第5話 全島魔導大会

 リリィとリュウの仲が進展したのは、よほど鈍感で情報に疎いものでなければ、誰の目にも明らかだった。

 毎週の遊び歩きにハセルやセロズなどを呼ばないことも多くなり、リリィは明らかに「世話役」を逸脱したイチャつきやのろけを見せるようになっていた。これにはリリィをよく知る友人たちも驚いていた。他の男子と付き合っていた間も、彼女がここまで表情を弛緩させたことはないからだ。

 休み中に「何かあった」ということは確実で、学校内では密かに「どこまで行ったか」がトトカルチョで賭けられるほどだった。その質問をぶつけられると、2人とも決まって「キスくらいだよ」とにへら顔で言うのだが、一部生徒は、「絶対少なくともBは行ってる」と食い下がり、トトカルチョも段々あやふやになろうとしていった。


 そんなある日の夜のことだった。リュウの元へ、ハセルが訪ねてきた。

「どうしたんだ?こんな時間に。久しぶりじゃないか。」

「いやな、お前さんに見せたいものがあってな。『洞穴』でな。」

「・・・?」

とにかく、消灯時間を待ち、2人して「毒蛇の洞穴」へ久しぶりに出向くことになった。

 入り口に到着すると、そこにはセロズが待ち構えていた。

「来ましたか。」

「何だ、示し合わせか?珍しいな。」

「もう一度言うが、お前に見せたいものがある。コイツの同伴が必要でな。」

「どんなんだ?」

「見ればわかるよ。」

「ああ、忘れてた。一応、これ持っとけ」

「・・・袋?空のようだが?」

「一応、ね。キミなら大丈夫だとは思うけど。」

「?」

訝しむリュウを連れて、3人は「洞穴」の中に入っていった。

 道すがら、ハセルが質問をかけてきた。

「で?リリィとは結局どこまでいってんの?」

「お前もか。何度も言うが、休みの最終日にキスまでいったくらいだよ。」

「ふーん、まぁ、そのくらいか。やっぱ。」

ハセルはいろいろと知っているようで、

「リリィはな、男には困らんが、身持ちも堅くてな。俺が知ってる限り、キスまでいけたのはお前含めて3人程度だ。それ以上いったヤツはいないはずだ。」

「ほー。で、お前はその残り2人に入っているのか?」

「野暮なこと聞くねぇ。俺の場合、キスまでいく前に3股かけてるのがバレてぶん殴られたよ。魔導師なのに魔法より先に手が出るってどうよ?」

リュウは「くははは」と笑った後、

「さすが遊び人ハセルだな。逆にスゲぇよ。残り2股はどうだった?」

「リリィの一件でバレて修羅場だ。」

「こりないねぇ。はっはははは!」

「リュウ君はこんなヤツの二の轍は踏まないようにしてくれよ。」

「わかってるよ、セロズ。安心しろ、俺は一途だ。」

「ならいいけど。さて、着いたね。」

セロズがそう言った場所は、一見何の変哲もない洞穴の途中だった。

「ここが?何?」

「お前への『警告』の場所だよ。」

ハセルがいつになく真剣な顔で言う。

「気を引き締めたまえ。リュウ君。」

そう言って、セロズも緊張張り詰めた顔で壁の一部に魔法円を描く。すると、それに呼応して、ガラガラッと壁が崩壊した。その先にあったのは。

「・・・これは・・・」

リュウは絶句した。

「さすがに吐かないな。だが、気をつけろよ。呪われるからな。

 ・・・『サキュバス』と『インキュバス』の残滓だ。この『洞穴』の呪いの源でもある。」

骨だった。1つではない。いくつもの骨。頭蓋骨だけ見ても数え切れない。ほとんどがまともな形をとどめておらず、損傷が激しい。

「・・・なるほど。やることやれば出来るものは出来るからな。」

「できた子供をこの場所に捨てて封印する。それが何度も繰り返された。浮かばれない子供の怨念はすさまじい。もはやそんじょそこらのプロでは解呪も不可能なほど、怨念が積み重なり、この『洞穴』を守り続けている。」

「俺への警告。つまり、うかつにリリィといたすようなことはするな、と。」

「いたす分にはかまわない。だが、子供ができちまって、ここの『呪い』を強くするようなまねをすると・・・」

「有無を言わせず放逐、か。リリィは当然?」

「知っている。この現場を見たかはわからないけど、この学校で性教育を行う際に、こういう場所が『どこかに』あることはみんな教わる。キミに限った話じゃない。どんな生徒も、そんなまねをすれば放逐なんだ。・・・そろそろ封印しようか。呪われるといけない。」

セロズは再び魔法円を描き、壁に土が盛られ、骨の穴は封印された。

「警告、確かに受け取ったよ。で、なんでそんな大事なことを、先生方の誰かが教えてくれなかったの?」

「教えるつもりだったらしい。ただ、言葉だけではここのおぞましさは伝えきれないし、昼間にここを訪れるのも、正直よろしくないんだ。公然とは言え、秘密の場所だからね。」

「で、信頼できる男子生徒に白羽の矢が立ったわけだ。」

「セロズはわかるとして、なんでハセルまで?」

「・・・ロークスを警戒していたんだよ。」

「プッククク・・・」

「・・・なるほど・・・。」

その後3人は会話もほどほどに、『洞穴』を出て、自分の部屋へと帰っていった。


 残暑も収まってきて、山の端が色づき始める頃。その話は突然リュウに降ってきた。

「『全島魔導大会』?」

「その名の通り、オリク全島での魔導学校から、選出された代表者が、お互いの魔法を競う大会です。」

先生が細かに説明する。

「試合形式は、1対1の対戦方式。習得クラスごとに分かれたトーナメント制で、各校より選ばれた、64名の代表者が戦います。使うのは魔法のみで、武器による攻撃は反則です。また、武器でなければ、1つだけ、試合着以外の持ち物が許可されます。使用のタイミングも自由です。」

「その試合に、俺を選出するんですか?」

「はい。あなたは魔法のポテンシャルが非常に高い。セロズ君他、生徒会の優秀な生徒よりも上をいっています。実際、あなたはすでに魔法の卒業段階に達している。我が校の代表として、相応しい人材だと、教師会議で決定しました。」

 リュウの成績を改めて確認すると、地歴教科以外のほとんどの教科で飛び級に飛び級を重ねて卒業段階を迎えている。リリィすら越えており、非常に優秀だ。こうなったのは、リュウには特別に、昇段テストの申し込み制度が用意されたからだ。彼はそれを利用して、1年足らずで取れる単位を片っ端から取っていった。「異世界からやってきたワケ知らず」ということで特例で許可された制度だが、これを受けて、一般生徒にも導入してほしいという声も多く聞かれることとなった。

 とまれ、期せずして飛び込んできたウィリンズ魔法学校代表の選出。リュウとしては懸念材料があった。

「オリジナルの魔法や、異世界の魔法もアリですか?」

先生は驚いた表情で、

「オリジナルはともかく、異世界の、ときましたか。記憶が戻ったんですか?」

「いえ、完全には戻っていません。ただ、魔法の知識はいくつか戻っています。率直に言って、強力です。」

「フム・・・。」

先生は少し考え込んだ後、

「おそらく大丈夫でしょう。過去の大会でも、オリジナルの魔法を使う代表者はいました。異世界の、と言いましたが、それもあなたのオリジナルという線で許可されるはずです。」

それに今度はリュウがしばらく黙り込んだ後、

「・・・わかりました。ウィリンズの代表として魔導大会に参加します。ですが、優勝できるかは保証できませんよ。」

「それは重々承知です。ですが、優秀な成績を残せば、将来も約束されますよ。様々な企業のスカウトも見物に来ますしね。」

「クリエット家の婿入りもアリですかね?」

「前向きに、と言うか、ほぼ間違いなく許されるでしょう。」

「俄然やる気出てきました。」

「現金ですね。」

最後は先生を呆れさせて、リュウはウィリンズ魔法学校の代表として、全島魔導大会に参加することになった。


 オリク首都、ハース市。世界に名だたる人口100万都市。ウィリンズからはおよそ一週間。リュウとリリィ、他の段階の代表たち、先生、応援団を乗せて、特別馬車が到着した。リリィはリュウのオブザーバーとして、先生から同乗を許可された。リュウの出自を鑑みて、大会側からも許可をもらっている。

「へー。さすがに首都だな。ウィリンズやリリィの家の周辺とは比較にならないや。」

「そりゃあね。私も何度も迷子になったよ。リュウも気をつけてね。」

「今回は回れるとして大会会場周辺ぐらいですから。よほど離れなければ大丈夫でしょう。」

馬車は街道を縫ってゆき、街の外れにある円形闘技場へと向かっていく。

「コロッセオか。大きいなー。」

「オリク全島から人が集まるからね。」

「そうか、そりゃでかい施設が必要だな。あ、先生、質問です。」

「はい、何でしょう。」

「会場の形からして、舞台の回りに観覧席が配置されているんですよね。魔法をバンバン飛ばして、安全面で問題はないんですか?」

「それなら大丈夫です。舞台と観覧席の間に防御結界が貼られています。プロ中のプロが全力で最強呪文『メテオ』を放っても壊れない頑丈なものです。安心して魔法を使ってください。」

「了解です。」

リュウはさらに意気軒昂とした様子で、会場に目をやった。リリィの前で格好いい様を見せつけてやろうという下心もあったのだろう。

 会場に到着し、手続きを済ませて、馬車は会場入りする。リュウが試合着以外で持ち込んだ道具は、「鏡」だった。リリィも先生も見たことがない。

「普通は魔力を回復できる『仙力湯せんりょくとう』とかがデフォなんだけどね。」

「何か意味があるんでしょう。どう使うか、見物ですね。では、リリィさん、彼のエスコート、お願いしましたよ。」

「はい。任せてください。」

そうして、先生と応援団はリュウとリリィとは別の方向、観覧席へと向かっていった。

「久しぶりだなー、キミの前に立てるの。」

「嬉しそうだね、リリィ。前に来たことあるの?」

「これでも何度かウィリンズ代表をやってきたんだよ。最高成績は4位。エッヘン。」

「リリィで4位か。結構レベル高いんだ。」

「そりゃね。ほら、トーナメント表、貼られてるよ。」

2人で相手を確認しに行く。他にも参加する多くの代表たちが、自分の相手を確認に来ていた。

「えーと、リュウの最初の相手は・・・。げ。」

「何か?」

「ゲイル・ニクル・ハレス。前回大会3位の実力者だよ。ハレス家って聞いたことないかな。一応キミがこの世界に来て1年弱経ってるけど。」

リュウは「んー」と悩んだ後、

「あぁ、オリクの政治一家の。」

「その通りだ。久しぶりだね、リリィ。」

割り込んできた声に振り返ると、そこには少々小太りな男が立っていた。もう少しやせていればハンサムで通用するような、若干残念な風貌。

「お前か。異世界からの来訪者っていうのは。こんな根無し草を代表にするとは、ウィリンズも落ちぶれたかな?」

「ゲイル、侮らないで。彼は私よりずっと優秀だよ。下に見てると簡単に足下すくわれちゃうんだから。」

「リリィ、安い挑発に乗るなよ。さんざん俺の口説き文句を安いって言ってるんだから。」

ゲイルはフン、と鼻を鳴らすと、

「安い挑発、ね。僕はリリィとやりたかったんだがね。まぁ、無様な姿はさらさないよう、努力したまえ。」

そう言い残して、ゲイルはきびすを返してノシノシと人を押しのけて去って行った。

「リュウ、負けないでね。」

憤り気味なリリィに対して、

「じゃあリリィ、約束してくれる?」

リュウは落ち着いた様子で質問する。

「何を?」

リリィが聞き返すと、

「俺が優勝したら、キスしてくれるって。」

バッとリリィの顔が赤くなり、周囲何名かは2人を見やる。

「・・・ほっぺ・・・?」

「口に。」

「・・・。キミねぇ・・・。・・・ぃぃょ。」

消えそうな声で、しかし確かにリリィは約束した。

「よぉし!優勝目指して頑張るぞいっと。」

リュウはやる気をみなぎらせた。リリィは憤りがしぼんで、好奇な目を向ける周囲何名かに殺気を放っていた。


 楽器の音色が高々と鳴り響く。大会の開会式だ。観覧席の中央、少し張り出したところに、オリク王が立つ。リリィは控え室で1人待機し、リュウは王の前に整列する選手の中にいた。

「我がオリクの優秀なる生徒たちの、その頂に立つものたちよ、よく参じてくれた。本大会は、まさに諸君の実力を存分に発する場である。後悔することなく、全力で一試合を戦い抜いてほしい。これより、オリク全島魔導大会の開会を宣言する!」

王の宣言の元、鼓笛隊が再び高々と音楽を鳴り響かせる。

 続いて、選手宣誓が行われる。宣誓台に立つのは、前回優勝者、リリィの話では「絶対王者」であるというハール・ビエル・エイセム。今のところ毎年の大会すべてで優勝しているという。

「宣誓!我々、選手一同は、魔導師としての誇りを胸に、相手に敬意を払い、正々堂々、全力を持って、戦うことを誓います!選手代表、ハール・ビエル・エイセム!」

ワッと歓声が起こる。これから起こる戦いを、皆が待ち望んでいる。誰もが思っていた。今回も、優勝するのはハールだと。


 初期段階クラスから順に試合が行われ、順当に大会は進んでいった。リュウが出場するのは最終段階クラスなので、それが始まるまでは、リリィに連れられて首都を満喫していた。行く先々で大会の話で盛り上がっており、トトカルチョも開かれていた。メインイベントは、やはり最終段階クラス。オッズは一番人気がハールで、リュウは大穴だった。

「さあさあ!この『リュウ・D・シィ』なる男に賭けるヤツはいないか!?優勝すればがっぽり儲かるぞ!」

胴元が声を張り上げるが、

「そんな成り上がりにハールが倒せる分けねぇだろ!ドブに捨てるようなもんだぜ!」

とヤジが飛ぶ。「そりゃそうだ!」と同意の声も上がり、どっと笑いがこだまする。

「じゃあ、その『リュウ』に500コルト。」

少女の声が割って入る。全員がそちらに目を向ける。リリィだった。

「おいおい、正気かい嬢ちゃん。その歳でそんなに博打好きなのかい?そんな大金賭けるなんてよ。」

「ええ。リュウが勝つって信じてる。女神のキッスがかかってるからね。」

リリィは500コルトの紙幣を出す。ちなみに、オリクのランチの平均が10コルトほど。一般企業の給与の平均が3000コルトほど。500コルトはリリィのひと月の小遣い全額だった。

「面白ぇ。どうだぁ!?嬢ちゃんが大穴に賭けたぞ!他に乗るヤツはいねぇか!」

「バーカ!サクラだろ!」

「引っかからねぇぞ!」

「んだとぉ!そんなに信用ねぇか!これでも毎年この場所でやってるんだぞ!」

怒声が飛ぶ中、リリィは500コルト分の切符を受け取ると、そのリュウが待っている所にきびすを返す。

「リリィも度胸あるねー。」

「優勝するんでしょ?キスのために。」

「まぁね。」

そんなやり取りをしながら、2人は喧噪を後にした。


 9段階目が終わり、リュウたち最終段階クラスのトーナメントが始まった。順当に他の試合が消化されてゆき、ついにリュウの番が巡ってきた。相手はゲイル。前回大会3位。

「役不足だな。もっと力のあるヤツと戦いたい。悪いけど勝たせてもらうよ、リュウ君。」

ゲイルのイヤミに、

「ああ、そりゃ無理だ。俺が優勝するから。」

サラリとリュウは言ってのけた。ゲイルはピクッと眉根を寄せ、

「まずはその鼻っ柱をへし折る必要があるようだ。」

言うや否や戦闘態勢に入る。

「見合って!始め!」

パァンッ!

乾いた銃声で、試合が始まる。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

ゲイルが魔力を溜める。が、

「『ラピッドファイア』」

リュウが聞き慣れない呪文を唱えると、差し伸べた5本の指先から、小さな炎弾が無数に飛び出し、ゲイルを襲う。

「な!?うわぁ!」

出鼻をくじかれたゲイルは、魔力を溜めるのをやめて避けようとする。数発がかすめて、ゲイルは炎弾をかわした。が、

「甘いよ。」

いつの間にか、リュウがゲイルの懐に飛び込んできていた。そして、

「『ファイア』」

ゲイルの顎に、今度は大きな炎が炸裂する。

「!!?」

その一撃でゲイルは昏倒し、リュウはたやすく1勝目を飾った。

 観覧席のほとんどが一瞬静まりかえった。曲がりなりにも前回大会3位。それをたやすく打ち破ったリュウ・D・シィなる男。

 そしてしばらくの静寂の後、審判員が

「勝者、リュウ・D・シィ!」

と告げると、ワッと歓声が上がった。勝者を讃える歓声。リュウはこともなげに控え室に戻っていった。

「へぇ~。やる~。」

リリィも驚いた様子だった。勝つことは予想できたが、ここまで圧倒的な勝利となるとは。これはハールともいけるかもしれない。そんな期待感が膨らんでくる。

「や、リリィ。楽勝楽勝。」

汗ひとつ垂らさず、息も上がらずに勝利を報告するリュウ。周りの視線が変わったことに、リリィは気づいていた。

(コイツは、ダークホースかもしれない)

全員がリュウに注目する。

「やあ。あのゲイルを楽勝とは。伊達に異世界から来たわけではないのかな。」

柔らかい物腰の男の声。ハール・ビエル・エイセムだった。

「はじめまして。エイセム家のご子息さん。噂はかねがね聞いてるよ。絶対王者だって。」

「これでもオリク随一の財閥の嫡子だからね。負けられないプライドもあるのさ。」

「ハッキリ言うねー。でも、今回ばかりは優勝はいただくよ。女神のキッスがかかってるんでね。」

「フフ。楽しみにしているよ。勝ち上がれば、僕らがぶつかるのは決勝戦だ。いい試合になるだろうね。」

ハールはそう言って、右手を差し伸べた。リュウは左手を出し、

「ん?左利きかい?」

とハールが問いかけると、

「いいや。こうやって相手の心をかき乱しているのさ。」

とリュウは改めて右手を出し、ハールと握手を交わす。

「これくらいで僕の心がかき乱されると?」

「別に男の渋面なんて見たくないけどねー。」

「・・・フ。面白い男だ。」

手をほどき、ハールは離れていった。


 2戦目の相手は、リュウの「ラピッドファイア」を警戒し、即座に「プロテクト」の呪文を唱え、防御を固めた。それに対して、リュウは

「『ライジングスピア』」

と唱え、魔法を放つ。貫通力の高い光の矢が、相手のプロテクションフィールドを破り、強力な電撃のダメージを与える。

 だが、やはり「プロテクト」で少々ダメージが相殺されたか、相手は倒れずに踏ん張る。そこに

「『ラピッドファイア』」

容赦なくたたき込まれる炎弾の嵐。避けるも受けるもできず、もろに食らった相手は、今度こそ倒れ伏した。

 ワッと歓声が上がる。労せず相手を倒す。ハールとの決戦もきっと面白いだろう。そういった予想も立ち、トトカルチョにも変化が現れた。リュウに賭ける者が増えてきたのだ。「狙い目のダークホースじゃないか」ということで、一攫千金を夢見て賭け始めたのだ。しかしそんなことはリュウには関係なく。他の試合が決着していき、3戦目が始まる。


 3戦目の相手は、「ヘイスト」をかけて、リュウがどんな手で来ても、避けられる準備をした。それに対してリュウは、

「『ニードルウォール』」

と唱えた。ゴゴゴ・・・と重い音とともに、前方に小さなとげが無数に付いた石壁を作り上げる。そして、

「『スプリット』」

と再び唱えると、壁は爆散。広範囲にとげとげの塊が飛散する。避ける場所を失った相手は、「プロテクト」で防御しつつ、回避しようと試みるも、リュウの接近まで気が回らず、結果ゲイル同様、顎下に一発魔法を食らって倒れた。

「なんか、レベルが違うね・・・。キミは強いよ。」

リリィは感嘆のため息を漏らす。

「そう?じゃぁ、キスのために強くなってるのかなー。」

「・・・アホ。」

頬を赤くして、恥ずかしげに言う。

「それより、ついにベスト16だよ。相手も強いヤツが残ってるんだから。気を抜かないでね。」

「ありがと。俺、頑張るよ。」

「キスのために?」

「それ以外の何のためにさ。」

真顔でこんなことを言うとは。頭痛がしてきた。


 そんなこんなで、4回戦目が始まる。

「『ファイア』!」

相手はすかさず攻撃魔法を放ってきた。リュウはそれをひらりと交わすが、

「『サンダー』!『フリーズ』!」

矢継ぎ早に魔法を放つ。反撃する暇を与えず、下手な鉄砲数打ちゃ当たるでしのぎきるつもりだろう。リュウはしばらく避け続けて舞台を右往左往していたが、突然立ち止まった。ここぞとばかりに、相手は「フレイムストーム」の魔法を放ち、とどめにかかる。が、リュウは許された持ち物の鏡を取り出すと、

「『魔鏡アリス』。リフレクト。」

唱えると同時に、リュウが受けたフレイムストームは、鏡で反射したように屈曲し、術者に帰って行く。

「う、うわあぁぁぁ。」

それを避けて、隙を作る相手。それを見逃すリュウではなかった。

「『ストーンストーム』」

石の嵐がバランスを崩した相手を襲い、今度は避ける間もなく、もろに食らった相手は昏倒した。


「ほとんど秒殺。思っていた以上に格が違いますね。」

先生は驚いた様子だった。

「まだ余力を残している。まるで遊んでいるようだ。彼の力はいったい・・・。」

他の観客も驚愕していた。冷静なスカウトは、すでにリュウの値踏みを始め、密かに彼の獲得のために火花を散らしていた。


 5戦目は意外な展開で幕を開けた。

 警戒する相手に、

「さすがにそろそろ大技でも出すかな。」

と言って、リュウは手に魔力を集中する。

「くっ!させるかよ!」

相手は即座に、矢継ぎ早に魔法を乱射する。それらをヒョイヒョイと避けながら、リュウは溜まった魔力を天へと放り投げた。

「!?」

自分にぶつけるのではないのか。いや、何かあるはずだ、と警戒する。すると、空から雪のようなものが降ってきた。いや、よく見るとそれは光の球だった。それもひとつ、ふたつではない。さらに降ってくる量は増えていき、

「『エデンズフォール』」

リュウが唱えた刹那、光の「滝」が降ってきた。強烈な光の滝は、舞台中を覆い尽くし、逃げ場のない舞台上で、

「ぐあぁぁぁぁぁっ!」

相手の叫び声だけが聞こえた。

 光の滝が収まったとき、そこにあったのは立っているリュウと、倒れた相手、審判員。・・・審判員?

「・・・あ。」

審判員の存在を忘れていたのか。審判員ももろに「エデンズフォール」を食らって倒れ伏していた。慌てて医療班と控えの審判員が駆け出し、倒れた2人を医療班が運んでいくと、代わりに出てきた審判員が、

「勝者、リュウ・D・シィ!」

と告げた。

 いきなりの大技で、会場が盛り上がる。気づけば次が決勝戦。「絶対王者」ハールとはどんな対決をするのだろう。否応なく注目される決戦。

 その様子を控え室から見ていたハールは、驚愕していた。あんな魔法は見たことがない。しかも、帰ってきた彼は、大技を使ったはずなのに、まったく息を荒げる様子もない。負けるかもしれない。そんなネガティブな思考が駆け巡る。対処のしようが思い浮かばない。「プロテクト」の魔法で、いかほどしのげるか。なるほど、今になって、優勝すると宣言した自信のほどが見えてきた。彼は実力者なのだ。自分以上の。ウィリンズも酔狂でこの男を選出したわけではない。そんなことは百も承知だったものの、その実力は想定外過ぎた。

 そして、その場の誰もが注目する、決勝戦が幕を開ける。それはとんでもない展開を見せた。


「キミの実力は驚いたよ。あんな大技まで持っているなんて。うちの財閥にほしい逸材だ。いくらでもよい仕事先を用意できる。」

ハールは正直な感想を言った。

「で、上に就くのはアンタってところか。まぁ悪くはない話だな。」

リュウも率直に返す。

「うちの財閥のスカウトも見ているはずだ。試合が終わればキミは引っ張りだこだろう。」

「引く手数多っていうのはいいねー。でも俺、リリィと添い遂げるって決めてるんだけど?」

「恥ずかしいこと言うなぁー!」

控え室入り口からリリィの怒声が聞こえてきた。会場が笑いに包まれる。

「アンタに勝てば、キスのご褒美だ。俄然みなぎってきたぜ。」

「現金だね。僕も負けられない。」

2人は戦闘態勢に入る。

「見合って!始め!」

審判員が発砲し、試合が始まる。瞬間、リュウは不規則に走り出した。しかし、魔法は放ってこない。攪乱作戦か。ならば、

「『ホールド』」

ハールは動きを封じる魔法を放つ。しかし、すんでの所でリュウは魔法を避ける。そして再びちょこまか動く。

「ならば!君の使っていた魔法で!『ラピッドファイア』!」

ハールの指先から連続して炎弾が放たれる。「おお」と歓声が上がる。さすが絶対王者。すでに相手の魔法を研究済みか。ハールの王座が見えてきた、そのときだった。

「準備は整った。」

リュウがそう告げる。

「準備・・・?」

ハールが警戒する。そして

「『クロック・ダウン』」

リュウが指をはじきながら、呪文を発動した。刹那、不可思議な空気が舞台を覆う。

「・・・!?」

ハールはすぐに理解した。体が重い。腕の1本、指1本、まともに動かせない。なんだこれは。さらに脅威の展開が幕を開ける。

「『魔鏡アリス』、最大解放。『アリス・イン・ワンダーランド』」

リュウがそう唱えると、さらに不可思議な結界のようなものが周囲に張り巡らされる。ヤバい。ハールの直感がそう告げる。しかし、相変わらず体は動かない。そして、

「『ホーリーレーザー、フルファイア』」

唱えるやいなや、リュウの手から矢継ぎ早に光線が放たれる。光線の方向は様々で、普通ならほとんどハールに当たらない。そのはずが、「アリス・イン・ワンダーランド」でできた結界に反射すると、すべての光線が動けないハールへと向かっていく。それらは一瞬の出来事だった。無防備なハールに、次から次へと、あらゆるところから反射する光線が命中する。あまりにも無慈悲な攻撃の嵐だった。しばらくそのリンチが続いたところで、

「『リリース』」

リュウがそう唱えると、結界は収まり、漂う空気も元に戻る。そして、ドゴン!ドゴンッ!と連続して大爆発が起こり、ドサッと、ハールは力なく倒れ伏した。

 会場中が静まりかえった。聞いたことも見たこともない魔法。突然動きを止め、魔法の嵐を無防備に受けるハール。絶対王者が陥落した瞬間。

「勝者、リュウ・D・シィ!」

審判員がそう告げる。が、

「バカ野郎!八百長じゃねぇか!」

「そうだ!ハールのヤツ、なんで避けもしねぇんだ!」

「ちゃんと試合しろ!審判!」

観覧席から怒号が飛び交う。

 舞台に立っていた審判員が、説明を行う。

「リュウ選手の放った魔法で、ハール選手は動きを止められました。私もその魔法を体験しています。指1本まともに動かせる状態ではありませんでした。不正はありません。リュウ選手は、確かに実力をもって、ハール選手を倒したのです。」

「なら、それを王に誓えるのか!」

観客からの怒声に対し、

「誓いましょう。リュウ君は不正などしていません。」

それを最後に、観覧席は静まりかえった。ただ、納得できない空気は漂っていた。


 閉会式のファンファーレが鳴り響く。各段階の優勝者が誇らしげに王者の冠をいただき、最後にリュウが、絶対王者から奪い取った冠をいただく。違ったのは、その時だけブーイングが起こり、納得いかない空気が漂っていたこと。だが、そんなこと関係なしに、リュウはほくそ笑む。

「まっこと、妙な大会であった。特にリュウ・D・シィよ。お前の繰り出す魔法の奇々怪々なこと。それが異世界の魔法か。げに強力なものよ。世界とは、狭いものだな。」

オリク王は感嘆の言葉を贈る。

「恐縮であります。王様。これらの魔法、使ったからには、しかと解説して、この世界のみんなへと贈りましょう。」

リュウは深々と頭を垂れながら、使った魔法の解放を約束した。これらの魔法が開示され、オリクのものとなるまで、さほど時間はかからなかった。そしてただ1つ、「クロック・ダウン」の魔法は、高度な結界魔法であることがわかり、世界を驚愕させた。その時をもって、リュウの八百長疑惑は晴れたのだった。


「いや~、儲かった儲かった。」

大会からの帰り道での馬車の中、スーツケースに札束を大量に詰めて、リリィはご満悦だった。

「リリィさん、賭け事とは感心しませんね。」

「景気づけですよ。みーんなリュウのこと評価しないんですもん。なんか頭にきちゃって。」

「そりゃそうだろ。どこぞの馬の骨に高い評価をつけるようなヤツなんてまずいないって。」

そういうリュウもどこかご機嫌なのは、誰もいない隙にしっかり約束のご褒美をもらっているからだった。

「各地のスカウトも躍起でしたね。アナタを起用すれば、さらに異世界の強力な魔法を独占できる。これほどうまい話もない。」

先生は改めて感嘆の息を漏らす。リュウの評価を改めなければいけない、と値踏みしているようでもあった。

「『クリエット家に婿入りする』って公言してご破算になったけどね。よく言えるよ、ホント。」

リリィは赤面しながら文句をたれる。

「いいじゃん。公の仲だぜ、俺たち。妙なところから気取ったお嬢様とか引っ張ってこられなくていいってモンさ。」

「いい?リュウ。お父様から聞いたと思うけど、クリエット家は呪われた家系だよ。そんな家に婿入りするなんて、それこそ奇天烈なんだから。異世界からの血で呪いが強まったりするんじゃないかって、もう周りが冷や汗ものだよ。」

「俺ならその呪いから解放してくれる気がするって、リリィが前に言ったじゃん。今さら信用無くした?」

「・・・そうじゃないけどさ、そんなんじゃなくて、もっと世間体も気にした方がいいよって話。」

「元々俺は見世物のパンダさ。そんなモン気にしてられますかって。」

いかにも楽しそうに、リュウはほくそ笑んだ。まるで自分の「見世物のパンダ」という立場を楽しんでいるかのように。

「言い得て妙ですが、自分で言う言葉ではない気がしますね。」

「本当にそうですね。はぁ・・・。」

リリィは目頭を押さえる。

 その後はいろいろととりとめのない話などをしながら、リリィたちは帰路についた。そして・・・


異変は、それからしばらく後に起こった。

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