第10話 37564

 あれから無事に……「墜落」出来た。

 ここは草木一本生えていないハゲ山の街道だ……間もなく奴等もここに来るだろう。


 見上げる先、ここから50メートルほど上の山の斜面にクレーターが出来ていて、その中心にはウンディーネが足から突き刺さっている。

 彼女は着地寸前で俺を放り投げた。

 おかげで3階建ての上から落ちる程度の衝撃で済んだのだが、普通それもヤバイ。


 当のウンちゃんは、ほぼ完全にエネルギーを使い果たし、身動き一つ取れないのだ。

 どうせ当分は戦力にならないだろうし、発掘作業中に連中が通り過ぎては洒落にならん。   

 なので、おれは街道を塞ぐ形で待ち構えているわけなんだが……困ったな。

 何が困ったって、よく考えたらナイフ一本持ってきていないんだ、全くの丸腰だ。


 考えているうちに、200メートルほど向こうから松明を持った集団がやって来るのが見える。

 以外に早くやってきやがった、もう考えてる時間は無いようだ。


 間違いない、騎馬が……全部で4人、あいつらが貴族だな。

 そして荷馬車に二人乗って、その上にでっかい檻!

 道が悪いので、荷馬車はガンガン跳ねているし、檻も相当跳ねたり揺れたりしている。

 中にいるオーサワ氏は、果たして生きているのだろうか?


「うおおおおい! そこの馬車あ、とまれええい!!」


 あれっ!? 今のは俺じゃないぞ。

 山の急斜面を滑り降りて、10人位の一団が突如現れた!?

 こいつら村長の言ってた盗賊なのか? マジで出てきた?


 彼らは俺のキャスティングに入っては居たが、名前だけの予定だった。

 俺のシナリオは、先ず兵士たちを置いて走るこの貴族どもを皆殺しにして、オーサワ氏を救出!

 馬車やなんやらを破壊し谷底に落とし、回復したウンちゃんに山肌を破壊させて、土砂崩れを起こして埋めてしまう。

 それを後から来た兵士に、山賊が現れて奴等を襲って谷底に放り込んだ! とたまたま通りかかった目撃者のふりをして告げる。

 それを領主に報告させ、王都から討伐隊を出させて盗賊どもも殲滅させるといった、一挙両得の作戦だった。

 しかし、今まさにガチンコで盗賊団の登場だ!

 しかもこいつらは、かなり強うそうだ。

 連中が被っている角のついた兜……みたいなもの、あれはミノタウロスの頭だ!

 ミノタウロスも恐れない奴等ってことは、ちょっと分が悪そうだ。

 貴族どもは構わんとして、奴等の目的は馬車の中身だろうし、奪った中がオーサワ氏だけだったら、頭に来て殺してしまうかもしれん!

 ここに来てウンディーネに限界までエネルギーを使わせたことを激しく後悔した。

 

 盗賊達を前にして、騎馬隊の脚が停まった。

 向こうもやる気らしいが、俺も今後のプランを練り直すのに大忙しだ。

 しかしこうして見ていると、騎馬隊にいちゃもん付けてる盗賊連中が、飲み会帰りのリーマンをカツアゲしてるDQNに見えてしまう不思議……。


 しかし事態は一気に動いた。


 悲鳴なんか聞こえなかった!

 もちろんそんな声出す暇無かっただろう。


 刀を持った盗賊の頭らしき男が、頭っから見事に真っ二つに裂けたのだ!


 そして、他の奴等も同じだった。

 先頭の騎士が振るうのは、いわゆるポールウェポン。

 長い柄の先にデカイ斧みたいな刃がついた、ハルバードだかバルディッシュとか云う奴だ。

 見掛け倒しかと思っていたら、見事に使いこなしている。

 あっという間に5人の首が宙に舞った。

 これは全くの見立て違いだ、この貴族のボンボン達ってばメチャクチャ強い!!


 こうなると盗賊なんて烏合の衆、戦意喪失で逃げ回るのみだ。

 だがまずい事に、残った連中がこっちに逃げてきやがった!


 そのうち一人は山を駆け下りて逃げようとしたが、馬車の上に居た奴が、弓を連射している! しかも全て命中って……俺も逃げたほうが良くないか?

 まだ何もしてないんだし。


 残る三人の盗賊は、悲鳴を上げて命乞いをしながら逃げてくるが、相手は手練の騎馬武者だ、笑い声とともに余裕で追いかけて、二人が袈裟懸けに切られて倒れた。

 残る一人は俺の姿に気付き、涙声で助けを求めて来た。


「た、たずけでくだざいー! じにだぐないいいい!」


 それが騎士に対する命乞いなのか、俺への救助を求めたのかはわからない、わかったのは幼く甲高い女の声だった!!

 これは見捨てずに助けよう、そうしよう!


 途端に血圧がぐわっと上がるような、体温が急上昇する感覚に襲われる。

 もの凄く心地よい感覚。

 魔極水の影響とやらに違いない、俺はその快感に身を任せる事にして、騎士の前に躍り出た!

 

 自分でもどう動いたのか、さっぱり覚えてはいない……でもね。

 俺の左腕は、盗賊の女の子を抱き寄せて、右手の親指と人差指で、騎士のハルバードだかバルディッシュだかを掴んでいた。

 向こうが俺より驚いているのは言うまでもない。


「貴様、そいつらの仲間か!?」


 騎士が発した声は、日本語だった。

 兜から覗く顔は、立派に白人なのだが、発音はばっちり日本人……なんか違和感ありまくりだ。

 

『主様、思考可能となりました。お気をつけ下さい、貴族は魔極水を与えられている者も居ます。ゆえにその腕力は、常人の比ではございません』


 だから早く言おうよ、そういう大事なことわー!!

 後悔しても始まらない。

 しかし、今俺の胸には助けを求めるか弱い少女、追手は魔王の眷属たる貴族の戦士(冷酷非道)。

 想像すると、なんか燃えるシチュエーションじゃないの!?

 そう、俺も前回のミノタウロス戦で少しは理解した。

 俺の中の魔極水を目覚めさせるには、可能な限りテンションを上げるのだ!

 ここは一つ、カッコよく名乗りでも上げてみよう。


「フハハハ! 我こそは、ミノタウロス殺しと恐れられた不破圭一郎! 義によって、その人を救いに来た!」


 決まった!……と思う。

 失礼にも、貴族様はフンと鼻息で笑い飛ばしやがった、あったまキタ!

 ここまで来ると、更に俺の中で何かがグツグツ煮えたぎるのを感じる。

 刃を握った指に、ぐっと力を込めて、抱きついていた女の子を背中に隠す。

 

「くっ……離せ、下郎!」

「やだね」


 俺はもらう気まんまんで、バルディッシュ……でいいや、もう! そいつをがっちり掴んで離さなかった。

 我ながらテンション上げた俺すげえ! 指2本で両手のこいつと力比べしてるよ。

 左手も空いたので、そろそろ反撃だ。

 バルディッシュの柄を掴み、力任せに引き寄せるとスポッと抜けた?


「この痴れ者があ!!」


 抜けたんじゃない、こいつがあっさり手を離して剣に持ち替え斬りかかってきた。

 しまった、戦い慣れしてないのはやっぱり不利だ。

 渾身の一撃は、俺の脳天を寸分の狂い無く打ち据えた……が。

 

「ば、化け物か、貴様!!」


 痛ええええ……。

 あれ?

 間違いなく頭に剣の一撃を受けたのだが、切れてない?

 それどころか奴の剣がひん曲がっている、どうやら安物だな。

 チャンス到来!

 バルディッシュを構え、即座に甲冑を纏った奴の胸を一突きした!

 曲がった剣で受け流そうとしたのだろうが、俺の腕力が優っている。

 巨大な刃は高そうな甲冑を物ともせず、一撃で奴の胸を貫き通した。


「ミハイル殿おおお!!」


 もう一人の騎士が、突撃してきた。

 こいつは重そうなスピアを構えている、正面から打ちあったら不利だな?

 でもどう対処して良いのかわからん! 取り敢えず――!!

 

「おおお――!?」


 騎士は馬から転がり落ちた。

 俺がやったのは……取り敢えずまた掴んだだけだ。

 

 迫り来るスピアの先端を、右手で包むように掴んで捕らえたら、馬だけ俺の横をすり抜けてこいつは落っこちた……ダセえ奴。


「ほいさ!」


 直ぐ様バルディッシュでこいつの首を撥ねた。

 なんだ、こいつら弱すぎるぞ? 面白くない。


「何だよお前らあ! もっと楽しませろよ!!」


 残る二人の騎士に向かって叫ぶ。

 奴等は迫って来ない。

 戦意喪失かもしれんが、貴族連中の皆殺しコースに変更は無い。

 俺はバルディッシュを振り回しながら奴等に突進した。


『主様、来ます!』


 いきなり司令塔からの連絡!?

 と同時に何か飛んで来るのが判り、慌ててバルディッシュを振るとカンっと何かが当たった音がする。

 荷馬車の二人が弓を構えていた、今の一振りでうまい具合に矢を払い除けたらしい。

 こいつらは平民かもしれんが殺す事に決定!

 だが既に、俺が迫るより早く第二射をつがえている、しかも今度は3本ずつって!?

 気付いた時は、矢が放たれた後だ!


 これは避けきれないと思ったら、6本の矢全てが俺の目の前で弾け飛んだ。


『援護します、そのまま突撃を』


 さっすが相棒! クレーターの中から機関銃座の様に、ウンディーネの右手が伸びている。

 弾丸はもちろん例のパチンコ玉だ。

 右手に握り込んだパチンコ玉を、親指だけではじき出している。

 その威力と連射速度たるや、間違いなく機関銃だ。

 その一斉射は、瞬く間に二人の弓兵を蜂の巣にして沈黙させた、彼女が味方で良かったと思うと同時に、敵だったらと思うとゾッとする。


 てなわけで、残るは二人の騎士のみになった。

 俺は自分の血が高揚するのを抑えられなくなり、奇声を上げながら突進する!

 二人はもう、どうしようも無かった。

 踵を返し、来た道を駆け出す。

 俺は追う。

 でも待てよ、さすがに俺の脚が馬に敵うはずは無い! ここで取り逃がすのは非常にマズイ!!


 さらにまずい事に、すぐ向こうに大勢の人影が見えた。

 それは満身創痍だが、ミノタウロスと戦っていた兵士達だ、どうしよう! 彼らも皆殺しにしなければならないのか。


 援軍に気が大きくなったのか、騎士は再びこちらに向き直った。

 この位置からでは死角になって、ウンディーネの機銃掃射も不可能だ。


「良いか、お前達! あの者はヘストン様に弓引く大罪人だ! 討ち取った者には褒美を取らす!!」


 強気になったお貴族様が、疲れきった様子の兵士達に激を飛ばしている。

 こうなったら仕方ない、あんた達に恨みは無いが――!?


 ――だが結末は意外で、実に呆気無い幕切れだった。


「ふざけるな! この畜生がー!!」

「殺っちまえ! このクソ野郎ー!!」


 兵士の槍、短剣、棍棒やハンマーが、二人の騎士をメチャクチャに襲った。

 あっと言う間の出来事だったが、二人は鎧ごと肉片になるまで10数人の兵士に叩き潰されまくって絶命する。

 

 すっかり拍子抜けしてしまった俺の前に、一人の中年兵士が近寄ってきた。

 数メートル手前で、剣や槍、兜を投げ捨てて、両手を上げて目の前で止まる。


「貴方さまがどこのどなたか存じません、ですが先程の戦いぶり、鬼神の様な強さを拝見致しました。

 加えてわしらの日頃の恨み辛みも晴れました。

 ですが、わしらに対してお慈悲をいただけるとは思いませんが、ここは兵隊頭のわしの命で他の皆をお許し願いませんでしょうか……」


 俺は自分の血が、急速に冷え込んで穏やかな気分になるのを感じた。

 もちろんこのおっさんの命を奪う気なんてさらさら無い。


 その旨を伝え、今回の事を決して口外しないようにお願いすると、皆快く承知してくれた。

 ついでにウンディーネを掘り出すのも手伝ってくれて助かった。

 これで万事うまく行った……のかな?


「ああ、戦士様! 勇者様ぁ!!」


 え!?

 なんかいきなり女の子が抱きついてきた、って誰だっけ?

 それに何だ? 戦士だとか勇者って俺に言ってるの?


「お助けいただき感謝致します、一生お仕えいたします! 何でもいたします!」


 ああ思い出した。

 たしかこいつ盗賊団の女の子じゃなかったっけ?

 まずいな、テンション上がってイケイケ状態の時は、あまり自分のしたことを自覚してないようだ。

 だがどうしたものか、困り果ててウンディーネの方を見ると、彼女は一心不乱にパチンコ玉を拾い集めている。

 しかも死体にめり込んだ物まで容赦無く穿り出していた……やめてあげて欲しいな。


「……あどお……ずびばぜ~ん、ずびばぜ~ん……だじでぐだざ~い……うおええ!!」


 ええい! 今度は何だよ? 

 振り返ると、肝心な事を綺麗さっぱり忘れていた。


「ああ、悪い! あんたがオーサワさんか?」

「ばい、ぼおざわだげじでず……ぼえええ……」


 ぼおざわって人違いじゃ無いよな?


 なわきゃ無えか、檻を開けると冴えない兄ちゃんがヨロヨロと這い出して来た。

 麻の浴衣みたいな着物きて、ボサボサの頭でふらふらしてる。

 まるで死にかけの明治の文豪みたいだな。

 けど取り敢えず、依頼は完遂できたって事で良いだろう。

 

 それから、死体や荷車を山の斜面に放り出し、予定通りウンディーネに地すべりを起こさせて証拠隠滅を図る。

 兵隊さん達は、ほとんどが途中で無理やり徴用されたらしく、さっきの兵隊頭さんが一人で報告すれば大したお咎めも無いそうだ。

 心配だったのだが、荷馬車の弓兵二人は平民だけど貴族の腰巾着で、普段から威張りくさっていた奴等らしいので、俺の良心も傷まずに済んだ。

 

「不破様、本当にありがとうございました。道中お気をつけて」

「いえいえ、こっちこそ。なんか手伝ってもらってすいません」

 

 イカホ村に戻る途中まで、兵隊さん達が送ってくれた。

 食料や水も分けてもらえて助かった、イカホから持ってきたのは空中で無くしてしまったからね。


「それと、差し出がましいようですが、もし不破様が挙兵なさる時は、是非我らにもお声がけください。地の果てまでもお供いたします」


 頭がそう言うと、皆一斉に膝をついて頭を下げた。

 何か物騒なこと期待してるみたいだけど、俺はそんな事するつもりは無いんだが。


「旦那様! ウンディーネさん! さあ、参りましょう! どこまでもお伴します!」


 なんか余計なのが一人増えた。


 この子、サクラちゃんは、盗賊頭の娘だそうだ。

 親も死んで、行き場がないそうなので、暫く面倒見る流れになってしまった。

 せめて父親の埋葬だけでもしなくて良いのかと聞けば……。


「盗賊に墓はいらないのです。父ちゃんも言ってました! 死んだ場所が盗賊の墓、屍に咲いた花が盗賊の墓標、それが盗賊の心意気ってものなんです!」


 切符が良いのか雑なのか、まだ14・5歳くらいなのだろうが、どういう教育されたんだか……取り敢えず連れて帰って、スワ村で一般常識を教えこまなきゃならない。

 極度の車酔いで死にそうなオーサワ氏は、ウンディーネの背中で気絶している。

 イカホ村に戻って温泉に浸かり、奥さんや子供の顔を見れば元気になる……だろう、多分。

 取り敢えず俺達一行は、イカホ村を目指して歩くのだった。

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