00/

 ――――綺麗な満月の夜だ。


 月光に酔う。


 きっと自分は狼だ。

 業つくばりで、利己的で。

 食い散らかすしか能がなく、壊す手段しか選べない。


 ああ――――でも、これは、そんなに悪い気分じゃない。


 ■


 殺人への禁忌ではなく、暴虐への快楽で身を焦がす。


 血液が沸騰する錯覚。加速する自己。混濁する自意識。意識のハンドルから手を離す。全身の末端より脳へと光速を超えて駆け上がる。


 ステップ、アクセル、フラッシュバック。脳みそを光が走りまわる。目玉の裏より世界を見渡す。キラキラ輝く万華鏡のようだ。とめどなく溢れる水を掬っては飲み干していく。限りはない。飲めば飲むほど幸せがやってきて、やがて向日葵が花開く。


「――――■■■■■■」


 存在しない言語を使う。


 唱えたのは一人きりの呪文。

 魔法の引き金を引き起こす。この世でただ一つしかない自分だけの自己暗示。深層意識へ語りかける、世界最強の子守唄。


 天秤が振れる。

 入れ替わる理性と野性。


 願望に従うあやつり人形。邪魔なものは投げ捨てろ。

 傲岸に不遜に。恐れを知らぬ無垢さを手に入れる。


 踏んではいけないものを踏む。

 見てはいけないものを見る。


 ルールをやぶるたのしさ。

 ものを傷つけるたのしさ

 弱者をなぐるたのしさ。


――――弱肉強食の権威を借りて、

             傍若無人を実行する。


「あ、あ、たのし、く――――なって――――き、た――――!」


 ■


 それは快楽に酔う満月の夜。

 幸せのような、心地いい理想の色。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る