王女と王子と祭典と4
「ええ。メイリーア様は王都のお菓子も好きと窺ったので色々と調べさせているんですよ。私もガルトバイデンのお土産に色々と持って帰りたいですからね。妹と話すきっかけになるかもしれませんし」
「でしたらわたくしからもいくつか持たせて差し上げますわ。お礼なら貴国名産の麦酒で構わなくてよ」
いったいいつまでこの化かし合いが続くのか。
最後にちゃっかり自分用の麦酒まで要求してきたアデル・メーアである。
本当は「お菓子の祭典」の場に姿を見せて驚かせてやろうと目論んでいたが、もうすこし計画を前倒しで進めてさっさとお暇した方がいいかもしれない。まったく食えない姫君である。彼女がさっさとどこかの国へ嫁ぐなり降嫁するなりしてくれないと今後ともやりにくいなあと、ノイリスは内心漏らした。
今日は宮殿にて打ち合わせが行われているとのことだったので白いブラウスに紺色のスカートを履いて、髪の毛には同じく紺色のりぼんという王女にしては地味な姿でアルノード宮殿の執務棟の一角にある宮内府の辺りを物陰から観察していた。知っている顔に見つかってはことなので遠目からである。
「お菓子の祭典」まで残り四日である。
昨日はグランヒール市長であるヘルミンと顔合わせをし、当日の流れとあいさつ文を読み上げる練習をした。ここまでくると、メイリーアとしてももう本番だという実感がわいてくる。
そして、もうひとつの懸案事項といえば。
メイリーアの本当の身分をアーシュにきちんと伝えること。一応毎回、今度こそは告白すると決めているのにどうにも口が重くなってしまって機会を逸してしまうのだ。そのたびに宮殿に帰った後ルイーシャに小言を言われる。
こうなったら宮殿でばったり会ったふりでもして、その勢いで言ってしまおうって思ってここまで来たけれど。
肝心のアーシュは見当たらなかった。回廊の奥の方に垣間見えた姿はフリッツだった。なんだかんだで打合せは全部フリッツに押し付けたらしい。やる気があるのかないのか、いまいちわからない。
しょうがないのでメイリーアはその場からくるりと反転した。さきほどから執務棟勤務であろう官僚らの視線が痛いのだ。その前は某青年貴族と鉢合わせしてしまい気まずい思いをした。
結局自室に閉じこもっていても悶々とするだけなのでメイリーアは出かけることにした。できることなら『空色』を手伝いたいというのもあった。何しろ人出が足りないのだから。当日は手伝えないからこそ事前準備や店番は積極的に行っているメイリーアである。普段はやたらと構いたがる兄が仕事に忙殺されていて比較的動きやすいというのも都合が良かった。一年中年末だといいのに、と半ば本気でメイリーアは思っていた。
いつものように濃紺の外套を羽織って、秘密の抜け道を通って宮殿を抜け出した。城中が慌ただしいので平素よりも簡単に抜け出すことができるのが楽だった。
いつもメイリーアの傍らにぴったりとくっついているルイーシャは今日はいなかった。メイリーア一人である。
彼女は朝から王女ら王族に仕える筆頭女官から呼ばれており、年始の宴の準備やら衣装の手伝いを頼まれているのだ。そういえばメイリーアも明日は衣装合わせがあったな、と思い出した。
比較的宮殿の近いところを一人で歩いていたメイリーアは背後から近付いてきた気配に気づくことができなかった。
「おい、おまえ」
突然肩を掴まれたことにまず、驚いた。
振り向いた先にいたのはライデンだった。なぜに彼がここに、という疑問が浮かんだのは一瞬。そういえば彼だって「お菓子の祭典」に出店するのだから今日の打合せにだって出席していただろう。ということは打合せは終わったのか。
「宮殿に何か用事でもあるのか?いや、それよりも」
ライデンはメイリーアのことを上から下まで一瞥した。格好は地味だが間近でみると分かる人間にはメイリーアの身につけている衣服が上等なものだと分かってしまうのだ。
まずい。メイリーアは冷や汗をかいた。
まさか宮殿から抜け出す瞬間を見られたのだろうか。このあたりは行政機関が集まってはいるが女性の通行人が皆無というというわけではない。宮殿に勤めている人物は下働き含めると何百人といるからである。
「きみは一体何者なんだ?まさか『空色』へ何か情報を渡しているのか」
ライデンはメイリーアの肩に手を置いたまま、その声の調子を強めてきた。
「な、何者だって、あなたには関係ないでしょう」
メイリーアはそれだけ言うのが精いっぱいだった。次第に剣呑な顔つきになっていくライデンを前に気丈に振る舞おうとするが、至近距離で睨まれれば怯んでしまう。
「関係あるね。君は見たところどこかのお嬢さんだろう。それも宮殿に出入りのできる。そんな人間が懇意にしている菓子店に有利な情報を流してもおかしくはない」
「な、なんでそうなるのよ!」
彼の中では完全にその流れになっているのかメイリーアが『空色』に機密情報でも垂れ流していると決めかかっている口ぶりだった。
「大体、競技会でもないのに有利も何もないじゃない」
「そうかな。執務官がぽろりと漏らしていたけれど、『空色』の選んだシューマレン。大分評判がいいそうじゃないか。なんでもガルトバイデンで親しまれている菓子だそうで、王女殿下も興味を示しているとか」
「へえ、そうなの」
メイリーアは引きつりながらライデンの手を振り払った。
まっすぐに射抜くような視線から逃れたくても逃してくれそうもない。いつまでも女性の肩に触れるのは無礼だと思ったのか振り払った手だけは再びメイリーアに触れることはなかったけれど、このまま無事に解放してはくれそうもなさそうだ。
「君が何か入れ知恵をしたんじゃないのか?君なら宮殿の内情をちょっと調べるのもたやすいだろう」
「そんなことしていないわ!」
大体シューマレンという菓子に決まったのだってメイリーアは宮内府から渡された書類で知ったのだ。確かに出来たてのあったかケーキって美味しそう、という感想は付けたけれど。
「どうかな。その言葉を信用できないね。大体あいつが自分の力だけで思いつけるはずがないんだ。誰かの助言でもなければね」
「違う!アーシュは立派な職人よ。わたしは何も彼に言っていないし、手伝いだって売り子くらいしかしていないわ」
「その言葉を僕が信じるとでも思っているのか」
そう言ってライデンはメイリーアの手を掴んで歩きだそうとした。メイリーアは動くまいと足に力を入れたが男性の力に深窓の令嬢が敵うはずも無かった。そのままよろけるようにして足が前にでた。
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