第2話

警報とその内容を聞いた占部竹姫うらべかぐや大尉は、急いで格納庫内の母艦へ向かった。

 デッキに上ると、既に仲間の一人である碓井うすい少尉は既に配置についていた。大尉の到着を見るや、振り向いて彼女に話しかける。

「おお来たか竹姫ちゃん。ヤバいじゃねーか。聞く限りじゃ降りたのはスサノオの近くらしいぜ」

「分かっています。……あとこの状況だからこそ言いますが、敬語を使えとは言いませんからせめて階級で呼んでください」

「はいはい分かったよ、占部大尉。で、どうすんのさ」

「遅れているとはいえ、流石に二人も『スサノオ』の元には着いているでしょう。通信が無いのも、二人が目標の側に居るという事の証左です。少佐がスサノオに乗って対処してくれている事を願うしかありません。いえ、その可能性を考えればあそこに降りたのはむしろ運が良かったかもしれませんね。勿論我々も全員揃い次第現場に向かいます。あと……」

 少し思惟したものの、意を決して少尉に告げる。

「八島技官と矢阪少尉をそれぞれ『アマテラス』と『ツクヨミ』に搭乗させて待機させておきます。勿論脳波登録を終えた状態で」

 その言葉に、少尉が少し驚いたような顔を見せる。

「いいのかよ、試運転もまだだってのに」

「この際仕方ないでしょう。一応搬入前のチェックでは問題は見つかっていませんし、どの道やらなければいけない事です」

「言うねえ。ラジャーだ、占部大尉」

 そう言って、少尉はニカッと笑った。




 草太は、目の前に現れた巨大ロボットを見上げる。

「これは……MCマシン・コロッサス?」

「ええ~」

 マシン・コロッサス――今から十年ほど前に開発された、全高七~八メートル程の巨大実在リアルアバター。

 主に工事現場や災害救助などに運用されている他、『ビースト』が降りてくるまでは『機神決闘』と呼ばれる一種のロボコンバトルで人気を博していた。草太も高校進学前に一度見に行ったのを覚えている。また彼自身、院のボランティアで何度か操縦したこともあった。

 しかし、こんな機体は今まで見たことが無い。大体のMCは全高七~八メートルほどだが、この機体はそれらより一回りほど大きく、目測だが約十メートル程はある。デザインも風変りだ。基本的に重機であるMCは『人型』とは言っても人間のそれとは大きくバランスが異なっており、短く太い脚、寸詰まりな胴の、はっきり言ってしまえば不格好なフォルムが特徴である。しかし、こっちは長い手足にすらりとした胴体と、ほぼ完全に人間の体型を踏襲している。しかも肩や腰には大袖や草摺のような装甲が配されており、更に兜を被ったような形状の頭からはご丁寧に角まで生えている。

 これじゃ、まるで――――――鎧武者じゃないか。

「これ……一応聞くけど軍用なんですか?」

「そうよ~」

 答えながら、菊乃は機体の足元に存在するパネルを操作している。蘭は彼女の足元で壁に倒れ掛るようにして座らされている。

「エネルギーは……充填済み。各部関節も……問題なし。各種センサーやOSの調整も終わってる。システム・オールグリーンっと。問題なく動かせるわね~」

「って、ちょっと待ってくれ!」

 今の言葉を聞いて、流石に草太は動揺を隠せなくなった。

「まさか、これでヤツと戦う気なのか!?」

「そのまさかよ~」

「無茶だ!」

「何で~?」

「MCはあくまで作業用重機だ! 何度か使った事があるから分かるけど、あのレスポンスと鈍重さじゃ到底奴には敵わない! そんなことはアンタだって分かってるだろう! 援軍の到着を待って……」

「それじゃ間に合わないわ~。今近くにいる私の部隊もここから十分弱はかかる場所にいるし、最寄りの基地から戦闘機がここ来るのには十五分以上かかるのよ~。その間に主要な工場は大方破壊されてしまうわ~。それに少佐も言ってたでしょう~? あれは斥候だから、今倒さなきゃ増援を呼んで更に徹底的にここを破壊しに来るわよ~。おまけに避難もまだまだでしょうし、あいつをこのまま放置するだけでもたくさんの犠牲者が出ちゃうわ~」

「くっ……!」

 多くの犠牲者、という言葉を聞いて歯噛みする。そこへ、さっきも聞こえた咆哮が近くで轟く。

 どうやら近くに来たようだ。

「もう時間が無いわね~、じゃあ君……えーっと、そう言えば名前は?」

「……剣崎草太」

「草太君か~。じゃあお願いね、草太君~」

「ええっ!? お、俺が乗るのか!?」

「そのために連れて来たのよ~? 本当だったら私が乗りたいけど、私どんくさいからアバター操作は苦手で~」

 言うや否や、草太を急かして階段を登らせる。

「コックピットはここよ~」

 ちょうどロボットの臀部に当たる部分にあるボタンを押すと、ハッチが開き狭そうなコックピットが覗いた。

「コックピットって……遠隔操作じゃないのか?」

「無人兵器禁止条約は知ってるでしょ~? 迎撃兵器を除いた一切の無人制御兵器を禁じるやつ~」

「対『ビースト』用の兵器にそんな気使う必要ないでしょう!?」

「この機体が搭乗型なのは他にも理由があるのよ~。とにかく幸運を祈ってるわ~」

 そう言うと、草太をコックピットに押し込め、ハッチ横のボタンを再び押す。

「まずは二分。二分でいいから敵の気を引きながら逃げ回って~。二分持ちこたえれば必ず勝てるようになるから~」

 閉まっていくハッチの向こうから菊乃が告げる。

「どういう事なんです!?」

「説明してる時間はもうないわ~。あ~あと、周りの工場とかの施設はなるべく壊さないでね~。そうなっちゃったら本末転倒だから~」

 その言葉を聞き終えると同時に、ハッチが完全に閉ざされた。

 急展開の連続で頭が付いて行かないが、取り敢えずあわててコックピット内を見回す。

 一世紀前の娯楽作品に出てくるロボットのような、ごちゃごちゃしたパネルやモニター等は一切存在しない。三百六十度白い柔らかそうな壁に覆われている。衝撃吸収用のマットだろうか。上を見上げると、頭の少し上にフルフェイスヘルメットが天井から下がったコードからぶら下がっている。

「これが操作用のヘルメットか……よっと」

 ヘルメットを掴み、少し迷ったが頭に被る。即座に脳波を感知し、OSが立ち上がっていく。十秒ほどで視界に一つのウィンドウが現れ、電子音声が流れる。

『初回起動 脳波登録が必要です 続行しますか? Yes / No』

 脳波登録?

 少し疑問に思ったものの、草太は戸惑う事無くYesを選択した。続いて次のウィンドウが現れる。

『フォーマット開始。作業はバックグラウンドで進行します。続いて衝撃緩衝用低粘性流体アブゾーブ・ジェルを注入します』

 その直後、ヘルメットの首元が軽く締まり、足元からさらりとした液体が注入され始めた。驚く間もなく水位は上がっていき、三十秒ほどでコックピット全体が満たされる。草太はすぐに、これが外部からの衝撃を緩和するための緩衝材であることを理解した。

 直後、全身から五感が失われる。アバターを自分の身体同様に扱えるよう行われる、神経信号遮断処置だ。これにより、一部を除いた脳からの電気信号が全てBMIに送られ、身体を動かすことは出来なくなる。これを気味悪がって電脳深化(サイバーダイブ)や完全同調型アバターの操作を嫌がる者もいるが、草太にとっては既に慣れたものだった。


衝撃緩衝用低粘性流体アブゾーブ・ジェル注入完了。MCⅡ-X01-γ スサノオ 緊急エマージェンシーモードで起動します』




 全員の乗艦を確認した占部大尉は、一度深呼吸を行い静かに命令を行った。

「全員揃いましたね。それでは碓井少尉、発進お願いします」

「あいよ!」

 少尉が機体の操縦桿を持ちながら、エンジンの出力を上げていく。出力が規定値に達すると同時に、少尉は叫ぶ。

「『タカマガハラ』、離陸するぜ!」

 直後、機体が少しづつ宙に浮く。そのままエンジンの推力は上がっていき、一分ほどで高度五百メートル程に達する。それを確認した大尉は、少尉に質問を行う。

「ここから目的地までどれくらいかかりますか?」

「あーどんなもんだろ? こっから大体一キロメートル強だから大体十分って所か? 飛ばせばもうちっと早く着けるだろうが」

「分かりました。では全速力でお願いします」

「言うと思ったぜ。じゃ、しっかり掴まってな!」

 そう言うと少尉は操縦桿を前に倒し、目的地へ向かった。




 直後、草太の視界に入ってきたのはさっきまで見上げていた天井の屋根だった。どうやら機体との同調には成功したらしい。

 試しに手を動かしてみる。自分の手の様に動く……が、すぐに違和感を覚える。

 レスポンスが異様に過敏だ。いくら軍用の機体とはいえ、この反応性はいくら何でも敏感すぎる。手を少しだけ動かすイメージでも、ビクンと跳ねるように動いてしまう。さっきMCのレスポンスでは勝てないとは言ったが、まさか軍用がここまで過敏だとは思わなかった。かと言って、これで戦えるかと言われたら微妙だが。

 他にもいろいろ気になる事はあったが、生憎そんな余裕は無かった。倉庫の正面を破壊しながら『ビースト』が侵入してきたのだ。

 まずい!

 とっさに足元を見ると、既に二人の姿は無かった。おそらく既に避難したのだろう。

 ――まずは二分逃げる、か……

 刹那、とっさに自分に向けて振り下ろされた尾を紙一重で回避する。目標を外れた尾の先端が、後方の壁を破壊した。

 目の前に居るのは、『ワイバーン』と呼ばれるタイプのビーストだ。

 いわゆる翼竜の様な体型で、手の代わりに一対の大きな翼が生えている。しかしながら、自身の体長と同じくらいの長さの屈強な尾を持ち、また頭部も翼竜と言うよりはトカゲに近い形状なのが相違点だ。主に先兵としてやってくるタイプであり、ニュース等でもよく見かける。

 この手の敵は、ゲームじゃ武器である翼と尾を落としてからゆっくり攻略するもんだが…………待てよ、武器?

 そこまで考えて、そう言えばこの機体にはどんな武器が装備されているのだろう、と思い、間合いを取りつつ素早く検索する。

 出てきたのは、『アームスラッシャー』と言う両腕に装備されたトンファー状の高周波カッターだけだった。

 これだけか!

 と思わず叫びそうになる。いくらなんでも空を飛ぶ相手に対して、この間合いの短い装備で気を引きつつ周囲に被害を出さずに逃げ回ると言うのは無茶が過ぎる。ゲームでもここまでの縛りプレイを行った事は中々ない。

 ……この中でケリを付けるしかないか、と草太は判断する。倉庫内で戦えば被害はここだけに抑えられる上、相手の強みである飛行能力も殺せる。幸い中はそれなりの広さが有るので不可能ではない。後は何とか腕のこれで……

 しかし、敵は草太に考える間を与える事無く再び尾を用いて攻撃する。これも何とかギリギリでかわす。

「くそっ、やっぱり無茶だ!」

 そのまま何度か攻防が続く。時折相手の尾をカウンターの要領でで攻撃しようとしたものの、相手もこちらの意図を察知したのか、足元を狙うように尾を振るう。これも何とか躱していたものの、どんどん壁面に追いやられる。

「これじゃ埒が明かね……っ、しまった!」

 気付けば、いつの間にか草太は壁際まで追い詰められていた。

 敵を追い詰めた事を確信したワイバーンは、じりじりと距離を詰めてくる。草太にはその顔が心なしかにやけて見えた。

 詰みだ、勝てない。

 敵の尾が、無造作に頭部へ向けて振るわれる。頭を破壊されれば、完全に抵抗は不可能となる。後は適当にコックピットを踏みつぶすだけで勝負は決するだろう。草太は死を覚悟する。

その時だった。



『脳波フォーマット完了。ニューロン・アクセラレーター起動します。 思考加速:12倍』



 刹那、世界が変わった。

 何だ、これ……?

 敵の振るった尾は、確かに機体の頭に向かっている。しかし、何と言うか……遅い。まるでスローモーションのビデオを見ているかのように緩慢な動きだ。先程まで何とか紙一重で避けていたものとは雲泥の差である。

 ……何が起こったのかよく分からないが、とにかくこれはチャンスだ。

 そう確信した草太は、迫りくる敵の攻撃を悠々と屈んで躱す。そして、その姿勢から腕をアッパーカットの要領で振り上げる。高周波ブレードがその切れ味を遺憾なく発揮し、尾を胴体から易々と切り離した。そのまま続けざまに立ち上がり、今度は敵の首元に狙いを定め、再び刃を食い込ませる。相手は為されるがままに首を切断され、その場のろのろと倒れこんでいく。胴、尾、首の順番にゆっくりと落ちていき、それぞれが地面に着くと同時に野太い轟音が鳴り響いた。

 勝った……のか?

 度重なる予想外の出来事のせいで、草太はいまいち勝利の実感を持てずにいた。何故かいきなり敵の動きがゆっくりになって……

 ……いや、違う。俺が早くなったんだ。

 草太はようやく理解した。今、自分は一種の加速状態にいるのだと。いきなり超能力に目覚めたという事も無いだろうから、恐らくこの機体に備え付けられていた機能なのだろう。彼女が言っていた「二分待てば勝てる」という言葉は、フォーマットによるこの装置の機動まで時間を稼げという事だったのだ。

「あっと、いけねえ!」

 草太は、機体に乗ったまま崩れた壁の間から屋外へ出て被害の程度を確認する。見回してみると、壊された建物は二つか三つほど、それも損傷自体はごくわずか。

 ――なんとか、ここを守りきることは出来たようだ。

 命を賭けた甲斐はあったと遅れながら実感する。しかしながらその感慨に浸る間もなく、空から大きな音が聞こえてきた。

 草太はとっさに空を見上げる。

 視線の先には、何やら奇妙な形状の巨大な飛行機が、草太とその分身を上空から見下ろしていた。


                                ――――続く

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ザ・ライトニングエッジ! 鳴押 雷太 @Raita_Naruoshi

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