sideB 物部解理の独考察 其ノ弐
物部解理の独考察2
木曜日、僕は伸元に部活を預け独り
純白で統一された院内は調和の取れた静けさで満たされている。医者もナースも全てが真っ白。その中を青色の病衣を着た患者たちが歩いている。ただ独り黒の学生服を着ている僕が酷く場違いに思えてきた。白と青の海を、獲物を探して
「イスルギ‥‥‥
そしてイスルギオトマルと書かれたプレートがある部屋へ
これから吐く嘘のシナリオをイメージする。次にボールペンと手のひらに収まる大きさのメモ帳を小道具としてポケットに仕込めば、後は自分の嘘を信じるだけだ。
室内へ入ると、目つきの悪い痩せた中年男性がベッドに横たわっていた。差し入れが何もないその病室は、白色の壁紙だけが目立って寂しいものだった。
「すいません。お時間宜しいでしょうか。高校で学生新聞を製作している
自信を言葉に
すると
「そんな活動をしているのか、大変そうだな。だが私は病気で入院している訳ではないから、話を聞くといっても‥‥‥」
「いいえ、病気か怪我かは関係ありません。体験を知り、その対策が分かればそれでいいんです」
はっきりと断られる前にそう言って出来るだけ爽やかに微笑む。
「だけど、私のこれは‥‥‥」
「どうかお願いします。これも僕の仕事なんです」
言いながら僕は頭をさげる。
「そうか仕事か、大変だな。分かるよ。なら協力したほうがいいかな」
まずは座ってくれと、
この中年の会社員が仕事という二文字から勝手に想像を巡らせて、僕に共感してくれて助かった。
「ありがとうございます」
よし、これで話は聞ける。だが問題はこれからだ。細部まで事件に
「どう話したらいいんだろうな」
「それでは、まずはどうしてその様な怪我をしたのか説明して下さい」
病着の胸元から除く白い包帯を手で指すと、石動さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「これかい。ほらアレだよ、ニュースでもやってるだろ、通り魔。全く迷惑なものだよ。道端でいきなり背中を刀でバッサリ斬られたんだ」
「そうなんですか。それはさぞや大変だったでしょう」
そう白々しく嘘を吐く。ポケットからメモ帳とボールペンを取り出してメモを取る。メモは本当に書いていた。だがそれは、ありもしない校内新聞を作成する為ではなく、僕の単なる趣味の為に使われる。
「失礼ですが、それはいつ頃つけられたんですか。もし話たくなければ話さなくて構いません」
もちろん、僕はそんな事とうに知ってる。だが、こういうのは当人から聞くことで分かることもあるだろう。少なくとも僕が読むミステリー小説ではそうだ。
「だが、私が話すようなことはすでに新聞に載ってる」
「貴方の口からお聞きすることに意味があるんです」
これは本心だった。何かで見た言葉を思い出す。
「そう何度も話したい事ではないが、だが君も仕事なんだな。それなら仕方がない。学生の役に立てるなら話すよ」
いかに仕事というものが大人にとって悲しいものであるかがしみじみと感じられる発言だった。
「私が家に仕事が終わって帰宅するときだった。駅を降りて直ぐの所に人通りの少ない通りがあって、私はそこで通り魔に斬りつけられた。斬りつけらられたときは、痛みと恐怖で力が抜けて倒れてしまったんだが、自分が死ぬと思ったとき、娘と妻の顔が浮かんでね。それで最後の最後に後ろを向いて通り魔の姿を見てやったんだよ。恥ずかしい話だがね」
そう言って照れるように俯いた。
「君は通り魔の姿を知ってるか」
「ええ、新聞で読みました。あれはさぞや驚いたどしょう」
「ああ、驚いたよ。凄い姿だろ。あの情報で被害者が少しでも減る事を願ってるよ」
誇らしげにそう言うと、話して喉が渇いたのか水を飲もうと給水器の方向に手を伸ばす。
「大丈夫です。これくらい僕がお取りします」
僕が水を汲んでやると石動さんは笑顔で受け取った。
「ああ、すまないね。君は礼儀正しいな。娘とは大違いだよ」
年寄りらしい発言をするものだ。だが娘さんは僕みたいに堂々と貴方に嘘を吐くことは無いだろうから、きっと貴方にとっては僕よりマシな人間だよ。
「恐れ入ります」
そんな思いはおくびにも出すわけには行かず、作り笑いを浮かべて頭を下げる。こういう着飾った会話はよく疲れる。いくら好奇心を満たすためとはいえ、ここまでするのは割に合わない気がしてきた。
「では、幾つか質問させていただきます。まず貴方はどの辺りから通り魔にマークされていたか思いあたりますか」
「いや、分からないな。本当に急に斬りつけらたから」
「では、なぜ自分が狙われたかに心当たりは」
「無い」
即答だった。手応えを感じた僕は食いさがる。
「思いつきでもいいので何かありませんか」
「今言った通り何もない」
語気を強めた声ではっきり否定されてしまう。そうされてしまうと僕の設定の立場上、追求することは出来ない。
「そうですか。何度もすいません」
その後のQ&Aでは大した反応を得ることは叶わなかった。そのまま診察の時間を迎えてしまい、結局僕は帰ることになる。
「お時間取らせてすいません。ありがとうございました」
「いやいや、若いのに大変だね。新聞頑張りたまえ」
扉の前まで来て、小綺麗な病室を見渡すと最後の疑問が頭に浮かんだ。事件とは関係なさそうな事だが気になったので聞いてみることにした。
「何度もすいません。ですが最後にもう一つ質問よろしいでしょうか」
「何かね」
「先ほど、ご家族がいらっしゃると言っていましたが、ご家族はあまり見舞いには来ないのですか」
僕がそう言った途端、
「悪いが家族のことは君には関係無いだろう。悪いが時間だ。もう帰ってくれないかな」
今回は明確な敵意を表した声でそう言われた。
「それはすいません。では失礼します」
さっきまでの好々爺とした印象からそぐわないただならぬその雰囲気に違和感を覚える。しかし、これで後から学校にでも連絡されでもしたらたらたまらないので、そのときは言われるがまま病室を後にした。背後には石動さんの警戒する視線を痛いほど感じた。
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