遠くに下がってください!」


 いつになく気合の入ったウンちゃんに、心なしか不安が過ったが……遅かった。


 ハルナが皆を誘導し、20メートルくらい下がった瞬間、彼女は変身した。

 俺も見たのは恐らく2回目だろう。

 うっすらとしか覚えてないが、最初に助けられた時、彼女の姿は真っ黒に見えた。

 今がまさにそうだ。

 これは多分、彼女の全力を出す姿に違いない――!!!


「――おぎゃああああ!!!!!!!…………」


 絶対、ぜえええったい音速超えたよな、今さあ!!


 これなに? 物凄いGがかかってる! ジェット戦闘機のパイロット!? 宇宙飛行士の訓練!? 無茶すぎだろう!!

 彼女は恐ろしい跳躍で、一気に大地を蹴った。

 初速は恐らくマッハに近いと思う……つーか、俺じゃなきゃ耐えられずに即死だよ!

 きっと戦闘は任せろなんて言ったせいで、移動に全力を発揮したのだろう。

 手に持っていた、おにぎりと水筒の入った風呂敷包みは風圧でちぎれ飛んでしまった。

 

『主様、わたくしは慣性制御に全力を使っております、下方の監視をお願いしたいのですが』


 念話で話しかけられた。

 俺としても前なんか見てられるわけがない、見たら間違いなく目が潰れてしまう。

 下ならなんとか見えたのだが、物凄い速さで景色が変わってそれどころじゃ無かった。

 だがそのうち少しずつ高度が下がり始め、速度も落ちてきて目も慣れてきた頃に、騎馬と馬車の姿が目に入った! ハルナすげえな、大当たりだ!


 だがその後方で、これまた一大事だ。

 一瞬しか見えなかったのだが、槍を持った数人の兵士がミノタウロスと交戦中だった。

 察するに、山越えの途中で襲われて、歩兵たちを置き去りにして先を急いだのだろう。

 本当に貴族ってのはいけ好かない連中だ。


 しかし、あの人数なら負けることは無いだろうし、疲れ果てて後は追えないだろう。

 そして我が愛機ウンディーネ号は、先頭の騎馬隊を抜き去ってその先へ飛行中だ!


『主様、飛行ではございません。現在進行速度・毎秒150メートル、降下速度・毎秒50メートルで降下中です』


 そうでした、危険なのは他人事じゃなかったんだ!


『着地5秒前、3・2・1……』


 4はどうしたのー!?

 てか、カウントダウンはもっと早めに――!!

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