Fenrir heart!!
竹林四季
1話 Fenrir heart!!
プロローグ
狼は踊る
けたたましいベルの音が、半壊する部屋の中で走り回る。
崩れた天井に設置された照明は悉くが壊され、コンクリートの切れ間から差し込
む月光が、室内にて対峙する二人を照らしていた。
二人に共通するのは、背丈の差はあるが、どちらも少女ということであり。
決定的に違うのは、片方が人間で、
片方が人の姿をしたナニカであることだろう。
「随分と派手にやってくれましたね。おかげで施設機能の大半がダウン、執行部隊に至ってはほぼ全滅。完全復旧するまでには半年といったところでしょうか。……その苦労を考えると頭痛も吐き気も目まいもしてきそうです」
透き通るクリアな声音に憎悪と敵意を込めて呟いたのは、人間であるほうの少女だ。人の生み出した蛍光灯の光と違い、天然の月光の明かりは弱い。よって、隅々までは闇を掻き消すことはできず、足元に不安が残る。そのような空間故に、少女の風貌はわからない。
ただ、彼女の持つ長い金色の髪だけが光を受けて輝いている。
「たわけが。首輪をかけようとするからこうなるのだ。我を捕らえる? 服従させ、使役する? 夢想の段階で止めておけばよかったというのに、実行するからこういう目に合う」
対するナニカのシルエットは人間だ。二本の足で立ち、二本の腕を腰に当て、一つの頭を見下すように小さく後ろへと反らせる。どこも欠けてはいないし、型が歪であるわけでもない。パーツが一つ多く、二つ異なっているのだ。
人間の尻から獣のような尾は生えていない。
人間の耳はそんなに大きくなく、体毛がたっぷりとついているものではない。
「コレは教育だ、魔術師。誰に、何をしたら、こうなるのか。体に教えて二度目がないようにと、親切にも貴様ら人間を思っての指導をしてやっているのだ」
万物の霊長類全てを侮辱するナニカに、少女は嫌悪感たっぷりに言葉を吐き出す。
「魔狼め」
短く、しかしその一言に全てが込められている。
「そうとも。貴様らが恐れて震えるフェンリルだ」
恐怖を煽るかのようにゆっくりと腕を高く掲げていき、ナニカは空を掴むかのごとく天に手のひらを向ける。
「九位は中々しぶとかったぞ。貴様はどうなんだ、十七位?」
顔に張り付くは微笑み。獲物を嬲り殺す狩人の愉悦に歪んだ眼。
「試してやる。まずは軽くだ」
埃の舞う空を獣爪が切り裂く動作に少女の背筋が凍る。
胸に走る悪寒に掻き立てられるままに、少女は正面へと手をかざし、練り上げた魔力のカーテンを正面へと展開させる。
大気の悲鳴が、半壊した部屋を駆け巡った。
襲いかかる魔力の爪。ナニカが放った目に見える程に高密度の魔力による攻撃が、少女を襲う。床をずたずたに引き裂き、分厚い壁を紙のように貫く暴力の中で、少女はただひたすら練り上げた己の魔力で身を守りながら震えた。
「前動作もなく、ワンアクションでこの威力ですか……っ!」
相手の小手調べという言葉に嘘はない。フェンリルの力の全てが、この程度であれば我々の脅威と認定はされない。紙一重で防げたことに、冷や汗が止まらなかった。
もしもこれが全力であったら、自分も床のように斬り裂かれて肉袋になっていた。
獲物の鳴き声に魔狼が哂う。
「止まっていていいのか? 次は今より重くいくぞ?」
「――ッ!」
爆ぜるように動きを始める。ただし前にも、後ろにもいかない。その場で腕を振るい、少女は声に力の名前を乗せて発する。
「鳴るは法螺貝、響くは鬨の声! ――起動せよ、
少女とナニカの間に数十の魔法陣が開き、現れ出でるのは数十もの鋼の騎士達。
主人の求めに応えるべく騎士たちが剣を、槍を、斧を、弓をナニカに向けて構える。戦う意思はここにあり、突き立てられる殺意にナニカは獣の耳を逆立てさせる。
「こい。その玩具諸共に貴様を食い殺してやろう」
数多の鋼の前へと、ナニカは身を投げ出すように走り出した。
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