第3話 俺のターン 俺とコントラスターと契約者
目の前にある豪華な台座に乗せられた冊子を見て若干の動揺をする。細々とした装飾にシルクのような布の上に鎮座したそれは違和感の塊であった。
なんだコレ。
台座の細々した装飾は、それ自体に価値があってもおかしくないほど厳かな雰囲気を醸し出している。
その上にの乗っているカオスアメイジングのルールブック。
何をどう言い繕っても違和感がスゴイ。
「なんで、こんな立派な台にこんなの乗せてるの?」
「こちらの書物は【ロード・レス・シンボル】ですから」
「ロード・レス・シンボル……、それって」
「主無き印と、そのままの意味ですわ。シンボルとして存在するはずなのに主が居らず、その資格の無い者には扱えない代物ですわ」
聞いた事ある単語だなっと思ってたらあれだ。第三十弾以降ぐらいから出てきたカードの種類の名前だ。
トレカの種類としては装備品の類のカードだな。使うのに一定以上の条件がないと使えないタイプの。
「扱えないって、本でしょコレ。読むだけじゃん」
「わたくし達には読めませんわ。アツム様にはこちらの文字が読めますか?」
「あぁ、まあな」
これが読めるかどうかなんて愚問だ。例えるならペンを指さして「アレはペンです!」と言っているようなものだ。
見ればわかる。わざわざ言うべきことでもあるまいて。
「やはり……。先ほどシンボルを見せていただいた時に、もしやと思いまして」
「ん?どういう事?」
コスプレ姫は何か思うところがあるのだろう。しかしそれは俺には全く分からない類のものではあるがな。
「メメル」
「はっ」
「何でもいいですわ、蔵書を何冊か手配して頂戴」
「内容はいかがなさいますか?」
「まかせますわ」
「ただいまお持ちいたします」
メイドさんは用件だけ聞くと、ささっとVIPルームから出て行ってしまった。
「アツム様」
「ん?なに?」
「ただいまからお話しする事は嘘でも、虚言でも、夢でもございませんわ」
「え?どうしたの急に?」
コスプレ姫が今一番の真剣な顔で俺をまっすぐに見つめてくる。
そのかをは何か覚悟のうなものが感じられる凛々しい顔だった。
「アツム様にわたくしの知りうる限りの現状をお話いたしますわ」
「そういう事ね、それでその話に対しては嘘はつかないよって事?」
「はい」
「オーケー、話を聞こうじゃないか」
彼女が分かる範囲ですべて包み隠さずお話しします。と言ってくれたんだ。ここはきちんと話を聞かねばな。どういう話に大事な話になることは間違いないだろう。
「それではまず、アツム様にお聞きしたいことがございます。もちろんアツム様の答えられる範囲でかまいません」
「うん、わかったよ」
「では、アツム様の出身地はどこですか?」
いきなり出身地ときたもんだ。これ大事なことなんかね?というかここに連れてきたんだから知っているはずだろうに。
「えー、愛知県名古屋市……」
「アイチケンナゴヤシですか?」
「そう、東海地方のね。それぐらいは知ってるでしょ?」
通称、味噌とシャチホコの国。名古屋の味噌は赤味噌だ、味噌カツ、味噌煮込みうどん、味噌おでん、味噌田楽にどて煮。名古屋の食文化は味噌が無いと始まらないのだ。
閑話休題
「いえ存じ上げません、先ほど言っていたニホンではないのですか?」
「え? うん。だから日本の東海地方にある愛知県名古屋市、細かい住所までは教えられない。って、連れてきた人は知ってるか。郵便物にもしっかり住所書いてあったし」
「アツム様、大変申し訳ないのですが、わたくしにはアツム様の仰っている事のほとんどが分かりません。」
「え? 嘘でしょ?」
「先程申し上げたように嘘は言いません」
What? これだけカオスアメイジングのことを理解できるお嬢さんが日本の事を知らないっていうのは不可解が過ぎる。ましてや本人は日本語をしゃべってるんだぜ?
「え? じゃあ、ここは」
「先程も申し上げましたようにここはクインティプル、光の世界の首都コウカンですわ」
「だから、そういう設定でしょ?」
「いいえ、ココは間違いなく首都コウカンです。そして今のやり取りで確信致しましたが、アツム様の過ごしていらっしゃった世界とは異なる世界ですわ」
「え?」
世界が異なるとな? 異なる世界、略して異世界。しかも俺が知ってる異世界、知り尽くしている異世界。
なんだソレ。何の冗談だ?
「失礼も無礼も承知で言いますわ、何度も言いましたように、ここにアツム様を召喚したのはわたくしでございます」
「ハハ、そんな馬鹿な……」
大の大人が俺に睡眠薬を仕込んで、素人ドッキリを仕込んだっていう方がまだ現実味があるよ。さっきまでそう思い込んでいたしね。たった一人の少女の力で俺がここに来ることなんてできないって先入観があった。だって普通そうじゃん? そう考えた方がつじつまが合うじゃん?
「わたくしはわたくしの力の為、アツム様をここへ呼び出し契約しようとしましたわ。しかしそれが失敗、召喚陣も力を失いアツム様はこの世界へと留まってしまったのですわ」
「おいおいおい」
知らなかったとはいえ先ほどの、己の迂闊な行動に腹が立つ。知っていればこんなことにはならなかったんだろうが知らなかったからしょうがない。さらにしょうがないと言った所で事態は好転なんかしない。
「しかも契約の儀は中途半端なものでお互いに何を枷にしているかはわかっていない状況です。」
「……」
「わたくしの失敗に巻き込んでしまって大変に申し訳なく思っております。今出来る事は限られておりますが、分かり次第尽力させていただきますのでひとまずご理解いただけませんか」
俺の知っている限りカオスアメイジングの世界での契約の力は絶大だ。それに縛られて喜怒哀楽の感情を振り回しているキャラクター達を数多く読んできたからな。彼女が言っていることが本当ならばその契約に俺も縛られたってことになる。しかもその内容が分からないときたもんだ。
「……メアリー、キミのその恰好はコスプレではないんだな?」
「こすぷれ、というのが何かわかりませんがわたくしのコントラスターとしての正装ですわ」
「そうか、そうなのか」
コスプレではなく正装。しっかりと着こなしているのも、言動が一貫しているのも、この世界の事を知っているのもすべてが本当だから。
先程の謎技術だと思い込んでいた様々な現象も、カオスアメイジングの世界では当たり前の現象だったから。
メアリーが俺の事を驚いたのも、知っているはずの無い事を知っていたから。
だから? それがすべて本当だとして、過去は変わらない。切ったカードは覆らないのだ。
それならば、次につながる様に新たなカードを切るしかない。
「メアリー、俺はどうなる?」
「何分初めてのケースなので今の段階では何も分かりませんわ」
「今は、か?」
「はい、いくつか調べないといけないことがございますわ」
「それは何だ?」
調べることがある。これは大事だ。今現在では情報が不足していて、切るべきカードすらもわからない。調べ得る情報を調べつくし、その情報を精査してそれで初めて手が打てるはずだからな。
「先程も言いましたが契約の儀の内容、それからアツム様の体への影響、緊急を要するのはこの二点かと」
「今の所身体は平気だ。契約の儀の内容ってのは?」
「わたくしとアツム様がどんな内容で契約を交わしたかを確認したいのですわ」
「その方法は?」
「アツム様のデッキに送られた、わたくしの契約の証を出していただければ」
ひとまずメアリーが方法だけは知ってる様子にホッとする。何もない手探りの状況でないだけマシだってもんだ。
「それはどうやって出せばいい?」
「まずはデッキを出してください」
「あぁ、了解。【デッキ】!」
左手にデッキが現れる。相変わらず不思議な感じはするが、今はその原理とかそういうのは置いておこう。契約の内容があいまいなんて冗談みたいな本当の話を解決する方が先だ。
「そしてデッキの中からわたくしの契約の証を出してください」
「結構、他のカードがあるな……」
先程は気にもしなかったのだがメアリーと交わした契約の証以外にもそれなりのカードが入っていた。
「かーど?」
「あぁ、メアリーが契約の証と呼んでいる物だ」
「あの、厚かましいとは思うのですがどれだけの召喚者と契約していらっしゃるのですか?」
やはりコントラスターとしては気になるのだろう。俺の力を知りたいっていうのもあるんだろうな。
「この並んでいるカードは全て契約されている物なのか?」
「はい、契約者と契約が完了していなければデッキに契約の証が入ることはありません」
普通にカードの一覧だと思っていたそれは、召喚者としてすでに契約されていたものらしい。最初からカードがあるってのはなんでなんだろうな。ってこのラインナップはひょっとしてスターターデッキか?
≪忘却の剣王≫ × 1
≪忘却の城≫ × 1
≪忘却の突撃兵≫ × 2
≪忘却の大盾持ち≫ × 2
≪忘却の兵士≫ × 3
≪忘却の盾持ち≫ × 3
≪忘却の儀仗兵≫ × 3
≪忘却のゴーレム≫ × 3
≪忘却の決死兵≫ × 3
≪忘却の伝令兵≫ × 3
≪広がる草原≫ × 2
≪光の魔導書≫ × 1
≪応急手当≫ × 1
≪突然の疲労≫ × 1
≪エルフの勇者:イチダン≫ × 1
≪超常風化≫ × 1
≪エルフの占術師≫ × 2
≪エルフの大弓使い≫ × 2
≪エルフたちの御神木≫ × 1
≪大地の産声≫ × 1
≪エルフの散策者≫ × 3
≪エルフの長剣使い≫ × 3
≪エルフの信者≫ × 2
≪大森林≫ × 2
≪エルフの霊薬≫ × 1
≪新緑の大地≫ × 1
≪コントラクター・メアリー王女】 × 1 (NEW!)
あぁ、第一弾スターターデッキの一つ【光と森の防衛者】だな。
当時のデッキとしてはルールを覚えるには最適のデッキとも言われていた。所謂、初心者向けデッキ。
使いやすい反面、他のデッキに比べパワーカードが少ないのが特徴だったかな。
「召喚者は、何枚だコレ? カード、契約の証は呪文も併せて五十枚ってことだけは確かだな。いや、メアリー姫も合わせれば五十一枚か」
「え?」
「あー、ちょっと待て。呪文の枚数は……って建造物も入ってんのか。んー、召喚者の枚数だけならダブりも含めて三十五枚か」
「え? えぇ?」
「種類だけでいいなら、十六種類だな」
カオス・アメイジングのデッキ必要枚数は四十枚以上だ。それ以上なら何枚でも構わないが三十九枚以下は許されない。そして、使用禁止カード、一枚、二枚、三枚の使用制限カードが存在する。これらの制限ってどうなるんだ?
「すごいとは思っておりましたが、ここまでとは思いませんでしたわ……」
「ん?」
「わたくしが知る限り、コントラスターの契約者が十を超えることはまず無いですわ。それに加えて呪文が扱えるなんて」
「まぁ、その辺の内容はあとで教えてくれ。今は契約内容の確認が先だ」
興奮気味のメアリーをおわえ、彼女のカードを取り出す。
「コレでいいか?」
「はい、わたくしの契約の証ですわね。それでは証を持ったまま、契約内容の確認と言ってみて下さいまし」
「契約内容の確認」
カードが半透明になり、黄金色に光る文字がカードに浮かんでいる。
【コントラスター メアリー王女】
―――――――――――――――――――――――――――――――
特殊契約
あなたはこの世界にいる限り知識と力を彼女に貸出す。
彼女はあなたがいる限り全てを貸出す。
特殊効果
コール:① あなたの傍に彼女を召喚する。
―――――――――――――――――――――――――――――――
まずは特殊契約と書かれている部分に不安を感じる。特殊というからには普通ではないのだろう。
そして条件は改めてみるとクソ重くないか? お互いあの場ではそれでいいと言ったが、字面で見ると飛んでもねぇことが書かれてやがる。
「出てきたな、しかしこれは……」
「な、なんと書いてありますか?」
「えー、特殊契約、あなたはこの世界にいる限り知識と力を彼女に貸出す。彼女はあなたがいる限りすべてを貸出す。だと」
「……それで、全てですか?」
メアリーも内容を聞いて渋い顔をしているな。でも最初にその条件を出してきたの君だからね?
「あとは特殊効果と書いてあるな」
「特殊効果ですか?」
「コール……丸イチ、あなたの傍に彼女を召喚する。だと。この丸イチが何なのかよくわからんな」
「それはおそらく必要なマナでしょう」
「マナ?」
「マナについては後で詳しくご説明しますわ、それでその他には?」
知りうる限りマナはゲームに必要な要素の一つだったがここで使うことができるのか。
まぁ、あとで教えてくれるって言っているんだ、これに関しては後回しでも構わんだろ。
「あとは特に書かれていないな」
「そう、ですか。しかし、あの時話した内容がそのまま全部契約内容になってしまいましたか」
「元々そのつもりだったんだろ?」
「わたくし主体の契約ならこの契約でも問題なかったのですが、アツム様主体の契約になると……」
「どう違うんだ?」
契約書の甲と乙が逆転したってことは、結構マズいって事だけは分かる。
ただ今回の内容を提示したのはメアリーで、その主導権が入れ替わることになったのは俺の行動のせいだ。
「わたくしが契約してアツム様を召喚した場合。召喚している間にわたくしの全てをお渡しする形ですわ。通常契約者は召喚の条件が終わったら帰還するものですわ」
「さっき言ってた自分で帰るってやつか」
「それとは違いますが、契約をした後は召喚する時に何をするか決めて呼びます」
「つまりそれが終われば帰る。と」
簡単に言うと、戦うから来てね戦いが終わったら帰るよ。その間はメアリーから色々貸すよってことだな。
「ですわ。ですから、この条件でも問題なかったのですわ」
「でも今回は俺主体の契約になってしまった」
「そうですわ、しかも召喚の魔法陣が消えて今の所帰還方法が分からない。という条件も付きますわ」
「ってーことは?」
「アツム様が帰還なされるか、他の世界に行くまではわたくしはアツム様に全てを貸し出さなければならないという事ですわ」
帰還方法が分からない俺は、ここにいる間は力と知恵を貸さなきゃならない。その代わりにメアリーは全てを貸さなきゃいけない。うん、どっち側から見てもひどい契約だコレ。契約期間がおかしくなった所為でお互いの負担がおかしなことになっている。しかも主従関係も逆転しているというオマケつきだ。
「その、貸出すってのがよく解らんな。帰還する時に返さなきゃならんのか?」
「解りません。そういう文言で契約してしまったからかと」
「なってみなきゃ分からん訳か」
「はい、契約の証の効力はかなり強いですから意識があっても強要されることもあります」
うん、知ってる。それを使って極悪非道なことやっているコントラスターの物語も有名だったよ。
「例えば今回の場合、アツム様がわたくしに対して何かを用意してほしいと要求された場合。いくつかの可能性がございます」
「……聞こう」
知識として知っているけど、具体的にどうなるかまでは知らないからな。教えてくれる分にはしっかりと教わっておこう。
「一つ目はわたくしがそのままそれを用意する事。これはわたくしの意思で行うので問題ありませんわ」
「ふむ、二つ目は?」
「はい、二つ目はわたくしが拒絶した場合無理やり用意してしまう事。わたくしの意思とは関係なく意識が虚ろのまま契約の証に縛られその内容を実行しようとする場合です」
「怖いな」
「そして最後の三つめ、要求が大きすぎてわたくしに用意できない場合何事もなく拒否する事ができると思います」
「例えば?」
「今すぐこの世の全てを手に入れてみせよ、等ですわね」
「なるほど、一つ目と三つ目はおおよそ問題は無いけど二つ目は厄介だな」
言っちゃ悪いがメアリーを奴隷にしたのと変わらん。そんなつもりは毛頭ないが現実こうなってしまっている以上立ち振る舞いを考えないと身を亡ぼすな。メアリーは王女なんだから彼女にあれやこれやを要求するだけでも周りの反発がすごそうだ。
「わたくしとしては契約に縛られる以上どうしようもないのですが」
「俺としても無茶な要求をするつもりは無いが、どこまでを要求と捕らえられるかだな」
「そうですわね」
「メアリーが王女である以上、例えばの話だが権利や金なんかは、口を滑らしたら間違いなく契約に入っちまう。これがまた例えばなんだが、一人でつぶやいただけで効果を発揮するのか、メアリーが聞いて初めて効果を発揮するのかわからん。しかも冗談みたいに言ったことでさえ効果を発揮したら迂闊に物も言えんぞ」
「おそらくわたくしが聞いて初めて効果を発揮すると思います。ですが冗談で言われたことに効果を発揮するかどうかはわかりません」
王女相手にそうそう軽口を聞くつもりもないけど、ついうっかりぽろっと漏らした言葉を聞かれて人形かなんてことがあったら目も当てられない。そうならないように立ちまわるつもりではあるけど何があるかわからんになぁ。
「そうだなぁ、メアリー契約の条件を増やすことはできないのか?」
「と言いますと?」
「何簡単だ。契約にのっとってお互いが何かを必要とする場合、それに伴う宣言を決めておけばいいんだ」
「それはどのような?」
「それも簡単だ例えば『契約において命ずる』とかな。この言葉が入らない要求はあくまでも個人のお願いレベルだな」
もしこの条文が入るならお互いに変に気を使わなくてよくなる。口に出す言葉一つ一つにストレスを抱えるなんて冗談じゃないからな。
「そうですわね、やってみる価値はあるかと」
「どうすればいい?」
「わたくしの契約の証を持ったまま、今の条件を宣言してください」
「あー、メアリーとの契約は『契約において命ずる』と宣言しない限り効果を発揮しない!」
メアリーのカードが淡く発光する。しかし何でもかんでも光るのがこの世界の現象なのかね?
「どうだろう?」
「契約内容の確認をおねがいしますわ」
「了解、契約内容の確認!」
【コントラスター メアリー王女】
―――――――――――――――――――――――――――――――
特殊契約
あなたはこの世界にいる限り知識と力を彼女に貸出す。
彼女はあなたがいる限り全てを貸出す。
彼女との契約は『契約において命ずる』と宣言しない限り効果を発揮しない。
特殊効果
コール:① あなたの傍に彼女を召喚する。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「おぉ! 上手くいった!」
「良かったです、これで一安心ですわ」
メアリーのかおに安堵の表情が浮かぶ。やはり自身の自由を制限されることはストレスになっていたようだ。さっきからかなり必死だったもんな。
「ひとまずコレで早急に確認することは無いか?」
「そうですわね、すぐに命にかかわることは無いかと」
「そんなに危ないものだったのか」
それを聞かされれば、なるほどとも思う。お互いのついうっかりが生殺与奪まで握ってたなんて知っていたら、確かに気が気ではないだろう。確かに緊急性の高い案件だったようだ。
そんな中、コンコンと入口のドアからノックの音が聞こえる。
「姫様、メメルです。蔵書とお茶をお持ちいたしました。」
「お入りなさい」
「失礼します」
先程部屋を出ていたメイドのメメルさんが戻ってきたようだ。
ティーカートにお茶と本を何冊か乗せて部屋に入ってきた。今、扉の開く音しなかったんだけど?
「姫様、こちらをどうぞ」
「ありがとう」
メメルさんはメアリーに持ってきていた数冊の本を手渡していた。
「さてアツム様、こちらが私たちの普段読む本ですわ」
目の前に並んだ本に俺は眉をひそめた。
装丁は革だろうか、しっかりとした良いものに見える。だが目を引くべきところはそこではない。表紙に描かれたタイトルこそが問題だった。
見慣れない文字である。それが文字だと分かるのは、本の背表紙と表紙の両方に同じ綴りで書かれていること。どことなく規則性があることから文字なんだと推測したに過ぎない。
しかし問題はそこではない。
その文字が、見たこともない文字が読めるのが問題だった。
「なんだこりゃ」
「アツム様はこちらを読むことはできますか?」
「どうなってるんだ?読むことは……どうだろうな、分からねぇ。ただ内容は解る。内容が合っているかどうかは俺が読んでそちらさんに確認してもらわないとな」
例えていうのなら風景画だろうか?見ただけでどんなものを表しているかは分かる。ただそこに正確さや著者の意図を計れるかどうかは別のような感じ。さらに言えば俺はこの文字を書くことはできないだろう。それを見て理解する事だけはできても、それを書くだけの技量はないという所が絵画にそっくりだ。そしてそれが物凄く違和感を感じさせるのだ。
「この本のタイトルが【コウカンの歴史】、これが【コントラスター入門書】、それでこれが【猿でも分かる王宮礼儀入門】って俺には読めるんだがどうだ?」
初めの二冊はまぁいいとして、最後の一冊は何なんだろう。この世界では猿に礼儀を覚えさせて王宮へ呼ぶ習慣でもあるんだろうか?
「内容はそれほど違いありませんが細々とした所で違うのですね」
「因みに正しくは?」
「【歴史書コウカン】、【コントラスター手引書】、【猿でも分かる王宮礼儀入門】ですわ」
最後のは合ってたのか、でも嬉しくないのは何だろう。というか猿は存在するんだな。
「えーっと、それで俺がここの本が読める……のかどうかわからんが理解できるとして、メアリーたちはこっちの本は読めないんだよな?」
先程から机の端でじっと鎮座しているルールブックに指をさし確認する。
「そうですわ、実はこの本には伝承がございますの」
「伝承?」
「えぇ、この本が読み解かれた時には世界は大いなる混乱と破壊があるだろう。しかしそれは恒久への平和への始まりだろう。と」
えらい物騒な伝承があったもんだ。破壊と再生の手引書とか冗談じゃない。
「しかしなぁ、タイトルからするにそんな本じゃないぞコレ」
「そうなのですか?」
だってカオスアメイジングルールブックだよ? ルールブックに混乱と破壊が起こせるだけの破壊力がある内容が記載されているんだろうか?
「タイトルは教えた方がいい?」
「お教えいただけるのでしたらお願いいたしますわ」
「姫様、少々お待ちください。念のため人払いを行ってまいります」
「そ、そうね。メメルお願い、アツム様人払いが終わるまで少しだけお待ちくださいですわ」
「了解」
「御意、それでは失礼します」
すっと、扉からメメルさんが出て行った。ほんとに音もなく行動するからびっくりするよ。
と、一分もたたないうちにメメルさんが戻ってきた。
「姫様、人払い完了いたしました」
「そう、ありがとう」
「私はいかがなさいますか?」
「メメルは残ってちょうだい。何かあった時に相談したいから」
「御意」
「それじゃあ、いいかな?」
「はい、お願いします」
「この本のタイトルはね、【カオスアメイジング ルールブック】だよ」
「なっ!」
「姫様!これはっ!」
二人が物凄く驚いている、やっぱり思っていたのと違うからかな?
「ア、アツム様。伝承の通りのタイトルではありませんか!恐ろしいタイトルではありませんか!」
「え?」
「姫様、このような内容が読めるというだけでも、この者は要注意人物です!お離れ下さい!」
二人が物凄く混乱している。混乱する要素なんてないはずなんだがなぁ。
「二人ともなんでそんなに狼狽えてるの?」
「アツム様!その本のタイトルがわたくし達の国ではその名の通り混乱の書ですわ」
「どうゆう事?」
「お客人、カオスアメイジングとは我々の国では世界崩壊級の破壊と混乱という意味だ。それにルールブックだと? そのような所業にルールなどあってたまるか! 大方手引書か何かなのであろう!」
メルルさんの怒号にこちらまで混乱する。しかし、世界崩壊級の破壊と混乱の手引書? なに言ってるんだ。と思ったがなるほど、俺にとってはカオスアメイジングはカードゲームの名前だったが、この世界ではそんなものは無い。つまり二人ともこの世界の言葉での意味として捕らえてしまっているという事か。
「メアリー、少しだけ話を聞いてくれるかい?」
「は、はい。アツム様」
「姫様! 危険です!」
「メメル、下がりなさい。アツム様、お願いします」
「姫様!」
メメルさんは完全に俺の事を警戒しているな。まぁ、ぽっと出の怪しい男が護衛対象に危害を加えるかもしれないとしたら気が気でないんだろう。職務に忠実なのは高評価だな。俺に危害が及ばなければな!
「メアリー、ありがとう。メアリーはさっき俺のシンボルを見たよな」
「はい、表紙が変わる不思議な冊子でしたわ」
「アレは俺のいた世界でおれが集めていた本なんだ。そしてアレはカオスアメイジングの物語なんだ」
「なんですって!」
そりゃびっくりするよね。世界の破壊や混乱の物語とか終末の預言書なんて言われれば信じられないよね。
「俺はカオスアメイジングの知識の全てをシンボルとして持っている。その中の人物、出来事なんかはほぼ把握していると言ってもいい。これがメアリーと契約して渡す知識と力だ」
「そんな、まさか……」
メアリーは顔を真っ青にしている。絶望とかそんな感じだ。たぶん勘違いをしているな。ちゃんと伝えないと。
「それから俺がいた世界ではカオスアメイジングの意味は、破壊でも混乱でもなく友人とコミュニケーションをとるための遊戯ツールだったよ」
「遊戯ツール?」
「つまり、ゲームって事さ」
「ゲーム……、世界の破壊と混乱がゲームだというのですか?」
そんな人を鬼や悪魔か邪神みたいに言わないでほしい。世界の混乱や破壊をゲーム扱いってどんな悪鬼羅刹の鬼畜の所業だよ。
「いいや違う、そういう名前のゲームがあったというだけだ。そしてこれはそのゲームのルールブックじゃないかと思ってる」
「それではアツム様はこの本はただのゲームのルールブックだとおっしゃるのですか?」
「まぁね、それこそ中を読んでみないと分からないけどさ」
「そういうことでしたか」
「うん、という訳で中身を拝見してもいい?」
「確認しない事には何も分かりませんし、ロードレスシンボルなので適性がなければどの道使えませんから」
そういう扱いなのか、俺からするとただのルールブックだからそんなに警戒すべきものでもないと思うんだがな。しかし、この世界の戦争のルールブックだったら確かに笑えないな。
そんなことを気にしながらルールブックを手に取りパラリと表紙をめくってみる。
そこに書かれていた文字はまたしても発光して俺の左手に絡みつく。
「姫様、これは!」
「まさか、シンボルがアツム様を主として認めた!?」
「また光るのかよ……」
三者三様の感想を述べている間にルールブックは俺の左手へと青い粒子として消えていくのであった。
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