第5話 探し物のありか 1/3

 クロスラインとマイクの記憶データを強奪したジュリアは、先導するバンの誘導で街外れの廃倉庫群へとやってきていた。


 鉄骨がむき出しになった古びた倉庫の中にクロスラインを滑りこませる。


 エンジンを止めて外に出た途端、ジュリアは数人の男に囲まれて銃口を向けられた。


「ノコノコとついてきたということは目的のものはちゃんと手に入れたんだろうな?」


 声のしたほうを向く。


 廃倉庫の奥には、巨大な円形の装置があり、そこに仕立てのよいスーツを金のネックレスで着飾った男がいた。


 ジュリアは無言で懐からマイクの記憶データを取り出すとそれを男に投げ渡す。


「ご苦労。よくやった」

「別にアンタのためにやったわけじゃない。私の自由のためだ」


 不遜な物言いに銃を構えた部下たちの顔が険しくなるが、男は笑みを浮かべながら手で制する。


「素直で結構。中身を確認するまでそのまま待っていろ」


 そう言って男は円形の装置に記憶データを挿入すると機械が駆動を響かせはじめた。

 ジュリアはそれを無言で見つめる。


 男の名はローグ・ヴェイカント。


 この街で勢力を拡大する新興マフィアのボスだ。


 ローグたちとの出会いは数ヶ月前――ジュリアの父が事故で大怪我を負った時だった。


 ジュリアの父親はレーシングドライバーであり、すでに齢五十を迎えているにもかかわらず現役で活動していた。


 レースが始まる直前。

 若いドライバーに混じってハンドルを握り、運転席に座る父親の姿は少し小さく見えたが、その運転のキレは群を抜いていた。


 そして第一線に立ち続ける父親をジュリアは誇らしく思っていた。


 だが数ヶ月前、そんな父親がレース中の事故によって意識不明の重体に陥ってしまったのだ。


 原因は単純な加減速のミス。


 本人の気力と医師の迅速な治療でなんとか峠は越えたものの、ジュリアは生きた心地がしなかった。


 しかし本当に生きた心地に慣れなくなるのはこれからだった。


 というのも、その時かかった治療費は莫大でジュリアの母親はそれを支払うために金を借りていたのだ。


 すぐに返済の催促が来たが、その金額はとても払える額ではなかった。


 そこで現れたのがローグだった。


 彼はジュリアたちが借りた会社の元締めで、自分たちに協力してくれれば返済額を減らすことを提案してきたのだ。


 提案とはいったが実際は拳銃をチラつかせながらの脅迫だった。


 それほど恵まれた環境ではないジュリアたちにとって、ローグの提案には従う以外の選択肢はなかった。


 それからはローグたちが行う闇取引の手伝いや売人を匿ったりという仕事が定期的に送られてくるようになった。


 もちろんそれが違法であることは理解していたが、断れば何をされるかわからない。

 ただ黙って送られてくる仕事をこなした。


 そして昨日の夜。

 突然連絡を受け、ローグの手下の一人と落ちあい、ベックの事務所の紙を渡されたのだ。


「この運び屋の助手になれ。そして担当した事件の記憶データを奪ってこい」

「いったいなにをさせるつもり?」

「お前は知らなくていい。俺たちが欲しいのは、マイクとかいう警官の記憶データだけだ。お前はそれを取ってくればいい」


 伝言役の男はそういって嘲るようにニヤついた笑みを浮かべて去る。


 お前は下っ端だ。立場をわきまえろと言われているようで、ジュリアは悔しさで紙を握り潰したが、いまこうして彼らの前にいる。


「あったぞ」


 ローグは装置に表示された映像を見ながら呟く。


 どうやら機械の正体は人の記憶データを再生できる装置らしい。


 一人称視点の映像には小型の記録端末を象を模した置物の中に隠すのが映っていた。

 映像を食い入るように見つめるローグの反応を見る限り、あれが目当てのもののようだ。


「それが目的のもの?」

「あぁ。アイツは死に際、俺たちの重要なモノを盗みやがった。なんとかケリはつけさせだが、隠し場所を聞き出せなかったからどうしたもんかと思ったがこれで解決だ」


 そう言ってローグは映像を終了してマイクの記憶データを取り出す。


 ケリをつけたという言葉の中身は察せられたが、なにも言わずにジュリアは身を翻した。


「どこへ行く?」

「用は済んだでしょ? 私は帰る」


 これは影のように動いてきたいままでとは違う。

 ベックに顔や身分を晒し、窃盗まで行っている。


 自宅に警察が来るのもそんな時間はかからない。

 その前に身をくらませるのだ。


 しかし、その言葉にローグたちが見せた反応はバカにしたような嘲笑だった。


「なにがおかしい……ッ!」

「これを笑わずにいられるか? この期に及んで大人しく家に帰れると思ってるんだから」


 笑われる理由が分からないジュリアに対し、ローグは懐からベックが持っていたのとは違う黒い自動拳銃を取り出し、直後乾いた音が倉庫内に響き渡る。


 一瞬なにをされたのかわからなかった。


 だが、視線を下げて足元のコンクリートが弾け飛んでいるのを見て、発砲されたのだと頭が理解する。


 ベックとは違う。

 人を殺すことをなんとも思わず、むしろ楽しむような殺意にジュリアの心が恐怖に覆い尽くされる。


「面が割れたお前は俺たちにとって足がつく理由を増やすだけなんだよ。ここで殺してもいいんだぞ」

「い、嫌だ……」

「だよなぁ。だからお前に最後のチャンスをやる。この刑事が持ち去ったブツを取り返してこい。できなければお前を殺す」


 有無を言わせぬローグの言葉と眼光にジュリアはただゆっくりと頷くことしかできなかった。

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