23:人狼フィガロ

フリックは町の外に馬二頭で引く馬車を用意していた。王族が使うような立派な客車が付いたものではなく、より旅に実用的なほろ馬車だ。御者ぎょしゃはガストンが買って出た。

「お二人は昨晩はアクラに付き添ってろくに寝てないんでしょう?少しでも休んで下さい!」

そう言って手綱を握る。三人はその言葉に甘え、幌で囲われた荷台に座った。行き先は決めていないが、取り敢えず街道をゆっくりと馬車を走らせる。

「アクラの父、アヴェイロを探し、助力を頼めないかな」

フリックが提案した。

「グラルドは、アヴェイロの傷はまだ癒えていないだろうと言っていましたね。アクラが国に来てから何日も経つわ。そんなに酷い深手なのかしら?」

ミーナはアクラの胸の傷やグラルドの右手に比べ、アヴェイロは随分と傷を治すのに時間がかかっていると考えた。

「魔人の肉や骨は再生が早いのだ。私のように切られた肉がくっつくだけなら、相当早い。グラルドのように切断して失えば、再生にはそれなりの時間がかかる。だが臓器の治癒には、さらに時間がかかる。未だ傷が治っていないのなら、かなり重要な臓器をやられた可能性が高い。おそらくは心臓だろう」

アクラが答えた。

「心臓をやられても死なないのかよ!」

ガストンが驚きの声を上げた。

「じゃあアクラも心臓を潰されても、死なないっていうのか!?」

「私の場合は長い時間魔人でいられないからのう。人間の姿に戻った途端、傷を治せず死ぬだろうな」

「じゃあベリアみたいに、ずっと魔人でいられるようにした方がいいんじゃないのか?」

「ガストン!無神経なこと言わないでちょうだい!」

ミーナが叱りつけた。

「アクラはこの戦いが終わったら、もう人間として生きていくんだから!」

ミーナの言葉に、フリックはどこか引っかかるものを感じた。自分もアクラを人間として扱うつもりでいたが、それも何か違うんじゃないかと、そう思い始めていた。


「共に戦えなくとも、アヴェイロには会っておきたいな。なにか有益な情報をつかめるかもしれないし……」

フリックが言った。

「そうすると、またハクラナンの山ですか。……でも三日かけてグラルドは見つからなかったんだよなあ」

三日間山の中を歩き回り、結局空振りだったことを思い出し、ガストンは渋い顔をした。

父の安否を知れるのはアクラにとっても嬉しい事だった。しかしミーナを母の仇に会わせることになる。浮かない顔をしたアクラに気付き、ミーナが肩を寄せた。

「私なら大丈夫よ」

そう言って微笑む。

「グラルドの捜索には危険が伴ったが、今度はそうじゃない。そうなると当てがある」

フリックが言った。

「当て……ですか?」

ミーナが首を傾げた。

「ああ。ガストン、モナシュ湖の北側の森に向かってくれ!」

そう告げたフリックは、古い友人に会いに行く顔で、馬車の行く先を見つめた。


ベルモナ王国の北に隣接する大きな湖、それがモナシュ湖だ。その北側、つまり国と挟んだ反対側の森に、一行を乗せた馬車は到着した。

「ここに誰がいるってんですかい?」

馬を繋ぎながらガストンが尋ねた。

「人探しの名人さ」

フリックはそう答えると、みなを連れて森の中へと入っていった。

「こちらにも、前に『冒険』で訪れたのですか?」

ミーナが言った。

「まあな。最後にここに来たのは、もう三年前になるかなあ」

湖畔の森には針葉樹が立ち並び、湿った土の匂いが心地よい風にのって流れてくる。

しばらく歩くと、一行はこけしたほら穴へとたどり着いた。

フリックがそのほら穴を覗き込み、声をかけた。

「フィガロ!居るか?」

その声に、ほら穴の奥に寝転がっていた住人がぴくりと耳を動かした。むくりと体を起こし、胡座あぐらをかいてフリックと目を合わせる。

「懐かしいがすると思ったら、やっぱりお前さんかい」

フィガロと呼ばれたその男は、体を灰色の体毛に覆われた隻眼のウェアウルフ(人狼)だった。ウェアウルフはその名の通り、狼のような姿で二足歩行ができ、人間並みの知能を持つ亜人種だ。非常に鼻が利き、獲物の匂いを追っての狩りを得意とする。


「久しぶりだが、元気そうだな、フィガロ」

「お前さんはまた随分背が伸びて立派になったなあ、フリック」

フィガロは目を細めてフリックの姿を見つめた。

「どういったお知り合いですか?」

ミーナが顔を出した。

「おっ、女連れとは、隅に置けないねえ」

そう言ってフィガロは立ち上がり、ほら穴から出てきた。

「昔色々あって群れを追われた俺は、ここに流れ着いたんだが先住のリザードマン(蜥蜴とかげ人)と揉めてね、その仲をフリックが取り持ってくれたのさ」

モナシュ湖には古くからリザードマンが住んでいる。ベルモナ王国では、湖を住処すみかとするリザードマンの縄張りを尊重し、それなりの友好関係が築けていた。

「実はフィガロ、今日は人探しをお願いしたくてここに来たんだ」

フリックが告げた。

「初めてだな、お前さんのお願いは。やっと恩を返せるわけだ。いいぜ、詳しく話してみな」

「俺達は今魔人と戦っている。そのために、力を貸してくれそうな別の魔人を探しているんだ」

「おいおい昔国を襲ったとかいう魔王ってやつかい?そいつがまた現れたのか?」

「いや、戦っている相手は別の魔人だ。今回探して欲しいのが、そのかつての魔王だ」

「どういうこった?」

フリックは簡単に事情を説明した。

「アヴェイロはもう人間に敵対する気持ちはない。フィガロに危害を加えることもないだろう」

「それなら安心ってわけだ。よし、引き受けようじゃねえか。だがアヴェイロの匂いの元となるもんはあるのかい?」

フリックは鞄からつつみを取り出し、布を解いた。その中には魔人の右腕が入っていた。覗き込んでいたミーナが「きゃっ!」と飛び退く。

「これはグラルドという魔人の腕だ。アヴェイロのものではないが、彼は手負いだ。同じ、魔人の血の臭いがすると思うんだが……」

フィガロがその腕に鼻を近づけて嗅いだ。

「おおう、こりゃあ独特の臭いだな。これならいけると思うぜ」

「この腕の持ち主のグラルドは危険な奴だ。万が一まったく同じ臭いの奴を見つけたら、そいつには近付かないでくれよ」

フリックの忠告に、フィガロがうなずいた。


「フィガロ、といったな。すまぬ、助力に感謝する」

アクラはそう言ってフィガロに頭を下げた。彼女は以前フリックがルルワにそうするのを見ていた。アクラのその態度に、フリックが頬を緩める。

「ほ~お、あんた雪みてえな白い肌してるなあ!その瞳もぐっとくるぜえ」

フィガロはだらしなく舌を出し、アクラに顔を寄せて言った。アクラが顔をしかめて顎を引く。

「……武人然として見えたのだが、意外に軟派なやつだな」

アクラは彼の歴戦を思わせる隻眼を見て言った。

「おう?渋い男に見えた?まあ群れを追い出されたのも、ボスの女に手を出しちまったからなんだけどな!」

フィガロはそう言って高笑いをした。アクラとミーナが残念そうな顔で彼を見る。

「フィガロ、そのはアヴェイロの娘だ。無礼を働くと怖いぞ」

フリックが言った。

「へっ?じゃあこの娘も魔人様だってのかい?そ、そいつは失礼しやした……」

フィガロは情けない顔で愛想笑いをしたが、不意にアクラから別の匂いを感じ、彼女の体をくんくんと嗅いだ。

「フリックとは違う男の匂いがするなあ、彼氏かい?」

「違う!」

アクラはその臭いがフロウのものだと思い当たると、悪寒にぞくぞくと体を震わせた。

「水浴びしてくる!」

アクラは怒ったようにそう言うと、湖の方へと歩いて行った。

「あら、いいわね。アクラーっ、私も行くわ」

それをミーナも追いかけて行った。

「なんか怒らせるようなこと、言っちまったかね?」

フィガロが訊き、フリックは苦笑いを返した。





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