第3話 嗚呼、美しきかな青い春
ウィリンズ魔法学校でリュウを保護、教育するにあたり、基本的な学力や魔力の有無の審査が行われた。その結果はなかなか上々のものだった。高度な数式計算や理論的説明ができ、文字も使ってみればオリクのものとそう変わらない。魔力もかなりのものが備わっていることが分かり、やはり中級以上の魔法も易々と使ってのけた。もっとも、歴史などの一部分野はからっきしだったが、元々暮らしていた世界が違うのだから、その結果は当然とも言えた。
「異世界から来た天才少年」の話題はたちまちの内に広がり、リュウの周りには常に生徒たちが殺到するようになった。お目付役に当てられた生徒会の役員生徒セロズはリュウに近づく少年少女たちを捌ききれず、立ち尽くすほかなかった。
「ねえ、アナタって前の世界でも優秀だったのかしら。」
「どんな職に就きたい?俺と組んでくれたらいい仕事紹介するぜ。」
とまあそんな具合に、当初心配されたコミュニティの繋がりはあっという間にできあがった。
そんな人だかりの中、
「ゴメン、ちょっといいかな・・・?ゴメンね。」
と、人だかりをかき分けてリュウに近づく少女が一人。みんなその少女の経緯を知っているためか、おとなしく道を空ける。そして、その少女、リリィ・クリエットはリュウの前までたどり着く。
「こ・・・こんにちは。」
「やぁ、キミは僕を召喚した子だね。お久しぶりー。」
緊張気味のリリィに対して、気楽に対応するリュウ。
「な・・・なんだか・・・、意外と問題ないみたいですね。早速お友達がいっぱいできたみたいで・・・。」
「そうだねー。どの人と仲良くなるかはこれから取捨選択するさ。」
「・・・。バッサリとひどいこと言わなかった?」
周りも少しざわつく。
「人間関係ってそんなもんでしょ。苦手な人に無理にすり寄る必要はないじゃん?気の合うもの同士で繋がっていけばいいのさ。キミも含めてね。」
「そ・・・そう・・・、ですか・・・。」
「敬語はやめようよ。まずは歩み寄る。それから好き嫌いを見定めて、好きならよろしく、嫌いならバイバイ。ね?」
「あー・・・、うん、わかった。キミがどんな人なのかも、ある程度は。」
「さて、どうかな?人間は二面性を持つよ。果たしてキミは俺の『裏の顔』まで見抜けたのかな?」
「そうやって人を挑発して反応を見るのが好きなんでしょ。ケンカになっても知らないよ。」
リュウはちょっと驚いた顔をして、
「お見事。大した観察眼だ。これで損したこともあるんだろうね、前の世界ではさ。」
「・・・記憶、まだ戻らないの?」
「全然。でも気にしてないよ。むしろ感謝しているよ。」
「恨まれこそすれ、何で私感謝されるの?」
訝しげなリリィに、リュウが答える。
「戻れない世界のことを考えなくてすむ。ホームシックにならないし、年寄り臭く『前の世界のアレが良かった』とか愚痴を言わなくてすむ。振り返る必要がないから、前だけ見られる根無し草なのさ。なってみるとそういうのも悪くない。」
「もともとポジティブなんじゃないの?初めて会ったときから思ってたけど、ちっとも暗い顔をしないから。」
「『以前の性格』なんて、保証できるもんじゃない。昔は根暗だったかもしれないよ。『今は』ポジティブだけどね。」
「そういうものかなぁ・・・。召喚して性格が変わった幻獣の話なんてのも聞かないし。」
「難しく考えすぎたら、人生負けだよ。もっといろいろ楽しまなきゃ。」
「・・・キミが難しい考えの種なんだけどね・・・。」
あっけらかんとしたリュウに、リリィは頭痛を覚える。
「で、だ。」
「・・・で?」
「キミが来た理由だよ、リリィ。まさか他のメンツみたいに物珍しさの興味本位で来たわけじゃあるまい。」
「あ、・・・あぁ・・・、うん・・・。」
いきなり本気モードのリュウに、リリィは不意を突かれて気圧されてしまった。ペースを完全に相手に捕まれている。そして、さらにリリィは不意を突かれる。
「我、汝に問う。汝の心中に抱くは何か?」
「!?」
「これでも、この国の風習はちょっとはかじったよ。」
「・・・すごいね、もうこんなことまで学んでるんだ・・・。」
『我、汝に問う』。オリクの古い風習で、こう問われたら、問われた方は「本気の答え」を言わなければならない。もし嘘を答えたら、嘘と知れた時点で、永遠の隷属を誓わなければならない。一般には廃れ始めている風習だが、裁判など、「嘘をついてはいけない」場面などで、形式的に使われている。嘘かどうかは、催眠療法でハッキリと証明されるので、嘘を答えた被告人は、有罪、無罪を問わず、一生、国への無償奉公人となる。その拘束力ゆえに、廃止すべきと唱えるものもいるほどだ。
「リュウ君、キミは彼女を自分に隷属させるつもりかい?褒められた行為では・・・」
世話役のセロズが忠告しようとすると、
「犬畜生は黙ってろ。」
まさかの暴言。と同時に、周囲が凍り付いた。「口を開いたら殺す。」そう言わんばかりの殺気が漂う。目つきが明らかに違う。「殺ると言ったら殺る。」その気迫が、目を通して全身から溢れていた。その殺気に圧されて、セロズは言葉を失い、怯えた顔で尻餅をつく。
「・・・ふん、その程度の度胸で人に偉そうにすんなや。」
その無様な様子を一瞥して、リュウはリリィに向き直る。その眼からは一転して殺気が消え、慈悲深い微笑みをたたえていた。何でも見透かしているような、仏顔。リリィは逆の意味でたじろいだ。「キミが何を言いたいのか知っている」。暗にそう言われている気がした。だが、それでも「本気の答え」を言わなければならない。恐る恐る、リリィは口を開く。
「な・・・汝の問いに答える。私は・・・、謝罪と贖罪に来た。」
「謝罪と贖罪・・・ね。まぁ、予想通りの答えだけど。」
「本当にごめんなさい!こんな世界に召喚しちゃって!私、何でもしますから!だから・・・!」
「『こんな世界』は無いなー。」
「・・・え?」
リュウの返答に、リリィは困惑する。
「『ごめんなさい』も無いよー。さっきも言ったように、俺、全然気にしてないし。少なくとも謝罪は必要無いねー。」
「で・・・でも、君にも家族とかいただろうし・・・」
「じゃあ、異世界に飛んで、俺の家族に挨拶してお詫びする?できないんでしょ。」
「う・・・。それは・・・。」
「お詫びする相手がいないんだから、謝罪なんて必要無い。当然でしょ。」
「う・・・うぅ・・・。・・・うん・・・。」
リュウの意見は核心を突いていた。リリィは口を紡ぐしかなかった。
「今さっき言ったけど、『こんな世界』っていうのもネガティブだよ。せっかくお呼び出ししてくれたんだから。『私たちの世界へようこそ!この世界はどんな異世界にも負けないくらい素晴らしいわよ!』くらい言ってもらわないと。」
「いや・・・、さすがにそんなこと言えないというか・・・。キミ、ポジティブすぎるよ・・・。」
リリィは呆れて目頭をつまむ。
「贖罪っていうのもねー。必要なことは大体このセロズ君が面倒見てくれるしなー。それに、これはそっちが『償ってる』っていう気持ちを持ってることがメインだしねー。」
「・・・・・・。私、役立たずだね・・・。」
「悲観しすぎじゃない?誰にも得手不得手っていうのはあるし、それに応じた適任ってヤツもある。」
「・・・お願い。キミに何かしてあげたいの。何でもいい。私が間違えたのに、無責任みたいに何もしないって、そんなのこそ間違いだよ。」
「んーーー・・・。あ。」
リリィの懇願に、リュウは何か思いついたようだった。
「何か、ある?」
リリィは希望をあらわにする。それに対するリュウの答えは、
「オシャレと娯楽。」
だった。
「・・・・・・、は・・・?」
さすがに目が点になった。
「いやね、コイツ、ドが付く真面目君でさ。そういうことに疎いんだよ。『服を新調したい』って言ったら『君には制服がある』とか、『外で飯食おうぜ』って言ったら今度は『学校に戻って学食にしろ』とかさ。とにかく娯楽関係で融通が利かないの。
でもさ、そういうのって結構大事じゃない。若者のコミュニケーションって言ったら『遊び』なわけでさ。『デートに相応しいコーデ』とか、『安くて美味しい飲食店』とか、『流行の遊び』とかさ。そういうのを通して仲良くなるわけじゃない。今は『知らない』ですむかも知れないけど、ここでの生活に慣れ始めてから『こんなことも知らないのか』じゃ恥ずかしいこともあるのよ。わかるでしょ。」
「あー・・・、そうだね。」
リリィも、流行に乗り遅れてちょっと恥ずかしい思いをしたのは一度や二度じゃない。若者というのは、そういうことで相手を馬鹿にしたりもすることがある。このリュウ少年も、記憶を失っていても、そういう経験がどこかに残っているんだろう。
「てなわけでさ、そこら辺、頼めないかな。」
「・・・うん、いいけどさ。もしそれがデートの誘い文句だとしたら、相当安いよ。」
「結構キツい言葉を返すね。割と本気だったんだけどなー。まぁ、コイツがいるから、デートってわけにはいかないだろうけど。」
本気だったのか。安い。リリィは心底そう思った。
「ま、とにかくそういうことで、これからよろしく。」
そう言って、握手をしようとリュウは左手を出す。
「まぁ、うん、よろしく。」
リリィは右手を出そうとして、「・・・ん・・・?」と戸惑う。
「・・・左利き?」
「いいやー。こうやって相手が戸惑うと楽しいよね。」
一発ブン殴っておくべきか。リリィはちょっと苛立ったが、左手を差し出して握手する。
「その苦虫かみつぶした顔もカワイイねー。」
ゴッ
ブン殴っておいた。
こうして、リリィとリュウの付き合いが始まり、物語も少しずつ動き出していった。
リリィがセロズと付き添って、近くの街をリュウを連れて案内する。さすがに女の子のリリィには男物の流行は詳しくなく、セロズも本当に遊びを知らない。そんなこんなで、もう一人、リリィの男友達のハセルを連れて行くことになった。ハセルは学園でも遊び上手で知られており、実は一時期、彼氏彼女の関係だったこともある。
そして分かったこと。それは『セロズうざい』ということだった。リュウの本心が、この少年の追跡をどうにか振り切り、真に自由を満喫したいのだと知った。
というのも、セロズはしっかりとリリィたちに付いてきて、
「これなんか今流行ってるコミックスだな。」
と、ハセルがコミックスを紹介しようとすると、
「リュウ君、君はこんなものに金を使おうというのか。君の小遣いは僕らの学費から特別に引かれているのに。もっと有意義に使うべきだ。」
と小言をたれ、昼食を取ろうとファストフード店に行こうとすると、
「リュウ君は学食で食べて、小遣いを少しでも学校に返上すべきだ。ここで使う金じゃない。」
と、とにかく『リュウの小遣いが学校から支給されており、それが自分たちの学費から工面されている』ということをやり玉に挙げて、リリィやハセルの考えていた遊びプランの邪魔をする。
しかも厄介なことに、これがリリィたちにも飛び火することがあるのだ。
「君たちのご家族は、君たちがそんなことをするために仕送りをしているわけではないはずだ。」云々。
これが休日の度に繰り返される。リリィは義務感でなんとか我慢していたが、ハセルの方は明らかに機嫌を悪くする。今にも怒りが爆発しそうなハセルを感じ取って、リリィは一計を案じた。
ある日、『いつも通り』の街案内で、さて昼にしよう、というときだった。
「リュウ、悪いけど、セロズ君と学校に戻っておいてもらえるかな?ハセルはちょっとお茶しよ。」
そう言って、リリィはハセルと二人きりになる。リュウは
「あ、そう。じゃ、ごゆっくりー。」
ちょっとした勘違いをして、セロズと学校の方へ歩いて行った。その背中はどこか哀愁が漂っていたが、誤解はすぐに解けるだろう。リリィは適当な喫茶店にハセルと入ると、お茶の注文もそこそこに、本題を切り出した。
「セロズを私たちから切り離すよ。ハセル。」
それを聞くなり、
「何?俺とよりを戻そうとかじゃなくて?」
ハセルは残念そうな顔をする。
「キミは浮気性じゃない。そんなのとよりを戻すなんて無いよ。それよりも・・・。」
「リリィもなんだかんだ真面目だね。真面目じゃ娯楽はできないってのに。」
「私が真面目なのはリュウへの贖罪だけ。彼が『遊びを教えて欲しい』って言うなら、そのために本気になるよ。」
リリィの本気の目を見て、
「あー。遊びだから本気になれるってのはあるね。じゃ、この『邪魔者セロズやり過ごし作戦』も遊びの一種か。」
ハセルは軽い答えで、パッと思いついたであろうダサい作戦名を命名した。
「まぁ・・・、作戦名はどうでもいいとして。今夜、消灯時間が過ぎたら、『毒蛇の洞穴』にリュウと来て。リュウも寝てるかも知れないけど、そこら辺は消灯時間直前にリュウの部屋に遊びに行くなどしてなんとかして。」
ハセルはニッと笑うと、
「なるほど。『洞穴』で作戦会議を開くわけね。セロズ抜きにするにはうってつけだな。よし、分かったよ。」
「ありがと。このお茶はおごる。」
「お、ごちそうさん。まぁ、楽しくなりそうだねぇ。」
ハセルの表情が楽しげになってきた。この男はこうでなくては。元カノとして、少し安心する。もっとも、それでまた付き合おうとは思わないが。
「じゃ、そういうことで。よろしく。」
「任しときな。小っちゃい頃の秘密作戦を立てるみたいで楽しみじゃないの。」
そうして、お茶もそこそこに、リリィが勘定を支払って、二人も帰路に就いた。
その夜。消灯時間の30分ほど前。リュウがゴソゴソと寝仕度を始めようとしたとき、部屋のドアがノックされた。
「誰かな?こんな時間に。」
リュウがドアを開けると、はたせるかな、そこにはハセルが立っていた。
「よう。」
「あぁ、こんばんは。いつもすまないね。で、こんな時間に何かご用かな?」
「ちょぉっとな。まぁ、巡回に気づかれるとまずい。入れてくれるか。」
ハセルの頼みを聞き入れて、リュウは彼を部屋に入れる。
「で?俺に男の趣味はないぞ。」
「俺だってねぇよ。まぁ、消灯時間まで匿ってくれ。案内する場所がある。」
リュウの質問に、ハセルは楽しげな顔で答える。
「案内する?こんな夜になんて、怪しい店じゃないよな。」
「そんなの俺まで退学だぜ。リリィの計画だからよ。安心しな。」
「リリィの?」
「セロズをまくんだよ。お前もうざったいって思ってたんだろ?」
「そうか。そのための作戦会議をする、というわけか。で、どうやって会うんだ?ワープの呪文は寮に結界を張って封印されてるし、出入り口は正面も裏門も24時間監視付きだろう?」
「抜け道があるのさ。公然の秘密ってヤツがな。」
「公然の秘密っていうのが引っかかるな。どんなんだ?」
「安心しろって。使う分には問題ないってことさ。・・・そろそろ消灯時間だな。」
ピーッと短い笛が鳴り、全ての明かりが消える。
「・・・さ。作戦開始だ。」
ハセルはリュウを連れ出して、真っ暗な寮内を進み、中庭へと向かっていった。
男子寮と女子寮はほぼ同じ構造をしており、コの字型の建物の真ん中に中庭がある。花木が植えられ、茂みの陰にベンチが置かれており、自由時間には談笑する生徒たちも見受けられる。その茂みの一角に、よく見ると人が通れそうな、細い獣道のような隙間がある。ハセルはその小道を、枝をかいくぐりながら抜けていく。リュウもそれに続いていき、しばらくして小さな空間が現れた。
「ここだ。」
ハセルはそう言って、地面をゴソゴソ手探りし、何かをつかむと、グイッと持ち上げる。草で隠された蓋が開き、人一人が通れそうな穴が現れる。
「これが通称『毒蛇の洞穴』。女子寮へと続く抜け道さ。」
「物騒な名前だな。凶悪なモンスターでも出るのか?」
「いや。一番物騒なのは人間さ。これを掘ったのも紛れもなく人間だぜ。さ、入った入った。」
ハセルはそう言いながら穴の中に入っていく。
「思春期の力はすごいねぇ。こんな穴まで掘って女と出会いたいのか。」
ハセルに続きながら、リュウは感嘆する。
「違うな。掘ったのは女の方さ。」
「・・・?なんで?」
「この穴を使った『サキュバス』って行為が一時期流行ってな。問題になった。」
「あー・・・。女は男の精を吸って魔力を得るんだったな。」
さすがにリュウにもピンときた。
「ビンゴ。魔法の成績が良くない女生徒たちが、この穴を掘って男子寮に潜入。夜這いを仕掛けて男子から魔力を奪いだしたのさ。女子たちが急に強くなって、相対的に男子が弱くなったってんで、発覚した。以来、『サキュバス』は禁止事項になり、やった生徒は即退学処分ってことになった。」
「で、なんでこの穴は残ってんの?」
「『呪い』だよ。厄介なことにな。埋めようとすると不幸が起こる。初めて埋め立てを行った作業員が受けたのが、毒蛇に咬まれるってヤツだった。不可解なことに、このオリクには生息していないはずの、猛毒蛇だったらしい。」
「それで『毒蛇の洞穴』ね。合点がいった。」
「でな、その後、今度は『インキュバス』が問題になった。」
リュウが怪訝そうな顔をする。
「『魔力吸われて男にメリットはあるのか?』だろ。これはエリート君にしかできない、まぁ犯罪だ。ある意味『サキュバス』より悪質だった。」
「んー?」
リュウはまだ分からない様子。
「魔法の卒業単位を取った男子がな、他の女に脅しをかけるんだよ。『俺の魔力をくれてやるから、カネや貴重品のあれそれをよこせ』ってな。」
「うわぁ、悪質。そりゃ問題だわ。」
「卒業単位さえ取れれば、あとはどうにでもなるからな。一応、修行をすれば失った魔力も取り戻せるし。」
「先生方はますますこの穴を埋めたかったろうなぁ。」
「まぁな。だがな、ごくたまーに、よく働いた場合もあるんだよ。」
「どんな?」
ハセルは一呼吸おいた後、
「好き合ってたり、将来の許嫁とかでな。女の方が成績悪くて、男が先に魔法の卒業単位を取る。これがたまにある。」
「あー。そういうときに『善意のインキュバス』をやるわけだ。」
「そういうこと。ま、それ以外にも、さっきお前が言ったように、思春期の少年の衝動で使ったりもあるんだけどな。ハハッ」
「だろうなー。やっぱ。」
穴の中はよく踏み固められており、若干滑りそうなところがあるものの、基本的に歩きやすくなっている。端の方には靴跡と思われるくぼみが散見される。自分たちと同じ方向につま先が向いている足跡もあれば、逆もある。
「・・・ん?ということは、女子といたしちゃうこと自体は問題ないのか?」
リュウがこの世界に飛ばされてすぐ、「問題を起こせば放逐」と脅かされたことを思い出す。
「そうだな。基本的に男子はデメリットしかないから、躊躇するもんなんだよ。よほど我慢できないって時以外はな。『インキュバス』ができるような男子は、基本的に成績は優秀だ。その他大勢の中間層以下の男子にはそんなまねできないし。
それに、女子が成績を伸ばしだしたって、確たる証拠がないと『サキュバス』や『インキュバス』によるものとは言い切れないしな。消灯後に毎晩瞑想して、地道に魔力を高める女子もいるし。そんな勤勉な女子を問題行動って決めつけて追い出すと、今度は親御さんたちがうるさいってな。」
「ふーん。なるほど、そうなのかー。」
「言っておくが、お前はマークされてるぜ。相当の魔力を持ってるって、学園内で知らないヤツはいないからな。『インキュバス』はやらないと思うが、『サキュバス』の標的にはならないように気をつけろよ。」
「うん。ありがとー。まぁ、俺は一人に的を絞ってるんだけどね。」
「リリィか?あいつも人気高いからな。競争激しいぞー。ま、俺はそういう泥沼の関係ってのも嫌いじゃないが。」
「俺は泥沼は嫌いだが。」
「私もイヤだな。ようこそリュウ、『毒蛇の洞穴』へ。」
リリィが、少し行ったところでリュウたちを迎えていた。
「遅かったかな?レディを待たせるのは俺の主義に反するんだが。」
「どんなジョークなんだか。私も今来たところだよ。」
あきれ顔を見せるリリィ。
「じゃ、始めよっか。『セロズ撒き撒き大作戦』!」
ハセルのセリフに、
「うっわ、ダサっ。」
「せいぜい2回生あたりの語彙力だね。」
リュウとリリィが二人揃ってダメ出しする。
「よってたかっていじめるなよー。じゃぁ、優等生さんたちの回答例をどうぞー。」
ハセルからの問いかけの答えは、
「『蜜酒作戦』かな。」
「そもそも作戦名なんてつけないよ。」
リュウがしっかり名前を考えた一方、リリィはバッサリ切り捨てる。
「リリィー、回答欄が空白だと0点だぞー。あとリュウ、なんで『蜜酒』なんだ?」
「外国の古代の風習だよ。女をさらって、1ヶ月逃げ切って蜜酒を飲み交わすと婚姻が成立する。親も文句を言えない。習わなかったか?」
「ハセルは遊びが好きな分、学問の成績は基本的に振るわないからね。」
「なるほどー。てか、リリィ、マジでいじめないでくんない?
まぁいいや。で、リュウは誰と蜜酒を飲み交わすんだ?」
「決まってるだろ。俺に男の趣味はないってさっき言ったぞ。」
ハセルの変わり身の早さに呆れつつ、リュウが答える。
「なるほどねー。やっすいナンパ。」
「相変わらず安いよねー。」
「今度は俺をいじめる番かよ。そんなことより、セロズを撒く作戦ってのは?」
リュウが本題を切り出す。
「オッケー。」
と言いながら、よく行く街の見取り図を取り出す。
「街は4と9を覗く1~11番街の9つの番地に分かれてる。定番だけど、この番地ごとにあるランドマークにコードネームを付けて、そこにワープして集合する。リュウには以前一通り各番地を見せて回ったけど、どう、覚えてる?」
「なるほど。鉄板だが、効果的な方法だ。各番地のランドマークなら、しっかり把握している。」
「いいねー。重畳ってヤツかな。」
「だが、使い回し続けるといずれバレる。定期的にコードネームを変えた方がより効果的だ。」
リュウが新しい提案をする。
「週1では間隔が短すぎて、打ち合わせが難しいな。ここもバレる可能性が高くなる。セロズもバカじゃない。」
「確かに・・・。私たちが秘密裏に打ち合わせできる場所は、そう多くないし、張り込まれれば一発だね。」
リリィが同意する。
「となると、早々に手詰まりになる可能性も高いんじゃね?たとえ月1に絞ったって、毎晩張り込まれ続けりゃ意味ないぞ。」
ハセルが難色を示す。
「施設間のワープは結界で阻まれてる。だから『サキュバス』のために、こんな穴を掘る必要があったんだけど。どう攻略する?」
「・・・。」
3人はしばらく考え込んで、
「ダメかなー、こりゃ。」
ハセルが音を上げた。が、
「・・・ハセル、他の男子たちに顔は広いか?」
「はぁ?まぁ、ダチは多いけどよ、それが何だよ。」
訝しむハセルに、
「思いついた策がある。好ましいものではないが。」
「え・・・?どんなの・・・?」
リリィが問いかけ、リュウがその策を打ち明けると、
「ギャッハハハハハ!」
ハセルは爆笑し、
「そういうのなら、適任がいるぜ。」
悪い笑顔を見せた。
「キミは・・・、頭がいいのか、ネジが外れてるのか・・・。」
リリィは目頭を押さえた。
「代案は?」
リュウの問いかけに、
「無いぜ。むしろこれで行こうぜ。」
「無いね。別の意味で頭痛の種になるけど。」
他2人は同意した。1人は楽しげに、もう1人は渋々と。
その週の土曜から、作戦は実行された。
「それじゃ、『ペガサス』で。」
「おう。」
「じゃね。」
最初のテーマに選ばれたのは、『聖獣』。3人はまず、それぞれ違う場所にワープし、セロズが追いつく前にもう一度ワープ。目的のランドマークに到着する。今頃セロズは駆け回って自分たちを捜し回っているのだろう、などと談笑しながら、等身大の青春を楽しんだ。流行のコーデに身を包み、コミックスやゲームを楽しみ、ファストフードでジャンクな味わいを嗜んだ。時には偶然にもセロズに見つかり、暗号がバレることもあったが、そのときは即座に『洞穴』に集合して、暗号を切り替え、追いかけっこを楽しんだ。
だが、セロズもやはりバカではない。秘密会議の場所を『洞穴』と特定すると、即座にそこに張り込み始めた。そして、悲劇(ある者にとっては喜劇)が起こった。
それは、セロズが『洞穴』の前を張り込み始めてしばらく立った頃。セロズが腕組みをしながら、捕まえたときにはどんな説教をしてやろうかと考えを練っていると、
「おやぁ~?こんな時間にこんな場所で。いけないなぁ~。」
来たか、と一瞬思ったが、明らかにリュウともハセルとも違う声。
「しかも生徒会役員が。バレたらクビだよ~。」
立っていたのは、ロークスという『男色家』で知られる男子。しかもかなりの『ウワバミ』だとも言われている。セロズの顔から血の気が失せる。
「い・・・いや、これは、悪用してるヤツがいないかと張り込みを・・・」
セロズはしどろもどろに理由を話す。嘘は言っていない。しかし、
「そういうキミが悪用してるんじゃないの~?嘘つきは『お仕置き』が必要だねぇ~。」
ロークスは聞く耳を持たず、ガシッとセロズの腕をつかむと、
「さぁ~行こうかぁ~。地獄と、そして天国へ。」
鼻歌交じりに、真っ暗な寮の片隅にセロズを連行する。
「ち、違うんだぁー!だ、誰かぁー!リュウ!ハセル!見てるんだろー!助けてー!」
セロズは虚空に悲鳴を響かせ、
「い、イヤァーーーッ!」
断末魔が誰も聞いていない裏庭に響いた。その日は秘密会議の日ではなかった。
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