王女と王子と祭典と3

 『空色』に戻ったところでメイリーアは声をあげた。

「もう!なんで黙っているのよ。あれって絶対に偵察とかなにかでしょう」

 アーシュが冷静な分メイリーアが幾分感情的になってぷりぷり怒っていた。前回ライデンが贈ったアーシュへの侮蔑発言はしっかりと覚えている。

 ぶつけたかった相手が居なくなったのでその分怒りの矛先はアーシュへと向いた。噛みついたメイリーアにアーシュは動じることもなかったが。

「とういうかメイリーア様。急に飛び出さないでください。ビックリしました」

「そうだ。ルイーシャが慌てていたぞ。それとな、あいつのことは気にするな」

 ルイーシャの苦言にアーシュまでもが同調して分が悪くなったメイリーアはしぶしぶ口をつぐんだ。それでもまだ言い足りなくてアーシュの方を恨みがましく見上げたが。

「気にするなって…」

「それにあいつがあそこにいるのは今日に限ったことじゃない。昨日も陰気臭い顔して睨みつけていたしな。あいつばれてないと思ってんのか、こっちに筒抜けなのに飽きねえんだよ。ほっといてやれ」

 そんなにも毎日日参しているならさっさとどうにかすればいいのに、となんとなく釈然としない思いでメイリーアはしぶしぶといった体で頷いたのだった。結局この日はその後リンゴを運んできたレオンや、下町地区の他の菓子店の者が『空色』をアーシュもそちらに掛かりきりになってしまったのでこの話はうやむやのままになってしまった。




 さて、メイリーアが「お菓子の祭典」間近だというのに比較的自由に出歩くことができるのは以前よりもノイリスと一緒にいる時間が少なくなったことも原因の一つである。もう一つはやたらとメイリーアに構いたがる兄レイスハルトが年末で忙しいのと、何かにつけてノイリスを自分のサロンに呼びつけて談義を交わすことが多くなったからだ。

 そしてそのとばっちりを受けているノイリスといえば。

 今日は王太子レイスハルトではなくアデル・メーアの茶会に招待を受けていた。といっても彼女の目の前にあるのは茶ではなく葡萄酒であるが。

 ノイリスも色々とやりたいことがあるが、そこは賓客として宮殿に滞在させてもらっている身である。トリステリア王家の者から請われれば出席しないわけにはいかない。

 レイスハルトはよっぽどノイリスとメイリーアが一緒に過ごすことがお気に召さないようで何かにつけてはやれ視察を一緒にどうとか、今年の麦の取れ高について語ろうとか、布地の貿易についてどう思うだとか、色々と理由をつけてノイリスを呼びだすのだ。

 それほどまでにして妨害工作をするものかと感心しきりである。ノイリス自身妹がいるにはいるが、何しろ異母妹で元々の交流が少ない。妹として親しみはあるけれどここまで心を砕いた関係ではないと思う。

 それでも、母の目を盗んで話しかけたりしているけれど、妹も淡白な性格で会話があまり続かなかった。

 そして今日は第一王女アデル・メーアからの呼びだしである。

 ノイリスはこの王女を一番に警戒していた。

 何しろ現トリステリア王家の影の支配者なのだ。おそらく一番強い。

 街に出したグレイアスからの報告も無く、ノイリスも少しいらだっていた。

 毎日進捗状態を尋ねても現在調査中の一点張りなのだ。それでも何かしら掴めるだろうと詰問しても、彼が本当に第一王子アッシュリードであるかどうかの確信を得るに足りませんと無表情で突き返されるのだ。

 もういっそのことノイリス自身が『空色』に乗りこんでいきたい心境だった。

「あら、ノイリス殿下。なにか気になることでもあるのかしら」

「すみません。たくさんのお菓子に囲まれて数日後に迫ったお祭りのことをつい考えてしまいました」

 王女との会談中に上の空になってしまった自分の迂闊さを呪いながらノイリスは慌てて取り繕った。目の前のテーブルにはこれでもかといった種類の菓子が盛られていた。なるほど、お菓子好きな王子ということで彼女なりにもてなそうとしてくれているのだろうが努力の方向が斜め上をいっている。さすがにこれほどまでの量を食べきることは不可能だ。いくら甘いものが好きでも限度がある。

「まあ、殿下ったら」

 アデル・メーアは金色のまつ毛に縁取られた瞳を細めた。美しくもその笑みは妹のそれとはまるで対照的で、毒蜘蛛が蝶を狩るようなまなざしにも似ていた。

「何か」

「いいえ。殿下は本当に熱心に我が国の催し物に協力いただいて感心していますのよ。担当執務官らと熱心に意見を交えたりしているそうで。メイリーアのことなど忘れてしまったかのよう」

 あでやかな笑みをたたえながら辛辣な言葉を繰り出す第一王女にノイリスは冷たいものを感じた。

 表に出すことはしないがノイリスは微笑を浮かべたまま少しの間思案した。金の花と歌われる姫君を目当てにやってきた隣国の王子がいつまでたっても求婚しないのでいい加減痺れを切らしてきたのだろう。

「まさか。一緒に催し物に参加できることが楽しいのでつい、夢中になってしまいました」

「そう。最近はレイスの妨害もあって大変でしょう。あの子ったらいまだにメイリーアは一生お嫁になんて出さないなんて喚いているもの。レイスを攻略したかったらいつでも頼ってくれてよいのよ?母親代わりとしてメイリーアをお嫁に出すことが私の義務ですからね」

 葡萄酒を口に含み、最後に口にした言葉だけはアデル・メーアの本心のように思えた。

「妹さん想いなんですね」

「ええ、そう。だから、ね。あなたの真意が知りたいのよ。本当は何をしにこの国を訪れたのかしら」

 藪蛇だった。

 婉曲表現など無しに直球で聞きたいことを尋ねてきたアデル・メーアはしっかりとノイリスの瞳を見据えていた。笑みも何も浮かんでいない、真面目な顔であった。なまじ美しいので迫力があった。

「私は最初に申し上げた通り、メイリーア様のお姿を一目拝見するために」

 ノイリスも笑みを浮かべたままゆっくりと言葉を紡いだ。

 ぶれの無い眼差しでアデル・メーアを見据えた。その視線を受け止めて、数拍。

 アデル・メーアがふっと口元をほころばせた。緊張の糸がゆるりと垂れたような、圧迫感がこの場から消え去った。

「そう。ではそういうことにしておきましょう。あなたの配下が頻繁に市街へ赴いているのもメイリーアのためかしら?」

 そこまで隠しだてもしていなかったから当然といえば当然だがグレイアスの動向についても把握していたらしい。姫君と侮っていたが、優秀な配下を持っているようだ。

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