ザ・ライトニングエッジ!
鳴押 雷太
第1話
ガコン、ガコン。
規則的な機械音を鳴らしながら、黙々と動く製造機械。
排出口から、次々と真鍮製の薬莢が吐き出されていく。
「ふう……」
機械を操作する手を少し休め、剣崎草太は一息を付く。
このバイトを始めて半月ほど経つが、繰り返される単調作業には未だ慣れることが出来ない。割のいい仕事とはいえ、こうも同じ動作を繰り返していると流石に飽きが来る。
……と言ってもまあ、金があったとしても世界が滅んじゃ意味はないか。
そうやって今自分が行っている作業は日本引いては世界に必要な事なのだと言い聞かせ、草太は作業に戻ろうとする。
とそこに、脳内へ合成音声による放送が流れる。
『剣崎草太さん。お昼休みの時間です。作業を一時中断して休憩を取ってください』
「……はいよ」
草太は言われた通り機械を一旦停止し、自身が操作しているアバターの電源を切る。
「あー、だりぃ」
大きく伸びをしながら、草太は操縦カプセルの中からゆっくりと起き上がった。
同僚達は既にカプセルから出ており、がやがやと食堂へと向かっている。
「ったく肩がこる」
肩をぐりぐりとまわしながら、脳波感知用ヘルメットを外しながらカプセルから出る。経費を少しでも節約したいのだろうが、ここの工場のカプセルはマットが薄くあまり寝心地が良くない。
――工場の製造現場に全面的に
後頭部に携帯型
こういった製品の製造過程には常に事故が付き物であり、幾らリスクマネジメントを行ってもそれらを完全に抹消することは出来ない。そして後遺症の残る大怪我や死亡事故が起きた場合、企業は大なり小なり当人や遺族に賠償金を支払わねばならなくなる。
機械そのもののオートメーション化は現在も着々と進んでいるが、マンハンドで行わなければならない作業は依然として少なくない。しかし、企業としては先に言ったようなリスクはなるべく減らしていきたい。そこで、完全同調形のアバターを現場作業員の代わりに働かせると言う案が考え出された。当初は危険な作業に従事する場合にのみ使われていたが、BMIの発達やアバターの価格低下により、現在ではほぼ全員に与えられるようになった。作業員としては働き口を奪われるわけでもなくより安全に作業に従事できるようになり、企業としても初期投資でリスクマネジメントにかかる費用を大幅に減らせると言う点で誰も損をしない選択であった。更に言えば、もしアバターが操縦者側の大きな過失で破損した場合、逆に企業側が賠償請求を出来ると言う利点も生まれている。
まあ、バイトくんの俺には関係ない話か。
そう思いつつ、草太は食堂に向かった。
早めに昼食を済ませた後、余った時間で草太は気分転換も兼ねて外へ出る。自販機でサイダーを買い、辺りをぶらぶらと徘徊する。このあたりは海岸沿いの工廠地帯であり、草太のバイト先以外でも様々な軍需品が製造されている。軍関係者の出入りや(平時であれば)見学者も非常に多い。もっとも、草太は軍事にはあまり興味が無く、ぶらぶらしているのも手持ち無沙汰であるからに過ぎなかった。
草太がここをバイト先に選んだのは望んでの事ではない。と言うより、このバイト自体半ば学校から強制された物だ。BMIの操作に熟達した彼にとって、こんな単純労働に従事せずとも他に金を稼ぐ手段は幾らでもある。
学徒動員。
ふと、歴史の授業で習った単語が草太の脳裏に浮かぶ。高校からのバイトの斡旋と言えば聞こえはいいが、実際は若い労働力を大量に確保する為の口実に過ぎない。しかし、今世界が置かれている状況を考えれば、軍や政府もなりふり構ってられないのは当然だろう。むしろちゃんと給料が出るだけいくらかマシというものだ。とは言え、したくもない労働に夏休み中従事しなければならないのは思春期の学生にとってはストレスの種でしかない。3年前に「ヤツら」が
「ったくやってられねえ」
そう語散ると、草太は飲み干した炭酸飲料の缶をゴミ箱に投げ入れた。
勤労学生が不満を露わにしている頃――――
「『三貴子』の搬入は終わりましたか?」
一人の女性軍人が、航空機の格納庫の側で部下に作業の経過を問う。長い黒髪を首元で縛り、黒縁の眼鏡をかけ、どこか理知的な雰囲気を纏っている。
「『アマテラス』と『ツクヨミ』は既に終わっています。『スサノオ』は……すみません、まだみたいです占部大尉」
答える少女はおずおずと答える。年のころは十八、九歳だろうか。彼女もまた眼鏡をかけているが、その様子のためかどちらかというと気弱そうな印象を与える。
「……予定より少し遅れていますね。矢阪少尉は? 彼女がスサノオの担当だったと思うのだけれど」
「いえそれが……何か手違いがあったようで、少尉はツクヨミの方に行ってまして……で、それだったらと渡辺少佐と坂田中尉が入れ替わりでスサノオの方に……」
「……そう言う事はもっと早く言いなさい」
占部中尉と呼ばれた女性が、語調はそのままに少女をギロリと睨む。
「ひっ! す、すみません!」
ネズミくらいなら即死してしまいそうな鋭い視線に少女は恐縮する。
「……まあいいでしょう。急ぐよう私から二人に伝えおきます。貴女達は念のためアマテラスとツクヨミの最終チェックを行っておいてください。スサノオと二人が着き次第、パイロット登録と試運転を行います」
「りょ、了解しました!」
慣れない動きで敬礼を行うと少女はとたとたと駆けていった。
「まったく、先が思いやられますね」
そう呟くと、彼女は一人ため息をつく。
その直後。
脳内に、非常事態を告げるアラームが鳴り響いた。
休憩時間が残り十分を切ったので、工場に戻るために足を早めていた草太は「それ」を目撃した。
女性が、先程草太がサイダーを買った自販機の下に屈んで手を突っ込んでいる。向こう側を向いているので顔は見えないが、服装から軍人であるあることが伺える。その後ろには、きりりとした雰囲気の、髪をいわゆるポニーテールにした女性軍人が腕組みをしながらイライラした面持ちで靴を鳴らしている。
「まだか?」
「あとちょっと、あとちょっとなんです~」
「早くしろ! もう五分は遅れてるんだぞ!」
「……あの、どうかしましたか?」
「ん?」
「ひゃっ」
後ろに立っていた女性と、いきなり声をかけられて驚いたのか、手を突っ込んでいる方の女性が身体をぴくりとさせながら振り向いた。ウェーブがかった長髪の柔和な顔立ちをした、優しそうな雰囲気の人だった。
「ちょっとこの下に千円札を落としちゃって~。小銭程度なら諦めもついたんだけど~」
「そ、そうですか」
軍人とは思えない気の抜けた話し方に脱力しつつ、あー千円はキツいな、と同調しながら草太は彼女と入れ替わりに自販機の下を覗き込む。
確かに、結構奥の方にお札が潜り込んでいる。なんでこんな所に、とも思ったが、まあそう言う事もあるかと割り切り、手を伸ばす。ギリギリだったが、何とか手が届いた。
「よっと……はい、取れましたよ」
「ありがとう~」
そう言って女性はにぱっと笑う。
「まったく……ああ、世話を掛けたな少年」
「いえ、好きでやった事ですし」
はは、と笑いながら草太は答える。
「まったく、だから手持ちは電子マネーにしておけと言っただろう」
「でも、第三次大戦後のヨーロッパみたいになったら嫌ですし~」
「あんなことそうそう起こってたまるか!」
漫才のような二人の会話を聞いて、結局リアルマネーがこの世から無くなる事はないんだろうなとどうでも良い事に思いを馳せていたが、視界の右上に表示されたAR時計が示す時刻を見て焦りを覚える。
時計は昼休み終了まであと五分であることを示していた。
「す、すいません、俺もそろそろ仕事に戻らないといけないんで、失礼します!」
「あら足止めしちゃってたのね~ごめんなさい~」
「人のことを言えた義理ではないだろう! 私達も急ぐぞ!」
そうやって、各々が目的地に向かおうとする。
その時だった。
凄まじい轟音と共に、何かが地面を揺らしながら着地する。
「オオオオォォォォォッッッッッ!!!!!!!!」
刹那、鼓膜を引き裂きそうな咆哮が辺り一帯を満たした。
「!?」
三人が一斉に声のした方向へ向き直る。
そこに居たのは、二人の軍人にとっては見慣れた、草太にとってはニュースでたまに見かけたものの生で見たのは初めての――忌々しい巨大生物の姿だった。
「び、『ビースト』……!」
草太が呆然自失としながらつぶやく
「うそ~とうとうここにまで現れるなんて~! と言うより、一体どこから~」
「不味いな」
ポニーテールの女性が歯軋りをしながらつぶやく。まさか連中にここにアレがあると分かっていたとは思えない。しかし偶然にしろ何にしろ、ここに来られたのは非常に厄介だ。
「少年、君は早く逃げろ」
「あ、貴女たちは!?」
「奴と戦うに決まっているだろう。見たところあれは恐らく斥候だ。ここで倒さなければ仲間がわらわらとやって来……」
彼女が言葉を最後まで告げる事は無かった。
何故なら、『ビースト』が尾を振るったことで近くの工場の屋根が破壊され、その破片がこちらに向かって飛んできたからだ。
「うわっ!?」
「伏せろっ!」
咄嗟に彼女が草太を庇う。
「がっ!」
鈍い衝撃と共に彼女の身体に破片が当たり、その振動が草太にも伝わる。
「っ……! け、怪我はないか?」
「け、怪我ってアンタ……!」
草太は驚愕した面持ちで彼女を見やる。どう見ても彼女の方が重傷だからだ。
何せ、右肩が明らかに向いてはいけない方向に向いているのだから。
「くそっ、肩をやられたか……! 坂田中尉!」
「は、はいっ~!」
彼女の呼びかけに、もう一人……坂田菊乃中尉は答える。
「命令だ。私を『スサノオ』の所に連れていけ」
「えっ! ま、まさかその状態で乗る気ですか~!? 無理ですよそんな大怪我で~!」
「早くしろ! どの道このままじゃ我々は助から……ん……」
そう言いかけて、彼女は失神した。おそらくかなりの激痛に襲われていたのだろう。むしろ今の今まで意識を保っていたのが奇跡だ。
「しょ、少佐! 渡部少佐~!」
菊乃が、気絶した上官……渡部蘭少佐に呼びかける。
草太は草太で動揺と混乱を隠せなかった。正直な所今すぐにでも逃げ出したい所だが、かと言って自分を庇った彼女を置いてここを離れるなど出来るわけもない。
そんな事を考えていると、菊乃がすっと草太の方を向く。しばらく迷ったような顔をした後、草太に告げる。
「ねえ貴方、アバター、それもリアル系の操作は出来る~?」
「リアルアバターの操作? それなりに腕に覚えはあるけど……」
多少の謙遜はあったものの、腕に覚えがあるのは事実だった。
「分かったわ~。じゃあ付いて来てくれる~」
言うや否や、彼女は蘭を背負い、すたすたと早歩きで進んでいく。草太は一瞬呆然としていたが、すぐに彼女の後に付いて行く。
一分ほど歩いて辿り着いたのは古ぼけた倉庫だった。草太はすぐに、バイトの初日にここは関係者以外立ち入り禁止であると教えられたのを思い出す。
「え、ここって……確か老朽化が進んでて立ち入り禁止の倉庫じゃ」
「表向きはね~」
そう言うと、菊乃は空で指を動かす――恐らくARキーボードの操作をしているのだろう――ドアのロックが解除された。
「来て~」
ドアを押し開け、菊乃が中に入っていく。てっきり埃っぽい場所かと思っていたが、中は思いのほか清潔だった。
パチリ、パチリ。
菊乃が、ドアの側面に設けられたボタンを押していく。恐らく照明だろう、順々に明かりが灯っていく。
そして最後の照明が付き終えた時、草太は絶句した。
目の前に現れたのは、青い装甲を身に纏った、巨大人型ロボットだった。
――――続く
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