第十三話
謎の砂嵐からかれこれ一時間。
声をかけるのも躊躇われ、フェンスの裏に隠れて婆さんの姿を見守っていたのだが、そのうちに第一運動場の方へと去って行ってしまった。
結局、婆さんの他に待ち人も現れなかった。
春鳥も途中で飽きて帰ってしまっているし、俺がこの場に残る理由はとっくに消え失せている。
そろそろ帰ろうかというところで、思えば無駄な時間を過ごしたものだと、段々と腹が立ってきた。
だから腹いせに、王地へ言葉を投げかけてみた。
「王地。やっぱりあの婆さんが手紙の主だったんじゃないのか?」
その推測が真実から到底かけ離れたものであると知りながら、嫌味目的で。
もちろん、王地の返答も予想できている。
王地の内心がどうであれ、ここで返す言葉など一つしかない。
「それであれば、良いのだが」
そうそう、だよなー、まぁそれはないよな勘弁だよな。
「あの女性、名はなんというのだろうか」
ぼうっと言葉を続ける王地。
…………。
「えっ! 良いの!? あの婆さんで!?」
いやさらっと言うなよ! 受け入れ態勢ができてねえよ!
「マジか王地、お前、あの、なんつうか」
「百枝通よ。訝しむな。みなまで言わずとも良い」
王地は髪をかきあげ、ふっと笑う。
「我が言い逃れなどするはずがないだろう。ここに宣言しよう」
すうっと息を吸い、王地の口から爆音が響く。
「この王地定春! ババ専である!」
すごく堂々としている!
……いやさ、ちょっと待てよ?
あの、それ大声で叫んで良いもんなの? 俺の常識が間違っているのか? 年の差とか気にしちゃ駄目? そんな堂々と叫んで誰かに聞かれても構わん話なの? お前わりかし人望あるよ?
「百枝通。本日は大義であった。これより我はあの女性の素性を探るゆえ。では」
呆気にとられた俺の返事を待つ時間も惜しいのか、王地は足早に婆さんの後を追い夜闇へ消えて行く。すごいスピードで。引き留める隙を与えてはくれなかった。
第二運動場に残されたのは、俺と、大合唱を奏でる夏虫たちだけである。
むんむんと、身を包む蒸し暑さが苛立ちを加速させる。
あぁあああ、まったく。
「……もう……帰ろう……」
そう呟いて、ため息をついたら気が抜けた。
あほらしい。ラブレターの詳細は結局謎のままだが、あとは王地がどうにか上手くやるだろう。元々、俺の関わる話でもねえしな。
俺はフェンス脇のアスファルトに放った鞄からアリを払い落とし、それを肩にかけた。
――あの婆さんが何者なのかだけ、気にはなるが。
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