第四話
そして東の駐輪場で愛宕の自転車の鍵を外す春鳥を待っていると、俺は背後から突撃してきた暴走車に撥ね飛ばされた。
「うおおっ!?」
何が起こったんだと振り向けば、俺を撥ねたのは、見覚えのある、俺の愛車ムルシエラゴ(ママチャリ)である。
て、え、ちょっと何で前進してくるのおいおいなんのつもり痛い痛い痛い――、
「いてえよやめろよ!」
地に倒れた俺の尻に乗り上げてきたムルシエラゴの背に向かって思わず叫ぶ。
頭の中どうなってんだよ。ムルシエラゴにまたがった相手は言うまでもない、愛宕である。
俺を撥ねた衝撃でずれた眼鏡の位置を正し、愛宕は甲高い声を発す。
「百枝君! ちょっと自転車を返してもらえないかしらっ!? そしてあたしと一緒に学校へ戻るの! 青少年は! 部活に励むのよ!」
「その前に撥ねたことを謝ってくれよ」
とどめまで刺そうとしやがって。下手したら大怪我だぜ。
「あらあら。百枝くん、無事かな。まさか撥ねられるとはね。いやー、愛宕さんも無茶なことをするよね。さすがの私もびっくりだよ」
愛宕の自転車を引いて春鳥が戻ってくる。
「……春鳥……元はと言えばお前がチャリの鍵パクったのが悪いんだろ……」
俺の言葉に、愛宕が「んー?」と首を傾げる。
「あれ、おかしいわね。鞄に入ってた自転車の鍵、百枝君のだったから。てっきり百枝君があたしの自転車を盗んだと思ってたんだけど」
「いや、あのさ、愛宕、冷静になって考えてくれよ。普通さ、チャリぱくった奴が、代わりに自分のチャリの鍵を残しておくと思うか? どう考えても犯人は別にいるだろ。濡れ衣を着せようとしてんだろ」
ピンときた! みたいな顔を愛宕が浮かべる。さらに目を丸くしてぽんと手を打つ。
……この純粋さ。これで俺や春鳥の一年先輩、今年卒業の三年生だ。
成績がそこそこ良いせいで周囲からは才女で通っているらしいが、あまりにも抜けているというか、なんというか。愛宕を賢げに見せている眼鏡だって実は伊達だしな。
「じゃあ春鳥さんを轢くわ!」
ほらこれだからな。捕まるよ?
「つうか愛宕さ、いつも言ってることだけど、歴史の研究なんか三人いればできるだろ? 積木と飛騨はどうしたんだよ」
「あの二人なら部室だけど? あたしが百枝君を捕まえてる間に、積木さんと飛騨君が活動に励んでるの。本来なら四人でやることを、百枝君が部室に来ないせいで人数が半分になっちゃってるのよ? ほら、百枝君、二人に悪いと思うでしょう?」
「いや思わんけども。そもそもお前は部室に行けよ」
「つ、罪の意識に欠けている!」
欠けている欠けている、と反響音のように繰り返す愛宕。めんどくせえなあもう。
「百枝くん、ここは謝っておいた方が良いんじゃないかな」
愛宕の背後から春鳥がそう提案してくる。いやお前が謝れよ。
「そうよ! 百枝君はあたしに謝るべきね!」
「後ろの奴が犯人だってさっきから言ってんだけど……まぁ良いや、じゃあ謝る」
と、そこまで言ったところでそろそろと愛宕へと近付いていた春鳥が行動を起こした。
身を屈め、愛宕のスカートの端へ手をかけ、
「パンツばーんっ!」
ぶわっと持ち上げ、
「ぎやああああああああああっ!」
「鍵、ぽーいっ!」
愛宕の自転車の鍵を全力で図書館前の公園へ向けてぶん投げる。
「ちょ、ちょぉおっ!」
そして愛宕は、慌てふためいたせいでバランスを崩して自転車ごと転倒。スカートの乱れを正しながらやっとの思いで起き上がると、鍵を追いかけて公園へと走り去っていった。
春鳥はそれを眺めるとこちらへキリっとした顔をやり、
「さ、行くよ、百枝くん」
「お前、こんだけ無茶苦茶やっといてよくそんな冷静な顔できるよな。感心するわ」
……愛宕には今度、和菓子かなんか渡さなきゃな。
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