隣国からの訪問者11

 メイリーアは冷や汗をかいた。

「えっと…」

 どうしよう、なんて答えればいいのだろうか。次の言葉が出てこない。

「グランヒールには沢山の菓子店がありますね。やっぱりここの店も有名店なのですか」

「さ、さあ…どうでしょうか」

 困ったメイリーアは小首をかしげて愛想笑いでごまかした。

 有名どころか下町の片隅にひっそりと構えている店である。地元っ子でもあの界隈に住む者しか知らないだろう。

「それにしても、菓子文化が花開き食の街とまで言われるグランヒールでわざわざガルトバイデン風の焼き菓子を作るとは、店の職人も酔狂ですね」

「そ、そうなのかしら。色々な国のお菓子を知っているみたいだし」

「へえ、お店の人と仲がいいんですね」

 しまった墓穴を掘ってしまった。これ以上掘り下げるわけにはいかない。ノイリスはのほほんと世間話をするかのように色々と尋ねてくるからタチが悪い。こちらもつい答えてしまうので分が悪くなる一方だった。

 こういうとき、姉だったらどうするか。メイリーアは必死になって考えた。彼女の中でお手本といえば姉なのだ。それがいいのか悪いのかはさておき。

「ままま、まさか!偶然寄っただけですわ。それにノイリス様、駄目ですわよ。女性にそんなにも根掘り葉掘り聞いては。女性は…えっと、少しくらい秘密を持っていたほうがいいんです」

 最初はどもってしまったけれどなんとか全部言い切って、メイリーアはつんと顎を出してみせた。風がさらりと舞った。メイリーアもノイリスも微動だにしなかった。虚勢を張ってみたはいいもののこのあとどうすればいいのか、メイリーアは早くも内心冷や汗をかいていた。誰でもいいから何か言ってほしかったのに、ノイリスは沈黙したままだ。

 メイリーアの中で永遠にも等しく感じられた間を割ったのは笑い声だった。前方方向から聞こえてくる。

「ははっ、わ、分かりました。無理に秘密を暴こうとして失礼しました。メイル・ユイリィア姫」

 背中を折って、口元を手で押さえて噴き出すノイリスにメイリーアは文句の一つでも行ってやろうかと思ったが、その笑い方が思いのほか子供っぽくて結局開きかけた口を閉じた。こんな笑い方もできるのか、メイリーアは怒ることも忘れてその笑顔に見入った。いつもの作りものの、表面だけの穏やかな笑みではない。素のノイリスにやっと出会えた気分だった。

「殿下、メイル・ユイリィア姫の御前ですよ」

 さすがに笑い続けていれば失礼にあたると感じたのかグレイアスがノイリスを窘めた。

「ああ、そうでしたね。申し訳ございません」

 ノイリスはなおも頬をひくつかせながらなんとか笑いをこらえてメイリーアと視線を合わせた。それでもすぐにぶっと噴き出すのだから、メイリーアもそろそろ本気で怒った方がいいのかしら、と思いはじめる。気取った王女を演出してみたメイリーアだったが頭に葉っぱをつけて胸を張る姿はどうみても喜劇のそれである。無自覚な分ノイリスの笑いのツボを刺激してしまったことに本人は気付いていなかった。

「ノイリス様、そう言いつつまだ口元がにやついていますわ」

 メイリーアが苦言を呈するとノイリスはどうにか平常時の柔和な仮面を取りつけて彼女と相対した。そしてすっと手を伸ばしてきた。ビックリして少しだけ目をつむってしまったけれど、髪の毛のあたりをそっと触れる感触に心臓が妙に脈打った。それも本当に一瞬のことですぐに離れた手がメイリーアの目の前にあった。つまんでいたのは葉っぱだった。もしかしなくても髪の毛に木の葉がついていた?メイリーアは羞恥で顔が真っ赤になった。あんなに格好をつけたのに、頭に葉っぱをつけていただなんて。それはノイリスも笑うはずである。いますぐ穴を掘って埋まりたかった。

「そこまで言われてしまったら無理に姫の秘密を掘り下げることはできませんね。今度ぜひ姫のお気に入りの菓子店に案内してください。こう見えても私は甘いものが好きなんですよ」

 メイリーアの瞳をじっと見つめながらそう言ってノイリスは踵を返した。グレイアスも主人の後についてそのままくるりと反転して去って行った。

 残されたメイリーアは不覚にもドキッとしてしまったことが悔しくて、認めたくなくてしばらくその場に立ち尽くしたのだった。

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