第10話 ディスティニー・パラドックス
神、ロゥロ。確かに、目の前の女性はそう名乗った。
「そう…。アンタが神…。自分からノコノコ出て来るなんてね…!」
リリィはキシと顔をゆがめると、その手に持つ「呪殺剣」に力を込める。
「生憎だけど、ここではその剣は力を発揮できないよ。それに、神は死ぬこと能わず。今のキミに、私を殺すことは不可能だ。」
確かに、先ほどから「呪殺剣」の力を感じなくなっている。
(…力が…だるい…)
剣自身も弱音を吐く。だが、
「随分とでかい口叩くじゃない。アンタを殺す。やってみなけりゃわからないよ。」
リリィは剣を構えなおす。怨念の力はなくとも、武器は武器だ。首をはねるくらい、造作もないだろう。そう思えたが、
「まぁそういきらずに。私が死なないというにも、理由はある。」
ロゥロはまるで構えもせずにリリィを制す。
「死なない理由…?」
「簡潔に結論から言おう。人間がいる限り、神は死なないのさ。」
「人間がいる限り…?どういうこと…?」
リリィは構えを崩さずに質問する。
「神は千変万化にして、森羅万象に宿る。神は人間の信仰心を糧に存在し続けるんだよ。」
「信仰心が糧…?」
「そう。だから、人間がいて、それぞれが神とするものを敬う限り、神はそれを糧に存在し続ける。たとえ今ここでキミが私の首をはねたとて、私はいくらでも復活し、ここにあり続ける。」
「なら、人間が神を敬わなくなったら、アンタはどうなるのさ。」
「それもあり得ない。」
リリィの質問に、ロゥロはバッサリと結論を出した。
「神はもともと人間が創るものだ。『我信仰する。ゆえに神あり』ってところかな。重要なのは、先ほど言った。神は千変万化にして、森羅万象に宿る。かつて人間は自然現象や巨木、巨岩などに神を見出した。それから私はあり続けた。
そして、いわゆる『無神論者』などというまやかしは存在しない。たとえ無神論者を名乗っていても、彼らは知らずのうちに神を信仰している。すなわち、拝金主義や権威主義みたいな、卑下されるような思考であってもね。富や権力などであっても、崇拝し、捨てられないものがある限り、それがその人の『神』にあたる。私は無神論者からも、糧を受け取り続けているんだよ。」
「…。」
リリィの顔から、闘志が失われていく。ロゥロの話が本当なら、ここでいくら切り倒しても、この神はいくらでも復活してしまう。
「一番滑稽なのは、『無宗教の慰霊』ってヤツだね。人間は神とともに歴史を歩んできた。『
ロゥロはいかにも楽しそうに話す。リリィがここにいること自体が嬉しいようだ。
「あぁ、失礼。すっかり夢中になってしまったよ。」
リリィは意気消沈してしまっていた。自分の力では、神を殺せない。それではなぜ、リュウは最期に「神に会え」と言ったのか。
「まぁ、めったに来ないお客人だ。お茶でもどうかな?」
ロゥロが手をかざすと、白いテーブルと2人分の椅子、ティーセットとお菓子がフッと現れる。フレンドリーな対応に、リリィはロゥロの腹の内が読めない。
警戒している間に、ロゥロは行儀よく椅子に座り、ポットから澄んだ色の紅茶をティーカップに注ぐ。自分の分だけでなく、リリィの分まで注がれてしまい、仕方なく席に着く。ペースは完全にロゥロに握られていた。若干の悔しさはあるものの、こうなっては遅い。カップから皿に紅茶を注ぎ、皿に口を当てて、音を立てないよう、スゥっと飲む。
「…。…美味しい…。」
そういえば、近頃は戦ってばかりで、食事もあまり味にこだわっている暇はなかった。久しぶりの美味しいもてなしに、リリィは初めてほっと息をついた。
「うんうん。気に入っていただけて何よりだ。改めて、周りも見てごらんよ。」
ロゥロに促され、今一度辺りを見渡す。見たことのない、色とりどりのお花畑。澄み切った空。小高い丘の宮殿。
「…。キレイ…。」
殺気立って見ていた時とは違う。果たしてこんな景色が、人界で見られるだろうか。
「この花はね。私が創ってみたんだ。この神の庭でしか咲かない、永遠の花。まぁ、名前は付けていないんだけどね。」
「…バラという名前は人間がつけたものであって、神はバラという名前を付けてはいない…か。」
「それ聞くたびに、屁理屈だなって思うんだけどね、私も。」
ロゥロはケラケラと笑い出す。
「寂しかったんだ。ロゥロも。」
「わかるかい?」
「独りぼっちの寂しさは、味わわされたからね。」
リリィもロゥロに微笑みを返す。
「他ならぬ恋人から、ね。」
ロゥロのその言葉に、何か重たいものを感じた。
「さて、キミの緊張もほぐれてきたみたいだし、本題に入ろうか。」
ロゥロは先ほどまでのにこやかな顔から一変、真面目な顔になる。
「本題…?」
「そう。リリィ、キミは、いつから運命が変わったと思う?」
ロゥロからの謎の問いかけに、リリィは首をひねる。
「質問の意味が分からないんだけど。」
リリィが正直に答えると。
「そう。人間として、正しい反応だ。人間は運命を知覚しない。だから、運命が変わっても気づかないし、それが本来の運命だと知覚するしかない。」
ロゥロの言葉で、何かに気付く。
「つまり、私の運命は変わっていたってこと…?」
「キミだけじゃない。この世界全体の運命が、捻じ曲げられていた。私たちの意思でね。」
「私たち…?」
リリィはまた首をひねる。
「順を追って話そう。この世界の本来の運命からだ。本来の運命では、魔王メアの呪いは成功していたんだよ。」
「え…?」
「メア・ヘルヘイムの呪いは成功し、人間は絶滅する。『聖杖』を持つキミを残して。さっき言ったように、私は人間の信仰心を糧に生きる。人間がいなくなれば、私も消えるしかない。そんな神の庭に、メアを倒したキミが訪れて、キミが神となって新たな世界を創造する。私にわかるのはそこまで。キミがどんな世界を創造するかについてはわからない。ただ、この世界は、本来は消滅してしまうはずだったんだ。」
ロゥロの衝撃の告白。リリィはまた理解が追い付かなくなってきた。
「それを変えてしまった…?なぜ…、どうやって…?」
理解するには材料が少なすぎた。ロゥロもそれを予測していたのだろう。
「なぜ、というのは簡単だ。私だって、死にたくないっていう気持ちくらい持つ。」
「…。そうか…。そうだよね…。」
それについては理解はできる。それに続いて、
「さてと、どうやって、という部分だけど。ちょっと話を脱線しようか。
リリィ、簡単な問題だ。ガラスのコップが、テーブルから落ちて、石畳にぶつかるとどうなる?」
ロゥロの真意はわからないが、「簡単な問題」だというので、
「コップが割れる。」
簡単に答えてみた。
「その通り。」
それで正解らしい。
「コップが落ちる、という『原因』があって、割れる、という『結果』につながる。この一連の流れを、『因果律』という。簡単な例だけど、学校で習った記憶は?」
「ある。」
それがどうした、とも思うのだが、ロゥロは話を続ける。
「でも、『因果律』というのはその1つで完結しない。コップが割れたことが新たな『原因』となり、片付ける、新しいコップを買いなおす、といった、新しい『結果』につながり、さらに新たな『結果』が新たな『原因』となって、『因果律』は鎖のように連鎖していく。この鎖が、いわゆる『運命』と呼べるものになる。」
「…うん…。」
まだ理解はできる範囲だが、やはりまだこの質問の意味がわからない。
「この『因果律の鎖』は非常に重要だ。『因果律』が壊れると、何が起こるかわからない。コップが落ちた時、割れるのは大地の方かもしれないし、はたまた関係のない太陽が消滅してしまうかもしれない。」
「…で…?」
さすがにリリィも、学校の授業を受けているようで飽きてきた。
「そこでだ、リリィ。ガラスのコップを落ちても割れないようにするには、どうすればいいと思う?」
ロゥロからの次の問いかけ。これも簡単な問題だろう、と思ったのと同時に、飽きてきたので、
「下にクッションでも置いておけば?」
適当に答えてみた。
「いい発想だ。」
いいのかよ。リリィは内心突っ込んだ。
「要するに、カーペットなどを石畳の上に敷いてしまえばいい。そうすれば、コップは割れにくくなる。でもね、リリィ。カーペットを持ち込むとなると、石造りの打ちっぱなしの建物では違和感が出てしまう。そこでやらねばならないのが、内装の模様替えだ。」
「…んー…?」
「フフ…。まだわからない?外からカーペットという『異物』を持ち込むことで、内装は一変する。世界が変わる瞬間だよ。」
この一言に、さすがのリリィもはっとした。
「まさか…、リュウ…?」
ロゥロは我が意を得たりといった顔をする。
「そう。リュウ・D・シィという『異物』によって、この世界の運命は変わった。消滅から逃れられる運命へと。」
「で…。そのリュウをこの世界へ呼んだのが、私…。」
リリィは頭を抱え込む。が、
「自惚れてもらっちゃ困る。この運命の変化は、『私たちが』意図したものだと言ったろう。」
「それって…。」
「もっとも、私はきっかけを作ったにすぎない。その後のことは『彼』に一任していた。その結果、私ですら意図していない方向に、さらに運命は捻じ曲げられた。」
「まさか…つまり…?」
リリィが驚愕の表情を見せる。
「そう。この世界の運命は、2度変わっているんだ。他ならぬリュウの手によって。」
「そんな…。嘘…。」
「外から他の世界に『異物』がやってきたとき。その『異物』は大なり小なり、本来関わるはずのなかったものと関わり、周囲の運命を変えてしまう。その異物は、言うなれば運命を変えることを運命づけられたもの、名付けるなら『
この世界の運命を変えるためには、大きな力が必要だった。だから彼をスカウトした。だが、彼の力は大きすぎた。マッチポンプだったと言っていい。」
「じゃあ聞かせて。ロゥロ、キミのシナリオではどうなっていたの…?」
リリィの問いかけに、ロゥロは応じる。
「私が思い描いていたシナリオでは、キミとリュウはともに旅に出かけ、メアの呪いが完成する前に、メアを倒しているはずだった。そしてキミたちは聖人として崇められ、世界の先導者になるはずだった。私のシナリオに、『カダス・ングラネク』という人物は登場しない。キミの家族も死にはしなかった。彼の存在はあまりにも想定外すぎた。」
「じゃあ、リュウは何でそんな真似を!?」
「私が知っているのは、リュウが異世界で悟りを開いた『人間上がり』の神であり、その資格を持ちながら、神格以外の格、『人』と『魔性』を捨てなかったということだけだ。ゆえに神の末席にも連ねられず、はぐれものとなっていた。
そこで、私は彼に事情を説明し、この世界の運命を変えるよう、依頼した。そうして彼が実行したプランが、私のシナリオとも大きく外れていたのさ。なぜ、彼がそんな真似をしたのか。それは私にもわからない。
ただ、彼はその特殊性ゆえに、『人』の自分をキミのもとへ遣わし、仲良くなる役を引き受けた。と同時に『魔性』の自分を、メアのもとへ遣わした。おそらく、恭順のふりをして、メアの呪いが完成するまで、時間を稼ぐために。そして、『邪魔な2人』が死んだ今、残る彼は1人。」
リリィの心に再び怒りの火が灯る。
「じゃぁ、その残りの『神』のリュウは?」
リリィの質問に、
「あの宮殿にいるよ。キミを待ってる。」
ロゥロは丘の宮殿を指さした。そういうことか。リリィは何かを得心したようだった。
「言っておくけど、あの彼を殺すこともできないよ。」
「ぶん殴るくらいはできる。」
そう言い残して、リリィは剣も杖も置いて、跳ねるように椅子から立ち上がると、一目散に宮殿をめがけて走り出した。残されたロゥロは、
「これが若さ、か。」
しみじみとお茶をすすっていた。
(お、おい!我との約束はどうした!?我が栄光は!?)
叫ぶ「呪殺剣」に、
「キミも野暮は言いっこなしだよー。未練がましいし。」
ロゥロがのんびりした口調でたしなめた。
「永遠の花」が咲き乱れる、小高い丘の上。真っ白な石に、彫刻をあしらった、カーナ神殿にも勝る荘厳な宮殿。リリィが走ってその宮殿に近づくと、1人の男の姿が見えた。純白のローブに身を包んだその男の顔を、リリィは片時も忘れたことはない。心から愛し、一度は仇敵に殺され、もう一度は自ら手にかけたその男。運命を知り、運命をもてあそんだ男。
リュウは微笑みを浮かべ、両腕を広げてリリィを迎えようとしていた。リリィは駆け足を止めない。やがてしっかりと脇を締めると、大きく右腕を振りかざし、
メッコォッ!
強烈なダッシュ・ストレートをリュウの顔面のど真ん中に打ち込んだ。その様は、某格闘ゲームのボクサーキャラも真っ青な、見事なパンチだった。
「ひでぶぅっ!」
無防備でもろに食らったリュウは、キリキリときりもみしながら、5メートルほど吹っ飛んで地べたに叩きつけられた。
「や…やぁ、リリィ。突然でいきなりな仕打ち、ありがとう…。」
殴られた方の頬を腫れ上がらせ、鼻血を流しながら、リュウがすっくと立ち上がる。その腫れも血も、見る間に治まり元のリュウの顔に戻る。なんかムカついたので、
ゴスッ!ガッ!ガツンッ!
しばらく殴り続けて、親でも見分けのつかないくらいに整形してみる。
「リ…リリ…痛てっ…ちょ…悪…あいたっ…タンマっ…ぐはっ…」
殴っても殴っても、ちょっと待つと元の顔に戻る。また殴る。元に戻る。無限ループって怖くね?
そんなリリィの体力もやがて尽き、
「ハァ…ハァ…ぜぇ…。」
リリィは肩で息をする。
「ふぅ…。やれやれ。気が済んだ?」
目の前には、もう全快したリュウ。神は殺せないというのは本当らしい。リリィは深呼吸をすると、
「アンタねぇ…。よくもまぁ騙してくれたもんだわ!」
と悪態をつく。
「まぁそう言われても仕方ないかな。確かに、俺はキミをもてあそんだ。でも、悪趣味でそんなことをしたわけじゃぁない。信じてくれるかはわからないけど。」
「なら教えなさい!私にこんな人生を歩ませた理由を!」
「ああ。もちろんだ。」
リュウは一呼吸置くと、
「俺はキミに、聖人になってほしくなかった。」
開口一番、そう言った。
「私を聖人にしたくなかった?なぜ?」
「聖人は天国で救われないからさ。」
さっぱり意味が分からない。
「逆なんじゃないの?聖人は尊ばれるものよ。それとも、悪人の方が救われるってわけ?」
「悪人が救われることもないね。本当に天国へ行けるのは、『神』にかかわらずに善行を積んだものだ。」
「それは聖人じゃないの?」
「ある意味ではね。だけど、多くの聖人は、過ちを犯している。」
「やっぱり同一人物ね。カダスも同じ事言ってた。」
リリィの皮肉に動ずることなく、リュウは話を進める。
「神は黙して語らず。ただ人を見るのみ。神の啓示など、そんなにホイホイ与えられるものではない。
聖人は『神の言葉を聞いた』とうそぶいて布教を始める。だがそれは、えてして聖人自身のひらめいた言葉であって、『神の言葉』である確証などない。そしてその『神の言葉』で周囲の人の生きようを変えてしまう。それで十の罪、百の罪。
やがて布教が進めば、他の宗教に対し、神の名のもとに排斥と虐殺と簒奪を許す。百の罪、千の罪。
そしてその聖人が死した後は、後継者をめぐり、同じ宗教内で派閥が生まれ、同族で殺しあう。千の罪、万の罪。
そして、その教えは残りながら、千年の対立と闘争を作る。万の罪、億の罪。
さらに、人は教義を捻じ曲げる。『汝の隣人を愛せよ』という『隣人』とは同じ宗徒であって、異教徒ではない。神のつくりし人とは我らであって、他部族ではない。よってこれらを殺したとて、神はお許しになる。こうして捻じ曲げられた教義のもと、億千万の数えきれない罪人を作り出す。
こうして、聖人は後世に大きなしこりを残して消えてしまう。そんなものたちが、天国へなど、行けるはずがないだろう。」
リュウの長ったらしい話を聞いて、
「つまり、私を聖人にしたくなくて、道を外させたの。ふ~ん…。」
リリィは指をポキポキ鳴らしながら、再び殴る準備に入る。
「惚れた女の1人も幸せにできないその口でゴタクを並べて!」
「そう。神の愛は人を幸せになどできない。」
「まだ屁理屈を!」
ガスッ
たまらず手が出る。それでもリュウは語りかける。
「神は人を幸せにしないんだよ、リリィ。
俺の世界では、かつて、『暗黒時代』と呼ばれる時代があった。その時代を明らかにする文献などは非常に少なく、何が起こったのかさえ、ろくにわからない。ただわかっているのは、その時代、神に仕えることが絶対であったこと。そして、文明が衰退したこと。『暗黒時代』より以前は、世界は丸いと、様々な人が考えていた。しかし『暗黒時代』においては、世界は平らだと認識されていた。
さらにその後は『聖書主義』。聖書に書かれていることが正しいことであり、科学の証明は、聖書の証明のためにあった。新しい発見があっても、どんなに科学的に正しい証明をしても、聖書と一致しなければ学会に認められなかった。
神は何も教えず、神の教えは人が作る。ロゥロから聞いたろうけど、人は神を信じなければ生きていけない。自分を不幸せにするものを信仰しなければ、幸せになれないホモ・フィデース《信仰する人》。それが、その日の食糧で腹が満たされればそれでいいだけの、獣との一番の違いだ。」
「うだうだうるさい!目の前の女も幸せにできないくせに!」
リリィは目に涙を浮かべながら、リュウに詰め寄る。
「神は人を幸せにしないって、じゃあ何が人を幸せにするのさ!アンタはどう落とし前付けてくれるのさ!」
怒りに震えるリリィに、リュウは優しく微笑むと、
「人を幸せにするのは、人の愛だよ。」
リュウの答えに、
「違う!絶対違う!だって、みんな私に幸せなんてくれなかったもん!」
「そうかな。少なくとも、キミの周りに友達がいたころは、キミも幸せだったはずだ。」
「…っ!」
「キミからそれを奪ったことは、謝らなければならない。申し訳ないと思っている。
だけど、神の愛は冷たい。それは何も生み出さないから。神の愛は無類と説いても、その説法から生み出されるのは、せいぜいあくびくらいだろう。
人の愛は違う。熱情を生み、芸術を生み、新たな命を作り出す奇跡すら体現する。神が人を愛するからじゃない。人が神を愛するから、人は讃美歌を作る。人が世界を愛するから、その世界をキャンバスに閉じ込める。互いに愛し合うから、新たな命を作ることができる。神には不可能な奇跡を、人間の愛が成し遂げる。」
「それで謝罪のつもり?ちっとも悪びれずに!」
リリィは再び拳に力を込める。
「いいや。謝罪も贖罪も、これからだ。」
リュウは真剣な眼差しで、リリィを見る。
「どうするってのよ?まさかキスでごまかしたりするつもり?」
リリィは皮肉交じりに質問する。それに対し、意外な答えが返ってきた。
「いいや。俺は只人となって、キミを幸せにする。」
「…は…?」
意表を突かれた答えに、リリィは困惑する。
「言ったろう。神は人を幸せにしない。人を幸せにするのは、人の愛だと。だから俺は神を捨て、人となる。そして、全力でリリィを幸せにする。今度こそ、嘘偽りはない。」
リリィは怒りを鎮めない。
「バカにしないでって言ってるでしょ!私を独りぼっちにしておいて!どうやったら幸せになるのよ!」
「神が神頼みっていうのも、正直どうかね。」
突然、横やりが入った。声のした方を見ると、ロゥロが立っている。
「話が早くて助かる。ロゥロ。アナタの願いは、一応叶えたはずだ。俺の願いを叶えたとて、お互い様だろう。」
リュウがロゥロに語りかける。
「まぁ確かに。私は『リリィを幸せにしてほしい』とは頼まなかったもんね。」
「そういうことだ。」
リリィは会話の蚊帳の外に置かれて、何の話かわからない。
「で?リュウ。キミは私に、どんな世界を作らせたいんだい?」
「もちろん、リリィの望む世界、だ。」
「…は…?…私…?」
2人の神の話に、リリィはまだ乗り切れない。
「それは、リュウ。キミが彼女の世界にいなくても構わないと?」
ロゥロの問いかけに、
「それもリリィが望むなら。リリィの幸せに、俺が不要なら、俺はただ従い、去るのみだ。自分の罪をしらばっくれるほど、俺は器用なヤツじゃない。」
「何…?どゆこと…?」
まだわからないリリィに、リュウが向き直ると、
「つまりだ、リリィ。ロゥロがキミに、世界をプレゼントする。何もかもがキミの好みの、理想の世界だ。家族がほしければ、それも叶う。友がほしければ、人であろうと魔物であろうと思いのままに。すべてをキミの理想の通りに。その世界で、キミは幸福に満ち足りた人生を送れる。」
突然の提案すぎて、逆に混乱する。
「私の…理想…?」
「こんなサービスは滅多にしない…。というか初めてだよ。彼に借りがなければ、こんな無茶なオーダーは無視してるところだ。」
「ちょ、ちょっと待って。整理させて。」
リリィは頭を抱え込む。そこでリュウが、順番に説明を始める。
「では順番に整理しよう。ロゥロが俺に世界の改変を依頼し、俺は曲がりなりにもそれを達成した。オーケー?」
「…うん。」
「だがロゥロは、キミを幸せにしてほしいとは依頼しなかった。」
「…うん…。」
「そこで俺は、キミを聖人にしないために、滅茶苦茶をやった。」
「…そうだね!」
ゴスッ!
とりあえずたまらなくなって、一発殴る。
「いたた…。まぁ、そこで、だ。『人』の俺は、キミを幸せにすると約束したろう?」
「あー…。で…?」
確かにそんなことは言っていた気がする。
「さらに、ロゥロは俺が依頼を達成したことで、俺に借りがある。」
「…。」
だんだんわかってきた。が。
「で、その借りを返すために、今度はロゥロが俺の依頼を叶える。すなわち、キミを幸せにする。そのために、キミのための世界をプレゼントする。」
「最後かなり強引じゃない?」
即座に突っ込む。なんだ。神ってかなりアバウト?
「俺は曲がりなりにも世界を救ったし、ロゥロの命も助けたんだぜ。それに見合った対価は求めてもバチは当たらんだろ。」
「いや…。」
その理屈はおかしい。もしもっと上位の神がいたら、まずバチは与えるだろう。
「まぁ、それはこの際置いといて。」
リリィは頭を切り替えることにした。そうでもしないと頭痛が増す。
「いきなりそんな大それたプレゼントを贈られても。理想の世界なんてちっとも頭に思い浮かばないよ。」
リリィの困惑に、
「そりゃそうだ。」
「普通そうだよねー。」
神が2人して肯定する。さすがにイラついたので
メコッ
リュウを殴る。
「なんで俺…。」
「もとはキミでしょうが。」
「大元はロゥロじゃね?」
「キミが滅茶苦茶やらなければ、もっとスッキリ治まってたよ。」
「…俺の味方はいないのな…。」
「自業自得。」
リリィのとどめの一言に、リュウ滂沱。
「それもとりあえず置いておこう。リリィ、キミが考えるのは、ほんのちょっとでいいんだ。」
ぐずっているリュウを尻目に、ロゥロが説明する。
「キミの『周りの環境』だけを考えてほしい。さっきリュウが言ったように、家族とか、友達とか。」
「それだけでいいの?」
「その他大勢は私がやっておく。とりあえず、自分の周囲が整っていれば、とりあえずの幸福はできるだろう。飽きたときには、別の場所へ行ってもいい。そこで新しい刺激を得られるくらいには、私が作っておくから。」
やっぱりアバウトだ。リリィは自分の中の神のイメージが壊れていくのを感じた。
「さて、そういったことを作る前に、だ。リュウのことはどうしたい?」
ロゥロが質問する。
「さっきリュウ自身が言ったろう。リリィが望まないのであれば、自分はキミの世界にいなくてもいいって。」
先ほどのついていけなかった会話を思い出す。確かにそのようなことを言っていた気もするが、
「ううん。連れて行くよ。」
リリィは即答した。
「マジで?」
リュウが立ち直る。
「さっき自分の口で言っていたもんね。私を幸せにするって。落とし前もつけてもらわないと。」
「せめて『曲がりなりにも恋人』くらいは言ってほしかったな。」
「どの口が言う。可愛くないうえに憎さ100倍なんだから。もう一度他人から出直してきなさい。」
「…ハイ…。」
再び滂沱するリュウ。
「アハハハ…。さて、リリィ。想像して。自分の周りを。誰がほしい?何がほしい?何がいらない?ざっくばらんでいい。必要なもの、必要でないものを思い浮かべて…。」
ロゥロの言葉に導かれ、リリィは目を閉じ、考える。欲しいもの、そうでないものを。右手に温かい誰かの手を感じる。リュウだろう。この温もりも、忘れていたわけじゃない。
そしてリリィの意識はうっすらと遠のいていき…。やがて、夢心地のまま、夜が明けるような感覚を覚えた。
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