第2話 歪みとの出会い

 平和な日だ。

 決してそれが不満というわけではない。広く世界を見渡せば、あの国とこの国が戦争しているだの、もっと近場で、国内のどこかで犯罪が起こるだの、そういうニュースは日常的に入ってくる。ただ、自分の埒外での喧騒なら、傍観者として見ていられるので、気楽な娯楽とも言える。現地でどれだけ悲惨な状況があっても、悪いけど他人事は他人事なのだ。

 刺激が無いと、人間は刺激を求めるもので、リリィたちは魔法に刺激を求めていた。

 ここはウィリンズ魔法学校。世界をなす3大陸の一つ、カーゼン大陸の外れ、オリク島にある。温暖な気候に恵まれ、作物も豊富に実り、外国からは「実在する桃源郷」ともささやかれている。オリク島はその島で一国をなしており、大陸とは独立した王が治めている。人々は穏やかで、王への忠誠心も高く、反体制運動なども起こらない。かつては大陸から大きな国が攻めてきたこともあったが、そのたびに国の総力を結集して戦い、1000年の独立を守ってきた。その力は「眠れる獅子」とも恐れられ、近年ではこの逆襲を恐れて、攻めてくる国もない。

 そんなごく平和な島国にあるウィリンズ魔法学校で、リリィは魔法の修練に励んでいた。学校は各教科10段階制。入学者の条件は、魔力を持っていることが前提で、魔法以外にも、第1,第2言語、社会、歴史、数学、理化学、文化活動などの教科がある。各分野を10の段階に分け、段階ごとに通常1年をかけて習得していく。半年ごとに昇級試験があり、合格点を満たすと次の段階に進めるが、そうでなければ保留になる。つまり、予習をまじめに行って努力すれば、人より半年早く次の段階に進める。全教科を10段階全て習得すれば、晴れて卒業できるが、1つでも満たしていない教科があると、卒業できない。もちろん人によって得意な教科、苦手な教科が違うので、一方の教科で早々と段階を進める一方、他の教科がおろそかになって、卒業が遠のいている生徒はざらにいる。そういった生徒は、得意な教科を早くクリアし、苦手な教科の修得に励んだり、逆にゆっくりと苦手な教科を克服しつつ、得意な教科をさらに伸ばし、1つの分野でトップエリートになる者もいた。ただし、魔法だけは各分野の統合、応用分野なので、そう易々と段階を進められない、難関科目だった。

 かく言うリリィも、魔法の昇級試験で2度ほど失敗している。これはそう珍しいことでもない。他の分野では優秀な方で、特に理化学の分野はすでに卒業段階に入っている。それでも目指すは一流の魔導士。理由は簡単明白。魔導士はトップエリートとして就職先が保障されており、収入も他の職業に比べて圧倒的に高い。みんなに憧れの職業で歴代ダントツの1位。リリィも当然この職に憧れ、必死に努力している。そんな一方で、普通の女の子らしく遊びたい盛りでもあり、友達と近くの街に出かけては、仕送りの小遣いで遊んだりしていた。自他共に認める美少女で、男子からの人気もあり、何人か付き合ったこともある。勉強とは別に、全力で、一生に一度の青春を謳歌していた。

 そんなリリィに、事件は唐突に訪れた。

 それは魔法の授業の一環で、高度な魔法の一つ、召喚魔法の授業の時だった。召喚魔法は、文字通り、異世界、主に『幻獣』と呼ばれる聖獣たちが住む『幻界』から、幻獣を召喚し、使役する魔法である。プロセスが複雑で、召喚時だけでなく、使役した後の送還時にも魔力を消費するため、難易度が高い。

 まずは教師がお手本を見せる。お手本は教師の教え方によって多少異なる。「基本から大事に」と思っている教師は、あえてレベルの低い『幻獣』を召喚してみせ、「目標を高く持つべし」と思っている教師は、できる限り高位の『幻獣』を召喚してみせる。教える立場としてのプライドもあるかもしれない。ともかく、お手本を見せた後、生徒たちに魔法を実践させる。もちろん、生徒に召喚させる『幻獣』は、レベルの低いものをあらかじめ教師が選んでいる。・・・はずだった。

 順番に試していきながら、授業はつつがなく進み、成功する生徒もいれば、失敗する生徒もいて、ついにリリィの出番になった。「成功してみせる」と意気込み、召喚術の書かれた魔導書を開く。そして、呪文の詠唱。

『神の果実をもぎ取りしもの。原罪を増やす大逆の徒。浄罪せし聖者の長。ただ人なりて、救済の助力とならん。いざ、我が面前に現れ、罪をなせ。救済をなせ。』

 奇妙な呪文だな、とは思った。こんな呪文で召喚できるものとは、一体何者だろう。魔力の集中で、目の前の空間に穴が開く。召喚魔法のプロセス通りにことは進んでゆく。成功か。リリィは満足げに周囲を見やる。教師がやけに怪訝そうな顔をしているのが気になった。そして・・・ドサッという音と共に、目の前に現れたのは、一人の少年だった。

 辺りが、凍り付いたように静まった。リリィが召喚した、この少年は何者か。見た目はどう見ても普通の少年。エルフ族などの亜人種のような特徴も見えない。服装もオーソドックスな日常服。「大失敗だ。」全員がそう思った。リリィが開いた時空の穴は、幻界とは通じず、この世界のどこかとつながってしまって、この少年を引き込んでしまったのだと。

「リリィさん、失敗です。残念でしたね。しっかり練習して、試験では合格を目指してください。私が『送還』の呪文を唱えましょう。魔導書をください。」

教師が催促して、リリィはため息をついて目の前の少年を見やる。少年はキョトンとした顔で、自分に起こったことが分からない顔をしていた。

「ごめんね。すぐに元の場所に帰してもらえるから。」

リリィはそう言って、再び魔導書を見て・・・凍り付いた。

「・・・え・・・?なんで・・・え・・・?」

「どうしました、リリィさん?早くその魔導書を。」

教師の再びの催促に、リリィは壊れかけたからくり人形のように、ギギィ・・・と教師の方を振り向く。その表情は絶望に満ちていた。

「・・・先生・・・消えてる・・・」

「は?何を言ってるのです?」

「呪文が・・・消えてる・・・全部・・・」

「何を馬鹿な。早く見せなさい。」

半ばひったくるようにして、教師はリリィから魔導書を奪い取り、開いて、目を丸くした。

 その魔導書は、白紙だった。呪文が一切消えている。『送還』の呪文だけではない。『召喚』の呪文まで、一切合切の呪文、それだけでなく、どのような魔法なのかといった説明書き、注意事項、その他諸々、全てが最初から無かったかのように消えている。

「・・・馬鹿な・・・こんな魔導書が・・・」

教師も戸惑いを隠せない。そして、さらに追い打ちがかかった。

 ボロ・・・と、魔導書の一部が崩れ落ちた。それを合図に、魔導書はボロボロと崩れていく。まるで、何百年も日にさらされ続けた古本のように、バラバラになっていく。

「な・・・何が・・・!?・・・く・・・っ」

教師がさらにうろたえる。魔導書の崩壊は加速的に進み、ついには細かい粉のようになって、そよ風に泳ぎながら、跡形もなく消え去ってしまった。

「せ、先生・・・」

リリィはさらに絶望的な顔になる。教師もしばらく愕然としていたが、しばらく考え込んで立ち直ると、未だに呆けた表情の少年に歩み寄った。

「キミ、私の言葉が分かるかい?」

「え・・・?あぁ、うん、分かる。」

少年も少し立ち直った様子で、教師の質問に同じ言葉で答える。

「名前は?」

「リュウ。リュウ・D・シィ。」

その名前を聞いて、リリィは光明を見いだした。この少年にはミドルネームがある。この世界ではミドルネームを使う国は少なく、そのミドルネームも、功績ある由緒正しい家柄でなければ名乗れない。つまり、この時点で彼の元の国はかなり狭められたことになる。あとは、彼の言う「シィ」という家がどこにあるかということ。しかし、それが次の落とし穴だった。

「失礼だが、キミの国はどこかな?」

「国・・・?ん~~~・・・」

教師の次の質問に、リュウ少年は考え込む仕草を見せる。まさか、分からないというのか。

「・・・ごめん分からない。っていうか、名前以外思い出せない。」

まさに予想した以上の答えが返ってきた。いわゆる記憶喪失というものか。リリィの『召喚』を受けた際に、さらなる不具合があったのか。リリィは頭を抱える。大問題だ。この少年をどうするべきか。自分は落第か退学か。目の前が真っ白になる。しかし、教師の方は冷静だった。

「異常な召喚のショックで記憶障害を起こしているようですね。催眠療法を試してみますか。」

あ、なるほど。リリィも再び光明を見いだした。催眠療法は、様々な使い方をされる。例えば、犯罪が起こったときの事情聴取。深い催眠状態では嘘をつけないため、有効な証言が簡単に手に入る。「私がやりました」と自供も簡単に引き出せるのだ。要するに、このリュウ少年に催眠療法を行い、失った記憶を引き出して取り戻してやろうというわけだ。

 授業は中断され、リュウは教師たちに導かれて『呪術室』に案内される。リリィの処分については、「未熟な魔導士にままあること」ということで不問になった。ただ、やはり当事者として、リュウの催眠療法に立ち会うことを命じられた。これは、「彼の出身地が判明したら、責任を持って送り返しなさい」という意味合いが込められている。もちろん、また事故を起こさないように、彼の国まで旅をエスコートしなさい、ということだ。その間、リリィは休学、旅費もクリエット家が負担する。まぁ、クリエット家は魔導士の名門一家の一つで、リリィはその宗家の息女だ。お目玉は食らうと思うが、その後で成績を取り戻せば、なんとか許してもらえるだろう。むしろ心配になってくるのが、この目の前のリュウ少年。どれだけ遠くの国か分からないが、このオリクが島国である以上、どうあがいても長旅になる。そしてこの少年は、リリィと同い年くらいに見える。「間違い」があっちゃったらどうしよう。お互いそういう頃合いのお年頃だ。その上男女の二人旅となれば、そういうことも考えてしまう。俗っぽいが、リリィだって女の子だし、そういうことに興味だってある。今まで他の男子と付き合ったことだってあるが、「そっち」の経験は全くない。もし「お前のせいでこんな長旅を」と脅されたら、拒否権はないに等しい。施術が始まるまで、そんな妄想が頭をめぐり、拡大して、リリィは顔を赤らめた。

「どしたの?そんな顔赤くして。」

突如、リュウが声をかけてきた。心臓が飛び出そうなくらいドキッとした。

「あぁぁ、い、いや、なんでもない。なんでも。」

なんとかごまかそうと思うが、機転の利く受け答えが思いつかない。初めてのデートの時でも、こんなに焦ったことはない。

「キミ、かわいいねー。」

「へ!?」

さらにドキンとした。これはあれか。先ほど想像した、「体で責任取れ」みたいなあれか。体が硬くなり、思わず身構える。

「さっきキミの先生に聞いたんだけど、キミが俺の国までエスコートしてくれるんだって?」

やっぱりあれだ。私の体が目的なやつだ。自分に責任がある以上、時が来たら観念するしかない。リリィは覚悟を決めた。が、

「二人じゃないのが残念だなー。先生ってば、若者二人旅は危険だって言って、自分も付いてくんだってさ。自分の責任でもあるからって。」

「あ、そ、そうなの・・・。ふぅ・・・。でも、先生に責任はないと思うんだけど。」

「今、ちょっと安心しましたね。何に安心したかは置いておいて、私にも責任があるのですよ。」

施術の準備をしていた教師が話しかけてきた。というか、リリィの心を見通しているのかこの先生。伊達ではない。

「で、でも、魔法に失敗したのは私です。先生の責任ってなんですか?」

「リリィさんの魔導書の呪文です。私たちは、生徒が失敗したり、誤って禁呪を使わないよう、あらかじめ使わせる魔導書に目を通します。しかし、リリィさんの呪文を聞いたとき、疑問に思ったのです。こんな呪文の魔導書など、私は見ていません。おそらく、何かが原因で紛れ込んだ魔導書を見逃してしまったのでしょう。ですから、私の管理不徹底。この事故は、私の責任でもあるのですよ。」

「そ、そんな・・・」

「あー、確かにそうならそうかもですねー。」

狼狽するリリィとは裏腹に、リュウは飄々としている。自分のことだというのに、まるで他人事のように振る舞っているリュウを見て、リリィは苛立ちのような、感嘆のような、妙な感情を覚えた。同時に、リュウと「危険な」二人旅をしなくていいということに安心した。それに、凶暴な夜盗などが現れて、戦闘になった場合、リリィ一人ではリュウを守りながら戦うことは難しい。プロがいてくれることはありがたい。そこで「傭兵も雇えば良かったか」とも考えたが、うかつな傭兵を頼むと、今度はリュウと「結託」して来かねない。そうなると恐ろしいので、傭兵を雇わないでよく、信頼できる相棒になる教師の存在はありがたかった。

「さて、準備が整いました。リュウ君、こちらに座ってください。」

そう言って、教師は整った祭壇のイスへ、リュウを導く。

「はーい。」

導かれるまま、リュウは祭壇のイスに座る。

「目を閉じて。ゆっくり深呼吸して・・・。心を穏やかに・・・。」

リュウから先ほどの飄々とした表情が消え、無心の顔になる。まずは「眠らせる」こと。これが催眠療法の第1段階。続いて第2段階。対象の心に入り込んでいく。祭壇に飾られている「魔石」の効果で、対象の静かになった心に穴をうがち、より意識の深層に介入する。

「・・・まず、あなたの名前は?」

「・・・リュウ・D・シィ・・・。」

「年齢は?」

「・・・17歳・・・。」

催眠が効いているようだ。やはりリリィと同い年。「危うい」お年頃だ。

「趣味は?」

「・・・クモのエサ獲り観察・・・。」

なんだその変な趣味は。

 まぁとにかく、催眠が十分に効いていることが確認できた。そろそろ本題に入るべきか。教師の方もそう判断したか、ついに核心に触れる。

「・・・では、あなたの出身地は?」

「・・・・・・。」

リュウは答えない。どういうことだ。これだけ自分のことをベラベラしゃべられる状態になりながら、出身地だけは話さない。不可解だ。

 謎が深まるばかりだが、教師は質問の切り口を変える。

「あなたの国は、私たちのオリク国と仲がよろしくない国ですか?」

「・・・オリク・・・。・・・知らない・・・。」

オリクを知らない?珍しいこともあるものだ。「実在する桃源郷」と世界に名を馳せ、1000年続く独自の王朝文化で外国からの観光客も絶えないこの国を知らないとは。

「・・・もう少し深層に入り込んでみる必要がありそうですね。では・・・」

『その必要はない。』

突如として、リュウが声を発した。感情の起伏や抑揚のない、機械的な声だった。

「・・・どういうことです・・・。」

教師が質問する。明らかに動揺していた。しかし、生徒のリリィがいる手前だろう、狼狽してもいられない。

『この男はこの世界の者ではない。いくら詮索しようと、故郷にはたどり着けない。新たな運命を持つ者。ただ受け入れよ。』

なまじ機械的な言葉故に、不気味に聞こえる声。この声が途切れると同時に、

「う・・・ん・・・」

リュウは目を覚ました。

「リュウ君・・・キミは・・・」

あの声に従えば、このリュウ少年は「幻界」でもない、まったく異なる世界から来た、異邦人ということになる。事件だ。意図したわけでは無いものの、リリィは『禁呪』を使ってしまったのだ。

 この事態を受け、放課後、臨時の職員会議が開かれた。

「・・・異世界から来た少年・・・かね・・・。確かにそう言ったのかね?」

校長が確認する。

「はい・・・。あの『声』が確かなら、ですが。」

「裏は取らんとな。世界各国に確認の連絡は?」

「各国の警察組織などを確認していますが、行方不明者の情報は今日起こったもので12件ありました。しかし、『リュウ・D・シィ』という名前はありません。ミドルネームを持っていることが幸いしました。名家の子息がいなくなったとなれば、どこかの国が騒いでもいいはずですが、そういった動きもありません。これはまだ確認中ですが、今のところ、そもそも『シィ家』という家柄が確認できません。」

「つまり、ほぼ確定か・・・。由々しき事態だな。召喚直後に魔導書が消えてしまったのだろう。」

「はい。彼を送還する術は、今のところ皆無と言えます。」

「では・・・、こちらで養うしかあるまい。こちらの責任なのに、放り出すわけにはいかん。他に、気になる点はないかね?」

「はい。授業の前にあらかじめ用意していた魔導書ですが、この数が、生徒の数と比較して、ちょうど同じであることもわかりました。『消えた禁呪』を含めると、一冊多かったことになります。」

「数え違い…ということはないか。」

「前日に図書館長と数を確認しています。数え違いはないかと。」

「では、何者かが授業前に侵入して、わざと禁呪を紛れ込ませたと?」

「そう考えるのが妥当だと思われますが…。目的が見えません。『新たな運命を持つ者』と言っていましたが、それが何を意味するのかも…。」

「『新たな運命』か…。まさかとは思うが…。5000年前の『魔王伝説』と関わりがあるのかもしれん。」

「『魔王伝説』ですか…。予言通りの時期ではありますが…。」

「魔王伝説?予言?」

リュウが口を挟む。当然だろう。異世界の住人であるリュウが、この世界の伝説など知るはずもない。

「『魔王伝説』とは、古くから世界各地で謳われている伝説です。現在からおよそ5000年前、魔王が現れ、世界を混沌に陥れ、勇者に倒された。かいつまんで言うとこういう話です。」

「うわー。ありきたりー。」

「そして、魔王はいまわの際に、5000年後に復活する、と予言したそうです。」

「アナクロな話だなぁ。」

「もっともな意見ですね。ですが、世界各地で、その『魔王伝説』に関わる遺跡が出土し、予言はともかく、魔王が存在したことは事実と認められています。」

「ふーん。あ、話そらしてすんません。」

「いえ、いいんですよ。あなたはそもそも、この世界のことを何も知らないのですから。」

「あ、そうなんですよ。それそれ。俺、この世界のこと、何も知らないんですよ。『魔王伝説』どころじゃなくて、買い物の仕方とか、文字とか、世界の情勢とか、なーんにも知らないんですよ。」

「ええ、そうですね。ですから、そういったことを教育する人が必要です。それを誰にするかですが・・・」

「俺の個人的な意見ですけど、教師の人じゃない方が良いなーって。」

会議室が少しざわついた。

「なぜです?基本的なことから応用まで、幅広く教えられるのは教師ですよ。」

「まず、ただでさえご多忙な先生方の仕事を圧迫しちゃいますよ。私生活にまで入り込んじゃったら休む間もない。それに、生活レベルの超基本なら、生徒さんからでも教われますし、むしろそっちの方が良い。」

「こちらの責務にあなたが気を遣う必要はありませんよ。生徒から教わる方が良い理由とは?」

「やだなぁ、それこそ超基本。人間関係の構築ですよ。要するに、友達作りです。天涯孤独の身の上になっちゃったんですから、これ、すごく重要ですよ。こういうのは、年上の先生方より、同年代の生徒たちの方が仲良くやれるもんでしょう。」

あぁ、なるほど、確かに、と納得する声が方々から上がる。

「いや、文字とか、社会がどうとか、そういうのは先生方にお伺いすることもありますよ。ただ、街に出て買い物とか、そういう遊びながらの社会学習っていうのは、同年代の友達と連れだって遊びながらの方が身につくじゃないですか。」

「確かに、『この世界』で友人を作ることは大切かもしれません。そういうことでしたら、生徒会の・・・」

「いやー、あの子がいいなー。」

「・・・あの子・・・?」

「俺を召喚してくれた子。なんか責任感じてるっぽいし。」

「・・・同じ男子の方が教われることは多いのでは?」

「やっぱ最初に仲良くなるなら異性でしょ。」

グッとサムズアップ。クスクスと笑いが起こる。

「堂々と下心を出して意見してくださるのはある意味清々しいですね。認めませんが。」

「えー。」

さも残念そうな表情を見せる。確かにある意味清々しい。

「本校では異性交遊は禁止してはいません。ですが、明らかに不純な目的で異性に近づくなら、処分も検討されます。」

「はぁい。」

「さて、あなたの住み込む場所ですが、男子寮に数室空きがありましたね。」

「こういうときって、『男子寮に空きが無くて、臨時的に女子寮に』っていうのがセオリーですよね。」

「何のセオリーですか。そんなことになるなら、私の家に居候していただきますよ。」

「うぅ・・・楽しい青春時代が生真面目な教師によって暗黒に塗りつぶされていく・・・。」

滂沱。つくづく欲望に正直な少年だ。

「いやぁ、どうやら『魔王伝説』には関係なさそうな少年ですなぁ。よかったよかった。」

教師の一人が言う。またも笑いが起こり、場の空気が和んでいく。

「何言ってるんですか。『英雄色を好む』って言うじゃないですか。俺は英雄ですよ。」

胸を張るリュウ少年。この自信はどこから来るのか。

「英雄が色を好むからと言って、助平全員が英雄なわけでは無いですからね。」

「ぐぅっ!」

釘を刺されて歯がみする。確かに、『魔王伝説』とは関係なさそうな少年だ。『勇者』というものはもっと高潔であるべきだ。

「では、そういうことで。リュウ君、我々は事故でキミを召喚してしまったため、今回の処置を執りますが、何か問題を起こしたりしたら、知識不足でも放逐しますので。その辺りはわきまえて行動してくださいね。」

「う・・・。ハイ・・・。」

教師の脅しで、この会議も閉会することになった。

「教師が未来ある少年を恫喝ってどうよ・・・。まぁ、問題起こさなきゃ良いんだし。」

こうして、ちょっと変わり者な少年が、ウィリンズ魔法学校に列席することになった。

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