第三章 びゃったりわらし
第二十二話
砂浜で、俺の行く先を春鳥が歩いている。
いつだったか春鳥と共に妖怪壺を掘り起こした浜辺だ。観光用の整備はされておらず、寄りつく者はサーフィン客しかいない。
春鳥はショートパンツにTシャツ一枚という格好で涼しげに歩を進めている。足にはスニーカーを履いていた。暑さは感じないが、春鳥の服装からして今は夏に違いない。
水平線に太陽が泳いでいる。太陽の位置を見るに、どうやら我が家ではすでに夕食が始まっている頃合いらしかった。
どうやってここまでやって来たのか記憶は定かではないが、春鳥が先を歩いている以上、ひとまず現状はそれを追いかけるのが相棒である俺の務めだ。
「おい、春鳥、少し早いぜ。待ってくれよ」
ゆったりとした足取りをしているくせに、どれだけ駆けてもその背中に手が届かない。
春鳥の表情をうかがうことはできない。
けれど、俺の言葉が聞こえたのか、ふいに立ち止まった。
少しずつ俺と春鳥との距離が縮まる。
「百枝くん。自分の体を見てみなよ」
振り向かぬまま、春鳥は言葉を発す。
言われた通りに視線を下へ向けると――。
俺の体は、ねずみ色の粘土のような物体へ変わっていた。
……あぁ、なるほどな。
つまり、春鳥が速いんじゃなくて俺が遅いだけだったわけだ。
顔を上げると、そこに春鳥のぎらぎらした瞳があった。
視線を泳がせると、春鳥の手には制御札。
それはみるみる内に巨大に、俺の顔面へと迫り――――。
「ってえぇえええ……っ!」
俺は目蓋を開いた。
暗闇の中、微かに本棚や勉強机が見える。脇に目をやると目覚まし時計もある。
なるほど、場所は自室のベッド。
俺はようやく夢から覚めたようだった。
「……はぁ……まぁ、夢だよな」
春鳥と夏の浜辺を歩いた記憶などないのは当たり前だ。
夢なのだから。
我ながらアホな夢を見たものである。いつまで経っても春鳥に手が届かないってのは、俺の心情を表してるんだろうか。思春期真っ只中の男子高校生かよ(合ってる)。
「――と、やべえやべえ」
そうだ、眠りから覚めたなら妖怪の転換が起こっているはずだ。
部屋の中から出てはいない。視界にも普段と変わりはない。
妖怪百面相になって以降、転換の確認用に購入した大きな姿見へ目をやる。
――なにこれ、動物……犬?
いや、犬にしては顔つきが少し尖っているな。こういう動物はあまり見ない。毛が真っ白なのも特徴的だ。
あ、狐だ。狐だな、これは。そんなら、妖怪の名前は白狐ってとこか。
部屋の中は暗く、目が慣れるまでは姿見の中の白狐を見るのも辛かった。
夏も近付いてきた。この薄暗さでは、朝もまだまだ遠いだろう。目覚まし時計を確認してみると、短針は三を指している。
春鳥を呼ぶのは心苦しいが、このまま放っておくわけにもいかないよな。
四苦八苦、枕元のスマホを肉球でなんとか操作して、履歴から春鳥へコールする。
申し訳ないとは思いつつも、春鳥の眠りが覚めるのをしばらく待つ。
と、ひゅうと一陣の風が吹くのを感じた。
……ここは部屋の中なのだが。
不思議に思い視線を上げてみると、窓が開いている。
眠りに就く前は閉じていたはずだ。鍵だって閉まっていた。
――記憶はないが、どう考えても開けたのは俺だよな?
妖怪百面相、花火を見る 怪獣とびすけ @tonizaburou
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