第6話 探し物のありか 2/3

 そっくりな建物が並ぶ閑静な住宅地をジュリアは車内から眺めていた。


 彼女の乗るワゴン車の車内にはジュリアの他にローグとその手下が運転手を含めて四人おり、それぞれが無言で周囲を警戒している。


 警察の目を気にしているのだろう。


 でなければわざわざ襲撃時に使用した白いバンを放棄して乗り換えたりはしない。


 チラッと視線を向けると、唯一外に視線を向けていないローグは拳銃を片手に余裕の態度で座席に座っている。


 車内の雰囲気から逃げ出したくてすぐに目を逸らしたが、ワゴン車は直後に路肩へ停車した。


「あそこの家に俺たちのブツを持った奴がいる。さっさと行け」


 ローグはガラス越しにある屋根の赤い一般的な家を指差す。


 すぐに同乗していた部下がワゴン車のドアを開け、ジュリアは促されるようにして車外に出る。


 正直、気乗りなどまったくない。

 許されるなら今すぐ逃げだす自信があるほどに。


 だがそれを実行に移した瞬間、ジュリアの運命は死を指し示すだろう。


 深呼吸をしてジュリアは目の前の家へと足を踏みだし、呼び鈴を鳴らす。

 バタバタとかすかに音が聞こえてドアが開くが出迎えた人物にジュリアは目を丸くする。


 現れたのは記憶省で職員に泣きついていたマイクの妻――アイーシャ・フォスターだった。


 同時にジュリアは納得する。


 まさかマイクが奪った物を家族の元に送るとはローグたちも思わなかっただろう。


 内心で思考するジュリアに対し、アイーシャは首を傾げる。


「あの、なにか……?」

「あ、いえ……私はマイクさんの事件を担当させてもらっている者です。

 実はマイクさんの捜査の手がかりなる品物が隠されている可能性が出てきまして彼の私室を見せてほしいのですが……」


 つい勢いで口から出まかせが飛びだす。

 半年前の自分ではまったくできなかったことなのに。


 呼吸するように嘘をつけるようになった自分に嫌悪感を覚えたが、今はアイーシャに特に疑う様子もないのは好都合だ。


 ジュリアは室内に招き入れられる。


 家の内部は外観からの予想通り、白い壁に茶色のフローリングなど一般的な内装だ。


 さっさと目的を果たしてここを出よう。


 そう思っていたが、ジュリアはそのままリビングに通される。


「あの、時間がないので早く私室を見たいのですが……」


 そういうとアイーシャは少し間を置いて答えた。


「まだ主人の部屋を見るのが辛いんです。少し待ってもらえませんか?」

「いや、でも――」


 そこまで言いかけてジュリアは口を噤む。

 彼女の目元が少し赤くなっていることに気づいてしまったから。


 アイーシャは黙りこんだジュリアにソファをすすめると、キッチンへと消える。


 ソファが二つにテーブルと椅子。

 それにテレビと一般的な家庭のイメージがあるならこれだろうと言えるほど、あたりさわりのない家具と配置だった。


 目的のものがあることを期待したが、小物がいくつか置かれているものの映像で見た置物は見当たらない。

 そうしてキョロキョロと部屋を見回していると、目の前にクッキーが盛られた皿と紅茶の入ったカップが置かれる。


「すいません。こんな物しかなくて」

「いえ、お構いなく……」


 ジュリアはカップを手に取って口に運ぶ。


 こんな状況なら紅茶の味なんてわからないだろうと思っていたが、紅茶の上品な香りが鼻を抜けていくと不思議と心が安らいだ。


 湯気の立つ液体を口に含むと、一瞬でも命の危険がつきまとっていることを忘れられた。


 カップを口から離して琥珀色を眺めていると、アイーシャがこちらを見ていることに気づく。


「そんな顔をするのね、あなた」

「え? なんですか急に?」

「いえ、さっきから顔が強張っていたから心配していたの」


 安心したような笑みに内心を見透かされたのではと疑ってしまうが、ふとその背後にあるドアからジッとこちらを見ている小さな男の子の姿が目に入った。


「あの子は?」


 ジュリアがドアの方を見つつ言うと、視線で理解したのかアイーシャは告げる。


「あぁ、息子のジャックです」

「息子さん、ということはマイクさんの……」

「えぇ、あの子はまだ小さいから、父親が死んだことは伝えてないんです」


 アイーシャの言葉を聞きながら再び視線を向けだが、ジャックは小動物のようにサッと奥の方に消えてしまう。


「家にあの子とだけだと、どうしても人恋しくなってしまって……。すいません。こんな暗い話。さぁ、夫の部屋に案内します」


 空元気な声で立ちあがるアイーシャに倣って、ジュリアもソファから立ち上がる。


 夫をローグに殺されたばかりの彼女の心の中には推し量ることの出来ないものがあるのだろう。


 リビングを出て階段を昇る彼女の後ろ姿を見ながら、ローグに加担している自分の行為はさらに彼女を傷つけるものだとジュリアは痛感する。


「あの、どうかしました?」


 問いかけが降ってきて顔をあげる。

 いつのまにか足が止まってしまっていた。


 なんでもないと首を横に振って踏み出そうとしたが、ジュリアは踏み出した足を戻す。


 真実を言うべきだ。


 ジュリアの心はそう告げていた。


「アイーシャさん、実は……」


 その時、バキンッとドアの金具が壊れる音と複数の足音が玄関側から聞こえた。


「ッ!……隠れて!」


 ジュリアはアイーシャの背中を押して二階に駆けあがると物陰に隠れた。


 そして慎重に一階を覗くとそこにいたのは案の定、ローグとその手下たちだった。

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