第7話 探し物のありか 3/3

 ドアを蹴破って入ってきたローグの手下たちは全員が銃を握っており、部屋をくまなく探すために散開していく。


「あの人たちは一体……」

「マズいマズいマズいッ!」


 手下が二人、階段を駆け上がってくるのを見て、ジュリアはアイーシャを引っ張るようにして移動。

 そのまま一番奥の部屋に飛びこむとドアを閉めてから鍵をかける。


 どうやら時間がかかりすぎているのをみて、強硬手段に出たらしい。


 確かに向こうが痺れを切らしながら車内で待っている間、こっちは呑気にティータイムをしていたのだ。

 逆の立場であっても裏切ったと思うだろう。


 いよいよ後がなくなったジュリアは鬼気迫る表情でアイーシャに訊ねる。


「アイーシャさん、時間がありません。マイクさんから送られてきた象の置物はありますか!?」

「え、象? もしかしてそれのこと?」


 彼女が指差す先に視線を向けると、そこには記憶映像で見たあの象の置物があった。


 立ち上がって置物を手に取る。

 同時にドンドンドンと荒立しくドアを開けようとする音が聞こえてくる。


 早くブツを渡さないと……!


 ジュリアは自身の記憶を辿って、マイクとは逆の手順で置物の足を開けようとする。

 だがそれよりも早くドアの向こうから声が聞こえた。


「なーんにも学んでいないようだな、お前はぁ」


 まるですぐそばで囁かれているような、体の芯から凍てつくようなローグの声が鼓膜を震わせた。


「俺たちを裏切ればどうなるか言ったはずだよなぁ、もう忘れちまったのか?」

「ち、違うッ! 裏切ったわけじゃ……」

「違わねぇだろうがッ!」


 ビリビリとドア越しに響く怒りに、反論したジュリアは思わず言葉を失う。


 自身を落ち着けるようにため息を挟んでローグは続けた。


「まぁいい。そっちがその気ならこっちも対抗手段だ」

「助けてお母さん!」

「ジャック!?」


 幼く悲痛な声にアイーシャの声が被さり、撃鉄を起こす音がそれを黙らせる。


「持ってんだろ? 顧客データ。それとこのガキを交換だ。応じないってならガキを殺す」


 告げられた要求にアイーシャは助けを求めるようにこちらに視線を向けた。


 ジュリアは唇を噛んで手にした置物を交互に見る。


 ローグたちは目的の顧客データを取ってこいとは言ったが、生かしてやるとは言っていない。


 むしろ一度用済みと銃を向けているのだ。

 これを渡したとしてもジュリアを殺すだろう。


 だが渡さなければ……。


 どう考えても八方塞がりな状況に活路を開こうと部屋を見渡す。


 施錠されたドアはローグたちが待ち受けており論外だ。


 部屋には机や本棚などが置かれていたが、隠れられるような場所はない。

 窓の外も飛び降りるにはリスキーな高さだった。


 思わず唇を噛む。

 本当に打開できる術がなかった。


「さっさとしろ。子どもが死んでもいいのかぁ?」

「……わかった。今からドアを開ける」


 苦々しい表情でジュリアはドアの鍵を開ける。


 同時にローグの部下たちが一斉に雪崩れこんできて、複数の銃口がこちらに向けられた。


 ローグはジャックの頭に銃を突きつけたまま口を開く。


「さぁ、そいつを渡せ」

「その子が先だ。こっちは逃げられないんだからそれくらいはいいでしょ」

「ダメだ。お前は要求を出せる立場じゃない」


 こちらの要求は迷うことなく却下される。

 歯噛みしつつもジュリアは手近な部下の一人に置物を投げ渡した。


 置物を受け取った部下がマイクと同じように足の裏を開くと、顧客データの入ったUSBが出てくる。


「これでいいでしょ、その子を開放して」

「バカなやつだ。自分よりも他人の命を優先するなんてな」


 鼻で笑いながらローグは銃を下ろし、ジャックの背中を押す。

 すぐにアイーシャが解放されたジャックを抱きしめ、再びジュリアの後ろへと下がった。


 ホッとしたのも束の間、下がったローグの銃口がジュリアに向けられる。


 やはり役目を終えれば用済みということか……。


 自らの死を覚悟しながら、ジュリアは告げる。


「私を殺したいのなら殺せばいい。だけどこの人たちの前ではやめて。お願い」


 家族を失ったアイーシャたちに、目の前で人が殺されるという傷を負わせたくない。


 それが巻きこんでしまった二人にジュリアが考えられるせめてもの安息だった。


 ローグはしばらく無言だったが、やがてため息をついて銃口を下ろす。


「仕方ないな」


 ジュリアが肩の力を抜く。


 その時だった。


 パァンッと乾いた音がして、背後でドサッとなにかが倒れる。


 振り返るとアイーシャが苦悶の表情をしており、押さえた右腕から血が流れていた。


「甘いんだよ、お前は。

 そこの二人を助ける理由が俺たちにあると思ってんのか? だとしたらとんだお人好しだな」

「アンタは……人でなしだ」


 怒りに震える声でジュリアはローグを見る。


 人の生死をもてあそぶローグの振る舞いに思わず拳を握ったが、ローグはどこ吹く風とばかりにまったく気にも止めない。


「そりゃどうも。まぁ、こんな埃っぽい部屋で死ぬのも寂しいだろう。明るい場所で地獄に送ってやるよ。連れて行け」


 銃を構えていた部下たちがジュリアたちを押さえつけて、部屋から連れ出す。


 もちろん抵抗したが、体格でも筋力でも負ける相手には無意味だった。


 三人はリビングの床に放り出される。


 ローグは三人の顔を見て、ニヤリと笑みを浮かべて銃口を向けた。


 突きつけられた銃口を見つめながらジュリアはどうしてこうなってしまったのだろうと考える。


 父親の事故から?

 ローグに目をつけられた時から?

 彼らの悪事を手伝ってしまったところから?


 今となってはわからない。

 ただ己の信じる正しい道を選択していれば、こんな結末はなかったのではないかと思った。


 だが今更、すべては手遅れだ。


 ジュリアは目を閉じた。


「じゃあ、さよならだ」


 そして次の瞬間、発砲音がしてドサッと人が倒れる音がリビング内に響く。


 しかし、ジュリアの体には何も変化もない。


 音も、空気も、臭いも、いつも通り感じることが出来る。


 おそるおそる目を開けてみると、一番遠くに立っていたローグの部下が倒れていた。


「まったく……私の車を奪ったかと思えばこんなところで犬死か。そんな簡単に死なれては困るぞ」


 ローグたちは腕を押さえてうずくまる男を見て、一瞬何が起こったのか理解できていなかったが、声のした方向に銃を向けた。


 その聞き覚えのある声にジュリアも視線を向ける。


「お前たち大人しく捕まる気はあるか?」


 リビングの入り口には銀の拳銃リボルバーを持つスーツ姿のベックが立っていた。

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