王女と王子と祭典と5

「どこに行くのよ」

「決まっているだろう。今から宮内府の担当官のところに行くんだよ。おまえの所業を洗いざらい暴いてやる」

 ライデンは振り向かないまま吐き捨てた。

 メイリーアはその言葉を聞いて青ざめた。宮内府に連れて行かれればメイリーアが第三王女だとばれてしまう。

 それよりも。

 メイリーアが『空色』と懇意にしていることが知られればアーシュは疑われてしまうのだろうか。第三王女から有利な情報を貰った、と。成り行きとはいえメイリーアが親しくしている菓子店が王家の行事に関わることになったのだ。

 あることないこと邪推されてしまうのか。

 青ざめて口を閉ざしたメイリーアの方をちらりと振り返ったライデンはメイリーアがようやく観念したと思ったのか、満足そうに口元をゆがめた。

 と、その時である。

「なにをしているんですか」

 こちらも険しい顔をしたフリッツが宮殿の方角から歩いてきて、二人の前で立ち止まった。

「『空色』さんには関係ないだろう。彼女を宮内府に引き渡す。それとも今認めるか?このお嬢さんから「お菓子の祭典」に関する有利な情報を聞き出してシューマレンなんて異国の菓子を出すことにしたことを」

 ライデンはこの場での闖入者であるフリッツをねめつけた。アーシュの弟子なので態度もメイリーアに接するよりもぞんざいだった。

 フリッツという第三者の出現でメイリーアは少しだけ元気を取り戻した。この場で宮殿に連れて行かれるのだけはごめんこうむりたい。ここはなんとか切り抜けなければ。

「だから、わたしは何もしていないって言っているじゃない。大体、わたしには宮内府へのコネもなにもないわよ!」

「しかしね、やっぱり怪しいんだよ」

 メイリーアの訴えをライデンは一蹴した。

「彼女は本当に身に覚えがないと思いますよ。それと、前回の会議でも伝えましたけど、今回のメニュー選びは偶然です。元々師匠の出身がガルトバイデンの近くなんで、なじみのケーキにしたんですよ。油で揚げる菓子よりも準備も簡単だってことで。これも何度も説明しましたけど」

 何度も同じ問答を繰り返していたのかフリッツは投げやりに言葉を放った。

「どうだか」

 それでもライデンは納得しない様子で陰気な笑みを口元に浮かべた。

「とにかく、彼女は関係ありません」

 フリッツにしては強い口調だった。彼はメイリーアの腕からライデンの手をほどいた。よほど強い力だったのかライデンはなすすべもなくメイリーアから手を離された。その顔は悔しそうに歪んでいた。ライデンからメイリーアの姿を隠すようにフリッツはライデンと対峙をしてそのまま無言でお互い静止した。普段からは想像もつかないくらい真剣な顔つきだった。その瞳に威圧されたようにライデンは舌打ちをして踵を返した。

 メイリーアは早まった鼓動が収まるまでその場を動けなかった。

 フリッツが来てくれてよかった。

「僕はこのまま店に戻りますが、メイリーアさんはどうしますか?一緒に来ますか」

「え、ええ。行くわ」

 フリッツは直前のやりとりを蒸し返すことはしないでいつもの柔和な笑みを浮かべてメイリーアの方へ振り返った。先ほどとは違う柔らかな声だった。



「結局…。あなたは一体何者なんでしょうか」

 拾った辻馬車の中だった。

 向かいに座ったフリッツは馬車が走り始めてしばらく経った頃、ぽつりと呟いた。ひとり言のようになんの抑揚も無い声だった。

 笑みを取った静かな視線がぶつけられた。

 メイリーアはその視線から逃れることができなかった。息が止まりそうだった。

「な、何を言っているの」

 乾いた喉のせいなのか、かすれた声しかでてこない。落ち着いた心臓が再び早鐘を打ったように鳴り出した。

「僕なりに調べてみたんですけどね。レーンハイム公爵家のご令嬢はメイリーアさんとは年齢も容姿もまったく違うでしょう」

「あ、当り前じゃない…。以前にも話したけれど、わたしはレーンハイム家所縁の者で、別に本家の人間ではないわ」

「ええ。ルイーシャさんもそうおっしゃっていましたね。しかし、所縁の者はわかるんですが肝心のどこの家系に属するのかだけは頑なにこたえてくれないんですよ。この時期レーンハイム家の屋敷にはそれらしい令嬢が滞在しているなんて話でてきませんし」

 メイリーアは窮地に立たされていた。

 知らなかっただけで、メイリーアの知らないところでフリッツは彼なりに色々と調べていたのだろう。

 それともここで彼に真実を話すべきか。

 フリッツはまだメイリーアから視線を外そうともしなかった。馬のひずめの音と車輪が回る音だけが大きく聞こえてくる。

「そういえば、レーンハイム家といえば王妃の出身家でもありましたね」

 今度こそメイリーアは瞠目した。

 何か言わないと。

 けれど言葉が出てこない。それに何を話せばいいのか。嘘をついていたこと?

 けれど最初から騙すとかそういうつもりではなかった。

 動揺の色を濃くしたメイリーアを見てフリッツが何を思ったのかメイリーアには測りかねた。

 フリッツはふっと息を吐いて窓の外を眺めた。いつのまにかミッテ河近くを馬車は走っていた。メイリーアも黙ったまま窓の外を眺めていた。

「ただね。僕は師匠が無事ならなんでもいいんですよ。あなたが誰であろうと、師匠に害をなさないのならば」

 メイリーアの方を見ようともせず、窓の外に視線をやったままフリッツはぽつりとつぶやいた。別にメイリーアに聞かせるためではなく自分自身に言っているような声音だった。

「わ、わたしは!アーシュのことを困らせようとか、そういうことは思っていないわ」

 メイリーアは慌てて叫んだ。

 本心からの言葉だった。

「分かっていますよ。一緒に仕事をしてきましたからね。そして師匠も楽しそうですから」

 フリッツはメイリーアの方を向いた。

 いつもの優しげな笑みを携えて、メイリーアの顔をしっかりと見つめてきた。

「わたしは…。わたしだって、楽しい」

 言葉に出してみて、初めて分かった。

 最初は仕方なく、成り行きで始めた仕事だったけれど。

 今はとても楽しいのだ。アーシュは相変わらずちょっと意地悪で怖いけれど、それでも一緒にいることが楽しかった。笑ったり冗談を言ったりメイリーアの方が怒ってみたり、みんなで「お菓子の祭典」の準備をしたり、そういうのが全部新鮮でわくわくした。全部宝物のようにきらきらしていた。

「アーシュは意地悪なことも多いけれど、絶対にアーシュに不利になるようなことなんてしないわ」

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