第十六話
教室中に古段たちの笑い声が響いている。
奇声と呼んでも差し支えないほどの音量で話し続けるその様子は、普段と全く変わりない。変に元気すぎるとかいうこともなさそうだ。
もしかして櫛佳の心配事は杞憂なのではないかとも思ってしまうが、妹だからこそ気付ける違いがあるんだろうか。
戸篠咲都美は窓際最前列の自席で静かに本を読んでいる。
クラスメイトへの興味の薄い俺だ。彼女についてあまり多くは知らないが、それでも窺い知れるところによると、性格は気弱。
人と会話する時は顔を伏せ。台詞の始めがどもってしまう。少し大きな物音がするとびくびく震え、肩が触れただとかちょっとしたことでも相手に謝ってしまう。
ただ、小説に向かっている間だけは、動じず、目の前の文章から目を逸らすことはない。俺と同じく活字中毒なのだろう。市立図書館でもたびたびその姿を見かける。
今日もきっと戸篠は、ホームルームが始まるまで自席から微動だにしないだろう。
そんな戸篠から事情を聞かなければならないわけだが、あいにく春鳥は欠席。
単なる気まぐれか、何か企みでも抱えてるのか。どちらにせよ、戸篠には俺一人で話しかける必要がある。
しかし、春鳥の欠席はそう珍しくもないが、王地まで教室に姿が見えないのには驚いた。もしかしてあれから婆さんの姿を捜し廻ってるんだろうか。
砂かけ婆についての情報を渡してやった方が王地のためではある。けれど、戸篠にも少なからず事情があるだろうからな。王地への話は、戸篠の後だ。
ただ、古段の方は王地に相談を持ちかける必要がある。
このまま昼まで王地が登校してこなければ、一本メールを投げておいた方が良いだろうな。今日の内に話は進めておくべきだろうし、仮に王地の対応が間に合わなければ、今日の夜は俺が古段を追跡する必要がある。
……ああもう、問題が山積みで頭が痛くなるな。
「ぎゃははははっ! ちゃすちゃす! じゃあ、日曜はボーリングかーらーのーカラオケってことで決まりんっ! みんな適当な面子に声かけまくりでよろーっしゅ!」
弁髪風の三つ編みを揺らして笑う古段の声が、鋭く耳に刺さる。
戸篠を見ると、ページをめくる手を止め、古段のいる方向へ首を数十度だけ回転させていた。読書に集中したい戸篠にとって、古段の騒々しさは人一倍に不愉快なんだろう。
「百枝くん。勝負は昼休みだ」
「ぉおうっ」
突然に耳元でそう囁かれて振り返る。
「春鳥。いつの間に来てたんだよ」
普段通り、ぎらぎらした瞳と深い隈が目立っている。
「学校に到着したのは二時間前かな」
「二時間前ってまだホームルームも始まってないだろ? 何してたんだよ」
「それより、昼休みに戸篠さんを第二運動場へ誘うように。頼んだよ」
俺の質問を華麗に無視。
「……毎度毎度お前は。まぁ、良いけどさ。しかし、俺が誘っても来るかどうかはわからないぜ」
「ふふん。そう言うと思って、ふがいない百枝くんのために秘密道具を用意してみた。君はこれを戸篠さんへ渡すだけで構わないよ」
春鳥がスカートのポケットから綺麗に折りたたまれたメモ帳の切れ端を取り出す。
もうなんか、見るからに怪しい。
気になって広げてみた。
『昨日、王地定春へ手紙を渡した理由が知りたい。場所は昨日と同様。昼休みのチャイムから五分以内に現れること。さもなくば全てを王地定春にばらす。by百枝通』
脅迫に俺の名前を使わないで欲しい……。
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