第二十一話

 予想通り、春鳥とは二階へ向かう踊り場で合流した。

 俺の顔を見るなり不満げな表情であれこれと責め立ててくる。これまた予想通りだ。

 ごねる春鳥をなんとか言い聞かせて校外へ出る。

このままではきっと、誰の想いも顧みることなく、春鳥の好奇心は全てを暴き出してしまうだろう。無粋な真似はさせはしない。

 けれど、春鳥も真実を知らぬままでは納得はしない。他人には興味のない春鳥だが、それが妖怪絡みとなれば話は別だ。真実を語らせるまで止まることはない。

 無茶をやられてせっかく丸く収まりそうな場をかき乱されては堪ったものではない。

 どうせ知られてしまうなら、俺の口から先んじて話してしまった方がまだマシだ。

 第一運動場を抜け、裏門を出て、駅の方面へと続く坂道。

 帰りの道すがら、春鳥へ事情を説明する。

 どうして古段は王地へ手紙を書いたのか。

 どうして俺を襲ったのか。

 そして古段志貴弥の性別について。

 全てを話すと、春鳥は不思議そうな表情を見せた。

「んん? 少し待ってくれないか。女? 彼が?」

「彼じゃなくて、彼女だっつうの。古段志貴弥はれっきとした女だよ」

「男子のブレザーを着ているじゃないか」

 そう、春鳥の言葉通り、古段は男子生徒用のブレザーを着ている。

 下はズボン、スカートじゃない。

「なにも性同一性障害ってわけじゃないけどな」

「じゃあどうして?」

「いや、ああいう性格だろ? どうせ最初はノリで始めたんだろうよ。で、すぐに慣れちまった。一年の初めの頃は教師から何度か注意を受けてるのを見かけたが、あの様子だととっくに諦められてるらしいな」

 俺が言うと、春鳥はとんとんと側頭部を指でつつく。

「……私としたことが。男にしか見えていなかったよ」

「変に整った顔してるよな。だから女にもモテてるみたいだし、それが楽しくて男子のブレザー着てるのもあんだろ」

 ――だが、本人の好意は、真っ当に異性へ、王地へ向いていた。

 長年一緒に行動している内に、友情から恋愛感情へと移り変わったのだろうか。

 その感情がいつからかってのは、俺にはわからないことだ。

 古くからの仲だし、案外、戸篠と同じで小学校の頃からずっとなのかもしれない。

 王地へ恋をしたものの、告白の勇気を持てぬまま、高校二年になってしまった。

 このままではいけないと決意した。妖怪に憑かれたのも切っ掛けとしてあったのかもしれない。決死の思いで恋文を書いた。その決断ができること自体が、俺には尊くまばゆいことのように思える。

 しかし、そこに至って自分で恋文を渡すのが恥ずかしくなり、アカマタの能力によって戸篠を利用した。

 ――その結果、戸篠の事情など知るよしもない古段は、戸篠の反撃に遭い、告白の場を壊されてしまったのである。

 今頃、あの三人は何を話しているのだろう。

 古段と戸篠は、無事に王地へ想いを伝えることができたのだろうか。

 二人の願いが同時に叶うことはない。

 けれど、同志としてはハッピーエンドを願うばかりだ。

 春鳥の表情をちらりとうかがう。

「ま、私には関係のない話かな。くだらないよ。ホント、つまらない理由で事件を起こすよね」

 その髪、その鼻、その瞳。

「あぁ、そうそう、百枝くん。サトリの調査がまだだったよね。道徳がどうとかほざいてるみたいだけど、それは通らないよ。ご家族にでも試して明日までにまとめておくように」

 悪魔のような台詞を吐くその顔は、やはり輝いている。

 戸篠や古段は、決断をした。長年の想いを口にする勇気を持ったのだ。

 反して、俺は?

 俺はどうなんだ?

 春鳥へ惚れたのなんて、昨日今日の話だ。

 長年かけて、この想いが熟すまで、機会が熟すまで待つつもりなのか?

 そんな保証、どこにもないというのに?

「なあ、春鳥、俺は――」

「ん? なんだい? 家族にも試したくないとかなんとか言うつもりかい?」

 ――――。

 おおぉ、あぶねえ。口にしてしまうところだった。

 俺側の問題だけじゃない。

 どうやら俺は、勇気を持つことはできた。

 けれどいま俺が春鳥に告白をして? 成功するのか?

 スーパー人間嫌い、春鳥奈散に?

 他人の恋愛沙汰をくだらないと評する、春鳥奈散に?

 いやあ、成功するわけねえだろうぜ。

 今はまだ、今は、まだだ。

 ――まずは春鳥の中身を変えていかなくちゃな。

「何をにやにやしてるんだよ君は、気持ちわる……っ」

 心底どん引いた、みたいな表情で春鳥は俺から距離をとる。

 ……お前、一回サトリになった方が良いんじゃないの。



 ◇ ◆ ◇



 翌日。

 学校へ着くと全てが元通り。

 昨日の一件を覚えている人間は誰一人いなかった。

 担任の孤里も、少し歩きづらそうにはしているけれど、元気に教室へ現れる。

 王地と、古段と、戸篠の姿も教室にあった。

 こちらもいつもと変わらず、王地は慇懃無礼な態度で、古段は人を小馬鹿にした口調で騒ぎ、戸篠は静かに本を読んでいる。

 その様子はまるで昨日の騒ぎなど無かったかのようだ。

 ――けれど、確かな違いはある。

 それ一つで、昨日の出来事は全て現実のものだったのだと声を大にして宣言できる。

 何かが彼女を突き動かしたのか。

 はたまた気まぐれか。

「強えなあ、まったく」


 古段志貴弥が、スカートを穿いていた。

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