第十八話
恋の切っ掛けは遥か昔。小学校の頃らしい。そういえば戸篠とも俺は同小だったかと思い出す。いやそれはともかく。
小学校の頃から王地は慇懃無礼で己を貫いており、つまりまぁ、王地は王地だった。周囲への迷惑を顧みず、弱気は全力で助け、不正は見過ごさない。
だから単純な話だ。
戸篠がいじめられていたのを、王地が助けた。それだけ。
けれどそれだけで、戸篠が恋心を抱くのには十分だった。
それが王地の日常の一幕に過ぎなかったのだとしても、いじめから解放させてくれるというのは、戸篠にとっては大きな転機となった。
誰だってそうだ。俺だって、理不尽な暴力に襲われていたのを王地に助けられた覚えがある。あの時は王地に感謝してもしたりなかった。同性だから感謝止まりだが、それが異性ならまぁ、恋愛感情に至ってもおかしくはない。かくいう俺も、その後、同じような経緯で春鳥へ恋愛感情を抱く羽目になったのだから。
閑話休題。
さて、恋心を抱いた戸篠はどうしたか。
――それは、現在の戸篠と王地の関係から推察できるとおりだ。
そう、五年間、何もしなかった。できなかった。想いを伝える勇気がなかったんだ。
だから戸篠は、持てる勇気を振り絞って恋文を綴りながらも、名前を記せず、さらに、本来の人間の姿で王地を待ち伏せることすらできなかった。妖怪の姿で、自分とは気取られぬ姿で王地を待ち伏せ――。
と、そういう話かと想像していたのに。
「そ、それは、違い、ます……」
突如として、戸篠から否定の言葉が挟まれる。
「え? 違う?」
戸篠は頷く。
「そもそも、手紙を書いたのは、私じゃない、です」
春鳥が目を見開いた。
俺だってそうだ。
「私は、呪いをかけられました。王地くんに手紙を渡す、呪い。だけど私は、砂かけ婆だから。体を操られながら、意識だけは持ち続けてた、です」
「待て待て、全然話が見えない。操られた? 砂かけ婆だから意識だけは持てた? なんの話だよ、それは」
「あの人は、人間を操ります。私に手紙を渡させた目的はわかりません。でも、私は、それを利用して、王地くんを、待ち伏せた、です。王地くんを、あの人の好きにさせないために」
「……戸篠は自分の意思で手紙を渡したわけじゃなくて、そいつに操られてたってことか?」
戸篠の、王地への恋愛感情とは関係なく?
肩に手を置かれる。春鳥だ。
「百枝くん。人間を操る方法を聞いてくれるかな。他にも気付いたことがあればそれも」
「砂、です。操る方法。砂で人の体に文字を書くみたいです。他に気付いたこと……あんまりなかったような気がしました、けど。あ。あ。いつもより、少しだけ、顔が赤かったような……?」
戸篠を聞いて春鳥は満足げに微笑んだ。
「全て把握したよ。なるほど、その人物も妖怪に憑かれているんだね」
「ちょ、ちょっと整理させてくれよ」
全然ついていけてない。
「つまり、なんだ、戸篠に手紙を渡させた奴は、妖怪の能力を使ったってことか? 俺と、戸篠の他に、妖怪に憑かれてるやつがもう一人いたってのか?」
「だからそう言ってるじゃないか」
春鳥がむっと眉をしかめる。
続けて、
「顔が赤いというのは、決定的かな。砂で操るというのは初耳だけど、おそらく間違いないだろう」
春鳥はそう前置きをして、妖怪の正体について語り出す。
「アカマタ。蛇の一種だが、沖縄では妖怪としても知られる。人間の姿に化け、女性を誘惑して連れ去ってしまう。一説では、尻尾で文字を書き、それによって女性を惑わすとも言われている。まぁ、伝説によると、操る相手は女性に限られる、とのことだ。百枝くんは安心して良いね」
女性を操る妖怪、アカマタ。
「……それなら俺は大丈夫かもしれないが、お前は対象に入ってんだろうが」
「おやおや、そんなに私が心配かな。それこそ陵辱されちゃう的な」
「んな心配は、してねえよ」
春鳥から戸篠へと視線を動かす。
「なあ、戸篠。お前は犯人を知ってんだよな? そいつの顔、能力を使ってる間は赤かったってホントか?」
「は、はい……しばらく……顔は赤いままでした……」
――まったく、話がそう繋がるのかよ。
元々、深く関わるつもりじゃなかった。繰り返しになるが、他人の恋路に首を突っ込む趣味はないんだ。
ただ、俺にも果たさなければならない義理がある。
ここで動かなければ、わざわざ俺の部屋まで押しかけてきた妹の友人たちに申し訳が立たない。
人間を操るなんて能力、さすがに強力すぎるだろう。俺のこれまでに経験してきた妖怪の中にも、そこまでのはいなかったように思う。
ただ、もう抜け出せはしない。問題の半身まで浸かってしまっている。
「さすがにこのまま、傍観はしてられねえな」
だから、そんな言葉を口にしてしまう。
「おや、いつになくやる気だね百枝くん」
春鳥は俺と妹たちとの会話を知らない。やる気の理由までは見当がつかないだろう。
「アカマタは手強いよ?」
「重々承知だっつうの。だが、なにも正面から戦おうってわけじゃない。そりゃそうだろ。正義と悪の戦いじゃねえんだ。話し合うだけさ」
「話し合いで済めば良いけどねー」
バトった方が良いみたいな言い方しやがるな、こいつは。
「……こっちには証人もいる。今日中にケリを付けられるだろ」
三対一なら、言い逃れはできない。
あとは、それを受けてあいつがどう動くかだ。
春鳥の言う通り、そのままバトル展開に突入する可能性は否めない。
「あ……あの、それで、その人の、名前は……」
「いや、言わなくて良い。それはわかってる」
「え……?」
「戸篠に話を聞かなくても、どうせいつかはこうなる運命だったんだよ」
陳腐なミステリかと思っていたんだけどな。
一つクッションが挟まれていただけのことだった。
古段櫛佳の願う展開になるかどうかはわからないが、ともかく、これで俺は夜中に家を抜け出す必要はなくなったのだ。
――教室へ戻ると、アカマタこと古段志貴弥は、その姿を消していた。
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