22:大切な友達

やがてフリックとミーナも目を覚まし、アクラと三人、部屋で朝食を囲んだ。

「グラルドがこの国を襲ったのは、人間の女をさらい自分の子供を産ませるためだったのか……。最初はオリビア、次にベリア、ベリアを失って人間を狙い、そして今度はアクラか。節操のないやつだ」

フリックがあきれ気味に言った。

「ベリアがいなくなって、仕方なく人間を狙ったんでしょうね。そう考えると、なんだか間抜けですよねえ。アヴェイロにベリアを奪われたときの、あいつの顔が見たかったわ!」

ミーナが言ってやったという顔をした。

浮かない顔をしているアクラにフリックが話しかける。

「アクラ、まだ体の調子が悪いのか?」

「いや……大丈夫だ」

ぎこちない笑顔でアクラは答えた。

「グラルドの狙いが分かった今、私がこの国に居ては皆の迷惑になってしまう。すぐにでもここを出ていこう」

アクラは表情を引き締めるとそう言った。

「そんなことはない、と言いたいところだが、アクラの身の安全の為にも、そうした方が良いだろうな」

フリックが答えた。フロウの事もあるが、彼はアクラが国民に迫害されることを恐れていた。

「朝のうちに町を出よう。準備があるんで、少し時間をくれ」

当然ついて行くつもりのフリックが、アクラはたまらなく嬉しかった。申し訳ない気持ちはもちろんあるが、それでもフリックの存在にすがりたかった。だが、自分は魔王の娘なのにと、アクラは口にせずにいられなかった。

「フリック、私は魔王の娘だ。かつてこの国の人間を大勢殺した、魔王の。そんな私に、まだ協力してくれるのか?」

アクラは努めて冷静に言った。本当はフリックに拒絶されることが怖くて、震える手を抑えていた。

「魔王の娘か……。だが国を救った聖女様の娘でもある」

フリックが言った。

「魔王の強さは引き継いでいるのだろう?だったらまあ、性格の方は聖女様の血に期待しようかな」

フリックはかつてアクラに言われたことを真似て、おどけて言った。ミーナが思わず吹き出す。

「ま、それは冗談として、親の責任をアクラが負うことはないよ」

フリックはそう言うと、アクラの頭をくしゃりと撫でた。フリックは気付いていなかったが、彼のその言葉は彼自身にも返っていく。勇者の父の子としての責任も、王族の母の子としての責任も、本当は背負わされたくないと、心の奥では思っていたのかもしれない。

そうして旅の準備に、とフリックは部屋を出ていった。

ミーナは、とフリックは声をかけなかった。ミーナもまた、黙ったままだった。


フリックはもうここには戻れないことを予感していた。自分がいなくなった引き継ぎをしなければと、隊長室に向かった。

続いて部屋を出ようとしたミーナを、アクラは呼び止めた。

「なあに?アクラ」

まだしゅんとしているアクラに、ミーナは微笑みかけた。

「……ミーナはよいのか?私は、ミーナの母のかたきである魔王の娘なのだぞ……」

ミーナは笑顔を消し、じっとアクラの言葉を聞いた。

「許してもらおうなんて思わない。ミーナが母の仇を討つというなら……私はこの命を、ミーナに……」

「バカね!」

ミーナが叱るように言った。

「私がアクラを?そんなこと、出来るわけないじゃない!」

「私はミーナが好きだ。ミーナに軽蔑されるぐらいなら、殺されたほうがましだ……」

アクラは今にも泣き出しそうだ。そんなアクラに、ミーナは小さく息をつくと、優しく語りかけた。

「……正直ね、私もアクラが魔王の娘だと聞かされて、もっと複雑な気持ちになると思っていたの。でもね、昨日アクラの寝顔を眺めてて、全然平気だった」

アクラを抱き寄せる。

「アクラが魔王の娘だからって、憎めるわけないじゃない!私もアクラのこと、好きだもの!」

「ミーナ……!」

アクラはミーナの腕の中で、ぽろぽろと涙を流した。


その後ミーナは家に帰り、旅の荷物をまとめていた。

「ミーナ、本当に行くのかい?母さんの仇をとりたい気持ちは分かるが……」

ミーナの父が声をかけた。彼はまだグラルドが魔王だと思っていた。

「そんなんじゃないわ。私はただ、友達を助けたいの」

そう言うと、ミーナは父に向き直った。

「……母さんの最期、聞かせてくれる?」

それまで詳しく聞いたことはなかった。そんなミーナの目を見つめ、父はその瞳に決意を悟り、そして語り始めた。

「……二十年前のあの日、魔王は突然町に現れた。うしろにオークの群れを従えてな。町の住民たちは何事かと家の中から様子をうかがっていた。魔王はしばらく動かなかった。町の真ん中に突っ立ったまま、長いことそうしていた。しばらくして王国軍が到着した。すると魔王は突然吠え、その兵士に向かっていった。魔王の爪に引き裂かれていく兵士を目にして、住民たちは慌てて家を飛び出し、その場から逃げ出した。俺もお前を抱きかかえ、身重みおもの母さんの手を引いて城へと向かった」

そう言うと彼はじっと自分の手を見つめた。

「……城の前は逃げ惑う住民でごった返していた。堀を渡るひとつしかない橋に人が殺到していた。俺たちも人波にもまれ……そして俺は母さんの手を離してしまった。人をかき分け、なんとか母さんのもとに戻ったとき、母さんは腹を抑えてうずくまっていた。それから城に避難できたが、産気づいてしまった母さんは予定より早く子を産んで……力尽きてそのまま息を引き取った。産まれた赤子も助からなかった……」

ミーナの父は無念そうにその手を握った。

「そう……」

魔王アヴェイロのせいで母が死んだことには変わりないが、それでも直接手にかけられたわけではないと知り、ミーナは少しほっとしていた。

「ごめんなさい、父さん。辛いことを思い出させて」

「……気にするな。どうせ一生忘れられない事だ」

ミーナの父はそう言って寂しそうに笑った。


旅支度を整えたフリックとアクラが町の出口に立った。

そこへミーナが歩いてきた。

「私にお声がかかりませんでしたけど、まさか置いて行くつもりじゃないですよね?フリック様」

「何も言わなくてもついて来るし、何を言ってもついて来るだろう」

フリックが諦めたような顔で笑う。

そこへガストンも加わった。

「当然、俺も行きますよ。俺は……俺はミーナさん!あなたが行くなら、何処どこへだってついて行きます」

真っ赤な顔でそう告げた。ミーナは驚いて目を丸くしたが、ふふっと笑うとガストンの胸を叩いた。

「ありがとう、ガストン」

ミーナは少し照れたように頬を染め、ガストンの顔がぱっと明るくなった。


四人が門に向かうと、そこにフロウが立っていた。アクラは思わずフリックの袖を掴み、威嚇する猫のようにキッとフロウをにらんだ。

「何の用だよ、親父」

フリックはよくも顔を出せたな、と言わんばかりだ。

「随分人数が少ねえな。警備隊のやつらは連れて行かねえのか?あいつらはお前に命を預けてる。お前の頼みとありゃあ、喜んでついて行くだろうぜ」

「俺も警備隊の皆の命を預かっているつもりだが、それは皆の命を俺の自由にするという意味じゃない。皆の命に責任を持つということだ」

フリックの真摯な目に、フロウはわずかに口角を上げた。ろくでもない父親から、よくぞ立派に育ったもんだと感心する。

「……これを持っていけ」

フロウが一本の剣を差し出した。白銀に輝く美しい剣だった。

「銀雪の剣。魔人に対抗するために、俺が昔手に入れた物だ。これなら魔人の体も容易たやすく斬れる、というわけにはいかねえが、まあ少しはましな代物だ」

「親父……」

フリックはその剣を受け取った。綺麗に研ぎ直された刃先が濡れたように光っている。

「親父、俺は昔よく言ってたよな。父さんみたいな勇者になるってさ。俺はあの頃、本気であんたに憧れてたんだぜ」

「俺はやめとけって言ったけどな」

「母さんが死ぬまで、あんたは本気でこの国を守ろうとしていた。この剣もそのひとつだろう?それに俺が強くなれたのも、警備隊の皆が魔人に立ち向かえたのも、親父が各地を修行し、身につけた剣術を指南書として残してくれていたおかげだ。それは……感謝してるぜ」

フロウとすれ違い、フリックは町の門をくぐった。

「……死ぬなよ」

その背中に、フロウがつぶやいた。空を見上げ、どうか俺達の息子を見守ってやってくれと、亡き妻に願った。






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