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なんでも、魔王というモノが現われたのは千年ほど前らしい。
魔王。諸悪の根源、悪性生物の王様として名高い、勧善懲悪における負の極がそれである。圧倒的な障害としての貫禄と、物語でいつもハッピーエンドの犠牲となっている憐憫さから知らない人間はまずいないであろう有名人だ。
この世界の魔王とやらも例に漏れずに凶悪らしく、出現からわずか数年にして世界を滅ぼす一歩手前までいったらしい。
何の因果か分からないままに多くの種族と敵対し始め、瞬く間に侵略、略奪、虐殺の限りを尽くす。その配下である魔族や魔物も質、量の両面において優秀であったため、人類はゴミを掃く勢いで減らされていった。
だが世界は違えど人間は人間。しぶとい生存力ならばゴキブリにも劣らない。
お得意の諦めの悪さから、彼らは魔王への起死回生を計った。その一発逆転の策というのが、勇者召喚という魔術である。
勇者は勇者。正義の味方で英雄足りうる者。魔王と対をなす善性の極。世界を救うべく立ち上がる、心優しき人類最強の戦士。
追い詰められた人類は、異界より魔王を倒しうる救世主を招聘し、力を力でねじ伏せようとしたのだ。
……生き残った人を強くしたり、何か強力な兵器を作り出すことよりも、召喚した勇者に希望を託す。
最後の手段が他力本願か、などと笑うことなかれ。自力ではどうしようもない障害に出会った時、人は
はたして、情けない逆転ホームランは華麗に決まった。招かれた勇者様は見事にお強く、たった一人で戦況を塗り替えた。そのまま単騎で雑兵どもを蹴散らし、魔王の体を一刀両断。めでたくお役目を果たされて、世界は平和になりました。パチパチ。
話はここで終わらなかった。
その百年後、また魔王が現われたのだ。
悲劇の再来で人類はてんやわんやの大騒ぎ。御伽噺として語り継がれた物語が現実の身に降りかかるなど誰が思おう。人類は
そしてまた勇者召喚が行われた。
……今度は笑ってもいい。ここまでくれば一流のコントだ。百年がかりの大舞台。世代を跨いで受け継がれる芸人精神。聴衆なら誰もが腹を抱えること間違いなし。
いや、確かに弱さも特長だとは言ったが、それは弱さを恥じて奮起するアフターストーリーがあってのものでして。反省にして生かされるための譲歩であり、自力を促すための教訓なのだ。悔しさをバネに立ち上がらないでどうするんだという話。
まあ、理論としては正しいっちゃ正しい。前は勇者を召喚したら勝てたんだから、今回もそうすれば勝てるんじゃないか、と。うん分かる。分かるぜその気持ち。でもお前、自分の世界を救うのが別世界の住人って実際のところどうなのよ? 傷つくプライドや矜持は持ち合わせてなかったのだろうか。
結局また他の世界にお呼出しがかかり、そしてまたまた世界は救われた。
二度も味を占めたのだ。こうなってしまえば後の話は目に見えている。何かあれば勇者を召喚。取り敢えず困れば勇者を召喚。や、異世界から人を呼ぶというのは万能の魔術さんでもちょっと大変らしいので、そんなタケノコみたいにポンポンとは呼べないらしいが。それでも切り
■
そして時は進んで現在。
十度目の魔王を倒すべく召喚されたのが、十代目勇者の俺というわけだ。
■
「――――いやさ、分かるよ? 前例に倣うのは。実績があれば安心するし、何かあった時の言い訳にもなる。リスクヘッジは大切だ。後追いコバンザメは否定しないさ」
腹ごしらえ先はエリオの馴染みの居酒屋になった。
なんでもお忍びでちょくちょく顔を出す店とのこと。本人に言わせると雑多なだけで、決して悪い店ではないらしい。が、喧噪のやかましさとむさい男の行き交う
中は小さな体育館ぐらいの広さで、大きめの丸テーブルが所狭しと並べられている。
照明は明るいというよりはやや暗めな感じで非常にアングラー。席はほぼほぼ満席。子供も大人も構わずにぐちゃぐちゃになっていて、もうなんていうか、異世界だ。
エリオと二人、すみっこの席を占領しながら向かい合って飯をかっこむ。
ちなみに俺もエリオもフードをかぶりながらでのご会食。どちらもちょっとした有名人なため、顔を隠す必要があるらしい。
「……けど拙策だろ、勇者召喚って。信頼と丸投げは別物だ。結局のところ自分の為になってない。もし勇者が召喚できなくなったり、裏切りでもしたらどうするつもりなんだよ」
「そこら辺は大丈夫だよ。勇者召喚はれっきとした魔術だ。合理を突き詰めた先の学問に偶然性の入る余地はない。失敗だとか謀反だとかのエラーは起こらないように出来てる」
「……じゃあ、心構えの方はどうなんだ。異世界人の威厳みたいなもんはないのかよ。ここには根性なしの腑抜けしかいねえのか」
「自分の世界を救うのは、自分たちであるべき――――か。うんうん、そう思うのがイツキだよねえ。
――――でも、この世界の事情ってのは違うんだ。なにせスタート地点からそう考えるように出来てない。子供は生まれた時から勇者と魔王についての寓話を聞かされて育ち、物心ついた頃には勇者の素晴らしさを語って聞かせられる。
いいかい? 勇者召喚ってものは、もはやこの世界の教育の基盤になってるんだよ。既に共通認識なんだ。勇者を呼んで魔王を倒すのが当たり前。勇者は素晴らしいお人なので、みんなで支援してあげましょう――――ってね」
綺麗にフォークを使いながら、エリオは続ける。
「みんながみんな、百年に一度の大イベントにおける主役を待つだけの観客さ。脇役に徹することが義務だと思ってて、それを不思議に思ってない。だって当然だよね。それが正しいって言われて育ったんだから、他の道に気付けるわけがない。
他人任せが悪だというのなら、その悪を増長する形で子供を教育することに決めたんだよ、昔の人たちは。今じゃ世代交代も進んじゃったから、勇者召喚を問題視するなんて思考を持つ人自体がいないんだ」
……目眩がする。
原初の認識からして既に齟齬が生じている。他力本願を是とする思考誘導はまるで家畜の洗脳のよう。
だが間違えてはならない。洗脳は善だ。お国柄ならぬ世界柄。場所が違えば価値観は変わり、常識が違えば善悪が変わる。物事の良し悪しなんてのは年長者の気分次第でどうとでも変わるし、一切の洗脳なくして教育などというものは生まれ得ない。
例えスイカを悪魔の実と見做していようと、それは間違いでもなんでもない。王様や親や友達が悪魔の実だと言っていれば、それはもう悪魔の実なのだ。反論は環境が許さない。既に事実として用意されたルールなのであり、一生涯を通して巻きついた鎖なのだから。
もし一切の鎖がないとすれば、それはもう人として故障している。人は互いに影響され合うモノ。洗脳を悪だとするならば、それは誰とも触れあえないというコト。一生孤独だなんて、そんなの不幸すぎる。
「……メシ時に気分悪くなる話をすんじゃねえよ、クソ。俺まだ半分も食べてないんだぞ」
こちらの文句に、愉しくてたまらない、なんて微笑を浮かべる全身黒色の魔術師。こいつ絶対意識してやってやがる。せめて包み隠すべき悪癖だというのに露見させているあたり更にタチわりい。
「そういやここに来る途中、勇者の像みたいなのが九体突っ立ってたけど、あれが勇者のサポートってやつ? 神聖視でもされて拝まれてる感じ?」
「そうだよ。なにせ勇者様は世界を救ってくれる神様みたいなものだからね。
この世界の宗教にも色々派閥はあるけれど、どの宗徒だって勇者様には逆らわない。なにせ不安定な神様と違って、こっちは安心と信頼の実績がある。誰もが望んでやまないヒーロー様だ。声援を送ることはあれど、石をぶつけることなんてありやしないさ。
……ただ、最近はそうでもないらしいけど」
少し思案気にほのめかすエリオ。
どうもここ数年のところ、この世界はキナ臭いらしい。魔王復活が近付いているというのにどうも国同士のお仲がよろしくないようだ。
根性ある人間に会いたいなら丁度いい時代に生まれたね、とエリオは言う。いや、別に欲しくて言ったわけじゃない。従順ならそれに越したことはないっての。
「ま、なんにせよこの国は大丈夫だよ。勇者様ってだけで道を歩けば誰もがひれ伏すし、全店全品無料だし、女の子ならわれ先に抱いてと飛びついてくるさ」
「マジかよ。今すぐフード脱いで外歩いてきていいか?」
「関係ないけど、この国の医学って未成熟なんだよね、大抵魔術で代用効いちゃうし。特に性病とかの免疫低下系はまだ謎な部分が多いらしくて……」
ジーザス。この世界、ちょっと俺に冷たすぎない?
「それに多分、身動き取れなくなると思うよ? 悪意は一切ないけれど、多すぎる善意の加重に耐えられないでしょ?」
全くもってその通り。本当にそんな阿鼻叫喚レベルで信仰されてるのだとしたら親切心で圧殺される。悪意でないが故に跳ね除けられず、善意であるが故に断れない不可避の重しだ。
つか、マジでその通りなら絵面が最悪すぎる。大名行列に商売人泣かせに女たらしなんて、絶対悪の頭領か何かだからな、それ。三点揃ってフルコンボのドクズである。
「勇者としての責務はあるのに恩恵は得られないとか、何、生殺し? ブラック企業とか勘弁してほしいんだけど」
「心配しないでいいよ。女の子が必要だったりするならこっちで用意してあげるから。別に禁じてるんじゃなくて、公にやられたり、問題を起こされると困るってだけで。
やることやってくれるというのであれば、衣食住に三大欲求、娯楽に道楽に暇つぶしと何でも支援してあげましょう。少しぐらいなら法に触れたって黙っててあげる。なにせイツキは勇者様だからね」
「……ま、それぐらいは妥当っちゃ妥当か。何もしてないのにいきなり拉致られて、種族存続の命運任されんだ。甘味料がなきゃやってらんねえよ」
「――――ん、そうだね」
……何が面白いのか、エリオはさっきからずっと笑っていやがる。
しかしこいつ、ほんと口を開かなければ可愛いんだよな。物食べる仕草にも一々気品があるし、動作の隅々になんていうかキレがある。神様はエリオに与える性別を間違えてしまった。全知全能、とんだお笑い草だ。
■
今までの九人の勇者の中に料理にうるさいヤツがいたらしい。
おかげでこの世界の料理は俺のいた世界と似たところがあるし、何より見た目が奇天烈じゃない。そこにちょっと異世界色が付いてるところも評価点だ。どいつも上手いし珍しいってことで非常によろしい。
何はともあれ満腹状態。ごちそうさまの挨拶をしてしばらくの休憩。いやしかし、他人の金で食う飯はうまいな。食後の酒もまた格別である。
「あれ、イツキってお酒飲めるんだ。ボクもそれ飲んでいい?」
「ダメ。こっちの世界じゃどうか知んないけど、あっちじゃお前みたいなガキは飲酒禁止でバレたらすぐブタ箱行きなの。幼い内はオレンジジュースで酔っ払っとけ」
「……むぅ」
いくら天才少年といえど、年齢の壁だけは乗り越えられない。若さとのみ引き換え出来るのが年月なのだ。頭の良さや才能などでは手に入れられない大人の特権なのだ。つまりガキはガキなのである。
「またそうやって子供扱いして……いいもん、とびきりの仕返しをしてあげるんだから」
なんだかちょっと妖しい笑顔。こういう顔をするエリオには気をつけろと、ここ数日で培われた警戒心が忠告する。……しかし拗ねる表情も可愛いな、おい。見ているこっちが恥ずかしくなってきたので視線を外す。
と、視界が一人の人間を捉えた。
それは見るからに怪しい人物だった。
なにせ食事処だというのに関心が食事に向いていない。店に入ってきたその女は、席を確保するでもなくキョロキョロとあたりを見回し――――やがてこっちを見た。
「あ――――見つけました!」
「う」
なぜかターゲットをこちらで固定する。馬鹿みたいにブンブン手を振りながら、満面の笑みで近付いてくる。怒涛の勢い。逃げるにも時間がなさすぎて、やがてテーブルまで接近を許す。え、まさか俺のファン? これお忍びなんでちょっと勘弁してほしいんだけど――――!
そんなことを思っていると、対面に座っていたエリオが席を立った。
「ようやく来たね。それじゃあいこっか」
「は? 来たって何が」
「だから、ガイドと護衛だってば。……あ、イツキにはまだ紹介してなかったっけ。
この子が今回、街の案内をしてくれるリンベルさん。面白い人だよ。ちなみにイツキが勇者だってことはもう言ってあるから」
謎の突撃生物はどうやらエリオの知り合いらしかった。そういうことは先に言ってほしい。ファンにオフで会うのはかなりビックリするんで、心構えが必要なのだ。しかし、案内役の説明が面白いっていうのは如何に。
「初めまして、イツキっていいます。よろしく」
「あ、はい! 私リンベルっていいます!
えっと、勇者様ですよね!? うわあ私、ずっと会いたかったんですよ! 何を隠そうこのわたくしめ、初恋は初めて読んだ本の勇者様でしてですね。あ、でもそれって初代勇者様だったからイツキさんじゃないんですけど。でもでも、勇者様はみんなかっこいいから憧れっていうか、同世代の子たちもみんな好きって言ってて、特に初代様とか四代目様あたりが一番人気があってですね! けどそんなのもう関係ねえのです! なにせ今、私の目の前におられるのは現存する最新の勇者様! ああもう
って、あれ、そういえば十代目勇者様ってけっこう背低いです、ね――――?」
「――――――」
あ、やばい。突然変異種だこれ。
だって変人メーターが振り切れてるし、ついで好感度ゲージも底辺突破中。なんだこのやかまし星人。出会って五秒で与えられるモノを軽く凌駕していやがる。おいそこ、ゲラゲラ腹を抱えるんじゃない。
「何歳ですか? ま、まさか私と同年代!? 四〇代のジェントルマンを想像していた私の夢を打ち砕きにきてます!? あ、でもちっちゃいのもなんか良いですね。親しみがあるっていうかー、なんか守ってあげたくなるっていうかー、見ていてあげないと危ない感じ的な?」
「おいエリオ、一応聞いとくがこんなのに俺は案内されんの?」
返答はナシ。頼りの魔術師は爆笑中。まさか仕返しとはこの爆弾のことか。
説明文が面白いの一言だった時点で走り去るべきだった。エリオの性格の悪さを過小評価していた。いや、こんな前世がマシンガンかレーシングカーみたいなのが現われるなんて想像できるわけがないだろ。異世界にはこんなのしかいねえのか。
「うぁ、指でささないでくださいよぅ……なんですかこの子、私より小さいくせに生意気そうですね。
エリオさんエリオさん? 本当にこの人が勇者様なんですか?」
「うん、その子が勇者様」
「オーシット! 初恋、いま崩れました! あまりに手痛い裏切りです! ……分かってます、現実ってのはいつだって非情なんだって……世の中には見なければよかったものもあるんだって……でも、それでも私は勇者様に一目で良いからお会いしたかったのです――――!」
勝手に話が始まり進んで終わる。リンベル劇場ここに閉幕。すぐまた上演しそうなところが
「……しっかし、本当に勇者って信仰されてんのな。俺モテモテじゃん」
「さっき言ったじゃないか、無条件で惚れられるって」
「ここまで狂ってるとは思わなかったんだよ……」
こんなのはもう狂信者レベルである。信仰には
「え? なんですか? 私に聞こえませんよー? ねえねえ、何をお話ししてるんですか?」
「リンベルさん、邪魔してはいけませんよ」
――――と。
ここでようやく、俺は二人目の存在に気付いた。
リンベルの少し後ろに、茶色の洋装で身を包んだ人が立っている。
男だ。少し背が高く、線の細い大人の男性。若いリンベルと違って、歳はどう見ても四〇は超えているであろう良い感じのナイスガイ。
印象的なのはにこにこ笑顔。大人特有の落ち着きと安心感を振りまくそれは、まるで映画俳優のよう。
自然な動作で手を差し出される。
「初めまして勇者様。私、ユスティヒと申します。お目にかかれて光栄です。
本日の観光の護衛役を務めさせていただきます」
「――――――」
爽やかスマイルでにこり。
なんていうか、感動した。
礼儀正しくて物腰やわらか。穏和な対応はまさに紳士。いや、この際いっそ天使に格上げだ。
こんな普通な対応がこれほどまでに胸に染みるなんて……。何日ぶりだろう。失って初めて価値に気付くなんていうけれど正にその通り。久しぶりに触れる普通オーラに感謝感激あめあられ。
「イツキです……もうほんと、ありがとうございます……」
「?」
いや、マジで助かった。異世界来てから出会う奴らが軒並み変人揃いなもんで、人間性のボーダーラインが大変なことになってたのだ。
ユスティヒさん一人で対抗するには変人勢力が強すぎるのだが、関係ない。今までがおかしくてコレが普通なのだと。その事実があるだけで、俺は今日も強く生きていける。
しっかりと握手させてもらう。普通オーラ補充補充。
「あ、ユスティヒさんズルいです! 私も勇者様とおてて繋ぎたいです!」
「おいバカ、やめろ、せっかく浄化したのにもう汚染する気か! せめて反対側の手を握れ!」
「ユスティヒさんだけずーるーいーでーすー! 私は二本、二本触りますからね! 後で友達に自慢してあげるんです!」
自慢ほどはた迷惑な行為はないというのに、してあげるなんて傲慢性まで付与しやがったぞコイツ。思考回路からしてもう色々ととんでもねえヤツだ。
「リンベルさん? 握手なら誰とだってできるんだから、俺じゃなくてもいいんじゃないかな? あ、人の手って結構汚いらしいよ? だから石鹸でも触ってた方がマシなんじゃないかと思う」
「丁寧口調から棘が見え隠れ見え見えしてます。化けの皮ハゲハゲです。
あと先ほどサラリとバカって言ったの聞こえてますからね! もう初恋じゃないんで気にしてませんけど! 気にしてませんけど!」
「ダウト、お前は嘘をついてる。気にしてないって言うヤツに限って絶対根に持ってるんだよな。理由は簡単、なぜなら気にしてないなら言う必要がないからだ。器の小さいモンスターめ、そんなに握手したけりゃ金払え!」
「え、いくらですか?」
「………………………今食べた料理代ぐらい?」
「あ、イツキ。言い忘れてたけど、リンベルさんの家は超が三つ付くほどの大金持ちだからね」
忠告は意味を成さない。言われるや否や懐に手をつっこみ、さっと金貨袋を放り出す金満少女。その間一秒。無駄に流麗な動作によって握手券代が振り込まれる。
やり遂げた勝者の顔でリンベルが言う。
「ふっ……金で買えないものはないということですね」
「えぇ……別に握手ぐらいしてやるけど、俺の中で評価すごいことになってるからな、お前」
外見批判に子ども扱い、果ては金で物事を解決するマネーイズパワー精神。しかも全部が初対面での出来事。まさに自由奔放を絵に描いたような清々しさである。や、先に金銭を持ち出したのはこっちだっけか。無理難題をふっかけることで自分より年下の女性から金を巻き上げるなんて、俺にも充分な外道の資質がある。
約束どおり両手で握手をする。……政治家の揉み手みたいなのを予想していたら、片手ずつ持たれて勢いよく上下に振り回された。強制バンザイみたいじゃねえかこれ。幼児なんて年齢はとっくに過ぎてるのでやめていただきたい。
「さて、では行きましょうか」
にっこりと善人ユスティヒさんに取り成され、ようやく酒場から出る流れに。
……だがこれで終わりではない。なんの冗談か、メインイベントはこの後だ。しかも自制の効かない発情犬みたいなのが先導ときてる。なんでこんなのが案内人なんだ。ミスチョイスにも程がある。
ちなみに怪獣の相手をしている間、我らが魔術師様はめちゃくちゃ笑っていやがった。
ほんとイヤになる。この世界は客人の扱いが酷い。ストレスでハゲちゃいそう。
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