第4話 責務と恋の境目

 翌日、3人組は職員室に呼ばれた。職員室には、あきれ顔の教師たちと、泣き続けているセロズ。

「なぜ呼ばれたか、分かるかな?」

担任が質問してきた。

「・・・はい。・・・ハァ・・・。」

リリィはため息をつきながら答え、

「予想は付いています。」

リュウは落ち着いている顔で、

「その様子だと・・・、ブッ!ククク・・・ッ!」

ハセルはいかにも楽しげに、それぞれ肯定した。

「笑うなァッ!ハセルっ!ロークスを仕込んだのお前だろ!お前しかいない!僕がどんな目に遭ったか!」

セロズは泣きながら怒り、

「いや、これ、思いついたのリュウだから。アッハハハハハ!」

ハセルの笑い上戸は止まらない。

「本当かな?リュウ君。」

担任は落ち着いた様子のリュウを見やる。

「はい。人選をハセルに任せました。リリィは反対していましたが。」

リュウは淡々と答える。

「セロズぅ、お前も、他人のせいにしないで、自分のこと鑑みろよ。」

「何だよ!僕が何したって言うんだ!僕はリュウ君をお前みたいなダメ人間にしないために・・・!」

ハセルの台詞に、セロズが反論しようとする。

「申し訳ないけど、それがちょっと鬱陶しかったのはあるよ。」

「リリィっ!キミまで!キミなら理解していると思っていたのに!」

「落ち着いてくれ、セロズ。俺が悪かったのは事実だ。」

激昂するセロズをなだめようと、リュウが口を挟む。

「そうだ!お前が!こんなこと企まなければ!」

セロズは怒りを静めない。当然と言えば当然だろう。

「リュウだけじゃありません。そもそも、セロズを撒こうという企てを起こしたのは私です。」

リリィもさらに割って入る。

「3人で共謀したと言うことだね。なぜです?」

担任の質問に、リリィが答える。

「私たちは、リュウから『この世界の娯楽などを教えて欲しい』と依頼されました。私とハセルは、その依頼を全うしようとしただけでした。ですが、何かに付ける度、セロズは口を挟んで説教し、いわば私たちの任務を妨害しようとしたのです。それを疎ましく感じたので、私がセロズを撒く作戦を考えました。そこに、セロズの追跡に対する防御策として、リュウが提案したのが、今回の事件です。私もハセルも、それに反対しませんでした。」

「・・・。なるほど。」

「僕を邪魔者扱いするのか!リュウ君こそ、自分の立場をわきまえるべきだ!約束は覚えているんだろうな!?」

「約束?あぁ、『問題を起こしたら放逐』ってヤツ?」

「そうだ!こんな問題を起こして、ただですむと思うな!」

「セロズ!あんた、自分のことを棚に上げて!」

セロズに負けず、リリィも言葉を荒げる。

「彼は模範的な生徒であるべきだったんだ!優秀な成績を誇る、優等生に!くだらない娯楽なんて・・・!」

「くだらないわけないだろー。遊びはコミュニケーション。誰ともコミュニティがない優等生なんて寂しいぜ。」

「ハセル!君は遊びすぎなんだ!君の方こそ、もっと勉強をだな・・・!」

セロズの怒りの矛先がハセルにも向けられる。

「セロズ君、少し落ち着きなさい。」

教師がセロズをたしなめる。

「セロズ君はどうやって君たちの任務を妨害したのかな?」

教師の質問に、リリィはありのままを伝えた。

「・・・なるほど。」

「僕の何が悪いんだ!正当な主張だ!」

セロズがまた激昂する。

「・・・確かに、リュウ君の小遣いは、我が校の予算から出ている。」

セロズは「そらみたことか」と笑みを浮かべる。が、

「だが、予算の一部の『所有権』を移譲したことで、小遣いの『使用権』は、リュウ君にある。」

「・・・え・・・?」

セロズの顔色が変わる。

「学校の部活と変わらない。予算を与えたからには、その使用権は、法的に問題がない限り、移譲した相手にある。リュウ君が『娯楽のために使う』というのも、明確な違法性はない。」

「そんな・・・先生・・・?」

「私たちも、親から『移譲してもらった』小遣いを、さんざん娯楽に使い果たしたものだ。リュウ君を別物扱いにはできない。」

「・・・」

セロズは言葉を失う。

「どうだろう。今回は両成敗ということで、不問にするのは。」

「先生・・・」

リリィの顔色が喜色に染まり、

「先生・・・?」

一方のセロズがかろうじて言葉を返す。

「さて、リリィさん、ハセル君。あなたたちから判断して、リュウ君はもう世話役はいらないと思うかな?」

教師が突然話題を変えてきた。

「え?んーーー・・・いらないんじゃないですかね。俺が教えられることは教えたし。」

ハセルはそう返した。が、

「・・・いいえ。まだ、彼はこの学校周辺しか、『この世界』を知りません。もっと広く視野を広げるためには、もう少し、教えることがあるかと。」

リリィはそう答えた。

「世話好きだね、リリィ。それとも、愛?」

「茶化さないでリュウ。私に責任があるから、やることやってるだけだよ。」

「・・・もうちょっと動揺というか、考えることあってもいいんじゃない?」

「だから、ナンパが安い。」

「えー・・・、つまり、リリィさんはまだリュウ君の世話役をしてくれると?セロズ君から引き継いで?」

「・・・えーと・・・、・・・はい。」

教師からの質問に、リリィは逡巡した後、リュウの世話役を買った。

「・・・本当に責任感かね・・・?」

ハセルはボソッとつぶやいた。


 夏の長期休暇の時期。

 この間は寮も閉鎖する。本来なら、セロズの家に連れられるはずだったリュウは、新しい世話役であるリリィの家に向かうことになる。

 それに際し、旅に必要なものなどを、リリィはリュウに1から教えた。数日後、準備を済ませた二人は、馬車の中にいた。

「旅に際して、危険なことはほとんどないよ。たまに山賊なんかが襲ってくるかな?くらい。」

「魔物が襲ってきたり、とかはないのか?」

「魔物だって意思疎通はできるよ。彼らの縄張りに迂闊に入らなければ、そうそう襲ってくるなんてことはないよ。」

「へぇ、意外だな。そういうパターンがあると思ってたんだけど。」

「どんな安い物語を読んだんだか。あの木を見て。」

リリィが指さす先に、1本の木がある。よく見ると、馬車道の両側に、等間隔に植えられている。

「『境界の木』。アレが私たちと、魔物たちの縄張りの境目。同時に、旅人の食料にもなる。」

「ああ、旅の教書で読んだな。果実だけじゃなく、樹木全体が食料になって、旅人の非常食にする意味も込めて植えられている。生命力も強くて、根が残っていれば、また半年くらいで果実が収穫できるくらいに生長する。このオリクでは、どの旅路にもほとんど決まってこの木が植えられているんだろ。」

「その通り。優等生だね。」

「で、新しい道を開墾するときなんかはどうすんの?」

「その土地の魔物を仕切っている『主』と交渉するんだよ。『主』は土地によって種族はバラバラ。よくは知られていないけど、魔物たちの中の『主を決めるルール』っていうのがあるみたい。」

「で、開墾する代わりに生け贄を捧げたり?」

「『魔物にとって価値のあるもの』を提供するんだよ。確かに、家畜なんかを生け贄に出す場合もあるね。他の農作物を提供したりもあるし。あとは巣作りのための、草木の伐採の手伝いとか、狩りの手伝いとかの労力を提供したりとかね。」

「なーんだ、人間の赤ん坊を取って食うとかないのか。それとも、労力に出した人間を?」

リリィは呆れて「はぁ・・・」とため息をついた後、

「だからどんな安い・・・。一仕事終われば、みんな無事に帰ってくるよ。魔物も、人間を奴隷みたいにこき使ったりしないし。キミの考えているような後ろ暗いことなんて、全然ないから。」

「ふーん。俺が考えてるのと全然違うな。世界観の違いか。やっぱり異世界の考え方なんだな、俺。」

リュウはまた1つ学んだ、というような顔をしていた。


 そうして、馬車でトットコトットコと進むことおよそ3日半、夕暮れにさしかかろうというところで、

「ここですね、『お姫様』。」

御者が割と大きな屋敷の前で馬車を止めて、そう言った。

「むう・・・。『お姫様』はいい加減やめて欲しいんだけどな。皮肉?」

リリィは、請求額より少し多めに金を渡しながら、しかめっ面をしてぼやいた。

「とんでもない。こんなお屋敷に住んでるんですから、立派な『お姫様』じゃぁないですか。今年は男まで連れ込んで。お楽しみでしょうねぇ。」

「皮肉じゃない!この人とはそんなんじゃないから!チップ取り返すよ、スケベ御者!」

「そんなハッキリ言い切られると、さすがに傷つくよ。」

リリィと御者が言い争っている中、リュウは密かに涙した。


 馬車でそんな一悶着があった後、2人が馬車を降りると、待っていた執事がうやうやしく頭を垂れる。

「リリィ様、お帰りなさいませ。お客人も。」

「こんなご立派な執事まで抱えてりゃ、確かに『お姫様』だな。で、やっぱり名前はセバスチャン?」

「は・・・?いえ、私はそのような名前ではございませんが。」

「この男の言うことは7割無視して、カノール。まずは屋敷を案内して、それから泊める部屋を教えてあげて。私は一人でできるから。」

そう言って、リリィは自分の荷物だけを持ってスタスタと屋敷に入ってしまった。

「つれないなー。取り付く島もないよ。」

「は・・・。申し訳ありません。では、ご案内いたします。お荷物を。」

カノールが荷物を持とうとして、

「んー、こういうときのマナーは習ってないな。そんなに大きい荷物じゃないし。」

「どうかお気兼ねなく。お客様を誠心誠意おもてなしするのが、私たちのマナーですから。」

「そういうもんか。じゃぁ、お任せするよ。」

そう言って、リュウは2つ持っていた鞄の片方を渡す。

「両方お持ちしますよ。」

「何でもかんでも人任せっていうのは、俺の主義に反するんでね。」

「なるほど、両成敗ですな。得心いたしました。」

そうして、2人で鞄を持って、カノールの先導で屋敷を案内してもらい、

「ここが入浴場です。今はお嬢様がご利用のようです。」

「のぞき穴とかないの?」

カノールの視線が険しくなった。

「じょ、冗談だから。カノールさん、目がマジで殺る気満々ですって。」

「みだりにお嬢様を傷つけないことですな。」

そういうやり取りがありながら、リュウは泊まる部屋に案内されて、ベッドに横たわってから気づいた。

「リリィの部屋の場所、教えてもらってないな。あの執事、ぬかりないなー。」


「娘が迷惑をかけてしまいまして。誠に申し訳ない。」

夕餉の席でリリィの父が開口一番、そう語りかけた。

「学校での成績は悪くない、よくできた娘だと、甘やかしてしまったツケです。そんな私にも、教育と監督の責任があります。」

深々と頭を下げる、リリィの父。リリィも改めて、「申し訳ありません。」と頭を下げる。それにあわせて、その場に居合わせた一族も頭を下げた。

「そんなにされても・・・。困ったなぁ・・・。」

むしろリュウの方がバツの悪そうな顔をする。

「あの、リリィさんにも言ったんですけど。この世界に飛ばされて、恨むことなんてないんですよ。みんな良くしてくれますし、リリィさんも、俺の世話係なんて買ってくれて・・・」

「それは当然です。娘がやってしまったことなのですから。一生をかけて、責任をとらせるつもりです。」

「それは個人的には嬉しいところもありますけど、あまり根を詰めない方が・・・」

リュウはさらに困った顔をする。リリィの方を見やると、

「・・・。」

リリィは何も言わずに、襟を正して硬直している。

「まさかクリエット家の将来の宗主が、このような失態をしでかすとは。恥としか言えません。何度お詫びしてもしたりません。」

「宗主?リリィが?」

「この世界では、宗主の決め方は国によって違いますが。この国の場合、性別にかかわらず、宗家の第一子が宗主となるのが慣例です。。男女は関係ありません。」

「なるほど・・・。あ、そういえば、この世界では、高位の家にはミドルネームが付くんですよね。リリィは名乗ってませんけど、クリエット家にもあるんですか?」

「はい。我が家は、栄誉と呪いの家系でして。」

「栄誉と・・・呪い・・・?」

リュウが訝しむ。リリィの父はそれに応えるように話を続ける。

「クリエット家の者は、みな『グリジッド』のミドルネームが与えられます。嫁が来ればその嫁にもこの名を与え、また、娘が嫁げば、嫁ぎ先にもこの名を名乗らせます。」

「・・・なんか、相当位の高い家系ですか・・・?」

「いえ、これが『呪い』によるもので。

 古くは、500年前の『第6次オリク防衛戦争』の時代にさかのぼります。

 敵国の将の中に、『グリジッド・オルファ』という猛将がいました。その力、1000人の兵にも勝ると言われたほどの怪力無双を誇ったと伝えられております。それを倒したのが、我らが祖でした。

 しかし猛将の怨念すさまじく、『我が名を末まで讃えよ、さもなくば末まで祟ろう』と言い残して絶命したとか。そのときの勲功によって、我が家は『グリジッド』のミドルネームを与えられました。

 しかし、受勲からしばらくして、一族の末娘が別の家に嫁いだときでした。その娘が懐妊して、3ヶ月ほど経ったとき、突如娘の腹を、巨大な豪腕が突き破って出てきました。娘はもちろん死に、奇形の胎児も息絶えたのですが、そのいまわの際、胎児が『我が名を讃えよ』と叫んだとか。

 その末娘は嫁いだときに、よくある慣習で『グリジッド』の名を捨てていました。それ以来、『クリエット家の者は何があろうとも『グリジッド』の名を捨ててはいけない』という新たな慣習が加わったのです。おかげさまで、我が家系は娘が生まれると、嫁ぎ先に苦労します。」

「はぁ、そんな壮絶な過去が・・・。」

「リリィも。『かわいくない』という理由で『グリジッド』を名乗らないというのはやめなさい。いつ大きな不幸が訪れるかわからんぞ。」

「あなた・・・。もしかして、今回の召喚事故、そのために起こったのではなくて・・・?」

「むぅ・・・。そうに違いない。グリジッドの怨念、時空まで曲げてしまうか。わかったなリリィ。そういうことだ。」

「・・・、はい・・・。」

リリィはうつむいて、両親の言葉に従うしかなかった。反論する材料が彼女にはなかったからだ。

「まあまあ、ご自身の娘さんをそういじめないでやってくださいよ。」

リュウが、リリィの両親や、ざわつきだした一族を落ち着かせようとする。結局、最初の日の夕餉は、楽しく団らんというわけにはいかなかった。


 翌日、リリィはリュウを連れて、屋敷の周りの街を案内した。「山一つ越えれば、文化も変わる」というのはこの世界でも当てはまるようで、学校周辺とは違う趣がある町並みだった。ハセルもセロズもいない。傍から見れば、まったくデートそのものだった。ただ一点、リリィの落ち込んだ顔を除けば、だが。

「ゴメンね、リュウ。楽しい夕餉にならなくて。」

「リリィがそんなに気に病むことじゃない。親父さんが堅物ってだけさ。」

リュウは夕べ叱られっぱなしだったリリィを気遣い、なぐさめる。だが、

「怨念が時空まで曲げちゃうなんて。こうなる前に、『グリジッド』を名乗っておけばよかった。しかも記憶まで・・・」

涙ぐむリリィに、

「少なくとも、記憶はキミの家の呪いなんかじゃない。なんでキミの呪いが、赤の他人に及ぶんだ。第一、時空をねじ曲げる呪いや怨念なんて、聞いたこともない。気に病みすぎだ。気持ちを切り替えて、デートを楽しもうよ。な?」

なぐさみの言葉をかけながら、リュウはリリィの頭をなでる。その手の広さと温もりが、昔の優しい父親を思い起こさせられて、リリィはリュウの胸元に飛び込みたくなった。が、意外なことに、リュウはリリィの肩をつかんで、それを制した。

「ゴメン。そんなリリィはまだ見たくないし、そんなことされたら、俺も、歯止めが効かなくなるかもしれないから。」

「私の方がなぐさめられるなんて、世話役失格だね。セロズの方が、ずっとうまくやってくれたんだろうね。」

「自分を卑下するもんじゃない。それと、ここ、街中だって、忘れてない?」

ハッとして、辺りをキョロキョロ見渡す。二人のラブロマンスは、しっかりと衆目にさらされていた。

「ママー、あの人たち・・・」

「黙っていなさい。お前もあのくらいの歳になればわかるから。」

カーーーっと、頭に血が上り、耳まで赤くなる。

「い、行こ・・・!」

リュウの手を握ると、一目散にその場を逃げ出す。

「若いっていうのはいいのう・・・。婆さんや、わしらも・・・」

「まぁ、お爺さんったら・・・。」

後の超高齢出産児、オットー君誕生のきっかけとなったとは余談である。


 10分ほど、滅茶苦茶に走った。息を切らして、歩を緩めたときだった。

「あのさ。」

リュウが呼びかけた。

「いつまで手をつないでくれるの?」

「・・・え・・・?」

キョトンとするリリィ。

「ここ何分か、俺たちが手をつないで全力疾走してるの、いろんな人たちに見られてたけど。」

「!!?!?!??」

慌てて握っていた手を離す。しばし、硬直。2秒、3秒・・・。

「とりあえず、ここはどこ?土地勘がない上に滅茶苦茶走ったから、俺にはここがどこだかわからないんだけど。」

「・・・え・・・?あ、あぁ、ここね・・・。えぇっと・・・。」

リリィも無我夢中で走ったため、しばらく迷う。が、ランドマークになっている建物を見つけて、ここがどこだか見当がついた。

「ここね。うん。3番街の工場群の近くだよ。そうだ。近くに喫茶店があるから、そこでしばらく休もうか。」

平静を装っていたリリィだが、リュウにはリリィの緊張がお見通しだった。歩くときに、同じ方の手と足が同時に出ていた。


「・・・あのさ。」

今度はリリィの番だった。喫茶店でお茶を飲み、ようやく気持ちが落ち着いたときだった。

「リュウはさ、なんで私のこと、好きって言えるの?何度も言うけど、私、キミに好かれるようなこと、全然してないよ。」

率直な疑問だった。思えば、リュウから直接「好き」と言われたことはないが、明らかにリュウから好意を持たれていたことは確かだった。

「んー?今更になって聞くかなー?」

リュウはジュースのストローをくわえながら、不思議そうな顔をする。不思議なのはこっちの方だよ、とツッコみたかったが、リュウが真剣そうな顔に変わったので、ぐっと飲み込んで答えを待つ。

「そりゃ、かわいいし、格好いいからだよ。」

「・・・かわいいし、格好いい・・・?」

何度も告白された経験から、かわいいのは自負していたが、格好いいとは初めて言われた。

「初めて見て、かわいい子だな、とは思った。でも、それからキミが俺のことを訪ねてこなかったら、それで終わりだったと思う。」

「私がキミを訪ねたから?」

さらにさっぱりだった。

「自分の責任から逃げないっていうのは、格好いいよ。

 俺がここに飛ばされたとき、先生は『教師の責任だ』と言って、キミに責任はないって言った。だけど、キミはしっかり自分の責任をとろうとして、俺のところに訪れた。結果として、キミは俺の世話役になった。

 他のヤツだったら、どうだったろうね。もしかしたら、先生が『自分の責任』といった時点で、『僕には、私には責任はないんだ』って、全部先生になすりつけて終わっていたかもしれない。

 キミはそうはならなかった。そういうところが格好良くて、惹かれたんだろうね。」

リュウはそう言って、まじまじとリリィを見る。その目は、いつになく真剣だった。その真剣さは、今まで付き合ったどの男子にもなかったもので、リリィは戸惑いを覚えた。

「り・・・理由はなんとなくわかったけど・・・。そんな、好きになるものなの?」

「俺にとってはね。人を好きなる理由なんて、人それぞれだし、何がきっかけになるかも、本人にだってわからないこともある。」

「き・・・急にそんなマジにならないでよ・・・。」

「キミから振ってきた話題だよ。」

「それは・・・そうだけど・・・。・・・こういうときの責任の取り方って・・・?」

「キミの答えを聞くこと。俺のこと、どう思ってるのか。」

直球の質問だった。告白された経験は豊富でも、リリィは自分から告白したことがない。それだけに、自分の気持ちがわからずにいた。

「・・・ゴメン。今回は、責任、とれそうも、ない・・・。」

「そっか。少なくとも、嫌いじゃないってことね。脈ありってことでオーケー?」

「キミは・・・。前から思ってたけど、前向きすぎるよ・・・。」

リリィは目頭を押さえる。この前向きさは何なんだろう。

「振り返ることも大事だけど、昨日の雨を悔やみ続けて、今日の晴れを満喫できないってのは、俺の性分じゃないんでね。」

「明日が雨だったら・・・?」

「あさっては晴れるかもって思うさ。ずっと雨の日なんてないんだから。」

「このオリクではね、一週間、雨が続くときもあるんだよ。そのときの水害で、多くの人が死んじゃうことも。」

「次の週には晴れてるんだろ?俺たちは魔導師だ。せめて目の前の人を救って、被害を押さえることも仕事になる。」

「・・・すべての人を救うくらい言うもんじゃないの?」

「そんな聖人とか神様みたいにはなれないよ。」

「そこは後ろ向きなんだ。」

「なれるものになるのさ。なれないから諦めろとは言わないけど。」

「じゃぁ、キミのなれるものって?」

「キミの旦那さん。そして、キミを守る。」

「・・・。」

「どうした?」

「ハッキリ言っちゃって。よく真剣に言えるね。」

「俺を100%コメディアンみたいに見てた?」

「惜しいね。80%はコメディアンだと思ってた。」

「なら、俺は残り20%を今出してる。」

確かにそれを感じる。リュウは本気で自分を好きと伝えてくれている。だからこそ、中途半端な今の気持ちは、伝えたくなかった。

「ありがと。・・・そろそろ帰ろうか。」

「あぁ、もうそんな時間か。もうちょっと遊びたかったな。」

「また明日があるから。」

「そうだね。明日も楽しみだ。」

そうして、2人は帰路についた。


 噂千里を走る。「クリエット家のお姫様が彼氏を連れてきた」という噂はたちまち近隣の街中に伝わった。2人して町中を歩いていると、生暖かい視線が2人に注がれる。

「お嬢様もお年頃ですしねぇ。クリエット家も安泰ですかな」

などとお為ごかしを食らうことも増えた。リュウは満更でもない顔だったが、リリィの方は恥ずかしくてしょうがない。果ては

「2世のご準備はよろしいのですかな?」

などとも聞かれた際には、質問者に魔法の一撃を浴びせてやった。

 学校という狭い環境の中ではともかく、こうも広い範囲で噂にされるのは初めてで、こんな小っ恥ずかしい思いは初デート以来だったかな、と思い出し、顔が熱くなる。これがあと数週間。耐えられるだろうか。このイヤに生暖かい視線の嵐に。


 そう思っていたが、いつの間にか慣れてしまった。と言うより、このカップルが街を歩き回るのが普通になってしまったので、好奇の目を向けられることが少なくなってきた、というのもある。

 リュウはリュウでさすがの頭の良さで、近場の街はほとんど覚えてしまい、行く場所も固定化していって、図書館や資料館などで一緒に勉強するのも定番になった。

 時にはリュウの方がリリィをリードするようなことも見せる場面も出てきた。こうなると世話役として立つ瀬もなくなるのだが、「レディはエスコートされるものさ」と、リュウは相変わらず安い文句を平気で言ってくる。一発殴っておくか?悩んでいると、

「なんか苦虫食った?いい顔してるよー。」

ゴスッ

一発殴っておいた。それが長期休暇の何週間も続くのだから、常態化してもおかしくはなかった。


 「当たり前」というのは怖いもので、自分の心の変化に気づかないこともよくあることだ。何週間も一緒に勉強したり、街歩きを繰り返しているうちに、リュウが側にいることが「当たり前」になってしまった。

 いつからだったか、どちらからだったか。手をつなぐのが普通になったのは。もう、この男の姿を1日に1度は目に焼き付けないと、不思議な不安感に襲われる。この気持ち悪さは何だろう。ただそこは伊達に男付き合いになれているリリィ。この感覚が「恋」なんだと実感するまで、そう時間はかからなかった。問題は、今まで告白されることは多々あれど、したことはない「受け手側」だったしわ寄せ。また、今更といったこともあり、面と向かって「好き」とは言えなかった。ただ、今のバラ色の生活が、いつまでも終わらなければいいのに、と願ってやまなかった。


 とある日の夕食後、悶々として、リリィは勉強に集中できなかった。ならばと瞑想して心を落ち着かせようとしても、リュウは今どうしているんだろう、そんな些細な疑問が、自分を邪魔してくる。初めて街を案内したときの、頭をなでてくれた、その温もりも覚えている。雑念が入ったまま、リリィは仕方なく早めの床についた。


 真っ白な衣装を身にまとった自分。これは本来、死に装束だった。クリエット家の自分は死に、新しく夫の家の女になる。その覚悟を身にまとっている。傍らにいる、夫になる男も、白い衣装。ただ、その男には捨てる家はなかった。

「キミとこうなることを何よりも望んでいたよ。」

男は語りかける。

「私も、望んでいた。キミなら、私の家の呪いも断ち切れる気がする。」

うわずった気分で、ほほえむ男を見やる。その笑顔で、目だけは真剣だった。男からは緊張は感じ取れない。それだけに、この式に臨む自分が緊張しているのがわかる。重要な式典で、緊張を現さないこの男。記憶がなくても、この式が重要なのはわかっているはず。その度胸に、改めて惚れ直す。男の手を握ると、不思議と自分も緊張が解けてゆく。

「あのときも、こうして走ったね。」

「恥ずかしいな。思い出させないでよ。」

「まんざらでもない顔してるくせに。」

真剣な目はほどけて、いたずらな目に変わる。この目が好きなんだ。口ほどにものを言う、この眼差しが。

 恋をする瞬間はわからない。彼自身がそう言った。今、このとき、自分は恋をしている。そして、その恋は実ろうとしている。最高の形で。

「愛しているよ、リリィ。」

思い起こせば、一度も聞かなかった、彼からの台詞。目はまた真剣なものに変わっている。これを望んでいた自分。答えは決まっている。でも、

「・・・。」

声が出ない。自分も愛している、と、それだけの台詞が出ない。言いたいのに、「何か」が壊れる気がして、怖くて、声が出せない。言えなければ、式はおじゃんだ。わかっていても、こんなに言いたくても、

「・・・。・・・!」

どんなに頑張っても、一言も発せない。自分の気持ちは、こんなにも柔いものだったのか。認めたくない。なのに。

「俺を愛していないのか、リリィ?」

そんなことはない。自分はこの男を世界で一番愛している。はずなのに、なぜその一言が出ないのか。男の顔が悲愴に歪んでいく。違う。この男の、こんな顔は見たくない。言わなければ。なんとか言わなければ。男は涙を流している。言わなければ。叫ばなければ。世界中に轟かんばかりの声で。力を振り絞り、丹田に力を込めて。


「大好き!!!」

ガバッと跳ね起きて、

「・・・?」

状況がわからなかった。ドタドタと人が走ってくる音が聞こえ、

「いかがしました、お嬢様!」

カノールの声とドアをノックする音が聞こえる。どうやら相当大きな声を出したようだ。そこに来てようやく、夢を見ていたんだ、と納得する。おぼろげながら、思い返すとものすごく小っ恥ずかしい夢だった。顔が紅潮するのを感じる。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

カノールが再び呼びかける。リリィはベッドから降りてドアを少しだけ開くと、

「あー・・・、大丈夫、カノール。ちょっと夢を見てただけだから。」

「それならよいのですが・・・。お顔が赤いですよ。熱でもありますか。医者を呼びましょうか。」

「え、あ、いや、これは・・・。と・・・とにかく大丈夫だから。あまり大事にしないで。」

「さようでございますか。かなり大きなお声でしたよ。正直、びっくりいたしました。」

そりゃそうだろう。リリィの部屋は2階、カノールの待機室は1階だ。そこまで響いたということは・・・。

「・・・お嬢様、さらにお顔が赤くなられて・・・」

「・・・気にしないで。ところで、今何時?」

「はい。3時を回ったところです。」

「そう・・・。」

この時間なら、当の男は眠っているだろう。ほっと胸をなで下ろし、

「ゴメン、カノール。変なことで起こしちゃって。もう一眠りするから、お休みなさい。」

「はい。ごゆっくり、お休みなさいませ。」

そう言って、カノールは去って行った。

リリィも改めてベッドに横たわり、その後は夢も見ずにぐっすりと眠りについた。


 翌日、朝餉と勉強を済ませ、リュウと街に出る。昼頃になり、一休みしようということで、レストランに入って小休止をとった、そのときだった。

「リリィ。」

「何?リュウ。」

パスタをフォークで丁寧に巻き、口に運んだところで、

「夕べの『大好き』って何のこと?」

ブフゥッ!

思いっきり吹き出してしまった。

「マナー違反だよ、リリィ。」

「ゴホッ!わかってっゴホッ!ゲホゲホッ!」

聞かれていたのか。それに今のみっともない反応。恥ずかしくて仕方ない。水を飲んでむせるのが落ち着くのをしばらく待ってから、

「変な夢見てて・・・。寝言だから気にしないで。」

「そう?いやぁびっくりしたよ。ウトウトしてたらいきなり屋敷中に響き渡るほど大音量で『大好き』だからさ。そんなに好きなものが夢に出てきたの?」

目の前のあなたですとは口が裂けても言えなかった。

「キミは・・・、いつ寝てるの?」

真夜中3時にうたた寝程度だったとは。よほど早起きかよほど寝付くのが遅いのか。

「あぁ、たまたま寝付きが浅くなっていたんだよ。そうでなくても、結構な人が飛び起きたんじゃない?相当大きい声だったし。」

「そ・・・そう・・・。」

まさか・・・とは思っていたが。

「ご両親も聞いてたんじゃないかな。気づいてた?今朝のご両親の妙な者を見るような目。」

「いや・・・、全然。」

親からそんな目で見られていたとは。

 ともあれ、気を取り直して、リリィは改めてパスタを口に運ぶ。

「で、『大好き』って何のこと?」

ブフゥッ

再び吹き出す。むせながらリュウを見やると、その男はいたずらな目でこちらを見ていた。間違いない。わかってやっている。おそらく「大好き」の答えを言うまで、しつこく聞いてくるだろう。なかなか意地が悪い。

「・・・後で教えるから、食事に集中させてくれない・・・?」

殺意を込めた視線を送る。

「うん、わかった。後で聞かせてね。」

姿勢を正して言うことを聞いたリュウだが、リリィにはわかっていた。目が笑っていた。


 その「後で」をずるずる引きずって、学校に戻る日を翌日に控えた夜だった。リリィは、決意を持って、リュウの部屋を訪れた。ドアを軽くノックすると、しばらくして扉が開き、リュウが顔を出した。

「・・・いいかな?」

リリィの質問に、

「どうぞー」

リュウは軽い返事でリリィを迎え入れた。

「で?うら若き乙女がこんな時間にどうしたの?」

「・・・答え・・・、言いたくて・・・。」

リュウの相変わらず軽く安い言葉も気にならなかった。彼の目が真面目だったから。

「答えっていうと?何の答えかな。俺は2つ、質問を保留されているけど。」

しっかりわかっている。食えないところのある男だ。

「・・・キミがこの世界に来て、半年以上経つね。キミの順応性の高さには驚くよ。」

「話題をそらさないでほしいなー。そっちから来たくせに。」

「セロズがキミの世話役になって、私がキミに遊びを教えるようになって。セロズを撒くための作戦、正直楽しかった。」

「昔語りは苦手なんだけど。記憶ないから。」

リュウの小言を無視して、リリィは話を続ける。

「キミが考えた作戦で世話役が私になって、3ヶ月も経ってない。キミがいつ頃から私を好きになったのかなんて、そんなことは、もうどうでもいいんだけど・・・。」

「いいんだけど?」

「・・・自分からこんなこと言うの初めてだから。こんなに勇気が必要だったんだね。キミってすごいよ。」

「・・・で?」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・私、キミを好きになって、いいのかな・・・。」

絞り出すような声で、リリィは自分の気持ちを口にした。初めての告白。今まで自分に告白してきた男子たちの、いかに勇気のあったことか。ハセルは例外だが。

「好きになるって、誰かの許可が必要なの?」

リュウは平然と、リリィの告白に食い込んできた。

「・・・。キミは・・・。意地悪だね・・・。」

「なんと言われようとも。

 そういえば、俺もハッキリ言ったことなかったよね。俺はリリィが好きだ。抱きしめたいって思ってる。キミになら、魔力を奪われてもいい。いくらでもキミを抱きしめるよ。誰かの許可なんてクソッ食らえだ。学校を放逐されたって、キミを思いながら生きて、キミを思って死ねる。」

くさい台詞だが、リュウの目は真面目だった。

「・・・なんでそんなに言えるの・・・?」

「好きって気持ちが本物だからだ。軽はずみでこんなこと言えるもんか。」

リュウの目は、かつてないほど本気だった。その目に、少しばかりの「揺らぎ」が垣間見えた。

「・・・怖いの・・・?」

「怖いさ。でも、それ以上に、言わなきゃいけないって気持ちがある。だから言える。」

「そっか・・・。キミも、怖いんだね・・・。」

この男にも恐れるということがあるのか。そう知ったとき、リリィにもわずかばかりの勇気がわいてきた。

「この休みの間、楽しかった。最初は恥ずかしかった。みんなの視線が痛く感じた。でも、そのうち慣れてきて、キミとのデートが当たり前になって。そんなんだから、余計に言うのが怖かった。でも、言わなきゃね。」

言うなら今しかない。わずかに灯った勇気にさらに火をつけて、

「・・・好きだよ、リュウ。こんなに誰かのことを好きになることなんてなかった。ずっと側にいてほしい。一生、健やかなるときも、病めるときも。」

言えた。ハッキリと。言わなきゃ思いは伝わらない。そして、思いは伝わった。最高の形で。

「なんか、結婚式の台詞みたいだね。」

「2つ目の質問の答えね。あの夜、でっかい声で『大好き!』って。あれ、キミとの結婚式の夢だったの。キミに好きって言いたくて、でも言えなくて、思いっきり力を込めて、叫んで目が覚めたの。」

「へ~ぇ・・・。」

リュウは目を緩ませると、

「プッククク・・・ッ・・・!アッハハハハ・・・!!気が早いなぁ~。結婚式!アッハハハハハ!」

爆笑された。イラッときた。性懲りもなくまた殴られたいのかこの男は。

「あぁ、ゴメンゴメン。真面目な話だったのに。急に結婚式なんて言うから。」

「悪かったわね。テンプレート通りで。」

「いや、それだけ本気だってことだろ?悪い話じゃない。むしろ前向きでいい話だ。

 ・・・俺と婚約、してくれる?その夢が嘘じゃないなら。」

再びリュウの目に本気の意思が宿る。その意思に気圧されそうになりながら、

「・・・うん。キミなら、私の家の呪いも解き放ってくれると思う。」

「それ、決まり文句?俺と同じくらい安い台詞。」

ゴツッ

やはり殴らないとどうしようもないみたいだこの男。

 で、普段ならそれで大人しくなるはずが、今夜は違った。

 向き直ったリュウの目はいかにも本気で、リリィの鎖骨の間にすっと手を優しく乗せると、

とっとっと・・・と柔らかい力でリリィを押しやっていき、

トン、とリリィを壁に押しつけると、

触れていた指先を、首をなぞるように上へ、

ゾクゾクとした感覚が走ると、指はリリィの顎を包み、

クイッと顎を斜め上に押しやると、

「明日は早いから、続きはまた今度。」

と言って、リュウの顔がリリィの顔に近づいてゆき、

2つの唇が触れあった。

ひとときの、甘い夜だった。


 そして、2人は新しい関係でもって、学校へと戻っていった。

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