機動探偵

海星めりい

プロローグ

『本作戦は軍事施設を不当占拠している集団の排除です。施設に備えられている自立砲台及び機体も敵の手に落ちていると考えられます。これらを全て破壊してください。以上です』

 

 AIが無機質な声色で今回の作戦を端的に説明する。


「不当占拠ね……」

 

 おそらく違うだろうと考え首を横に振る。


 だが、ここはそういうところだ。黒は黒、グレーも黒、白だったしても黒だ。

 正しいかどうかは俺には関係ない。


 ただあまり気分が良くないのも事実だ。


『はい、何か問題でも?』

 

 俺のつぶやきに反応したのかAIが聞き返してくる。機械的な反応なので心配されているとは思っていない。


「いいや、ないよ。いつも通り一人だろ?」

 

 分かりきっていることだが一応確認してみる。

 最後に共同でこなした作戦ってなんだっけ? と記憶を探るもすぐにはでてこなかった。


『その通りです、番外序列アウトナンバー


「了解、了解~。番外序列出撃っと」

 

 機体を射出装置に預け、放たれる瞬間に一気にブースターを起動させ発進する。

 

 カタパルトから飛び出した俺の機体は放物線を描き、ある程度飛んだところで着地する。


「さてと、お仕事、お仕事!」


『真面目に行動してください、番外序列』


 そんなAIの小言をうけながら、俺の機体は着地直後そのままの勢いで走り出した。


***********

 

 月明かりすらない暗闇の中、その闇に同化するかのような一つの機体が息を殺すような静けさで周辺を警戒している蒼い一機の背後に回り込む。


「いただきっ!」

 

 その言葉と共に左手に装備されたレーザーブレイドが光刃を形成する。


 背後をとられた蒼い機体はその眩い光に気付き、避けようとするが時既に遅し、何も出来ないまま上下に一刀両断され崩れ落ちる。

 

 動力炉を避けて綺麗に切断したためか爆発など起きず、飛び散る火花も最小限だった。


『お見事です、番外序列』

 

 相変わらずの抑揚のない音声でAIが番外序列と呼ばれている男の腕を褒め称える。


「これで最後か?」


『機体はこれで最後になります。後は施設の破壊です』


 そう言えば施設を占拠している集団の排除だったな、と男は頭をかいて機体を施設へと向け、左肩のリニアキャノンを連射した。

 

 重低音と共に発射されたのは電磁装置によって加速させられた砲弾である。

 

 男がいる場所から、離れた所にある施設は砲弾が命中した部分を綺麗にえぐり取られ、穴だらけとなった建物ではその重さを支えることなど出来ずに自壊した。


「終わりか?」


『生体反応・及び熱源無し、任務完了です』



***********


「お疲れ様です!」


「整備、よろしく頼む」

 

 任務を終えて番外序列である男が帰ってきたのは格納庫だ。周りの整備員に機体を預けコックピットから降り立つ。

 

 機体のメンテナンスをするためにある整備用の足場を抜けて、基地内の通路に入ったところで、見知った存在が壁に背を掛けているのが視界に入った。


「おかえり、今日も無事みたいね」


 男に声をかけたのは一人の小柄な女だった。

 

 その少女の背は男である番外序列よりも一〇センチ以上低く、紫紺の髪は長く腰まで届きそうで艶やかな光を放ち、赤い瞳の眼孔は鋭い。

 

 実年齢は男同様不明で、キツそうな外見だが一目で美少女であるということは分かった。


「何か用か? ナンバー4」

 

「つれないわね。孤独な一匹狼であるアンタにたいして、私直々にねぎらいの言葉を掛けたっていうのに! それと、本日付で私はナンバー3に昇格したわよ!」


 男にナンバー4と呼ばれた少女は腕を腰に当て、胸を張る。

 その姿は子供が背伸びをしているかのような印象をうけた。

 

 もっとも、男に子供がいたことなどなく、前に別の出来事で『子供か?』と聞いたときに凄い剣幕で詰め寄られたので、間違ってもそんなことは聞きはしない。


「そうか、一応おめでとうでいいのか? あと、俺の機体の特性から集団行動は無理だろう。俺自身もする気は無いがな」


 男の機体は特殊な機体だ。一人でこそ真価を発揮する機能のためよほどのことがない限り僚機が付くことはないといえる。


 だからこそ他のメンバーとちがい数字序列ナンバーではなく番外序列と呼ばれているのだ。


「ふーん。まあいいわ。それでせっかくだからどう?」

 

 彼女――ナンバー3――はつまらなそうに鼻を鳴らすと男に対して誘いをかける。


「何がだ? キチンと言ってくれなければ分からないんだが?」


「お祝いよ! お祝い! 私の昇格とアンタの任務成功の! とても高い飲み物だって用意してあるんだから! 貴重よ、貴重!」


 任務など成功したことはいくらでもある。ということはこれは彼女が自身の昇格を自慢したいということだろう。

 

 別に祝うこと自体はどうでもいいし、高い飲み物とやらも興味あるのだが、何故か今日は自室にすぐ帰りたい気分だった。


「それは、魅力的なお誘いだが、今日は遠慮しておく。疲れているわけじゃないが、どうにも気がのらないからな」


「ふ、ふーん、そう。ならいいわよ! 一人で飲むから! 後悔しても知らないんだからね!」


 捨て台詞のような言葉を残すと彼女は早足で通路を曲がっていった。


「相変わらず騒がしいやつだな」


 そういいつつも、その顔は微かに笑っている。

 ここでは感情をださない人間が多い中、あそこまであけすけにものを言える彼女のことが少しうらやましく思えたからだろう。


 けれども、この場所が無機質な環境にしか感じられない男にはその程度の感情しか湧き出てこなかった。


(何もかもがつまらないなあ、あんたが居たときはここまでじゃ無かったんだが)

 

 自室までの通路を歩く最中、男はそんなことを思っていた。

 たどり着いた自室前のカードリーダーにカードをいれ、ロックを解除して中に入る。

 

 そのとき床に茶色い封筒が置かれているのが目に入った。


「なんだこれ? どうやって置いたんだ?」

 

 鍵は専用IDのカードキーで開けることになっている。マスターキーは存在していないので実質鍵は男の持つこれ一つである。


 男は少し離れたところから封筒を観察してみるが怪しいところは何一つ確認できない。

 

 男は近づいて手に取ってみる。


「爆弾……にしては薄いから単純な手紙か? 宛先は……?」 

 

 自室に置いてあるのだ。間違いなく自分宛てだろうと男は見当をつけるが、無駄に手の込んだいたずらということも考えられるので注意深く観察する。

 

 男が裏面をのぞき込んでみるとそこには印刷ではなく手書きで文字が書かれてあった。


『――――――・―――――様へ』


「なっ!」

 

 そこには男の本名が書かれてあった。

 ここでは全員コードネームである番号や記号で呼ばれている。

 顔を合わせることもあるから無駄かもしれないが、本名やその人物についてのことは仲間であっても秘匿されているのだ。

 

 もっとも自ら話すことに関しては制限されていないため、自身の経歴を話す人間もいないわけではない。


「いいね、こういうのはおもしろい」

 

 封筒をあけて読み進めていく内に、番外序列と呼ばれた男の顔からは、けだるそうな表情は次第に消え失せ、純粋な笑顔だけが浮かんでいた。



――その深夜、男の姿はこの建物から消えることになる。愛機である機体と共に



***********



 まだ朝靄が立ちこめるほどの早朝、


 番外序列である男の部屋の前に人影が一つ。

 その人影は控えめに、コンコンと扉をノックする。

 早朝ゆえに遠慮しているのだろうか。


「ねえ、起きてる? 今からでもどう?」

 

 この言葉で誰なのかはすぐにわかる、前日男を誘ったナンバー3、彼女だ。 

 来た理由は今日ならば大丈夫ではないか、という思いの元。また彼を誘いにきたというわけだ。

 

 しかしながら声をかけてノックをしてみるも返事はない。

 

 不振に思い部屋のドアの取っ手を動かしてみると、鍵がかかっていない状態で開いている。入ってみると中に誰もいないもぬけの殻の状態だった。


「いない……? こんなに朝早くからいくところなんかあるのかしら?」

 

 基地であるここは、暇つぶしの場所などほとんどない。メンバー同士で軽く遊べるカードゲームやダーツ程度の小さなものは存在するが、番外序列である男がそんな風に遊んでいるのを彼女は見たことが無かった。


 では彼は、何処へ……と、考えた時にバタバタと誰かが走るような音が部屋の外から聞こえてきた。


「番外序列様はこちらにいらっしゃいますか!?

 

 兵士達は走る勢いそのままで部屋の中に駆け込んでくる。


「何!? 何があったの!」


 そのあまりの様子にナンバー3は驚きつつも、状況を尋ねる。

 すると兵士は彼女が予想だにしない一言を言った。


「番外序列様が自身の機体と共に消えたとの情報が入っています! 格納庫は現在ロックされており状況が不明のため。それが事実かどうか、番外序列様の部屋に確認にきた次第です!」


「うそ……でしょ……!」


ショックを受ける彼女を尻目に「ここにはいないようですので失礼します!」と、兵士達は来たとき同様に部屋をでて駆け出していく。


「なんで……なんで……どこに行ったのよ!」

 

 主の消えた空っぽの部屋の中で、ナンバー3と呼ばれた少女の慟哭だけが響いていた。






 

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