第3話 素晴らしき新世界
時間、場所、ヒト、ココロ―――その全てが変わっても星は変わらないように見える。
遥か彼方にある星の光が遠い遠い時間をかけて私の元へと届く。私が見ているこの星たちは今もあるんだろうか?もう燃え尽きてしまったんだろうか?
全ては移ろい変わりゆく。
「僕」、「俺」、「私」、「アタシ」……。
人は自分という四次元の点にそう名前と呼ばれる標識を付ける。何の違和感もなく、何の疑問も持たずにその標識は同じ対象を指し示していると思っている。少なくとも、アタシの目にはそう映る。
本当にその標識は同じ対象を指し示しているのだろうか?
その標識をいつから使い始めたのかは覚えていない。恐らく、あの日を経験してからなのだろう。
あの日を経験した直後の「アタシ」、あの日から一年後の「アタシ」、今の「アタシ」……同じ「アタシ」という標識で指し示される対象は同じなのだろうか?それとも違うんだろうか?
「アタシ」という存在の不確かさ―――それを考えると無性に怖くなる。普段をそれを気にすることはない。「アタシ」という標識に何の疑問を抱かない。ただ、ふとした瞬間―いつもは夕方にお風呂に入るのに深夜にお風呂に入るなど―にそれは噴き出してきて
アタシを支配する。
「アタシ」って何?答えの出ないその考えだけが頭の中をいつもでもいつまでも駆け巡る。昔の哲学者は言った。『我思う、ゆえに我あり』と。その哲学者はその命題をどこまで信じることができていたんだろうか?
アタシは全然信じることができない。
そもそも思うって何?それは特別な行為なのだろうか?それとも普遍的な行為なのだろうか?
カメラを考えてみる。カメラはある対象を映す物体である。ある対象を映すものがカメラであり、カメラであり限りある対象を映し続ける。
『我映す、ゆえに我あり』。
カメラAが対象Bを映している。何かが対象Bを対象Cに差し替える。カメラAは変わらずに映し続けている。カメラAがカメラBに差し替えられる。カメラBはカメラAを引き継いで対象Cを映し続けている。
我という主体と映すという行為。我という主体がなければ、映すという行為もない。にも関わらず映すという行為が我という主体を証明する。
カメラに置き換えてみると、その命題は存在の確かさの証明というよりかは存在の本質を提示する宣言―それはイデアと呼ばれる標識を付けられた―のように受け取れる。
ある対象を映し続けるものがカメラであり、思い続ける対象が人間であると。
行為によって保証される存在は変わらず不確かに感じられる。
思うという行為と映すという行為は同列に語れるものだろうか?語ってはいけないものだろうか?
映すという行為は対象を必要とする。思うという行為に対象は必要なのだろうか?
映す対象がいないカメラ、思う対象がいない人間。それでもその行為をする限りはカメラはカメラであり、人間は人間なのだろうか?
何度も考え、何度も同じ経緯を辿り、そして同じ箇所で立ち止まる。
『死』
私という存在に思いを巡らせる時、いつも『死』という壁に遮られる。
死を私の消滅と考えるのであれば、私を定義できない以上死も存在しない。消滅する主体が存在しないのだから。
じゃあ、私という存在を明確に定義できないアタシにとって死とは何なのだろうか?
アタシが死ぬ。アタシをアタシと思っているアタシがいなくなる。にも関わらず世界は存在し続ける。
アタシは死ぬのが怖い。アタシという存在が不確かだと思っているのに、死ぬのが怖い。 アタシという存在の消滅が溜まらなく怖い。
アタシが消えても、世界は消えない。
アタシが消えたら、世界は消える。
どっちが怖いだろうか?どっちも怖いだろうか?
人は火葬されると様々な元素となって空気中に放出されるらしい。アタシも周りにも元”ヒト”の身体を構成していた元素が漂っているのだろうか?
もし、元素の一つ一つを自分と思えるのであれば、その事実は不老不死の証だろうか?
ある宗教では輪廻転生によって、代々の指導者を選別するらしい。ある人物が別の人物に生まれ変わる。輪廻とは何が回っているのだろうか?
アタシが死んだらアタシも巡るのだろうか?アタシの何が巡るのだろうか?
新しい土地で変わらないように見える星を見ているアタシはどれほど変わったんだろうか?
ピピピピピといつものように朝五時五十五分に目覚まし時計の電子音が鳴り響く。その音ですぐに目を覚ます。目覚ましを止め、ベッドからでて大きく伸びをする。
外を見ると、澄み切った青がどこまでも広がっていた。絶好のサッカー日和、か。あの頃は天気と気持ちが連動していて、晴れだったら心は躍り、雨だったら心は沈み込んでいたっけ。
今はどんな天気だろうと心は動かず、ただの事象としてしか認識しないようになっていた。天気が何であろうとやる事は変わらないのだから―――。
机に座り、今日やるであろう部分の教科書に目を通していく。
登校し、自席に着くとすぐに大石が寄ってきた。
「おーっす、いやはや早速ドールズマスターをプレイしてくれたみたいで何よりだ」
「えっ、何で分かんの?」
「招待された人がチュートリアルクリアしたら、招待した人に報酬がもらえるんだよ。
このまま毎日ゲームにログインして、ゆかりさんの素敵な声を堪能してくれたまえ」
「あっ、声で思い出した。ミゥの台詞がすっごい棒読みに聞こえるんだけど、水樹さんってあんまり上手くないの?」
刹那、大石の目がすぅっーと細められ、表情が一変する。
「馬っ鹿、お前!」机をバンと叩き、顔がぐいっと近づけられる。「ゆかりさんが演技の全くできない翼をもがれた堕天使とでも言いたいのか」
「いや、そんなことは誰も言ってないけど……」後ずさりしながら反論する。「でも、
明らかに棒読みでしょ、あれ」
「分かってない、お前は全く分かってない」
ポケットからスマホを取り出したかと思ったら、次の瞬間にはイヤホンを耳に突っ込まれていた。
「くらえ!ゆかりさんのエンジェルボイスを!一の疑念は死ぬ。ポチッとな」
「な、何を」
「マスター、おはようございます。今日は何をしますか?」
イヤホンから親しさと愛しさがこもった声が流れてくる。驚いて大石を見ると、にやりと笑う。
「お分かりいただけたろうか?」
「何これ、全然声違うんだけど」
イヤホンを外して、大石に返しながら素直な感想を口にする。
「フッフッフッ、これこそがこのゲームの売りの一つなのだよ。最初は感情の乏しい声でしか喋ってくれないミゥちゃん。毎日会いにいっても、様々な装備をプレゼントしても返ってくるのは感情の乏しい声ばかり。だが、しかし!ミゥちゃんとの時間を重ねていくことによってある時、兆しが見え始める。声にほんのわずかながら感情が灯り始める。感情が乏しい期間が長かったからこそ、この変化は強烈。ましてや声を担当しているのが好きな声優ならなおさら。ゆえに抗えない、もっと仲良くなりたいという誘惑に!括目せよ!これが俺とミゥちゃんとの軌跡の結晶だ」
目の前に差し出されたスマホ。そこには飾り気のない白いワンピースに眼鏡のみといったシンプルな出で立ちの僕のミゥとは異なり、桔梗の花があしなわれたリボン、幾重にも折り重ねられたフリルのついた漆黒のドレス、レザーのロングブーツ―アイドル然な恰好をしたミゥがいた。
「どうだ!可愛いだろ、俺のミゥは」
大石の誇らしげな声が、画面のミゥよりもとてもとても印象に残った。
「すごいね」
「すごいだろ!可愛いだろ!!」
「コレお金とか使ってるの?」
「んにゃ、社会人の人たちみたいにガチャに新しい衣装が追加されるたびに『新しい衣装が追加されたからには、出るまで回さざるえない』とかやってみたいんだけど、小遣い月五千円の中学生にはそんなマネできないしね」
「ガチャっていくらだっけ?」
「一回三百円。十一回で三千円」
「……でにくい衣装とかあるんでしょ?」
「もちのロン。衣装にはランクがあって、ランクの高い方からSSR、SR、R、Nと四種類あって、SSRの出現率が一%だからまあ、確率的には百回回せば一枚は出る計算になる」
「ゲーム内のカード一枚に三万……」
「でにくいSSRの中でもでやすいものとでにくいものがあって、新しいアイテムが追加された次の日には、十万使っても目当てのアイテムがでねーーーって、阿鼻叫喚でコメント欄が満たされる人がちらほらとでてくるからね」
「十万って……さすがに嘘だよね?」
「知り合いにそういう人がいるわけじゃないから確かなことは分からないけど、多分ホントじゃね」
サラっと言う。
「マジで?」
「マジ。三千円の十一回を回したら、おまけで体力を回復をするアイテムがもらえるんだけど、そのアイテムを大量に持ってる人いるからね。定期的にプレイヤー同士のスコアを競うイベントがあるんだけど、上位の人とか本当に同じゲームしてんのってくらいスコア違うから。ありのまま起こったことを話すぜ。サッカーをしていると思って他の人のスコアを見たらバスケをしていた。何を言っているか以下略ってもんで桁が二つくらい違うし。マネーイズパワーですよ」
「じゃあ、大石はどうしてんの?」
「ログインボーナスとか定期的に開催されるイベントの報酬でもらえるチケットをコツコツとためていってここぞという時に全プッシュするわけよ」
「チケットってチュートリアルが終わった後にもらったやつ?」
「そう。三百円のガチャを無料でひけるチケット。装備が追加されるたびに激しく悩むわけ。ここで使うべきか、使わざるべきか。それが問題だってね」
「大石も色々と大変なんだね」
「そうだよ、俺も大変なんだよ。コツコツとためたチケット百枚使ってSSRが一枚もでなかった日にゃ、こんなに苦しいのならドールズマスターなどやらぬって思うからね。まあ、次の日には何事もなかったかのようにログインするんですけど」
「九十九回でなかったからといって百回目の確率が変わるわけじゃないからね」
「そうは言っても、一枚は確定だろ、と期待しちゃうのが人間ってもんですよ、おっとチャイムか。んじゃ、また何か分からないことがあったら気軽に聞いてくれよ」
チャイムが鳴りやまないうちに担任の前田先生が入ってくる。
「はいはい、さっさと席に着きましょうね」
今日もまた代わり映えのない日常が始まる。
「で、一六〇〇年に徳川家康が江戸に幕府を開いたわけだが……」
四時間目の歴史の授業。眼鏡にパンチパーマといった容貌の大沼先生のダミ声が教室に響く。何気なく隣の席に目をやると、佐倉さんがトントンと人差し指で机を叩き、神経質そうに何度も何度も時計に目をやっている。
その仕草が気になってノートを取りながらも、意識は隣の席へと引き寄せられる。十分ほどずっと隣の席から机を叩く音が聞こえてきていたが、ピタとその音が止む。不思議に思って隣を盗み見ると、下を向いて何やらスマホをいじっている。ほんの三十秒ほどスマホをいじって用が済んだからかスマホをポケットにしまって視線を黒板へと向ける。
それ以降、机を叩く音は聞こえてこなかった。
「今は秋。それはそこかしらで恋のサマーセッションが繰り広げられる季節」
給食の時間。大石と小学校からのつき合いである小柴の三人で机を並べていると、大石が意味ありげな台詞を口にする。
「またわけの分からんことを」
小柴が冷めた返事をすると、こちらを一瞥したあとおもむろに言葉を続ける。
「いやね、俺の席は皆さんご存知の通り、一っちの二つ後ろなわけですよ。で、一つ前の速水君は毎授業、夢の世界の旅人になっているので一っちの様子がよく分かるわけですよ。いつもの一っちは一心不乱にノートを取っているわけですが、おや、おやおやおや今日に限って授業に集中できていないご様子。綺麗なお姉さんは好きですが、姉がいない俺は思ったね。『姉さん、事件です』と」
「そういう小ネタいらないから」
小柴の突っ込みも意に介さずに大石は続ける。
「注意深く一っちの様子を観察すると、隣の席のことが気になって気になって仕方ない
ご様子。俺は確信したね、秋なのに春だと」
「間違いないのか?」
今までの冷めた態度とは打って変って小柴が机に身を乗り出させる。
「間違い御座いません」
大石が大仰に頷く。と、二人が同時にこちらを見る。
「で、どうなのよ一っち」と大石。
「で、どうなのよ次男なのに一」と小柴。
「別に何もないよ」
面倒くさそうに返すと、「じゃあ、何で隣のことチラチラと見てたんだよー」と大石が食い下がってくる。
「佐倉さんが授業中ずっと人差し指で机を叩いていたから気になっただけだよ」
「何でまた」
小柴が離れたところにいる佐倉さんを見やる。
「知らない。机叩きながら時計をチラチラと見て、急に机叩くのをやめてスマホ触ってた。三十秒くらいスマホ触って、それ以降は机も叩かなくなったんだけどね」
「ふーん。メールでも待ってたんかね?」
「自然回復だな」大石が自信たっぷりに告げる。「ある特定の時刻が訪れるのを焦がれる。刻がきたら短い時間スマホの操作を行う。この二つの事象から導き出される結論は一つ。自然回復だ」
「自然回復って、何だそりゃ」
「うむ、ソーシャルゲームの用語の一つだ。大抵のソーシャルゲームではゲームを進めるための行動で体力が減っていって、体力がゼロになったらゲームを進めることができなくなる。で、体力を回復する方法は二つ。特定のアイテムを使うか、一定時間経過するのを待つか。佐倉さんは体力が回復するのを待ってゲームを進めたに違いない」
「ゲームを進めたって、そんな三十秒くらいで進められるものなのか?」
「大抵のソーシャルゲームはボタンを押せば、勝手に進んでいくからね。ポチポチゲーと一部の人から呼ばれる所以ですな」
「授業が終わるのを待ちきれないほど面白いもんなのかねぇ?」
「論より実践。気になってしょうがない―――」
「だからやらないって」
提案途中でぴしゃりと跳ね除ける。
「チッ」大石の舌打ち。「強情な奴め」
「どっちがだよ」
呆れた声にもめげずに勧誘を続ける大石。
「いいじゃんいいじゃん、ソシャゲやろーぜー。一っちも始めたんだしさー」
「えっ、何?一始めたの?」
「一が始めた……」
「話のコシ折るなっての。いっとくけど狙ってないからな」いやらしい笑みを浮かべた大石を素早く牽制する。「で、どうなん?」
「あっ、うん。まだ始めたばっかりだけど―――」
はあっーと小柴の深い深いため息。
「どうせまた断りきれなかったんだろ?一はノーと言える人間にならなアカンよ」
「まあ、なんて人聞きの悪いお言葉。まるで俺が無理矢理やらせたみたいじゃないか」
「じゃあ、聞くけど一が最初に断った時にそこで引いたか?」
「だ、だがしかし。日本には古来より嫌や嫌やも好きのうちっていう言葉があってだな」
「何回?」
「―――四」
「それを世間一般では無理矢理首を縦に振らせたと言うのではないのかね?」
「ぐぅ」の音をあげた。
「水樹ゆかりだっけ、お前の好きな声優」
「おうよ」
「その人のことになると発揮されるお前の押しの強さは何なんだろうね?」
「愛だね」即答だった。「愛こそ力、愛こそ幸せ」
「何か宗教みたいだな」
「いやいや、宗教じゃなくて王国ですから」
「はっ?」「はっ?」小柴と同時に疑問の声をあげる。
「ゆかりさんは姫、ファンは臣民。姫と臣民で構成されるコミュニティ。それすなわちゆかり帝国。あっ、ちなみにゆかりさんは七月七日生まれ。そのために七というのはゆかりさんにとって大事な数値なわけで、その臣民たる俺をそれを見習って断れてもその回数までは勧誘に励もうとあの七月七日、七夕の夜に―――」
「どうでもいいわ」僕にはない強さで大石の言葉を一刀両断する。「で、一よ。もし断りきれずに始めたんだったら、ここではっきり言っとけよ。あとあとになって言うよりよ
っぽどいいから」
「あっ、うん」
大石に目をやる。小柴の言葉に反省したのか申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「大丈夫だよ」その一言で大石の表情がパッと輝く。「気軽にできて、ちょうどいい息抜きになりそうだし」
「一がそう言うなら、いいけど……」
「一日にあまたあるちょっとの空き時間。そのちょっとの空き時間でプレイすることができるソーシャルゲーム。さらにこのドールズマスターなら、姫という名の天使、水樹ゆかりさんの癒しボイス付。この機会に小柴さんも是非このドールズマスターを―」
「だからしつこいっての」
一日の復習を終え、ベッドに横になる、時刻を確認すると十一時四十五分。いつもならこのまま眠る時間だけど―――。少し考えてからスマホへと手を伸ばしドールズマスターへとアクセスする。
『あっ、マスターこんばんわ』
ミゥが感情の乏しい声で迎えてくれる。俺のミゥちゃん、ねえ。僕がこの画面の中にいる少女に大石のような感情を覚えることはなさそうだった。
メニュー画面にある育成のボタンを押す。クイズ、ライブ、クエストの中からまだやったことのないライブを選ぶ。
レメリオ:ああ、レオナルド。今回はライブに挑戦するのだな。ライブではミゥの歌に合わせて音符が流れてくるので、タイミングよく画面をタップするんだ。タイミングによってパーフェクト、ノーマル、バッドのいづれかの結果が返ってくる。パーフェクトだと大量のスコアアップ、さらに一定回数パーフェクトを続けること―これをチェインと呼んでいる―でスコアが大幅にアップする。ノーマルだとスコアアップ、バッドだとミュージックポイントが減少し、ミュージックポイントがゼロになるとライブは失敗となってしまうので注意するように。では、いってみよう。
髪を二本の縦ロールにし、指揮棒をもった女性が姿を見せる。
歌のおねーさん:音を楽しむと書いて音楽。さあ、今日も音を楽しみましょう。今回チャレンジしてもらうお歌は『ミゥミゥ音頭』。ミュージックレベルが上がれば、新しい歌にもチャレンジできるようになるのでどんどん音を楽しんでくださいね。
では、ミュージックスタート♪
音楽が流れ、画面の右から左へ音符がゆっくりと流れてくる。画面左端にいるデフォルメされた小さいミゥに音符が重なったタイミングでミゥにタップする。するとパーフェクトという表示ともにスコアが加算されていく。タッタッタッ、タッタッタッ、タッタッタッ、タッタッタッタッタッタッタッタッとタイミングよくタップしていく。
最後の音符をタップすると『Congratulations!All Chain!!』と表示される。
おっ、クリアだ。
歌のおねーさん:クリアおめでとう。今回のアナタのランクは『C』になります。ランクSを取ると素敵なプレゼントがありますので、これからもどんどん音を楽しんでくださいね。
ありゃ、ミス一回もなかったのにランクCなのか。レベルが低いからかな。時刻を確認する。ゼロ時ちょうどか。急いで確認するほどのことでもないし、今度大石に聞いてみるか。
ミゥ:マスター、今日……楽しかったです。
感情の乏しい声はそのままだったが、少し……ほんの少しミゥが可愛く思えた。
「いやー、一君。順調にミゥちゃんを育ててくれているようで何よりだよ」
休み時間にざわめく教室。次の授業に備えて教科書に目を通していると大石が声をかけてくる。
「盗聴?」
「んなわけあるか。ログインの時と同じように招待された人がログインし続けても報酬としてアイテムが貰えるんだよ。初めてから三日間欠かさずログインしてるようで感心感心」
「ふーん」生返事を返す。「あっそうだ、ドールズマスターについて聞きたいことがあったんだ」
「おっ、なになに。大石先生で分かることなら何でも答えちゃうよ」
心底嬉しそうな表情で身を乗り出してくる。
「ライブをノーミスでクリアしてもランクCまでしかいかなかったんだけど、これってレベルが低いから?」
「レベルが低いせいもあるけど、もう一つ原因があるんだな、これが。ドールズマスターの画面開いてみ」
「あっ、うん」スマホを取り出してドールズマスターにアクセスする。「アクセスしたよ」
「どこでもいんだけど、ミゥちゃんの頭タップしてみ」
ミゥの頭に触れる。すると子画面が立ち上がり、『KP:二一〇 MP:一六〇 PP:一六〇』と表示がされる。
「へえー、こんな表示があるんだ」
「で、俺のミゥちゃんの数値がこちら」
大石がミゥの頭をタップする。すると『KP:五〇三〇 MP:三七八〇 PP:四一〇〇』と表示がされる。
「うわっ、僕のミゥ弱すぎ」
「初期装備の眼鏡だけだからな。ちなみにKPはクイズ、MPがライブ、PPがクエストの時に有利になる数値ね。この数値とレベルがスコアの数値に反映されるから、レベルが低くて装備も大したことないうちはどんなに頑張ってもAとかSは無理なわけよ」
試しに体や腕をタップすると全ての数値が〇と表示される。
「何も装備しないと〇なんだ」
「そっ。装備できる箇所は頭、体、手、頭の四か所で、新しいアイテムの方が大抵の場合強くなる。で、プレイヤーは大きく分けて二種類いる。数値にこだわるタイプと見た目にこだわるタイプ。見た目にこだわる場合、気に入ったアイテムが出やすいこともあるけど、数値にこだわる場合、強い奴は確実にでにくいから何回ガチャ回しても目当てのものがでずに絶望したってコメントを残す羽目になる可能性がぐっと高くなるわけよ」
「そこら辺は普通のゲームと一緒なわけね」
「普通のゲームと違って、必要なのはリアルマネーだけどね」
「マネーイズパワーって奴ね。なるほど、よく分かりました。ランク低くても気にしないことにするよ」
「それがいい。終わりがないのが終わり。それがソーシャルゲーム。基本的にソーシャルゲームは明示的な終わりがないので、上目指せばキリないしな。ほどほどに楽しむのが一番ですよ」
「とりあえず、全ての箇所に装備することを目標にしようかな」
「おっ、そうだ。もう『ギルド』には入ったかい?」
「ギルド?入ってないけど……」
「じゃあ、ちょうどいい。俺と一緒のギルドに入ろうぜ」
「そもそもギルドって何?」
「説明しよう!ギルドとは、ユーザーが自由に入ったり出たりできる任意のグループで、これに入ってるとギルド同士のイベントに参加できたりと色々といいことがあるのだよ一君」
「その……参加条件とかあるんじゃないの?」
苦い記憶が蘇る。
小学校のサッカークラブチーム。募集要項には参加希望者は誰でも入れると書かれており、事実今までは希望者は漏れなく入団できていた。だけど、僕が入団しようとした年にはサッカーのプロリーグが発足し、地元にプロチームができた影響からか希望者が多く、始めて選考が行われ、そして落ちた。
小学校の休み時間はいつもサッカーをしていた。クラブチームに入った友達が日に日に上手くなっていくのを羨望をもって眺め、その度に心に不満と失望が積み重ねられていった。
希望と失望、理想と現実の落差を知った日。
「ないないない。イベントとかで上位入賞を目指すギルドだったらいろいろノルマとかあるみたいだけど、俺の入っているギルドはゆるーいギルドなので、ノルマは何もなし」
「……どうしようかな?」
「入ろうぜー。ギルド内のメンバーならアイテムのプレゼントができるから、ギルドに入ったならゲーム開始記念に俺から衣装一式をプレゼントしよう」
「マジっすか?」
「本気と書いてマジと読む。まあ、俺のお古でよければだけど……」
「それなら入ろっかな」
「OKOK。じゃあ、ギルド検索で『ミゥミゥ団』と検索して加入するボタンをぽちっとよろしく。しばらくするとリーダーから承認のお知らせがきて、一君は晴れて『ミゥミゥ団』の一員となる」
「そのリーダーは大石の知り合いなの?」
「知り合いって、実際に会ったことあるかって意味?」
「うん」コクリと首を縦に振る。
「うんにゃ。ドールズマスター内だけでの知り合い。名前も顔も性別も年齢も知らない。なので俺の中ではロングヘアーな女子大生のお姉さんと脳内設定が完了している」
「相変わらず想像力が豊かだね」
「うむ。想像こそ全て。想像こそ幸せ」大きく頷き、腕を組んで話を続ける。「で、話戻してギルドだけど、特に決まりはないので自由にやればいいよ。ギルドのメンバーに言いたいことがあればチャットに書き込めばいいし、イベントに参加したければ参加すればいい。ああ、チャットと言えば毎日『本日もミゥミゥなり』って書き込みが頻繁にされていると思うけど、うちのギルド限定の挨拶だから、気にしないように。ギルドのメンバーは毎日書き込まなくちゃいけないとかもないんで。ただ簡単でいいんで加入の挨拶だけはちゃんとしといておくれ」
「分かった」
「じゃあ、加入したら大石サンタからかなり早いクリスマスプレゼントが届くので、キャベツ畑やコウノトリを信じている可愛い女の子のような無垢な気持ちで待つがよろしい」
「楽しみに待ってるよ」
「うむ。では学生の本分に励もうではないか」
夜。自室での復習を終え、ベッドに横になる。充電器からスマホを外してドールズマスターにアクセスする。今までは復習を終えると明日に備えて寝るようにしていたが、今では自然とドールズマスターにアクセスするようになっていた。
最近の出来事に二件。
一件目『レオナルドさん。ミゥミゥ団への加入を歓迎します。ノルマ等はありませんので、一緒に楽しみましょう。黒髪の大学生』
おっ、これが大石の言っていたリーダーからの承認か。黒髪の大学生―――名前通りの脳内設定だった。
二件目『ビッグストーンさんからプレゼントが届いています』
ビッグストーン―大石ね。
早速大石サンタからのプレゼントを確認する。プレゼントは四つ。ナース帽、ナース衣装、白ストッキング、注射器。ミゥに装備させてみる。注射器を持った銀髪ナースが出来上がった。
見た目的には心惹かれるものはなかったけど、パラメータは大幅にアップしたので試しにライブをプレイしてみる。おっ、今までと同じパーフェクトでのクリアでランクはCからAにアップ!
マネーイズパワー。人より強くなりたければ、お金を使って強い装備を整えろってことか。確かに自分のペースで楽しんだ方が賢明っぽいね。
『新加入のレオナルドです。これからよろしくお願いします』
ギルド内のチャットに短く書き込んで眠りについた。
黒髪の大学生『ミゥミゥ団に新たな仲間、レオナルドさんが加入しました!』
ビッグストーン『お前はまだ踏み出したばかりだ。この果てしなく続く”ゆかり坂”をな』
エア充『レオナルドさん、これからよろしくお願いしますね』
緑の配管工『レオナルドさん、一緒に頑張りましょう』
朝起きてギルド内のチャットを確認すると、メンバーからの返信が書き込まれていた。
歓迎されているみたいで安心する。
何気なくメンバーの個人ページを覗いてみる。そこには黒のストッキング、純白のエプロン、カチューシャレースの腕輪を身に付けたミゥと『回せど回せどメイドカチューシャは出ず。何故だ!!』と書き込まれたコメントがあった。
どうやら個性豊かなメンバーがいるギルドのようだった。他のメンバーのページも確認しようと指を動かそうとするも、時間を見て指を止める。やばい!いつもなら予習を始めている時間だ。スマホをベッドに放り投げ、急いで机に向かって予習を開始する。
「メイドカチューシャってそんなにでにくいの?」
「ああ、メイドスキーさんのことね」一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにこちらの質問の意図を察したようだった。「メイド装備はかなりでにくいし、メイドスキーさんは物欲センサーにひっかかってるからなぁ」
「物欲センサー?」
大石が苦笑しながら、返答する。
「いわゆる一つの都市伝説。ドールズマスターにはセット衣装というのがありましてね。全て揃えて装備するとパラメーターが大幅アップするんだけど、最後の一つがやたらでにくい現象。『相変わらずここの物欲センサーは優秀だな』という風に使います。ハイ、このフレーズテストにでますよ」
「センサーも何もその状況だったら何が欲しいかなんてすぐ分かるじゃん」
「チッチッチッ」左手の人差し指をピンと立てて左右に振る。「一はまだ経験したことがないから知らないんだよ。物欲センサーの恐ろしさを」
大石が身を乗り出し、声を潜めてゆっくりと話し出す。
話をしよう。果敢にも物欲センサーに挑み、そして無残に敗れ去った男の話だ。
男は何となくドールズマスターを始め、気が向いた時だけ遊ぶライトユーザーだった。
彼にとってドールズマスターは暇つぶしに過ぎず、課金など論ずるに値しなかった。彼は課金するユーザーを鼻で笑っていた。画面の中にしかいない存在に金を使って何になるんだと。
しかし、ある告知を見た時―――彼の全身を電流が駆け巡った。
”男装ガチャ”。
メイド服、セーラー服、ゴシックアンドロリータ衣装などミゥが女性の容姿をしていることから女性の衣装ばかりで、男性の衣装が追加されたのは今回が初めてだった。
唾を飲み込み、震える指で詳細ボタンをタップする。詳細ボタンをタップしたのは今回が初めてだった。
シンプルな黒縁メガネ、黒のタキシード、白い手袋、黒の革靴。それを見た時、彼は一つのことだけを思った。着せたいと、初期衣装のシンプルな白いワンピースを着ているミゥに今回追加された衣装を着せたいと。
彼は何故だか男装した女性に強く惹かれる性癖を持っていた。初めて自覚したのは中学の文化祭、クラスの出し物で演劇『シンデレラ』を行ったとき。王子役の男子生徒が風邪で当日欠席し、台詞を覚えているということで急きょ脚本を担当していた女性生徒が王子を演じることになった。
男子教員のぶかぶかの礼服を着た女子生徒を見た時、彼はただただ見とれていた。この気持ちを表す言葉を知らず、過去も未来も忘れ、今、この瞬間彼女だけを見つめていた。
彼女に惹かれたのではない、男装をした彼女に惹かれたのだ。何の根拠もなかったが、
そう断言することができた。
彼は決して理解されることはないであろうこの性癖を心の奥底に隠しながら生きてきた。
女性とつきあったこともあった。だが、長続きすることはなかった。普通の女性に心惹かれることは一度もなかったから。
彼は唇をなめて、大きく息を吐く。どうすべきか?
”理”が告げる。お前は今まで画面の中にしかいない存在に金を使ってどうすると考えてきた。今までと何も変わっていない。そんなに見たければ、検索すればいい。お前が馬鹿にしてきた連中が画像をあげてくれる。お前がわざわざ課金する必要はない。そうだろ?
”肉”が告げる。お前の望みは何だ?課金してガチャを引き、男装ガチャをゲットすることだろ?だったら、ガチャを回して望みを果たせ!
今までは”理”が勝ってきた。いや、”肉”が眠っていて勝負が発生していなかったから”理”の声に従って行動してきた。でも、今回は”肉”が起きた。その声は奥底から彼を突き動かしていく。
彼は”肉”の声に従うことにした。
回す。でない。回す。でない。回す。でない。それを繰り返す。全てでるまで繰り返す。
黒縁メガネがでた。黒のタキシードがでた。黒の革靴もでた。白の手袋はでなかった。
もう何回ガチャを回したのか分からなくなるほど回しても白い手袋はでなかった。
物欲センサー。そんな言葉が頭をよぎる。ユーザーが本当に欲しい物はでず、他のものがやたらと出やすくなる現象。ゲームを運営する者の立場にたてば、セットの最後の一つだけ極端にでる確率を下げることはありうる話だった。そうすれば”肉”に突き動かされた者がよりガチャを回すのだから。
彼はギルドのメンバーにあるメッセージを送った。メンバーからOKの返事がくると、
彼は入手した男装セットを全てプレゼントした。そしてまたガチャを回し始めた。一番出現確率が低い、現時点で最も強い衣装はでた。でも白い手袋はでなかった。
背中を一筋の汗が伝い、”理”がか細い声をあげる。『もうやめよう』と。
彼はスマホを置いた。やめるため?いや、物欲センサーをかわすために。彼は会社から支給されているスマホに手を伸ばし、新たにドールズマスターのアカウントを取得した。今までのアカウントと新しいアカウントを紐づける情報はドールズマスター内のどこにもない。よって、物欲センサーにひっかかるはずもない。
それでも、でなかった。
約一時間。一か月分の給料をつぎ込んでも彼は望んだ結果を手にすることはできなかった。何もする気が起きず、ベッドに横になって茫然と見慣れた天井を眺めていた。
何時間そうしていたのか?次に気付いた時には、窓から朝の光が差し込んでいた。体を起こして、時計を見る。午前五時五十五分。どうやら七時間ほど眠っていたようだった。
スマホを取って、ロックを解除するとドールズマスターのガチャ画面が表示される。よく見ると無料でガチャを一回引くことができるチケットがまだ余っていた。まっ、でるわけないよな、と思い期待せずにボタンをタップする。すると、やっぱりでなかった。
「……話の流れから言って、そこはでるなんじゃないの?」
「現実は甘さ控えめ、例えゲームの中でもね。とまあ、メイドスキーさんはここ最近ずっと希望と絶望に遊ばれ続けてるわけ」
「ふーーーん」
気のない声を返してドールズマスターにアクセスする。今まではちょっとの空き時間にも教科書に目を通すようにしていたが、最近は気付いたらドールズマスターにアクセスするようになっていた。
メニュー画面をスクロールさせていくとお知らせに『第三回冒険王決定戦開催決定』と書かれていた。
「大石、冒険王決定戦って何?」
「おっ、イベント開催のお知らせきたか。説明しよう。冒険王決定戦とはギルド対抗のイベントで、巨大モンスターと戦って、ファイトポイントをゲット!ラウンド毎にギルドで獲得したポイントを競って、相手を上回ることができればトロフィーがもらえて、イベントが終わった時に獲得したトロフィー数によって豪華景品が貰えるわけよ」
「ふーん。まあ、始めたばっかりの僕には縁のない話かな」
「いやいやいや、大アリですよ。チーム対抗戦だから、どんな猫の手でもありがたいんだから。それに装備にはモンスターとの戦闘に使えるスキルが設定されているものがあるんだけど、俺があげたナース服にはメンバー全員を回復するスキルが設定されてるから
ピンチに颯爽と現れて回復すれば感謝されること間違いなしですよ、旦那」
「じゃあ、暇なときにちょこちょこ参加してみるよ」
「うむ。では、健闘を祈る」
一つ息を吐いて、背もたれに体を預ける。時計に目をやると八時五〇分。あと一〇分でギルド対抗のイベントが始まる。指で机を二回叩く。勉強を始めてからまだ一時間も経っておらず、休憩にはまだ早い。
背もたれから体を離し、ペンをノートに走らせていくが、その動きはすぐに止まる。再び時計を見やる。八時五三分。あと、七分。
頭をかいて参考書とスマホを交互に見やる。しばらく悩んだものの、ちょっとイベントがどんなものなのか確認するだけだからと自分に言い聞かせて席を立つ。
ベットに寝転がってスマホへと手を伸ばす。
黒髪の大学生『いよいよイベントが始まりますね!今までと同様にノルマはありませんので、各々のペースで楽しんでいきましょー』
エア充『絶賛副業中ですのであまり参加できませんが、可能な限り参加させてもらいます』
二十七歳児『「イベントに参加する」「副業をこなす」”両方”やらなくちゃあならないのが社会人マスターの辛いところだな。覚悟はいいか?オレはできてる』
ビッグスターン『副業中でも参加しようとするエア充さんと二十七歳児さんはマジ、マスターの鑑』
赤マント『別に一人で勝ってしまっても構わんのだろう?』
緑の配管工『でたーーー。赤マントさんの開始前勝利宣言!』
ギルドのチャットを確認すると、イベントについての書き込みがどんどん追加されており、その雰囲気はお祭りの開始前みたいだった。『よろしくお願いします』と書き込もうかと思い、文字を打ち込んでいったが、もうちょっと様子を見てみようと思い文字を消した。
メイドスキー『皆様!可能な限りで構いません。赤チケットゲットの五戦勝利を実現するために何卒お力をお貸しください!』
赤チケット?不思議に思い、イベント概要を確認する。冒険王決定戦は五日間にわたって開催される。一日ごとに違うギルドと対戦して、勝利すればトロフィーを獲得することができ、獲得したトロフィーの数によって入手するアイテムが変わってくるようだった。トロフィー五つの景品はSレア確率三倍ガチャチケットと書かれており、これを赤チケットと呼ぶらしい。
緑の配管工『メイドスキーさん、気合入ってますね』
メイドスキー『待ちに待った時が来たのだ。多くの諭吉たちが無駄死にでなかったことの証のために、メイド装備を揃えるために、ミゥをより輝かせるために……ドールズマスターよ、私は帰ってきたっ!』
エア充『あなた……「覚悟して来てる人」……ですね?』
メイドスキー『「覚悟」とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く事だっ!!』
ビッグストーン『メイドスキーさんは本気やでぇ』
メイドスキー『上司の苦言にも負けず先輩の舌打ちにも負けず、有給休暇を私は取った』
黒髪の大学生『はいはい皆さん、イベントが始まりますよー。では、ゆるりといきましょー』
イベントのバナー画像をタップしてイベントにトップページへと遷移する。
ミゥ『マスター……ミゥ精一杯頑張りますので、応援……よろしくお願いします』
ミゥが変わらぬ抑揚のない声で決意を述べる。少し気を削がれたものの、気を取り直して戦闘ページへと飛ぶ。
・モンスターとの戦闘にはバトルポイントを必要とし、モンスターの難易度によって、
必要とされるバトルポイントが変わってきます
・バトルポイントは最大五つで、EASYが一つ、NORMALが二つ、HARDが三つ消費し、バトルポイントは二〇分経過するごとに一つ回復します
レメリオの説明にざっと目を通して、早速EASYに挑戦してみる。目付きの悪い、緑色のトトロのようなモンスターとナース姿のミゥが対峙している。選べるコマンドは戦う、スキル、アイテム、奥義の四つ。スキルのボタンをタップすると、枠が四つ用意されており、その内の一つだけが埋まっていた。
ホワイトウイング―パーティ全体の回復(大)
これが大石の言っていたナースセットのスキルなんだろう。アイテムには何もなく、奥義はタップ不可。ヒットポイントの下にゲージが表示されており、これが一〇〇%になると使えるようになるのだろう。
ぱっと画面を見る限り、普通のロールプレイングゲームの戦闘画面と変わらなかった。
戦うをタップ。ミゥが滑らかに動いて緑色のトトロを攻撃する。緑色のトトロが跳ねてミゥを押し潰す。ミゥ、トトロ、ミゥ、トトロと交互に攻撃を繰り返す。九ターンが経過して、ミゥが膝をつく。十回目のミゥの攻撃。緑色のトトロが赤く点滅しながら姿を消す。
ミゥ『マスター……私、頑張りました』
おっ、勝った。勝ったはいいけど……やっぱり弱い。EASYでこれだと、NORMAL、HARDは無理だろうなあ。
何となくガチャページへと飛ぶ。そこではレメリオが爽やかな笑顔で『冒険王で活躍するにはガチャで強い衣装をゲットするのがいいぞ!毎日一回目は本来三〇〇クバコインのところを一〇〇クバコインでプレミアガチャをひくことができるぞ』と悪魔の囁きをしていた。
一〇〇円なら、と心が傾きかけるがお金を使うことが習慣づいたらやばいやばいと慌てて首を振る。心惹かれながらもイベントページへと戻る。すると、そこには”救援依頼”の文字が。タップすると『メイドスキーさんから救援依頼が届いています。戦闘に参加し
ますか?』とメッセージが表示される。
まあ、バトルポイントもあるし参加してみるか。『ハイ』をタップし、戦闘に参加する。戦闘画面では、メイド、アイドル、魔法使いの格好をしたミゥ達がみんな膝をついていた。おっ、苦戦中でこれはスキル発動のチャンスか。スキルのホワイトウイングをタップすると、ミゥ達が白い羽に包まれて体力が大幅に回復する。おおー、ホワイトエンジェル強ぇ
ーーー。
ミゥの攻撃。緑色の巨大トトロに三〇〇のダメージ。緑色の巨大トトロの全体攻撃。ミゥに三〇〇〇のダメージ。ミゥは気絶してしまった。
ミゥ『マスター……すいません』
一撃KO。
他のメンバーはやられていないところを見ると、敵が強すぎるというより、僕のミゥが弱すぎるんだろう。まあ、始めて一週間も経ってないし、そんなに活躍できるわけない、か。
スマホを放り投げて復習を再開する。
エア充『レオナルドさん回復ありがとうございます!』
ビッグストーン『マジ白衣の天使やでぇ』
メイドスキー『感謝!圧倒的感謝!!』
一日の復習を終え、ギルド内のチャットを確認すると感謝のメッセージが書き込まれていた。まじまじと画面を見つめる。役に、立てたんだ。
レオナルド『お役にたてたようで何よりです』
短く、それだけ書き込む。
メイドスキー『僕には回復してくれる仲間がいるんだ。こんなに嬉しいことはない』
黒髪の大学生『レオナルドさんの協力もあって、今のところ優勢みたいですねー』
赤マント『このまま突き放してしまっても構わんのだろう?』
緑の配管工『でたーーー!赤マントさんの独走宣言!!』
チャックのやり取りを見て、自然と頬や緩む。何か、無性に嬉しかった。
夜。夕食を食べ終えて自室に戻ると机へは向かわずにベットに腰かけてスマホへと手を伸ばす。イベントページを確認すると八一〇三二四六対八三〇二六三で負けているところだった。一ラウンドの終わりまであと一時間。
メイドスキー『まだだ!まだ終わらんよ!!』
黒髪の大学生『では、そろそろスパートかけましょうか?参加できる人はどんどん参戦して救援依頼飛ばしちゃってください』
赤マント『いくぞ、ギルドのみんな。マナキャンディの貯蔵は充分か?』
二十七歳児『メイドスキー。マナンザムは使うなよ?』
メイドスキー『了解!マナンザム!!今日の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!!!』
『赤マントさんから救援依頼が届いています』
『メイドスキーさんから救援依頼が届いています』
赤マントさんとメイドスキーさんから救援依頼が届いたかと思うと、すぐ勝利で戦闘が終わり、新しい救援依頼が届く。絶えることなく、それが繰り返される。
こ、これがマナンザム―――。
赤マントさんとメイドスキーさんの救援依頼には参加できそうになかったので、たまに届く他のメンバーからの救援依頼に参加する。赤マントさんとメイドスキーさんはHARDばかりだったけど、他のメンバーからはNORMALの救援依頼も届くので、勝利の瞬間まで戦闘に参加することが出来た。
ログインボーナスでもらったマナキャンデーをミゥに与えて、できるかぎり戦闘に参加していると一時間があっという間に経過していった。
一四五一二二二三対一三六六〇二〇二。
やった!勝ってる!!
にしても、最後の一時間だけで今までのポイントの四分の三を積み上げたのか。マナンザム、ハンパないっす。
黒髪の大学生『幸先のいいスタートが切れましたね!』
二十七歳児『勝ったッ!第一ラウンド完』
ビッグストーン『ホンマこのギルドの追い込みはスペシャルウィーク並やでぇ』
エア充『上司の苦言に負けて早く帰れず、あんまり参加できませんでしたけど、勝ててよかったです』
レオナルド『あまり約に立てませんでしたけど、勝ててよかったです』
緑の配管工『エア充さんもレオナルドさんも救援ありがとうございました!』
メイドスキー『僕には救援してくれる仲間がいるんだ。こんなに嬉しいことはない』
黒髪の大学生『各々ができることをして、その結果を受け止める。あと四戦もがんばっていきましょー』
赤マント『理想を抱いて、駆け抜けろ!』
頑張って、このギルドに貢献しよう。そう、思った。
朝。目覚めると共にスマホへと手を伸ばし、バトルポイントが無くなるまで戦闘をこなす。
昼。授業中、休み時間に関係なくバトルポイントが回復する頃を見計らって救援依頼または戦闘をこなす。
夜。戦闘の合間に復習をこなす。救援依頼がこなくなる二時頃に眠りにつく。
そうしてドールズマスターのイベントを中心にした四日間が過ぎていった。
一五〇二四七二八対一三三八四〇六七。
第五戦も無事勝利で終え、見事全勝を達成することができた。
黒髪の大学生『イベントお疲れ様でした!初めて全勝を達成することができてめっちゃ嬉しいです』
エア充『皆さんお疲れ様でした!全勝で終える日がくるなんて夢のようです』
黒髪の大学生『初めて参戦した時は全てダブルスコアで負けてましたからねー』
メイドスキー『感謝感激雨嵐。皆さんのおかげで無事赤チケをゲットすることができました。本当にありがとうございました!』
二十七歳児『メイドスキーさん!見事目標を達成したその覚悟に僕は敬意を表するッ!』
緑の配管工『さすがメイドスキーさん!俺たちに出来ないことを平然とやってのける。
そこにシビれる、憧れる!』
ビッグストーン『千位入賞を果たすとは、メイドスキーさんはさすがやでぇ』
レオナルド『メイドスキーさん、おめでとうございます』
メイドスキー『ありがとう、ありがとう、本当にありがとう』
エア充『みんなにも幸運をおすそ分け。赤チケでSSRシンデレラドレスでました。みんなにも出ろ!』
緑の配管工『すげー!おめでとうございます!羨ましい限りです!』
二十七歳児『幸運ありがとう&オメです。赤チケはSR白スクール水着でした』
メイドスキー『きてる、きてるぞ大きな波が!乗るしかないこのビッグウェーブに』
エア充さんの幸運のおすそ分けにあやかって早速入手した赤チケットでガチャを引く。
何がでるかなーと期待に胸を膨らませる。タップし、水晶が砕けるとそこにはメイドカチューシャがあり、「あっ」と思わず声がでていた。
メイドスキー『ニーチェは言った「神は死んだ」と』
黒髪の大学生『……メイドスキーさん?』
メイドスキー『やっぱりダメだったよ』
エア充『ど、どんまいですよ』
メイドスキー『何故だ!何故でない!!』
二十七歳児『ちなみに何でたんですか?』
メイドスキー『―――神楽の装束』
二十七歳児『現時点の最強衣装じゃないですか!』
メイドスキー『そうだけど、俺はメイドカチューシャが欲しかったんだ。着せたい、着せたい、メイドカチューシャを俺のミゥに着せたーーーい!』
レオナルド『あの、メイドスキーさん。僕、メイドカチューシャでたんでよかったら、
プレゼントしましょうか?』
メイドスキー『この時、メイドスキーに電流走る。是非お願いします。(いやいや、悪いからいいよ)』
ビッグストーン『本音と建て前が逆やで、しかし』
黒髪の大学生『レオナルドさん、本当にいいの?稼いだポイントのことを気にして言ってるなら、気にしなくていんだよ』
緑の配管工『そうそう。ギルドとして戦って、ギルドとして勝ち取った報酬なんだから』
二十七歳児『One For Allって奴ですな』
レオナルド『いいんです。僕がメイドカチューシャ一つだけ持ってるより、他の三つ持っているメイドスキーさんが持っていた方がいいと思うので』
メイドスキー『―――本当にいいの?』
レオナルド『モチロンです』
メイドスキー『ありがとう、ありがとう、本当にありがとう!』
レオナルド『じゃあ、プレゼントしておきますね』
メイドスキーさんへメイドカチューシャをプレゼントする。するとすぐさまメイドスキーさんから挨拶が届く。
メイドスキー『レオナルドさんの厚意に比べたらとるに足りませんが、ささやかなお返しをさせて頂きました。どうぞお納めください』
メイドスキーさんの個人ページを確認する。頭のてっぺんからつま先までメイド衣装に身を包み穏やかな笑みを浮かべるミゥと『悲願達成』のコメントが。
本当に喜んでくれてるみたいでよかった。
メイドスキーさんからのささやかなお返しを確認する。神楽の装束、水晶のイヤリング、マナの杖、クリスタルヒール、エナジーポーション五〇〇個が届いていた。
神楽の装束って最強装備なんじゃ?豪華すぎるささやかなお返しに恐る恐る挨拶を返す。
レオナルド『あげた物とお返しでもらった物の釣り合いが取れていない気がするんですが、いいんでしょうか?』
メイドスキー『名は体を表す。メイドスキーのミゥがメイド衣装以外を装備することがあるだろうか。いや、ない。俺が持っていても宝の持ち腐れになるだけなので、どうぞもらってやってください』
レオナルド『では、ありがたく受け取らせてもらいます』
もらった衣装を早速ミゥに着せてみる。
ミゥ『マスター、素敵な衣装ありがとうございます。……とっても、嬉しいです』
ミゥの声に色が灯る。その色と絢爛たる衣装があいまって、とても愛しく感じられた。
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