第五話
「それで、捜索場所にあてはあるのかな」
「ない。けど、この辺りにいないのは確かだろ。田舎だしな、目撃情報があれば一瞬で伝わるよ。王地の周りの連中が散々捜し廻ってんだろうし」
「そこで一反木綿の出番というわけかい」
「その通り」
自転車へまたがり春鳥と併走する。春鳥は歩道を走り、俺は車道だ。歩道脇のブロック塀を見上げると木々が並んでいて、歩道に大きな木陰を作っている。この蒸し暑い中、春鳥は快適そうだ。
坂道に差し掛かると、時折スピードを上げた車が真横をびゅんびゅんと下っていき若干の恐怖を覚える。
足もくたびれたので自転車を降りて歩道へ入ると、春鳥が抗議の声を上げた。
「急ぐんじゃなかったのかな。愛宕さんに追いつかれるよ」
「まさか俺たちが高校の方へ戻ってるだなんてあいつも思わないだろ」
とはいえ、向かう先は高校じゃない。目的地は、我が市の数少ない名物の一つ、座生山。その頂上へ至る山道の入り口だ。高校から歩いて七分ほどの距離にある。
「一反木綿の効果、まだ調査はしてないんだろう」
渋々と足の裏を地に付けた春鳥が口を開く。
「ああ。目立ちそうだし、夜になってから神社の辺りで試そうかと思ってた」
「誰かに目撃されたら新たな怪談が生まれるだろうね。まったく、気をつけたまえよ、百枝くん」
「いつもの事だ」
妖怪調査。俺の日課だ。
妖怪を抑制して平凡な日常を送ることへの春鳥の協力と引き替えに、俺は春鳥へ妖怪の力の調査結果を渡しているのである。
元々、俺のばあさんの収集した妖怪を目当てにうちの市へやってきた春鳥だ(俺へ話しかけたのだって、初めからそれが目的だったと後で聞いた)。俺への協力程度で貴重な妖怪情報をたんまり得られるんなら願ったり叶ったりだろう。
俺に妖怪の知識なんてほとんどないので、こちらとしても、妖怪研究家を名乗る春鳥の協力は渡りに船といえる。
成り行き上、どうしたって、双方が得をするこの協力関係は成立しないはずがない。
「前から思ってたんだけど」
「何かな、百枝くん」
「どうせ俺から調査結果を受け取るんなら、お前もその場に居合わせなくて良いのかよ。妖怪研究家なら実際に自分の目で見たいもんじゃないの」
「私は研究家じゃなくてただの愛好家だよ。私だって忙しいんだから。いつも百枝くんの相手をしているわけにはいかないさ」
もっともだ。
山道の入り口に辿り着く。奥へと続く砂利道は生い茂った木々のせいで薄暗く輪郭が判然としない。脇に点々と設置された遊具には子供一人見当たらなかった。
「誰もいなそうだな。この辺りで試すか」
「待った。百枝くん。確かこの時間は、野球部か卓球部がトレーニング代わりに山道を駆け上っているよ。いずれ下りてくるだろう。ここはちょっと危険すぎるね」
「おまえ何で俺より部活事情に詳しいんだよ」
復習。俺は一年と三ヶ月、この高校に在籍している。春鳥は三ヶ月だ。
「ふふ。百枝くんと私とじゃ行動力が違うよね。百枝くん、書を捨てよ、町へ出よう!」
「それ微妙に用法間違ってるんだけど。まぁ、それならひとまず別ルート使って中腹辺りまで登るか」
「別ルート? なんだい、それは」
「こっちは知らなかったのか。お前の情報網も大したことないな」
「むかーっ!」
頂上へ登るには基本的には整備された山道を使うものだけど、実は修行僧用の別ルートも用意されている。ほとんど人の手は入っておらず、道と呼べるかどうかすら曖昧だ。利用する人間は一人もいない。
……実際に、俺も一歩足を踏み入れてみて思った。この道はやばい。
「なあ、虫もぶんぶん飛んでるし、絶対にヘビとか潜んでるし、ちょっとバランス崩したら滑り落ちそうだし、やっぱやめとこうぜ」
「君が行こうと言ったんだからね。今更それは認められないよ。さあさあ。先へ進みなよ、百枝くん」
「なんかむっちゃ機嫌悪くない?」
「はー? 知らないんだけどー?」
まったくこいつは大人げねえな。
――と、ぶるぶるポケットの奥でスマホが震えているのに気付く。
なんだなんだ、俺にメールかよ珍しいな(悲しみ)。
「どうしたのかな? 百枝くん?」
「メールだよ、メール。ちょっと待て」
「そんなもの後で良いだろう」
「王地かもしれないし、そうはいかねえだろ」
なになに?
『百枝慈、古段櫛佳、伊本朝顔は預かった。警察に言えば殺す。こちらの要望に従わなければ殺す。まずは古段志貴弥を高校の屋上へ呼び出せ』
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