第二章 10

「あんたが手出しをしなくても、あたしは戦えた!」


 白き巨人との戦闘終了後、復活したらしい朱音三正が怒鳴り込んできた。自分が主役であるはずの舞台で他人に活躍されてしまったのだ。その怒りも判るが。


「あなたがあのまま戦っていたらドールハンマーは破壊されていた。違うか?」


 しかし、元々やりたくないのに代役を務めた先輩は、そんな風に諭した。


「くぅっ……」


「ドールハンマーが破壊されたら再建造にも時間がかかる。その間にギガフォビアで死ぬ人間も増えるだろうし、巨人型の『ショートレンジ』が再び現れても、代替品であるわたしたちがまた相手をしなければならない。そして現状ではドールハンマーをあそこまで動かせる操縦士はあなたしかいない。そんなあなたが失われたら――どうするのだ?」


「……」


「意地もプライドも大事だが、あなたはそれ以上の大きな『希望』というものも背負っているのを、いつも胸に秘めていてもらいたい」


 年下の女にそんな風に言いくるめられるのは朱音三正にとっては最高に屈辱だろう。でも先輩の言葉は、何度も死地をくぐり抜けてきた本物の戦士からの言葉だ。


「あなたはわたしたちの希望なのだから、もっと操縦技術を磨いて欲しい。そうでなければわたしたちの仕事を引き継いでもらえない。そして引き継いでもらえなければ、わたしたち人間は助からない」


「……言われなくとも!」


 朱音三正はそれを捨て台詞に、校庭をドスドス踏みしめながら立ち去った。悔しくて仕方ないのはその背中で判る。先輩も本来は朱音三正とドールハンマーに活躍してもらいたかったのだから、誰も得をしていない。


「あそこで巨人となった会長をドールハンマーが完膚なきまでに叩き潰していてくれたなら、ギガフォビアも快方に向かったのかもしれないのにな。その意味では歴史の教科書に載るであろう瞬間をわたしたちは逃した」


 口惜しそうに先輩が呟く。


「まったく、こんなことでは本当にわたしの方が、彼女より先に偉くなってしまうではないか」


 先輩が不満をつのらせる。なんかそのベクトルが思いっきり間違っているような気もするが、俺もその気持ちは痛いほど判る。


「今回の手柄も君のものにして良いぞ?」


「超全力でお断りします」


 というかこんだけの大物倒したんなら即日昇進とかじゃないの? 怖!


 そんな俺たちが所属している陸保の部隊は後始末を終えると、何人かの保安員を事後処理に残して引き上げていった。塩の山の中で発見された裂弩会長もそのまま回収され、車輌のひとつに載せられて運ばれた。会長も今日から蘇芳病院の住人か。


 静かになった周りを見渡すと、いつもどおりの赦殿高校の校庭が広がっている。


 せっかくの五月の積雪も、陸保の処理班によりきれいに掃除されてしまった。だから今は最初から何もなかったかのような雰囲気。


 そういえばこの時間って、久利と久良臼会計が肉を収める木箱作りをしているんじゃないのか? こんなことがあっては塩の展覧会自体中止になりかねないが、あの二人だとこんな状況にも気づかずに木を切り続けているような気もするな。


 せっかくだ、手伝ってやろうか。すべて終わったんだし。


 終わった……いや、


「彼が変身――裂弩は確かにそう言った、よな、先輩?」


 俺は改めて確認するように言う。会長が白き巨人に変身してからの大捕物ですっかり後回しになっていたが、あいつはこの捕縛劇の開始前、重要な台詞を残している。


「ああ、裂弩くんの足を蹴り飛ばしたときも、それだけは忘れなかった」


「そいつは凄いが……さて、どこにいるんだろうなあいつは?」


 裂弩のような他人の意見を聞きそうにない人間に対して、「変身しろ」なんて唯一言える人間。


 そいつは、一体何をやろうとしている? 裂弩だけでこれだけの惨事になったんだ。その人物が動き出したら、一体どうなるんだ?


 先程から動き回っている居残りを命じられた陸保の保安員は、その全員が諜報部の人間だ。彼らは白き巨人との戦闘終了後、俺たちが伝えた情報を元にしてあの同好会部屋に突入したのだが、既にもぬけの殻だったと言う。だから静かになった今は範囲を広げての搜索中なのだ。


 どこにいるんだあいつは……そう思ったとき


「たしかに、歴史に幕を下ろすにはまだ早いですね」


 パチパチと乾いた拍手の音がした。

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