動き出した王太子1

「まだ見つからないのか」

 部下からの定期報告に耳を傾けた後、ノイリスは固い声をだした。窓際に立ち、目線はそとに向けたまま今まで報告を聞いていたのである。

「申し訳ございません」

 報告を読み上げた青年は声色を変えずに返事をした。なんの抑揚もない声である。

ここ数日の成果はまったく芳しくない。というよりもまるで成果がなかった。割ける時間もあまりないというのに毎日上がってくる成果報告は皆無に等しい。ノイリスの部下が無能というわけではないのだがいかんせん情報が少なすぎる。そうこうしているうちに日だけが無情にも去っていき、トリステリア滞在何日目だっただろうか。晩秋、そして冬の訪れも近い。本来ならばノイリスだとて王太子として故郷ガルトバイデンで忙しく父の政務を補助していなければならない頃合いだ。それを押してでも強行日程でトリステリアを訪れたのはある目的があるからだった。トリステリア王国王家とはなんら関係のないまったくの私事である。そして本来の目的を悟られるわけにもいかないので、トリステリア王国には適当な理由をでっち上げた。それが「最近美しいと評判の金色のお花を是非拝見したく…」というものだった。婚約者も定まっていない王太子ならば不自然にならない理由である。若さゆえの情熱だけで隣国までやってきてしまいました、というわけである。

「殿下。まだ探索を続けるのですか」

 一番の側近であるグレイアスが控えめに声を出した。

「そうだね。もう少し粘りたいかな。ここが最後の望みの場所なんだ」

 ノイリスは相変わらず窓の外に視線を向けたまま言葉を発した。今日は風が強いのか庭園に植えられた木々がゆらゆらと揺れていた。常緑樹のため落ち葉が大量発生するわけでもないが風に懸命に耐える姿は少し痛々しい。

「ですが、このまま滞在が長引けば」

「分かっているよ。メイル・ユイリィア姫かアデル・メーア姫どちらかと婚約する羽目になるかもしれない、っていうんだろう」

 ここでようやくノイリスは声の主の方へ振り返った。その顔はげんなりとしていた。この件についてノイリスは何度もグレイアスと意見を交わしているのである。

「失礼ながら私はどちらの姫君も殿下にふさわしいとは思えません」

 ずいぶんな物言いにノイリスは片眉をぴくりとあげた。隣国の姫君なのだから政略の意味を持っても旨みは十分にあるはずである。グレイアスは真面目な顔をしたままである。その顔からはなんの感情も読み取れない。ノイリスは穏やかに先を促した。

「アデル・メーア姫は見ての通りです。近隣諸国の王族も匙を投げた豪胆な性格と物怖じしない尊大な態度です。しかも去年の醜態は我が国にまで及んでおります。現に姫君からの話題といえばわが国特産の麦酒に関することばかり。未来の王妃なると考えただけでぞっとします。あの通り主張の強い性格であれば必ず我が王宮を二分する元凶になるかと思われます」

「なるほどね。まあそれについては否定はしないよ。我が母君も随分とお強い性格だから、同じような方が二人もいたら大変なことになるね」

 ノイリスは現国王の正妃であり、自身の母アガーテを思い浮かべて苦笑を浮かべた。ノイリスの母もなかなか気の強い性格をしており、祖国ラーツリンド帝国をひいきして憚らない。均衡を保つことを目的としてガルトバイデン王国から見て西の隣国トリステリア王国と縁戚を結ぶのは悪いことではない。グレイアスが危惧しているのはその後の宮廷での力関係のことであろう。二人とも国を代表しているような王妃に王太子妃が争えば王宮内が二分する勢力に分かつかもしれない。確か考えるだけでも面倒くさい。

「それにしたってメイル・ユイリィア姫も駄目なのかい?彼女はかわいらしいと思うよ。素直だし」

 ノイリスはトリステリア王国の秘蔵っ子であるメイリーアを思い浮かべた。別に政略結婚を目的として訪れたわけではないが彼女は表情もくるくるとよく変わるし、元気いっぱいで明るいし見ていて飽きない。人懐こいところもあるのでガルトバイデンの王宮に嫁しても周囲を明るく照らす花のようになるだろう。

「確かに姉姫よりかはましですが、あまりにもお転婆すぎます」

 なるほど、グレイアスのお気に召さないところはそこか。王太子殿下には思慮深く気質の穏やかな姫君を。彼の思いもわからなくもないが、確かに元気すぎるメイリーアでは彼の理想とする王妃像からはかけ離れているだろう。

「そこが可愛いのに」

「殿下」

 率直な感想にグレイアスが咎めるように口をはさんでくる。年上のグレイアスにしてみたらノイリスは手のかかる弟のようなものなのか、たまにこうしてノイリスのことを諭そうとするのだ。

「実際メイル・ユイリィア姫は難しいと思うけれどね。レイスハルト殿下が手放すとは思えないから。話がそれてしまったけれど、探し物を早急に見つけ出すこと。話はそれからだよ。あ、そうだ。今日は噂のメイル・ユイリィア姫と一緒に王都に遊びに行くから支度をしておいてね」

 最後は一方的に話してノイリスは会話を打ち切った。他の従者たちはその言葉を合図にきびきびと動きだした。一人だけグレイアスは灰緑の瞳をこちらに向けて渋面を作っている。ノイリスもそのまま動かずまっすぐ彼に注視した。口元は軽く緩めている。こうして何十秒かお互いににらめっこをしているとたいていはグレイアスの方が折れるのだ。今回も折れたのは彼の方だった。

 ノイリスは身支度を整えながら窓の外に目をやった。風も吹いているが雲もでてきたようだった。典型的な冬場の天気だな、などと心に思う。できれば早々にも探し物を見つけ出したかったが思いのほか難航している。だったら心当たりを突いてみればいいのではないだろうか。どう転ぶかは未知数だが現状打破は必要である。ノイリスは窓に体重を掛けそのまま少しの間瞑目した。



馬車から降り立ったメイリーアはぶるりと身ぶるいをした。昼前とはいえ曇り空だと空気が冷たいままなのだ。長い髪の毛は両側から編み込み、頭の高い位置で結わえてあるので首元が寒い。

「寒くはないですか、メイリーア姫」

 その様子を察知したのかノイリスが気遣わしげに声をかけてきた。

「ええ、大丈夫ですわ。ノイリス様」

 ノイリスの言葉にメイリーアはにこりと笑って答えたが昨日の醜態を見せた後だとちょっぴり気恥かしい。馬車の中でメイリーアと呼んでくれてかまわないと話したのでノイリスは早速実行に移したようだ。いちいちメイル・ユイリィア姫と呼ばれるとこちらも身構えてしまう。

 ノイリスから差し出された手にキョトンとしていると後ろから小突かれてしまった。姉のアデル・メーアである。

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