第一章

第1話


 ここ自由貿易都市国家、〝グランヴェルン〟――たった一つの都市が国として名を連ねるこの国は、その名の通り様々な人や物が集まってくる世界有数の国家である。


 中心部にそびえ立つ巨大な建造物は〝ラヴェイラ〟と呼ばれ、この都市の象徴でもありその技術力の高さを内外に示している。


 そして、その〝ラヴェイラ〟を中心として東西南北に分かれ、そのまま都市の守りを司る外門にまで伸びる大通りメインストリート――通称〝四製通りフォークリーセ〟。


 どの通りにも、服飾、食品、工芸、工房など様々な店が出ていることで有名だ。その活気はいつでも耐えることはない。人が全くいない時間を探す方が難しいだろう。




 そんな〝四製通り〟の一つである〝南部通りサークリーセ〟の外れ、街の郊外に近い場所に構えるのが探偵事務所〝リアレンティオ〟。

 

 そこの一室では見るからに金持ちそうな恰幅のいい男と、どこか覇気のない男がテーブルを挟んで、向かい合うようにソファに座っていた。


 恰幅のいい男の方の後ろには黒いスーツ姿の男が二名立っていた。どうやら護衛のようだ。それほどの人物なのだろうか。


 覇気のない方の男は、顔立ちに未だ抜けきれていないあどけなさが残っている。男と言うよりは青年といった方が正しいかもしれない。


 恰幅のいい男がにこやかな顔持ちで話を切り出す。


「我が社の最新鋭機とデモンストレーションとして戦っていただきたいのですよ」


「おっしゃりたいことは分かりました。けれども、テストパイロットぐらいあなたの会社ならば、十分な数いらっしゃるでしょう?」

 

 男の言葉に青年は疑問を抱き言葉を返す。


 この男の会社は〝シェプファー社〟と言う。

 

 元々〝南部通り〟と繋がりの深い四大国の一つ〝フェスティマ共和国〟から、この〝グランヴェルン〟にやってきた兵器開発の会社であり、世界五本の指に入るほど大会社でもある。


 いかに本社がこの街にあろうとも、こんな大通りから外れた探偵事務所にまで来て頼むようなことではない。


「いえいえ、我が社と関わりの無い方というのが重要なのですよ」

 

 そんな青年の疑問に対して社長はあっさりと返答する。


「それで、私だと? 傭兵ではだめなのですか?」


「ええ。私個人が傭兵を好いていないのもありますが、先行量産機です。戦いには傭兵という存在は重視すべきですがこういった模擬戦にはむきません。乱暴な戦闘をされて壊されるわけにはいかないのですよ。

 それに、敵味方ともに我が社のテストパイロット同士では、どんな仮想敵機を用意しても新型機を見せつけるための自作自演マッチポンプと見られてしまうでしょう?」

 

 社長の言うことは一理ある。機体性能の高さを見せつけるのであれば操縦者にも気を配らなければならない。

 

 それと、傭兵が好かないというのもたぶん本当だろう。社長が傭兵の単語を出すときに、若干の嫌悪感を含んだ声色になったのを青年は聞き逃さなかった。


 ――だが、それは理由にしては弱い。

 

 青年は社長の言葉を全て信用したわけではなかった。

 用意された報酬は悪くない、むしろ多いくらいだ。だが、即答するのは少し待つべきだろうか。


 そんなことを考えつつ悩んでいるそぶりを表情に出さずに、沈黙を保つ。


「……………」


「それにこちらにもAAF……おありでしょう?」

 

 すると、青年が答えないのをどうとったのかは分からないが、社長はちらっと窓の方を見たかと思うとそんなことを言いだした。

 

 そこにあるのは〝リアレンティオ〟に併設された建物。どう見ても倉庫にしか見えないはずなのだが、社長はその中にあるものを知っているようだった。


(そちらが本命か、別に見せること自体は問題ないが、いったい大会社の社長が何処で知ったのやら……)

 

 青年は心の中でそう呟く。


 

 AAF《アグレッシブアーマードファイター》。

 

 

 それは過去、この国が〝グランヴェルン〟と名前を変える前に造られたのが最初であり、五m~七mほどの大きさをもつ戦術機動兵器の名だった。

 

 現在は各国の軍などにいくらか配備されており、型落ちのAAFは作業用機械として民間に重宝されているものもある。


 性能はいいのだが、基本的に金食い虫であるAAFは個人で所有しているものは少ない。

 

 しかしながら、先ほど会話に出てきた緩衝地帯における戦争ウォーゲームで稼ぐ傭兵、さらに投資家や資産家などはAAFを所持している者の方が多いだろう。


 この探偵事務所〝リアレンティオ〟にはAAFが存在する。全身緑色の中量級の機体が。


 おそらく社長が言っているのはこの機体のことだろう。


(虎穴に入らずんば虎児を得ず……とはたしか東方の首長連合国の言葉だったか? あの爺さんに妙な事ばかり教えられた気がする。社長はここにAAFがあるのは確信しているみたいだし、少し踏み込んだ質問をしてみるか)


「私が戦ってもよほど上手く戦わなければ、結局自作自演にしか捉えられないのではないですか?」


「別にそこは、我が社と深い繋がりの無い方が戦う事の方が重要なのですよ。ほどよく戦っていただければ構いません。万が一アナタが勝ちそうであるならば、きりの良いところで指示を出して模擬戦自体止めますから。ああ、それとご安心ください、かかる経費はすべてこちらもちですので」


 是非とも受けてくださいと言わんばかりに社長が踏み込んでくる。

 それを聞いた青年は、社長の狙いがなんなのかおぼろげながら予想が付いた。

 

(なるほど、この感じは俺のAAFのデータがほしいのか)


 自社とは別系統で開発されたAAFのデータは貴重だ。他社のAAFについては戦争から回ってきた情報がある程度あるだろうが、この青年が持つのは見慣れないAAF。間違いなくカスタマイズされた機体だと言える。


 自社に預けてもらい詳しく調べたいのが本心なのだろうが、戦闘映像だけでもいい情報だろう。


 青年としては別にその程度のこと痛くもかゆくもない。

 それに〝シェプファー社〟ほどの大企業の依頼を断ったとなれば、日頃の依頼すら来なくなる可能性がある。誰だって権力に目をつけられたくないものなのだから。


「分かりました」


「ほう! では引き受けていただけると!」


 青年の言葉に社長は凄みをきかせ、片眉をつり上げる。言質は取ったぞと言っているような表情であった。


「ええ、契約書をお願いします」

 

 青年の一言を聞いた社長はすぐさま鞄から契約書を取り出し、青年へ渡す。

 

 社長が出した契約書の内容を一字一句見逃すことなく確認する青年。当然と言えば当然のことだ。大会社といえど無条件で信用することなどありえない、騙されてはたまらないのだから。


 


 青年は社長が前金として置いていった札束をテーブルの上から、自分が座るソファの左横に置くとふうっと、ため息をはいた。

 いくら、大金が手に入ろうとも、ああいうやりとりはつかれるものなのだ。


 精神だけでなく身体も疲れを感じているようで、青年が座ったままノビをすると背骨がバキバキと音をたてた。


「レーヴさん、お客さんはもう帰られてしまいましたか?」

 

 そんなとき、先ほど社長とその護衛が出ていったのと、真逆のドアから出てきたのは少女だった。


 金髪のフワッとした髪を肩までストレートにおろし、目はパッチリとした二重で鼻や口なども均整の取れた顔つきをしている。

 

 その口調とも相まって、綺麗や美人と言った表現よりもかわいいや愛くるしいと言った表現が似合うだろう。


 そして、その手にはトレイに乗せられた紅茶が入ったティーカップとお茶請けのお菓子であるクッキー。


 先ほどの社長に出そうとしたのだろう。


「ああ、仕事の話は終わったよ」

 

 そんな少女の質問に対して、先ほどまでの口調とはうってかわって、少しばかり崩したような話し方をし始める青年――レーヴォルス・アシュトン。

 

 おそらく、こちらの方が素なのだろう。


「せっかく用意したのにこれどうしましょうか?」

 

 少女は手元のトレイを見ながら首を傾げる。


「ミーリがせっかく用意したんだし、もったいないから、今、二人で食べてしまおう」


「そうですね」


 ミーリと呼ばれた少女は青年の右隣に座ると、クッキーを一つツマミながら、


「それで、結局どんな依頼のお話だったんですか?」


「最新機体であるAAFのデモンストレーションとして模擬戦をやってくれってさ。あの人〝シェプファー社〟の社長だそうだ」


「ええ!? 本当ですか!?」


 さすがにミーリも驚いたようだ。大企業の社長が直々に来て依頼をすることなど、今までなかったからだろう。


「でも、あの緑色のAAF動くんですか? レーヴさんがここに来て以来、一度も動いているのを見たことが無いんですけど?」


「大丈夫、ちゃんと動くよ、時々整備していたのは知っているだろう?」


「はい! 機材や部品を経費として使って整備しているのは知っています!」


「ははっ……」


 レーヴはミーリの言葉に引きつったような笑みを浮かべる。確かに動かしてはいないが、それはあのくだらない戦争にいかないためである。


 大体まがいなりにも探偵事務所と名乗っているのだ。今回のように元から何でも屋に近い仕事ではあるが、戦争に行くのではただの傭兵になってしまう。


「ああ、それとこれ前金だそうだ」


 せっかくだから今のうちに渡してしまおうと、レーヴはソファに置いた札束をミーリに渡す。


「よ、ようやく、倉庫を圧迫するだけの置物ではなくなるんですね!」


 札束を受け取ったミーリは何かに感謝かのごとく、空へ向けて祈るように手を合わせると、レーヴに追い打ちをかけるような一言を言う。


「そ、そんなこと思っていたのか、今まで、何も言ってなかったのに……」


「基本的にレーヴさんが稼いでいますから、納得はしていただけです。今現在も維持費としてお金が消えていることを忘れないでくださいね!」


「……はい」


 これだけである程度の力関係は伺えるだろう。

 そう、この〝リアレンティオ〟を含む建物はすべてミーリの所有物なのだ。


 レーヴは居候であるといってしまって問題ない。一応、稼いでいるためヒモでないのが救いと言えるだろうか。



「でも、やっぱり貯金すべきですかね?」


 大金を見て、妙に庶民的な事を言うミーリを見ながら、レーヴは紅茶を一口飲んで、数日後の模擬戦へと意識を傾けるのだった。






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