第十五話

 階段を下りていく足音が聞こえなくなると、俺はベッドへ倒れ込んだ。

「疲れた……」

 二件も立て続けに相談なんか受ければ体力も切れる。文系男子の体力のなさ舐めんな。

 妖怪百面相の都合上、このまま仮眠を取るわけにもいかないのが辛いところだ。しばらく横になったら風呂に入って、それから改めて眠ろう。さすがにお菓子の袋やらなんやらは妹に片付けさせるとして。

 ――と、そこで、つい先日に機種交換を行ったスマホのランプがぴかぴかと光っているのが視界に入った。

 手に取り、画面を確認すると春鳥からのメールだ。

 なになに?

『砂掛け婆の正体がわかったよ』

「は?」

 砂掛け婆? 

 ……えっと、もしかして、さっきの婆さんのことを言ってるのか?

 いやいやこんな短文じゃわけがわからねえぞ。

 すぐさま春鳥に電話をかける。ワンコールで繋がる。

「おい春鳥! なんだよ、今のメールは」

『百枝くん。そっちはもう自宅かな。私は砂掛け婆の家の前にいるよ』

 す、砂掛け婆の家の前?

 俺の言葉などまったく無視。春鳥は事実だけを伝えてくる。

「待て待て。それだけじゃ意味不明だぜ。説明をしてくれよ。さっきの婆さんが? 砂掛け婆? 妖怪ってことか?」

 向こうで春鳥が笑っているのがわかった。

『まさか気付いていなかったのか。これだから百枝くんはホントにもう。あのね、あんな砂嵐を起こせるのは妖怪だけだよ。正確には、妖怪に憑かれている状態の人間かな。百枝くんと同じ存在さ』

 ―ーそれはつまり、

「俺以外にも、妖怪が?」

『まぁ、そうなるね。なにも百枝くんのお婆さまだって全ての妖怪を収集していたわけでもないし、取り忘れだってあるだろうさ。君が無数の妖怪を身に宿せるのに対して、一般人も一つの妖怪くらいならば体に閉じ込められる』

「……お前が砂掛け婆の自宅を突き止められたのは?」

『単純な話。後をつけただけさ』

 じゃあ、こいつは婆さんの監視に退屈したわけじゃなくて、砂掛け婆の正体を突き止めるために、途中で第二運動場を離れて先回りしてたのか。

「相変わらず、なんつう行動力だよ」

『それは、褒め言葉かい?』

「当たり前だろ」

 俺の言葉に返事はなく、春鳥の息づかいだけが微かに聞こえてくる。

「……で、砂掛け婆の正体がわかったって言ってたな。誰だ? まさか俺の知ってる相手か?」

『ん? ……あぁ、そうだね。砂掛け婆の正体。記憶に新しい。すでに物語へ登場した人物だよ』

 ――ここで、古段の名前が出れば、よくできた物語だったろう。

 けれど、現実はそんな都合の良い展開に転がりはしない。

 まるで陳腐なミステリのように。

 春鳥が口にした名前は。


『戸篠咲都美。王地くんに恋文を渡したのが、確か彼女だったよね』

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