29:決戦の日

「アクラちゃーん!かっこよかったよおー!」

ルルワが羨望の眼差しでアクラに駆け寄った。アクラの活躍を上から見ていたハーピーたちも歓声を上げる。

「やれやれ、このトロルはいったい……」

フリックが言いかけたその時、トロルはうめき声を上げて突然立ち上がった。

「こいつ!まだ……!」

フリックは咄嗟に剣を構えるが、トロルの様子がおかしい。うつろな目で天を仰ぎ、小刻みに体を震わせている。かと思うとトロルは口から大量に血の泡を吹き出し、ガクンと両膝を付くと、ドシンとうつ伏せに体を倒した。フリックが近寄る。

「……死んでる」

「おいおいアクラ、やりすぎちまったんじゃないか?」

ガストンが言うが、フリックはそれを否定した。

「いや、アクラのせいじゃない。毒が全身に回って力尽きた感じだ」

フリックは死者に手を添え、弔いの祈りを捧げた。


ハーピーたちにお礼を言われ、フリックらはもてなしの誘いを受けた。

もう日が暮れるし、アクラは疲労があるし、これ以上先を急ぐこともないので、彼らは誘いを受けることにした。とは言っても高所にある集落の中心まで行くのは大変なので、崖の下の方、歩いて行ける場所にある岩棚いわだなへと案内された。広い空間の中心に岩のテーブルがあり、その周りに岩の椅子が並んでいる。ハーピーが翼を持たない者をもてなす為に、このような客室を用意していることにミーナは感心した。

女ばかりのハーピーが数人、果物を並べてフリックらをもてなす。手を持たないハーピーに料理という習慣はない。果物をつまみながら、みなで談笑した。

ハーピーたちにガストンはもてた。どうやら彼女らはがっしりとした大きな体の男性が好みらしい。ハーピーに囲まれ、満更まんざらでもない様子のガストンを見て、ミーナが笑った。

「意外に……と言ったら失礼かしらね」


きゃあきゃあとはしゃぐハーピーたちを見て、フリックは感慨深げに笑顔を浮かべた。ハーピーと人間はお互い警戒しあっているが、話し合えばこのように打ち解けることも出来るのだと。様々な種族が、互いに尊重し、共に生きる世界をフリックは夢見た。

「私はフリック様の方がタイプだけどなあ」

ルルワがそう言って、フリックにうしろから頬を寄せた。大きな胸の弾力を、フリックは背中に感じた。

それと、ハーピーはみな胸が大きいな……。フリックの笑顔に雑念が混じった。真面目な話だが、ハーピーはその翼で空を飛ぶ為に、胸の筋肉が非常に発達している。その筋肉に負けないよう、脂肪も発達しているのだ。


その晩フリックたちはハーピーの集落の下に泊めてもらった。わらをひいた質素な寝室だったが、十分ありがたかった。


最後の夜が明け、朝になる。今日がグラルドの言った三日後だ。フリックらはハーピーたちの激励げきれいを受け、集落を後にし、グラルドの待つアクラの家へと向かって歩き始めた。


「この調子なら昼前には着けるな」

赤く戻った髪をかき上げ、アクラが言った。

「ここからは慎重に行かないとな。アクラ、奴の気配に注意してくれよ」

フリックの言葉にアクラがうなずく。

「いよいよですね……」

「絶対に、ベリアは助けるわ」

皆は緊張に顔を固くし、次第に口数も少なくなっていった。

「……ねえアクラ、昔住んでいた家のことを聞かせて?」

張り詰めた空気をやわらげるようにミーナが言い、アクラが語り始めた。

「山の中腹の小さな草原に、父様が家を建てたんだ。丸太を組んだ家だ。母様と二人で山で暮らすようになって、すぐに建てたそうだ。私はそこで生まれ、母様がさらわれるまでの約五年間、そこで暮らしていた。記憶の中では大きな家だったが、今見たら案外小さいのかもな」

「アヴェイロの体に合わせて作ったのなら、やっぱり大きいんじゃないか?」

フリックが言った。

「ああ、そうかもな。母様がグラルドにさらわれてからはその家を出て、山の中を転々と移動しながら暮らした。父様はグラルドを追っていると思っていたが、今思えば私をグラルドから隠す意味もあったのだろう」

アクラは五歳まで過ごした懐かしい我が家に思いを馳せた。家の思い出は、母の思い出だ。アクラ、アクラと母の呼ぶ声が頭の中でこだまする。アクラは胸を詰まらせ、ぎゅっと口を結んだ。


そして一行はアクラの家へと到着した。森の中、遠くの木の陰からそっと草原に立つアクラの家を確認する。十年間放置されていたであろうその家は、この距離からでは外見はさほど朽ちている風には見えなかった。

「魔人の気配は感じない。グラルドはまだ来ていないようだな」

「よし、今のうちに地形を確認しよう」

フリックたちは森を出ると、慎重に辺りを警戒しながら、草原を家へと近付いていった。

静かな草原に佇む丸太の家は、近くで見るとなかなかの大きさで、やはり魔人の体にある程度合わせて作られたことがうかがえた。アクラがそっと中を覗く。家の中はほこりや吹き込んだ枯れ草が積もり、年月の経過を感じさせた。一歩中へと踏み入る。みしりと床が鳴り、少しかびの臭いがした。アクラは家の中にかつての父と母と幼い自分の幻影を見て、目を細めて微笑をたたえた。

「ここがアクラの暮らしていた家なのね……」

背後からミーナの声がした。ミーナは感傷に浸るアクラの肩を抱き、高い天井を見上げた。


家の周囲を確認し、フリックたちは再び森の中へと身を隠した。後は体を休ませながらグラルドを待つのみだ。

「もう一度戦い方を確認するぞ」

フリックはそう言って木の枝で地面に陣形を描いた。

「基本は三日前の戦い方と同じだ。アクラと俺達でグラルドを挟むように戦う。奴はアクラを殺す気はない。動きを止めるために脚を狙ってくるだろう。アクラはそれに注意してくれ。俺達も同じく奴の脚を狙う。首までは容易に剣が届かないからな。一箇所傷をつけられたら、皆で出来るだけ同じ所を狙い、奴の動きを崩してすきができるようにする。もし奴が先に俺達を片付けようとしたら、全力で受けに回って持ちこたえ、アクラが背後からその隙をつく時間を稼ぐ。奴に致命傷を負わせるにはアクラの魔人化が頼りだ。アクラ、奴が隙を見せたら躊躇ちゅうちょするなよ」

「するものか。一撃で首をはねてやるわ」

アクラは冷徹な顔でそう言った。


やがて誰も口を開かなくなり、沈黙が流れる。みなうずくまるように膝を抱え、高鳴る心臓の鼓動を聞いていた。フリック、アクラ、ミーナ、ガストンの四人は森の中で息を潜め、静かにその時を待った。


「来たぞ。奴だ」

アクラが言った。


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