第8話 トランスポーターのやり方 1/2

「ベックさん!」


 緊張が緩んだことで涙声になっているジュリアに、ベックはため息まじりに呟く。


「情けない声を出すな。みっともない」

「おい、テメェ! ウチの奴を撃っといて、無事で済むと持ってんのか!」


 ローグに護衛の一人が口を挟むが、ベックは気怠そうにトリガーを引いた。


 轟音と共に床が爆ぜ、部下たちは唾を飲みこむ。

 靴から数センチ離れていないところに銃弾が撃ちこまれたのを見て、騒いだ部下は口を閉ざした。


「キャンキャン吠えるな。そんなのだからマフィアの下っ端としての惨めな一生を終えることになるんだ。お呼びでないことくらい理解しろ。話があるのはそこのローグ・ヴェイカントだけだ」

「フンッ、ずいぶんと言ってくれるな運び屋。いや記憶省の犬か」

「犬は犬でも、こっちは猟犬だ。舐めてかかると痛い目を見るぞ」

「ハハッ! 面白いことを言うじゃないか!」


 そういうと、ローグはニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる。

 どうやらこちらのへらず口がいたく気に入ったらしい。

 手下の一人が持つ置物を見てから問いかける。


「それがお前たちが警官を殺してまで欲していたものか」

「あぁ、こいつがあればたとえ捕まったとしても組織は維持できる。減刑のための裏工作もな」

「逆を言えばそれを取り上げれば私たちはお前を叩き潰せるということだな」

「ハッ、お前一人で何ができる? こっちは人質もいるんだぞ?」


 ローグは右手の自動拳銃を見せびらかすようにちらつかせる。


 脅しのつもりだろう。

 実際、緩んだ表情をしていたジュリアの顔が強張るのがわかったが、無意味だ。


「おいおい、冗談はよしてくれ。誰が一人だと言った?」

「……なに?」


 怪訝な表情でローグがあたりを見渡した。もちろん周囲には人影はない。


「誰もいないじゃないか、そんなブラフには引っかから――」


 そう言って、ローグが銃口をベックに向けようとした時だった。


 突如、ガラスが砕け、置物を持っていた部下の一人が見えない何かに突き飛ばされたかのように前のめりに倒れる。


 置物が地面に落ちたのを合図に、ベックは一気に踏みこんで気を取られた手下の一人に肉薄した。


 懐に詰めてきたベックに驚愕する部下の顎に左の掌底を叩き込み、その体を強制的に仰け反らせる。

 これで脳震盪のよって戦闘はできない。まずは一人。


「クソ、狙撃かッ!」


 今更ながら横槍の正体に気づき、毒づいたローグとその手下は銃口をベックの方へと向ける。

 しかし、その動きを予想していたベックは掌底を喰らって気絶した手下の体を自分に引き寄せた。


 これによって相手の銃撃を防ぎつつ、戦意を奪うことができる。

 案の定、手下の一人は銃撃をためらい、引き金を引いたローグの弾丸もベックに到達することなかった。


 ベックは人間の盾を有効利用しつつ、その体の隙間から発砲。

 銀色の銃身が火を噴き、乾いた音が二回続く。


 発射された弾丸はためらっていた手下の左足と右手に命中し、握っていた銃を取り落とさせる。


 これで二人目。

 同時にローグの自動拳銃が弾切れを起こしたのを片隅に入れつつ、ベックは盾にしていた男を体から離す。


 もしローグが残弾を把握し、あらかじめリロードしておけば、盾を手放したベックを仕留める大チャンスだったろう。

 だがそのチャンスはやってこない。永遠に。


 ローグが引きつった顔で装填を済ませるよりも、ベックが取り出した折り畳みナイフを投げつけるほうが早い。


 鋭く空気を裂いたナイフはローグの肩の付け根に深々と突き刺さり、発砲した弾丸は天井に穴を開けただけに終わる。


「楽勝、チェックメイトだ」


 呟いたベックは唖然とするローグの顔に銃口を突きつけた。


 ここまででわずか八秒。あっという間の制圧だ。

 圧倒的な力量差に見せつけられながらもローグは睨みつけてくる。


「クソ、なんなんだよテメェは……」

「お前の言葉を借りるなら、記憶省の犬だ」


 答えつつローグの鼻っ柱を殴って気絶させてから銃を取り上げて無力化しておく。


 そして自分の銃をホルスターにしまいながら、ジュリアたちの方を見た。

 視線が合うと彼女は、なにかを言いかけてすぐに口を噤む。大方騙したことを気にしているのだろう。


「無事か?」

「はい……」

「なら、彼女の応急処置をしてやれ。致命傷ではないからすぐに血は止まる」


 血を流すアイーシャを指すと、ジュリアは躊躇いながらみ彼女の側に行き、声をかけながら処置を始める。


 その間にベックは手下の一人が取り落とした置物を手に取り、ローグたちが欲しがっていたデータチップを手にした。

 これでローグたちの逮捕と実刑は確実だ。


 パトカーのサイレン音が聞こえてきたのはそれからすぐのことだった。

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