第2話 俺のターン 俺とカオスアメイジング ルールブック

バインダーと化した俺の冊子を呆然としながら見ていると、コスプレ姫から声が飛んできた。


「まぁ、やはり優秀なコントラスターなのですね」

「ん?どういう事だ?」


俺の手の中には一面九枚のカードが入る銀色のバインダーがある。表紙はカオス・アメイジングのカードの背表紙と同じデザインだ。


「優秀なコントラスターは契約者との契りの証を持っています。そしてそれを収納する本を持ち合わせておりますわ」

「それがこれか?」

「はい、わたくしも持っていますわ。『デッキ』」


そういうとコスプレ姫の右手に白色のバインダーが現れた。


「この本は『デッキ』と呼ばれる、コントラスターの力のひとつですわ」


『デッキ』ね。自身の収集したカードを規定数集め、制限の範囲内で戦うために構築したものだ。

これはカオス・アメイジングのトレカのルールでの用語だ。

俺が知る限りこの言葉が物語の中で出てきたことは無かったと思う。

役になりきっているコスプレ姫もここばかりは言い訳できないな。

っていうか、今どこから出したんだ?またあの謎技術か?


「んー、なるほどね」

「『デッキ』には自身の生命力やオド、貯めているマナ。戦闘中であれば撤退した召喚者の一覧なども確認できますわ」


んー、カオス・アメイジングでバトルする時の自分の情報がこれで見れるってわけか。

自身の生命力はライフだろう。オドもマナもルール上そのままの意味だろうし、撤退した召喚者の一覧ってのは撤退場の事だな。

ということは、そのうちこれを使って戦えってことか。さっきコスプレ姫が言っていた力っていうのはこれの事かな? 一応聞いておくか。


「んー、了解。それで契約の時言っていた力っていうのはコントラスターの力で、バトルする時に手助けすればいいってことでいいのかな?」

「えーっと、ばとるというのがよく分かりませんがコントラスターとしてわたくしが動く時に同じく助けてほしいのですわ」

「なるほど、わかったよ」


まぁ、なんだ。この謎技術を使ってコスプレ姫と共に共同戦線を取ってくれってことね。

そういうシナリオなら分かりやすくていい。しかしそろそろ全貌を教えてほしいもんだが如何せん疲れちゃったよ。


「あー、メアリー姫少しいいですか?」

「あっ、はい。何でございましょう」


こっちから話しかけるとまだ緊張してるのかピクッと肩が上がるのな。年相応の女の子の反応みたいで可愛いな。これは素かな?ここまで演技できてるなら俺は彼女を何とか主演女優賞とかにしてもいいと思うよ。


「さすがにちょっと疲れてきた。少し休みたい」

「そぅ、ですわね。一度帰還なされますか?」


あーれー?普通に休憩で良くない?なにとりあえずコレでいいの?もうお家帰って平気?


「帰還?」

「えぇ、召喚に応えて来て下さったのですから帰還できると思うのですが」


まーた設定っぽい言葉で返された。なんか俺が自分の意思でここに来たみたいな言いかたしてんな。帰っていいなら帰るけど


「ふーん、で、どうやって帰ればいい?」

「え?」

「ん?」

「いえ、普通は召喚の後、契約が完了すると皆様帰られますわ」


えーっと、要は帰りたきゃ勝手に帰れってこと?というか、だからそもそもここはどこなんだよ。


「帰るって、どうやって帰えるの? 徒歩?」

「いえ、召喚と同じようにして帰られますわ」


んー、また訳わかんねぇ理屈こねられる気がするぞ。そうなる前にズバッと聞くか!


「それってどうやるのさ?」

「え?」


いや、え?って言われてもむしろ聞きたいのはこっちなんだから。っていうかさっきからずっと聞いてたよね?


「いや、だから、どうやれば帰れるの? 俺はどうすればいいの? なんか条件とかある?」

「召喚者の方はご自分の世界に帰る方法をご存じなのでは?」


知らないよ? そもそも拉致ってきたのはそっちの大人たちじゃね?


「いやいや、何にもわからんまま拉致られてきた俺が帰り方なんか知ってるわけないでしょ」

「拉致られて……?」


ありゃ、コスプレ姫実は何も聞かされていないのかな?さっきからずっと話がかみ合わなかったのは、そもそも知らされてなかったからなのかな?


「だって俺からしたことなんて何もないよ? 精々届いた荷物開けただけ」

「召喚に応じられたりしたわけでは……」

「だからそれがそもそも身に覚えがないんだってば」


問答無用だったよね。箱を開く、カード光る、俺拉致られる。の三連コンボだったよね。


「そんな、召喚に応じていただいたから契約をなさったわけではないのですか!?」

「正直に話すと気が付いたらここにいた。知ってる姿の人が、切羽詰まっている様子だったから話だけでも聞こうと思った。あとは成り行き」

「そんな……」


絶望。そんな感情が顔に出るくらい顔を青ざめて床に座り込んでしまった。こりゃぁ本当に何も知らされてないな。


「成り行きとはいえ、ひょっとしてマズかった?」

「えぇ、そうですわね」


即答かぁ、これコスプレ姫の心に相当負担掛けちゃったかも。いい子の罪悪感を募るような真似はしたくないなぁ。まぁ、フォローはしよう。これ大事。


「……具体的にどのくらい?」

「契約が効果をきちんと発揮してない可能性が高いですわ」

「それは、どのくらいマズいの?」


そもそも、謎技術がちゃんと効果を発揮しているのかどうかは俺には分らない。


「考えられるのはあなた様が帰れない事」

「うぇ!?」

 

急に帰るのダメって言われても! いいじゃん! 家には帰してよ! 謎技術とか別に関係ないでしょ!?


「そもそも、わたくしの契約を確認して召喚に応じられていない以上、わたくしとあなた様の契約がどういったものになっているかすら不明ですわ」

「ん? どういう事?」


あの特殊エフェクトみたいな謎技術、勝手に発動したっぽいのになにが不明なんだろ? ひとまずコスプレ姫の話を聞くことにしよう。


「わたくしはコントラスターとして、こちらの契約に応じられる条件を持った方を召喚したつもりでした。そして現れたのがあなた様です。」

「ふむふむ」


つまりアレだね。バイト情報誌に18歳以上とか、資格持ちの方のみとか書くみたいなもんだね。だよね?


「通常の契約の場合、こちらに召喚された時点で、わたくし側の契約内容を契約者側が受理している前提でいらっしゃるのですわ」

「なんで?」

「そういう召喚魔法陣にしているからですわ。召喚してから交渉するより、条件に合う方を召喚した方が良いですわ」

「なるほど」


やっぱりバイト情報誌の考え方で間違いないな。来てもらう人に条件を付けておけばそれ以外の人が来ないというわけだ。まぁ合理的だよね。


「なにより、そもそもこれらを召喚の条件にしておかないと、召喚した直後に襲われるなどありえますし」

「ありえたのか……」

「過去の例でよろしいのでしたら枚挙にいとまがないほど書籍に残っておりますわ」

「そりゃ怖い」


まぁ、メアリー姫の格好は可愛いからね! 俺だって同い年くらいだったら、ちょっとピクッてきちゃうくらいには可愛いよね! どこがとは言わないけどね!


「ですから昨今のコントラスターは、こちらの条件を満たせるものだけを召喚する魔法陣を使用しますわ」

「その魔法陣ってのは、召喚するのに必要なもんって認識でいいんだよな」

「そもそも、あなた様の足元に描かれているのがそれですわ。もっとももう魔法陣としての力を失ってしまったようで光が消えてしまっておりますけれども」

「あぁ、このさっきまで光ってたやつか」


そういえばいつの間にか消えてんな。さっきからいろんな物がピカピカ光ってたから、いつの間に消えたのかとか気づかなかったわ。


「そうですわ。そもそも魔法陣から力が消えた後にこちらにいる召喚者など聞いたことがないですわ」

「ってことは、つまり……」


どういう事だってばよ!? いや、なんとなく想像は付くけど、ここは聞いておきたい。


「魔法陣が消えた今帰る方法があるかは、申し訳ないのですがわたくしには分りません」

「な、なんだって」


っていう設定だよね。じゃないと困るもん。俺もコスプレ姫も。マジで裏方やってる人間には一発お見舞いしないと気が済まないわ。


「そもそも召喚者だとしたら、魔法陣が消えてこの世に残っていられるはずがないはずなのですが」

「え? なにそれ、俺急に死んだりとかしないよね」


え? 生死レベルの案件として教えられてるの? 怖いって。


「分かりませんとしか。ただ御体の方が不調を訴えていないのであればすぐには問題ないのではないでしょうか」

「そういうことなら、大丈夫か? 体調だけでいうならむしろ良い方だな」


なぜか軽くなってる身体は絶好調といっても過言ではないな。


「それならば、一安心ですわ」

「そうか、じゃあ聞きたいんだけど、今この魔法陣の外に出ても平気?」

「おそらくは平気かと。もはや魔法陣自体に何の力もございませんので」

「そっか、それじゃあ。よっと」


スッっと魔法陣の外に足を出し何とも無い事を確認してから身体全体を魔法陣跡から出してみる。


「ふむ、問題はなさそうだな。体の方にも何も変化はない」

「それはそれで召喚者としては問題なのですけれども……」


っていわれても。まぁ、こんな教育をした人間には後で物理ワンツーだな。個人的には精神的ワンツーの方が得意だけど。言ってもわからん奴らには肉体言語で話すしかあるまい。


「まぁ、分からない事を考えてもしょうがない。ところでここから外に出ても大丈夫?」

「あまりよろしくは無いのですが、何故です?」


そもそも疲れたから帰りたいけどコスプレ姫には帰り方がわからないって話だったよね。送ってもらえないなら自分の足で帰るしかないじゃない。まったく、アメイジングフォレスト社には足代請求してやるかんな! 絶対だ!


「何故も何も、魔法陣っていう不思議な力で帰れないなら自力で帰るしかないでしょ」

「あ、あの帰るというのは……」

「いや、何か急に色々あってまだ頭が混乱してんだよね。いったん帰って頭冷やしたくて」


帰ってシャワー浴びて頭空っぽにしてからゆっくり考えたい。


「大変失礼だとは思うのですが、もう一度お名前をうかがってもよろしいですか?」

「ん? いいよ。俺の名前は京極集」

「たしかキョウゴクが性、アツムが名でしたわね」

「あぁ、そうだよ」


いまさらか、って最初の時はすんごいあわててたな。スタッフとかから俺の名前すら聞いてないのか?あぁ、俺がここで本名を名乗るかどうかわかんないから確認みたいなもんか。


「お名前でお呼びしてもよろしいですか?」

「かまわんよ」

「ではアツム様、お帰りになろうとする前に一つだけご確認したいことがございます」

「ん? これが今日最後の質問? ならいいよ」


本当にさっさと帰りたい。帰ってゆっくりしたい。そんでコレクションが無事か確認したい。


「では、アツム様はここがどこだとお思いですか? この世界がどこで、どんな国か分かりますか?」

「それが分っかんねぇんだよな。最低でも日本でしょ? メアリー姫も日本語喋ってるし」


だって教えてくれないじゃん。まぁ、大の大人一人を海外まで運ぶとは思えないし、そもそもコスプレ姫が日本語喋ってるんだから日本でしょ。


「わたくしの事は、メアリーと呼んでいただければ。それからここはニホンという場ではございません」


呼べと言われればそう呼ぶけどさ。舞台中とはいえ「この無礼者!」とかならない? まぁ、こんな言葉遣いしてる以上今更な気もするが。しかし、日本ではないときたもんだ。


「あー、この場に及んで設定通すのは立派だと思うけど、ちょっと意地悪過ぎない?」

「いいえ、設定とやらでも、意地悪でもございません。ここはクインティプルの光の世界、そして今居るのは首都コウカンですわ」

「あー、まー、メアリーがいるならそういう事だよな」


【コントラスター メアリー王女】がいる場所っつったらそうなるわな。物語としての設定の答え合わせだとしたらいまするのはやっぱり意地悪だと俺は思うがね。


「おそらくまだわかっていらっしゃらないと思いますのでわたくしと一緒にここから出ましょうか」

「ようやくか、オッケー」


ゴネてもしょうがない。ここは素直に従ってさっさとここから出してもらって、監督か責任者にワンツーぶち込んで家まで送ってもらうかな。


「お願いがあります。ここから出ても大声で叫んだり暴れたりしないでください。そして誰かに説明しろと言われてましても、すべてわたくしが説明いたします」

「すぐには帰れないの?」

「外に出ればご理解いただけるかと。それで先程のお約束は」

「あぁ、了解、了解」


やるけどね。責任者ってのは責任を取るためにいるんだから。まぁ、コスプレ姫には刺激が強いだろうから会議室にでも通してもらってからOHANASIしようかな。


「それでは、ここから出ます。忘れ物はございませんね?」

「全部光になって、俺の中に入ったみたいだから無いね」


コレクションの冊子も、新カード作成権だった白紙のカードも謎技術で光になって消えたからね。


「よろしいですわ。それではこちらになります」


ぎぃ、と唯一ある木製の扉を引いて開けるコスプレ姫。その先にあるのはこの部屋と同じような石でできた上りの螺旋階段だった。


「すぐにスタジオか、外に出るもんだと思ってた」

「スタジオとやらはわかりませんが、この階段を上ると城の地下に出ます」

「ってことは今居る所はさらに地下ってこと?」

「そうですわ。そうすぐ着きますので先程のお約束をお忘れませんようにお願い致しますわ」

「ん。了解」


コスプレ姫の後をゆっくりと登っていく。コツコツと階段を上る音に加え、ふわっ、ふわっとゆれる彼女の髪がまるで小動物みたいで見てて和んだ。階段を上ると、部屋から出た時と同じような木製の扉がそこにはあった。またもや、ぎぃっと音をならしながら扉を開ける。そこは先ほどまでの石だけの造りとは違う、大がかりな通りのような場所だった。足元や壁面にはレンガのような石造り。支柱や天井は木でできていた。


「契約の儀が終わりましたわ」

「姫様。お疲れ様です」


扉を出ると、そこには左右に一人づつの鎧を着たおっさんがいた。

右のおっさんは見るからに重そうな大きな盾を横に置いていた。持てるのかアレ?

左のおっさんは左手に丸いバスケットボール位の大きさの丸い盾をつけてるな。アレは腕に直接つけているのかな?

ぼーっと二人を観察しているとコスプレ姫は二人に向かって指示を出していた。


「ただ、少し問題がありました。お父様に伝言をお願いいたします『エルフが森を焼いた』と」

「「!?」」

「詳しくはお父様達とお話しします。それと、わたくしの客間を使用しますとお願いします」

「わ、分かりました。すぐにお伝えしてきます!」

「お願いしますわね」


二人のおっさんはガチャガチャと音を立てながら走って行ってしまった。


「何アレ?」

「何とは失礼でございますわね。わたくしたちの国の兵士ですわ」

「ヘー」

「どうかなさいましたか?」

「いや、クオリティ高いなぁと」


うん、ガチャガチャなるってことは少なくともダンボール製ではあるまい。金属部分があってそれが擦れてなってる音だったし。詳しくは知らないけどどんな軽い金属だってあそこまで着込んでいたら軽く五kgは超えるだろう。


「褒めてくださっているのですか?」

「うん、すごいと思うよ」


コスプレのクオリティ上げる為だけにわざわざ金属製の鎧まで着るとかなかなかの本気度だと思う。石造りの螺旋階段もそうだし、今居る個々の地下通路? だって相当なものだ。ひんやりとした空気が心地良いし地下だというのに空調が抜群なことを考えると本当に地下なのかは怪しいな。まぁ、本人が地下だと言っているんだ、今はのせられてあげよう、うん。


「それは重々。それではまずわたくしの客間へとご案内させていただきますわ」

「何故に? 帰れるんじゃなかったの?」

「それも含めてご説明したいと思います。最もわたくしが分かる事までとなりますが」

「客間ってことは少し休める?」

「ゆっくりとできるかは分かりませんが、腰を落ち着けることぐらいはできますわ」

「まぁ、座れるならいいや」


休憩出来て、色々教えてくれるって言うならもう少しだけ付きあってもいいかな。なんだかんだ言って可愛い女の子には弱い人種なんです。でも俺ってここまで感情で動く人間だったか? なんか違和感あるな。


「はい。ではご案内しますね」

「お願いね」

「その前にデッキはしまって欲しいのですが」


おっ? また例の無茶振りですか、そうですか。どうすりゃいいのかねコレ。


「ん? コレ? どうやってしまうの?」

「心の中でデッキをしまいたいと念じてみてください」

「こうか」


デッキ収納っと、思うと同時に手のあったバインダーは光の粒子となって俺の左手に消えていった。


「しまえちゃうんだ」

「デッキはコントラスターなら誰でも使えるシンボルですからね」

「ほー」


そういう扱いか。デッキが使える奴はコントラスターって事。俺が知るデッキとは似て非なるものだけどそういう設定なんだからしょうがない。


「それだけにデッキを出して歩いているとわたくしはコントラスターですと言っているようなものですから」

「なるほど、でもダメなん?」

「コントラスターではない方から見たら、わたくしたちの力は脅威ですわよ」


力があるからって安易に見せびらかしているといらぬ誤解を受けることもあるってことか。


「そっか、見える相手全員に喧嘩を売る必要もないか」

「少し違いますが、そういうことですわ。では参りましょうか」


さきほどおっさん達が駆けて行った通路の跡を追うように、コスプレ姫はコツコツと歩を進める。手荷物すらなくなった俺は、彼女の後をゆっくりと追う。

石造りと木でできた大柱の廊下を進むとまたもや階段。先程とはちがい踊り場のある直進、直角の階段だった。そのまま上り三回の踊り場を経てたどり着いた先はまたもや廊下だった。

しかし今度の廊下は先ほどの無機質なものと違い厳かな雰囲気がにじみ出ている。壁はほのかに赤みを帯びた白だ。

漆喰ってあんな色あるのかな? それとも漆喰じゃないのか。よーく見ると表面が均一じゃないから石材ではないだろうな。

と気もそぞろに歩いているとそこそこ立派な扉の前に到着した。コスプレ姫が立ち止まっているからここが目的地なんだろう。


「わたくしですわ。開けてくださいまし」


凛とした声でコスプレ姫が扉の向こうへ声をかける。

ガチャと扉が開くとそこにいたのはメイドさんだった。


「姫様、ご支度整っております」


扉の向こうで進行の邪魔にならない場に身体を動かしコスプレ姫に一礼するメイドさん。その姿、その動きはそこいらの一般人とはかけ離れたものだった。

俺だって腐っても十五年以上社会で揉まれてきた人間だ。上辺だけの礼や佇まいなんかは腐るほど見てきた。だけどこの人は違う、体の動かし方がもはや一般人のそれではない。

一瞬だけど気圧された。一礼に、だ。

そしてそれと同時にコスプレ姫を初めて見た時と同じ違和感があることに気が付いた。


「ご苦労さま、メメル。さぁ、アツム様こちらでございますわ」


コスプレ姫の一言で一瞬にして違和感が確信に変わる。

そうだ、俺はこの人を知っている。そして知識と知ったのはもちろんカオス・アメイジングだ。


「……【王女メイド隊親衛隊隊長 メメル・キリング】」


そぅ、つぶやいてしまった。

ふっと口から洩れてしまったのだ。他意はなかったと思う。


「ッ!!」


ハッとした時にはすでに遅かった。メメルと呼ばれるメイドさんに俺は、背後に回られ逆手を取られてしまっていた。


「貴様! 何者だ!」

「いてててててて」

「メメル! やめなさい!」

「しかし、こやつは!」

「メメル命令です! おやめなさい!」

「……はっ」


しぶしぶという感じでメイドさんは俺から手を放す。自由になった手がまたピリピリしてる。少しだけ手を振って痛みを逃がすと、とりあえず謝っておくことにする。


「スマン、迂闊すぎた」

「アツム様が謝る事ではございませんわ、むしろこちらこそ急にご無礼を働き、申し訳ありません」


すっ、とコスプレ姫が頭を下げる。


「姫様!?」


敵対心剥き出しのメイドさんは俺を警戒しつつもコスプレ姫の態度に戸惑っているみたいだった。


「メメル、命令です。アツム様はわたくしの最上の客人として持て成しなさい」

「しかし」

「命令です」

「……御意」


納得はできないけど了解しました。みたいな態度でメイドさんは頭を下げている。若干置いていかれつつある俺。さて、どうしようか。


「アツム様」

「ん?」


コスプレ姫に呼ばれる。ついていけない空気にぼーっとしてたからちょっとびっくりした。


「メメルの役職と名前を知っていたのもわたくしと同様ですか?」

「まぁ、知識として知っていた。その知識の出所がどこだ?って言われたなら、さっきシンボルだって言われてたあの表紙が変わる冊子からだな」


これ以上疑惑の目で見られても俺に良い事は無いだろう。出せる情報は出しておく。切れるカードはまだほかにもあるだろうからこの状況で出し惜しみする必要はないな。


「そう、ですか。先ほど言っていたことは間違いではないのですね」

「さっき言っていた事?」

「力はないかもしれないが、知識はある。と仰っていたではございませんか」

「あぁ、それね」


間違いではない。カオス・アメイジングの世界観だけでいうならアメイジングフォレスト社の開発かそれ以上に詳しい自信はある。


「それに関してだけは自信があるよ」


と、それ以外に目立って自分が自慢できることはあまりない。俺からコレクションとそれに関する知識を引いてしまったらあとは何が残るのだろう。というぐらいだ。でもそれでいい。それこそが俺だといつも言っている位じゃないか。


「知識ですか?」

「えぇ、アツム様をここにお呼びした意味でもあります」

「姫様がそうおっしゃるなら是非もありません」

「そう、なら相応にお願いいたしますわね。さて、アツム様遅れましたが中へとお入りください」


メイドさんが意を決したような表情でコスプレ姫と俺を交互に見る。

それはともかくようやく一息つける部屋についたようだ。と、ほっと安堵したのも束の間、その部屋の内装に度肝を抜かれた。


足の長いふわっふわの絨毯。壁は先程の漆喰の様な物とはちがい見るも見事な模様が描かれた白い壁紙。その間を仕切るように立つ柱でさえ細かな装飾が施されている。さらにその壁には風景画のような物が幾つか掲げられていた。談話スペースであろうソファーと机も部屋の雰囲気を崩さず調和が整えられている。その横にあるルームランプを淡い光を放っているが、その土台は妖精が舞う装飾が施された見事なものだった。さらにその奥には先ほどの扉とは品もかくも違うレベルの扉が鎮座していた。あの奥が宝物庫だって言われても違和感がないくらいだ。また、部屋を照らすシャンデリアは俺の知るものとは違ったが全体が煌めくものではなく、その意匠こそが真価なのだと言わんばかりの見事なものだった。


「アツム様? どうかなされましたか?」

「い、いや、ここまで見事な部屋を見たのは生まれて初めてだ。スゴイ、感動して足が動かなかった」

「まぁ! そういっていただけると大変うれしいですわ」


そう言ってコロコロ笑うコスプレ姫。初めて一本取られたような気がするがここで休めるなら帰宅なんて小さい事は言わないわ。なんだこのVIP待遇。すごすぎてスゴイの言葉しか出てこないよ。


「本当にお世辞抜きでスゴイわ。ところでコレこのまま入っていいの?」


地下の召喚された場所では気にも留めていなかったがいつの間にか俺は靴を履いている。俺のお気に入りのスニーカーなのだが休日にしか履かないはずの靴を履いていて今更ながらにちょっと違和感を覚えた。まぁ、玄関に出しっぱなしにしている革靴を、今の部屋着に近い恰好ではかされているよりはマシか。

そんで以下に俺とてこんな部屋の絨毯を普段から履いている靴で汚すのは忍びない。というか少しでも汚れを落としてから入らないと恐縮して入れそうもない。ハッ!?それが狙いか?


「そのままで構いません」


うんうん悩んでいる所にメイドさんから返事が来た。やっぱりコレプレッシャー掛けにきてない?


「こんな見事な絨毯汚せないよ。靴を脱ぐか、スリッパか、それじゃなきゃ靴の汚れを拭わせてくれよ」

「わたくしは気にいたしませんわよ」

「俺が気なるんだよ。お願いだから靴を拭わせてくれ。汚れてもいい布を貸してくれないか?そうじゃなきゃ俺は靴を脱ぐよ」

「それでしたら、今お持ちいたします。少々お待ちください」


俺がゴネているとメイドさんが奥の扉のむこうへ消えていった。一分もしないうちに手ぬぐいの様な物を持ってくる。


「こちらをお使いください。汚れを拭いやすいように少し濡らしてございますので気を付けてください。また、拭うのにこちらもお使いください」


そう言って簡単な木椅子を持ってきてくれた。なんか至れり尽くせりだ。靴を拭う布も適度に湿っているが水が垂れるほどではない。スゴイなこの人。


「ありがとう、じゃあ使わせてもらうね」


お礼を言って、靴の裏面と側面を重点的に拭いていく。やっぱり結構汚れていた。吹いていた布は結構ドロドロになっちゃってるけど大丈夫かな?そうこうしているうちに靴は新品とまではいかなくても屋内を歩いても平気なくらいには綺麗になった。


「おまたせ、ありがとう。コレどうすればいい?」


二人とも文句も言わずに扉の前で待っていてくれている。使ってしまった布の処遇はどうすればいいのかわからず思わず聞いてしまった。


「私がお預かりいたします。お客様は中へどうぞ」


汚れた布をメイドさんは預かって部屋の奥へと進むように勧めてくる。まだ、部屋の調度品を見て心臓がバクバクいってるがここでひるんでもしょうがない。えぇい!男は度胸!

ふわっとした絨毯の優しい弾力が靴を履いた上でもわかる。うんヤバイ。何がヤバイって、俺みたいな一般人がこんなもんの上にいるのがヤバイ。汚れたから弁償しろって言われても俺の貯蓄でなんとかなる限界を超えている。

そして入って右手、何だコレ?すごく重厚な木でできたデスクがある。なんだろう会社の受付にあるカウンターをもっと厳かな感じにしたものといえばいいんだろうか。


「アツム様、こちらへお願いいたしますわ」

「あ、あぁ、今行く」


キョロキョロとまるでお上りさんみたいな挙動不審振りを発動しながらコスプレ姫に勧められられるがままソファーへと向かう。


「こちらに座ってください。ただいまお話に必要なものをいくつか持参いたしますわ」

「分かった」


命一杯の虚勢を張りボスンとソファに座る。

ヤバイ。コレヤバイ。座っただけで全身を包まれてしまった。それほど柔らかかった。立ちっぱなしで少しだけ疲れたはずの腰や足が歓喜という名の悲鳴を上げた。これ駄目だ。ダメな奴だ。立てなくなる。


「お客様、お飲み物などはいかがでしょうか?」


メイドさんが聞いてくる。この待遇、その上美人メイドさんのお茶までサービス……、いやコレ実はサービスなんかじゃないんじゃないか?後から盛大に要求してくる、コスプレぼったくりバーの可能性が緊急浮上してきたぞ?これはマズい。とりあえず注文みたいなのは全部断っておこう。そうすれば何かあってもそれに関してはしらばっくれることができる。


「お気遣いありがとうございます、しかし今は喉などは乾いていないので結構ですよ」


思わず丁寧語にもなってしまうってもんだ。ちょっと威圧してしまう感じになってしまった。ごめんなさい。


「アツム様、お待たせいたしましたわ」


ちょっとそわそわしてる間にコスプレ姫が戻ってきた。思ったより早かったな。


「姫様、お飲み物などはいかがなさいますか?」

「私は香茶を、アツム様はいかがなさいますか?」

「俺は結構。それより先に話を聞きたいね」

「そうですか、ではわたくしも後にいたしましょう、メメルお願いいたしますわね」

「畏まりました」

「それではアツム様、まずはこちらをご覧になってほしいのです」


そういってコスプレ姫が出してきたものは緑と黄色の配色で表紙にでかでかと【カオス・アメイジング ルールブック】と書かれた冊子だった。

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